「――やっと、ついた」
――名も無き島の研究所が人知れず壊滅してから、5日後。
ISを伴って島から脱出していた被検体は、海をひたすらに飛び続け、ISの生まれた国である日本へと足を踏み入れていた。
実は彼女のいた名も無き島は、アメリカの南の国、コスタリカ共和国に属しており、そこから特に理由もなく西へ西へと飛び続けた結果、遥か太平洋を越えた先の日本へと到着したのであった。
そして、時刻は日の傾いた夕暮れ時。今いる場所は日本の何処かに位置する浜辺であり、周辺には誰もいない状況である。
「――うん。とりあえず、かいじょ」
そう彼女が呟くと、今まで装着していたISが光の粒子となり、彼女の手の上に集まっていく。
そうして光が収まると、彼女の手には一振りのナイフが握られていた。
暗い乳白色の柄と鞘に、淡い蒼銀に塗られた刃。まるで巨大な牙か鉤爪のようなそれを見て、彼女は満足気な表情を浮かべる。
「――これからよろしく、『インドミナス』」
実は、研究所にて自身の名を知った彼女は、戦っていた制圧部隊の発する言葉から、既に自身の纏う機体の名も知り得ていた。
それから、彼女は自身の事を『レジーナ』。機体の事を『インドミナス』と呼ぶようになったのである。
「――さて、これからどうしよう。というか、ここはどこだ?」
人気の無い浜辺を見回したレジーナは、今更ながらにこれからの事について考え始めていた。
島では自身の強さを知り、その強さこそが自身を表す唯一のものであるという考えに彼女は至った。
だが、周りにその強さを示す為の生き物はいない。
「――とりあえず、さがしてみるか。……ん?」
仕方なく、手当たり次第に動いてみようと歩き始めるレジーナ。
だが、そんな彼女の鋭敏な聴覚に、僅かながらも人間らしき存在の声が届く。
「……に、………………あった…………?」
「…あ、………これから………………んだ」
声の種類は2つ。しかも、どうやらこちらへと近づいてきているらしい。
レジーナはそれを察知すると、己の表皮と頭髪を素早く変異させ、周囲の砂浜と同じ色を再現する。それから地面に低く伏せて、遠目からでは認識出来ない程の擬態を完成させた。
暫くして、待ち構えていた彼女の視界に声の主である2人が姿を現す。
「――ここが、謎のISの反応が出た場所ですか?」
「――そうだ。反応は数秒間だけだったが、ここにISがいたのは確かだ。『銀の福音』の件が解決してまだ間もないのだから、警戒は十分にしておく必要がある」
眼鏡をかけた女性と、黒髪の女性。
眼鏡の女性の方は筋力も無さそうで、倒すのは簡単だろう。
だが、黒髪の女性の方は今まで感じた事が無い程の威圧感を放っており、初めて戦う事を躊躇してしまう程であった。
「――誰だっ!」
ほんの一瞬の気の迷い。
そんな僅かな気配の緩みを察知した黒髪の女性が、突如としてレジーナの伏せた位置に視線を向けてきたのだ。
「ど、どうしたんですか織斑先生?」
「どうやら、何者かがあの近辺に潜んでいるらしい」
「ええっ!? す、直ぐに応援を呼びましょうか?」
「いえ、山田君はいつでも『ラファール・リヴァイヴ』を展開出来るよう準備して下さい」
「えっ、あの、織斑先生?」
2人はいくらか会話を交わすと、黒髪の女性の方がレジーナへとゆっくり近づいてきた。しかも手にはいつの間にか太刀が一振り握られており、先程以上の
(――このままちかよらせるのは、まずい!)
本能的にそう判断した彼女は、伏せていた姿勢から足を曲げ、そのまま自身の脚力と瞬発力を爆発させ、一気に黒髪の女性へと接近した。
「なっ!?」
「織斑先生!!」
目の前の砂浜から突如として砂模様の人間が現れ、一直線に向かってくる姿は2人の意表を突いた。
身体が強張り、咄嗟に手にしていた得物を振るう事が出来なかったのだ。
「ちっ!」
(――こいつも、よわい)
相手の動きを見て、己の勝利を確信するレジーナ。
――だがこの時、彼女は自身の体調を失念していた。
日本に辿り着くまでの5日間、彼女は食事も水分補給も殆ど取らずに日本に辿り着いた。
いくら多種多様な生物の能力を有する彼女であっても、その活動時間には限界がある。
つまり、今の彼女の身体には絶食による空腹、長距離移動による極度の疲労、その両方が蓄積した状態となっていた。
「――ぇあ……?」
結果、あと少しで相手の首に手が届くというところで、急激な運動による唐突な虚脱感がレジーナの身体を包み込み、そのまま全身の力を失ってしまった彼女は、そのまま脱力するのと同時に意識を手放してしまうのであった。
一方、織斑千冬は予想外の事態の連続に困惑していた。
それを調べる為に現場へと赴いた彼女を待っていたのは、まるで獣のような気配を纏った大柄な女性であった。
更には、不意を突かれて接近され、その者からの一撃を受けそうになる寸前、何故か急に脱力したかと思いきや、そのまま気絶した女性もろともに砂浜に押し倒される形となったのだ。
「くっ。な、何だというんだ、一体……」
千冬はどうにか気絶した女性の身体をどかし、服についた砂を払いながらゆっくりと立ち上がる。すると、同僚である眼鏡をかけた女性、山田真耶が心配そうにしながら駆け寄ってきた。
「……だ、大丈夫ですか織斑先生! 怪我は無いですか!?」
「あ、ああ。こちらはどうやら無事だ。しかし……」
千冬はそんな言葉を返しながら、改めて襲いかかってきた相手の姿を確認する。
190㎝近くはある長身に、筋肉質な身体をもつ女性。
先程までは全身の色が砂色となっていたが、気絶した今では蒼銀の髪と乳白色の肌に変化している。元々はこれらの色が彼女の本来の髪と肌の色なのだろう。
加えて、その手足は硬い鱗のようなもので覆われており、まるでワニかトカゲを連想させるかのようだ。
そして、そんな女性の片方の手には、属にカランビットナイフと呼ばれる類いのナイフがしっかりと握られている。
見るからに普通の人間とは程遠い外見に、千冬と真耶の2人は警戒の視線を向けたままでいる。
おそらくだが、この現場にいた謎のISの反応の持ち主は、この気絶した女性のものだと思われる。唯一の持ち物であるナイフが、彼女の装着していたISの待機状態の形なのだろう。
「……兎に角、この女性は厳重に拘束する必要があるな。私が彼女の監視をしているから、山田君は他に手の空いている教師達を呼んできてくれ」
「は、はい! 直ぐに呼んできます!」
「ああ、それから大きめの服も1着頼む。
実は、気絶している女性は衣服と言っていい物を身に纏ってはいなかった。一応病院服のようなものを着てはいるのだが、その殆どが大きく破れ、引き裂かれ、最早ぼろ切れと言っても過言ではない程に損壊しているのだ。
一体何がどうなればここまでの状態になるのか。つい嫌な想像ばかりが頭を
「そ、そうですね。分かりました。そちらも直ぐに用意します!」
そんな千冬の指示を受け、慌ただしく走り去る真耶を見送りながら、当の本人は人知れず溜め息を吐いた。
「……全く、こうも問題事ばかりやってくるとは。本当に災難な校外実習だったな」
そう独り言を呟きつつ、つい先日飲んだビールの味が恋しく感じてしまう千冬であった。