東亰ザナドゥ ―Episode Zero―   作:ゆーゆ

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2月12日 プロローグ

 

 ―――西暦2005年、2月12日。金曜日から続く三連休の真っ只中、国内では第五期となる日本国国防軍のイラク派遣が報道され、急激に冷え込んだ昨年末とは打って変わって、若干の暖冬を終えようとしていた季節。

 

「ねえ、あれ見てよ」

「……すっげえ美人だな。ハーフか?」

「どうだろ。もしかしたらモデルさんかもね」

 

 亰武線から降り立った柊レイカは、兎にも角にも周囲の目を惹いた。百八十センチに迫る上背がサブリナパンツとトレンチコートにより強調されて、長髪のブロンドや特徴的な顔立ちは同性の視線すら集める。連休の影響で人通りも多く、擦れ違いざまに思わず振り返り、レイカの背中を目で追う者が続出していた。

 レイカは2月に入ってから、東亰都内を転々として過ごしてきた。板橋区、練馬区、多摩地域に入り、杜宮市内へ。レイカは杜宮駅の構内から歩き出た後、洋楽を奏でる小型の『何か』をコートの中から取り出して、耳元に当てた。

 

「もしもし」

『僕だよ。そろそろ駅に着いた頃?』

「ええ。それで、この電話は公私の私?」

『どちらかと言えば公だね』

「了解、ドクター」

 

 夫婦という絆で結ばれた彼女らは、職務を全うする上で接し方を変える。柊アスマは一研究員として、レイカは並々ならない使命感を背負いながら、お互いをコールサインや俗称で呼び合う。レイカに与えられたそれは『アリス』。レイカは悴んだ左手を上着のポケットに入れ、アスマの声に応じた。

 

『アリス。早速聞かせて貰うけど、どんな感じかな』

「そうね。駅周辺の雰囲気は仙台駅や大宮駅が近いかしら」

『そうじゃなくって、サイフォンの話だよ』

「ああ、そっち?概ね良好だけど、バッテリーの容量は相変わらずね。60点よ」

『手厳しいな。改善の余地有りってところだね』

 

 年が明けた頃、世界に名を馳せる十二の企業が共同発表したネットワーク端末規格、サイフォン。近未来的で多機能に満ちたそれは、公表と同時に世間を大いに賑わせ、多くのユーザーが発売を心待ちにしていた。しかし極一握りの人間に限って、既に最新鋭の恩恵に与っている。そればかりか、レイカが手にしているサイフォンは第四世代目。サイフォン4Sと呼ばれる、数年先を往くシリーズだった。

 

「流石にこれで通話をしていると目立つわね。沢山の視線を感じるわ」

『君の場合は違うと思うけど……でも確かに、世間一般には出回っていない代物だからね。何か聞かれたらしっかり偽装するんだよ。ボタン一つでただのオーディオプレイヤーに様変わりさ』

「分かってるわよ。そういえば、貴方の元上司もこの街に居るという話だったかしら」

『ああ。実を言うと、サイフォンの名付け親もヤマオカさんなんだ。彼の趣味さ』

「趣味って……まさか、コーヒーのこと?」

『そのまさか。ヤマオカさんが開いたお店のコーヒーも、サイフォン式で淹れているらしいよ。ヤマオカさんなりのこだわりがあるんだよ、きっと』

 

 勿論、名称の候補は複数あった。最有力とされていた『アイフォン』を押し退けて『サイフォン』が採用された裏には、根底となる技術を生み出した偉大な研究者への敬意が存在していた。その研究者は既に一線を退き、小さな喫茶店を営みながら隠居生活を送っている。レイカが言ったように、現役時代はアスマの直属の上司でもあった。

 

『時間があったら訪ねてみるといい。僕の分も宜しく伝えておいてよ』

「自分の妻を元上司の所へ挨拶に行かせると言いたいわけね」

『そう意地悪を言わないでくれ。君だって親しくしていたじゃないか』

「冗談よ。後でルートを送信しておいて貰える?それと、九重神社という神社の位置も」

『神社?神社に行くの?』

「高名な霊能者の一族が居るという話を聞いたの。この街でも『何か』が起きていたら、新しい情報が手に入るかもしれないわ」

『成程ね。分かった、送っておくよ』

 

 その後一言二言を交わしてから通話を切り、レイカはバス停に向かいながら冬空を仰いで、遠くに居る一人娘を想う。一ヶ月も経てば冬が終わり、新春を迎える。卒園式を終えれば、すぐに小学校という新たな舞台に歩を進める。しかし伴侶共々二つの顔を併せ持つ以上、家族と接する時間は限られてしまう。もう二週間近く、愛娘の顔を見ていない。

 

「……母親、失格よね」

 

 しかしレイカには、やるべきことがある。この杜宮へ流れ着く過程で見い出してきた、極々僅かな可能性。可能性に過ぎない一方で、察知している人間は余りにも少ない。少ないのだが、決して『一人』でもなかった。独自の勘所を働かせて、役者は着実に集い始めていた。

 

 ―――結社の犬が。

 

 ―――悪魔め。

 

「っ!?」

 

 己を貫いた鋭い眼光に振り返ると、誰の姿も無かった。バス停で待機をしていたバスは、レイカを置いてけぼりにして、一足先に街中へと消えていった。

 

 

 

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