制圧部隊
所長からの指令によると、
α分隊の任務は、その被検体のいた檻を調査し、出来る限り脱走の手掛かりを探し出す事であった。
直ぐに問題の部屋へと到着したアーサーは、扉の端末にパスコードを入力した後に分隊員達に視線を巡らせる。
「……よし、これより中に進入する。被検体が戻ってくる可能性もあるため、十分に警戒を厳にせよ」
『了解!』
「ベティは前衛、カールは後衛を務めろ。エレナとダニエルは扉の左右にて待機。室内の調査は俺とベティ、カールの3人で実施する」
『了解!』
全員に指示を与え、ゆっくりと進んでいく分隊員達。ベティとカールはスタンロッドを、アーサーとエレナ、ダニエルは麻酔銃を構えながら、慎重に室内へと足を踏み入れる。
「……管理棟、こちらα分隊。無事に進入を果たしたので、これより調査を開始する」
アーサーがこちらを見ているであろう管理棟へと無線にて報告を述べる。
すると、無線からは雑音混じりの音声にて、何やら緊迫した様子が届いてきた。
『αぶ…隊! 速や…にそ……ら離…ろ!』
「管理棟、よく内容が聞き取れない。再送を頼む」
『……から離れろ! 被け…体はまだそこにいる!!』
「な……っ!?」
響く無線の言葉に驚くアーサー。他の分隊員達も驚きの表情を浮かべている。
「ベティ、カール、速やかに室内から離脱しろ。エレナとダニエルは俺達の援護。急げ!」
『了解!』
号令と同時に、部屋の中央にいたベティ、カール、アーサーの3人が出口へと向かう。その両側のエレナ、ダニエルは、麻酔銃にて周囲を警戒する。
「……グギッ!?」
「カール!?」
突然、ベティとアーサーの間にいたカールが真横に吹き飛んだ。アーサーが咄嗟に向かおうとするものの、カールは数m離れた壁に激突しており、頭部や身体のあちこちが潰れて見るも無惨な状態になっている。
「くっ! 標的を目視出来ない! エレナ、ダニエル! 援護射撃を許可する! ベティと俺の周囲を撃ちまくれ!」
「分隊長、急いで下さい! 扉が閉まっていきます!」
「何だと!?」
アーサーが視線を扉に向けてみると、ダニエルの言葉の通りに自動扉がゆっくりと閉まっていくのが確認出来た。おそらく、危機的状況と判断した管理棟からの遠隔操作によるものだろう。
「ベティ、先に行け! 後ろは任せろ!」
「り、了解!」
必死に走り抜け、どうにか部屋の外へと辿り着くアーサーとベティ。あとは麻酔銃を撃ち続けるエレナとダニエルが離脱するのみである。
「エレナ、ダニエル! もう十分だ! 離脱しろ!」
「……」
「……」
「……どうした、エレナ、ダニエル!」
アーサーの言葉に返答の無いエレナとダニエル。気がついてみると、いつの間にか銃声も止んでしまっている。
すると、閉まりかけていた扉の前に、どさり、と音を立てて2人が倒れこむ。どちらも首があらぬ方向に折れ曲がっており、絶命しているのは明らかであった。
そして、遂に自動扉が閉まりきるという、その寸前。
ガキリ、という音を響かせ、自動扉が動きを止めた。
「……ひっ!?」
「管理棟! 何が起こっているんだ、早く扉を封鎖しろ!」
『今……前に、被…体が! …まじい力で、こじ開…ら………!』
雑音の酷い無線が届くと同時に、自動扉が徐々に開き始める。よく見てみると、扉の端には乳白色の指先が僅かに見えていた。
(まさか、力ずくで開けているのか? 重さ2トンの自動扉だぞ!?)
