村田祐介は死にたがっている。
この世の中に不満があるわけでも、恋人に捨てられたわけでも、自分の人生に絶望したわけでもない。
祐介はとにかく死ぬことを考えていた。
鉛色の曇の日も、辺りが見渡せないほど豪雨の日も、さっぱりとした虹のかかった晴天の日でさえも、彼はいつも死ぬことを考えていた。
彼が死ぬことを考え始めたのはいつからだろうか。彼は時折自分でもわからなくなったが、いずれ死ぬ自分にとってそれは特に意味を持つものでもなかったし、気づけばそう思うふうになっていたのだから仕方が無いことだと思い出すのをやめた。
祐介の思い描く人生にとって、死ぬまでの過程はなによりも重要であった。例えば、恋人を作るのは素晴らしく温かい人生を送り、最期のその日を迎えた時に、その人と自分の子供、孫達が自分の為に涙を流してくれるようなヒューマンドラマのような死を迎えるためであったし、ロックンロールを始めたのは27クラブの仲間入りをしたかったからだ。
しかし、彼には今恋人は居ないし、音楽からも遠ざかっていた。彼は今、家の近所の喫茶店“オアシス“でボーッとタバコを蒸し、1杯のコーヒーと軽食をつまみながらこれから自分がいい死に方をするにはどうすればいいか考えを巡らせていた。
「祐介よぉ、俺はお前より2倍は長く生きてるけどな、死ぬことばっかり考えてるやつなんてお前が初めてだよ。」
マスターは祐介のカップにコーヒー注ぎながらそう言った。
「人はいかにいい人生を過ごすかを考えるもんだろ、死ぬことだなんておめぇよ、死んだ後なんか自分はわからないんだから。」
挽きたてのコーヒーの香りが鼻を通って肺を満たしていく。祐介はコーヒーに詳しいわけではないが、ここで飲むコーヒーだけは格段に美味しく感じた。マスターは椅子に座って脚を組み新聞を読みはじめた。
「ほら、また通り魔だよ。公園でジョギングしていたアベックが刺されたんだとよ。犯人は未だ逃走中。お前もこうやっていきなり刺されて死ぬかもしれねぇぞ。」
最近巷を賑わせている通り魔事件だ。今まで四人が刺されていて、幸い死傷者はいないが、被害者は四肢のいずれかを切りつけられている。
犯人については四人ともバラバラの供述をしており、犯人の足取りは掴めていないらしい。
白いニットを着た学生、スーツのサラリーマン、無精髭の建築作業員、ホームレス。
警察は複数犯の犯行として調べているようだが、最初の事件から半年未だに爽やかな白いニットの学生もサラリーマンも捕まっていないらしい。
物騒な世の中になっちまったな、世も末だぜ。額にシワを寄せながらそう言いマスターは新聞を閉じる。
祐介はコーヒーを飲み干し、マスターに代金を渡し店を出た。これからなにをするか一つも考えていないが、マスターに説教されながら死ぬことについて考えるより1人でブラブラ歩きながら死に方を探す方が幾分か建設だと思ったのだ。
祐介は川沿いを歩いていた。この街には川が2本流れていて、一つは彼の住んでいる県でも名前が有名なほど大きく綺麗な川だったが、祐介が歩いている方の川は酷く汚れ、川の隅の方には心の無い人達が捨てたゴミが溜まっていて、道もまばらで、隣の川と比べるととても汚い。祐介はこの道を歩くことが好きだった。特別綺麗に舗装された道より、大小様々な石が散らばり、雑草が生い茂っているでこぼこした道を歩いているとなんだか自分のこれまでの人生を辿り直しているようなそんな想いに駆られるからだ。
祐介は今住んでいる街より二つ市を越えた街で産まれた。自分が産まれた時はやはりほかの赤ん坊と同じく大きな声で産声を上げて、まだ他人と区別のつかない顔をくしゃくしゃにしていたらしい。大きさも標準だった。
母親は僕を産む時どれだけ苦労したのだろうか。父は喜んだのだろうか。祐介はたまにそういうことを考えた。
もし僕が今死ぬとしたら父や母はやはり泣くのだろうか。息子の考えていることを一つも理解してあげられなかったと嘆くのだろうか。今僕がより良い死に方を探してほうぼう歩き回っていることを知ったら叱るのだろうか。
さすがに死に方を探す事に少しは罪悪感を感じていたが、それも回数を重ねていくとある一種の麻痺毒にように、彼の感覚を薄めていった。
今はなによりも良い死に方をするだけだ。“最高の人生の見つけ方“のモーガンフリーマンより、ニルヴァーナのカートコバーンよりも。