驚愕に言葉を失っていたアーサーとベティの前に、扉をこじ開けていた存在が姿を見せる。
「な、な……」
「う、嘘だろ……」
乳白色の肌に、膝裏まで伸びた蒼銀の髪の毛。
身長180㎝のアーサーを見下ろす程の長身から覗かせる瞳は、まるで血のように鮮やかな柘榴色。
身体は一見細身ではあるが、痩せているのではなくその全てが高密度の筋肉で構成されている。
そんな腕や脚は鱗のような皮骨で覆われており、まるで太古の世界に生息していた恐竜のようである。
「……これが、被検体No.047、通称『
『……分隊! 制圧部…の増援を…請した。そのフロアから……に退避しろ!』
「了解! ベティ、行くぞ!」
「は、はい!」
無線からの指示に素早く反応し、アーサーが目の前の被検体に射撃しながら後退する。皮骨によって麻酔銃の弾は弾かれてはいるが、どうにか牽制程度には効いているようだ。
「分隊長! 人員用エレベーターは奴の後方ですよ!?」
「ここから20m先に貨物用エレベーターがある。お前は先行して確保しろ!」
「り、了解!」
ベティが急いでエレベーターへと向かう。その間、アーサーは麻酔銃による牽制を継続させる。
腕や脚の表皮には全く刺さる気配が無い為、顔や胸部を狙って射撃を試みてはいるが、被検体が素早く反応してその硬い腕にて銃弾を弾いてしまうので効果を得られない。
身体の性能だけでなく、反射神経等の能力面も人間離れしているようだ。
「分隊長! 準備整いました!」
「分かった。俺も今――」
――向かう。と、言いかけたその時。
カシン、という音を響かせ、アーサーの麻酔銃が唐突に銃弾を放たなくなった。
(……しまった! このタイミングで弾切れを――)
己の失態に、心の中で悪態を吐くアーサー。
そして、そんな彼の思考は、一瞬の隙を突いた被検体がその頭部を握り潰した事で強制的に停止させられてしまった。
「ひ、ひぃ……っ!?」
そんな光景を目の当たりにしてしまった最後の一人、ベティ。
彼女は恐怖に震えながらも、咄嗟にエレベーターのボタンを操作した。
貨物用に設計された大きな自動扉が、警告音と同時に静かな動作で閉鎖していく。
いつもなら特に何とも思わない速度だが、今ばかりはその緩慢さに不安をかきたたされてしまう。
「早く、早く早く早く早く早く早くっ!!」
必要以上にボタンを連打するが、扉の閉まる速度は何一つ変わらない。
だが、そんなベティの思いに応えるように、遂に扉は完全に閉ざされ、貨物用エレベーターはゆっくりと上昇し始めた。
「………………は、はは。た、助かった、の?」
命の危機から逃がれられたと知り、安堵感と共にベティは床にへたりこんでしまう。
先程までの光景に身震いしつつ、手にしていたスタンロッドを床に転がし、そのまま自身の呼吸を落ち着かせる為にふと顔を上げる。
そして、彼女を見下ろす柘榴色の瞳と、目があった。
「……………………あ、はは、は。はははっ」
身体から、強張っていた力が抜けていく。
不思議と、口からは乾いた笑い声が溢れていた。
(そう言えば、最後はボタンばっかり見てて、扉の閉まるところは見てなかったっけ)
ベティがそう思い返しているうちに、彼女の顔には赤黒い血て濡れた被検体の両手が添えられていた。ヌルヌルとした冷たい感触を受け、再び彼女の身体に死の恐怖による震えが戻ってくる。
床に転がるスタンロッドに手を伸ばすが、指先が掠めるだけでどうしても届かない。
「……た、助けて、下さい」
どうしようもない状況の中、ベティの口から出たのは助命の言葉だった。
「……お願い、助けて。殺さ、ないで、下さい」
涙を流しながらそう懇願する彼女を、柘榴色の瞳は静かに見下ろし続けている。
すると、今まで無表情であった被検体の顔が、ゆっくりと変化していく。
眼は細まり、口元が緩やかな弧を作る。
それは、どう見ても微笑みの表情であった。
「――たすけて?」
涼やかで凛とした、しかし子供らしさの残る声。
震えるベティを見つめながら、被検体が声を発したのだ。
「そ、そう。助けて。私を殺さないで!」
「――たすけて? ころさないで?」
「そう、そう! お願い、私を――」
「――わからない」
「……え?」
満面の笑みを浮かべたまま告げられた被検体の言葉。
その意味を理解する前に、ベティの首は疑問を浮かべた表情のまま180度回転し、そのまま無慈悲にも捻り切られてしまった。
「――わたし、わからない。たすけるのも、ころすのも、わからない」
物言わぬ死体となったベティを掴み上げ、被検体はその身体を無造作に投げ捨てた。
「――でも、わかったこと、ひとつある」
エレベーターの壁にぶつかり、更に損壊してしまった彼女の身体。
だが、既に被検体はそんなものには目を向けておらず、電子音と同時に停止したエレベーター、その扉の方を注目している。
「――わたしは、つよい。ほかのにんげんは、よわい」
そう静かに呟いた被検体は、無邪気な笑みを浮かべながら開いたエレベーターの扉から飛び出していった。