東亰ザナドゥ ―Episode Zero―   作:ゆーゆ

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第1部
2月13日 異能者


 

 ビジネスホテルで宿泊をして一夜を過ごした柊レイカは、サイフォンの画面上に映る地図を頼りにしながら、九重神社を目指して歩いていた。電車の中から鉄道沿いの風景を見下ろすことはあっても、実際に杜宮の街中を出歩くのはレイカにとって今日が初。駅界隈の近代的な街並みから様変わりをして、突然眼前に現れた商店街の古き良き空気を味わっていたレイカは、ナカジマ精肉店のショーケース前に立っていた女性に声を掛けた。

 

「すみません。道をお尋ねしたいのですが、九重神社はどちらにありますか?」

「この通りを真っ直ぐに行って、長い石階段を上った先だよ。アンタ見ない顔だね、この辺に住んでるのかい?」

「いえ、今日は観光で。神社を訪ねるのが好きなんです。それと、コロッケを一つ頂けますか」

「はいよ、ありがとさん。すぐに食べるんだろ?今温めてあげるよ、少し待ってな」

 

 電子レンジで程良く温まったコロッケを齧りながら、道路を挟んで商店街の突き当たりにあった階段を上り始める。階段の両脇には木々が立ち並んでいて、日陰に入ると真冬の肌寒さを覚えた。やがて上り切ると同時に最後の一口を頬張り、レイカは九重神社の鳥居の足元に立った。境内には一人二人の参拝客の他に、二十代前後と思しき装束を着た女性の姿があった。

 

「こんにちは。貴女はここの巫女さんですか?」

「どうも、こんにちは。一応の巫女ではありますが、高校生のアルバイトに過ぎません」

「あら、高校生?」

「はい。サナエと申します」

 

 随分と大人びていると、レイカは感じた。サナエが纏う雰囲気や外見から、レイカの目にはもっと年上に映っていたのだが、事実サナエは十七歳になったばかりの女子高校生。昨年に九重神社がアルバイト業を募集していたことをキッカケに、巫女見習いとして通い始めたという経緯があった。

 

「以前こちらに勤めていた巫女が二十八歳を迎えたので、その代わりとして採用されたんです」

「二十八って……巫女の定年はそんなに早いものなの?」

「一般的に、巫女は短命なんです。縛りも多いんですよ。場所にもよりますが、この神社には昔ながらの伝統や風習が残っています。面接の際に、処女かどうかを問われました」

「わお。女子高生にとんでもない質問をするのね。かなり引いたわ」

「そうですか?事実処女でしたから、ラッキーと思いましたけど。神主さんも良識人ですし」

「……貴女は巫女に向いていると思うわよ」

 

 苦笑いをしながらその神主を訪ねに来た旨をレイカが伝えると、サナエは一礼をしてから踵を返し、小走りをした。向かった先は、同じく境内の東側に佇んでいた二階建ての離れ。すると二、三分が経過した頃になって、サナエと共に初老の男性が一人、境内を横切って歩いて来る。男性は真っ直ぐにレイカの下へやって来て、腰の後ろで手を組みながら口を開いた。

 

「ふむ。初対面、でよかったかの」

「はい、柊レイカと申します。時坂ソウスケさんでいらっしゃいますね」

「左様じゃ。今年で六十になる、只のしがないジジイじゃよ」

「フフ、ご謙遜を。失礼ながら、貴方のことは多方面から調べさせて頂きました」

 

 裏の世界に通ずる者の中で、時坂ソウスケの名を知る人間は少なくない。現実世界が初となる異界化により浸食された頃に生を受け、各勢力とは一定の距離を保ちながら、しかし時として霊能の力を揮ってきた術者。執行者であるレイカも独自のネットワークを介して、ソウスケの経歴や人となりを熟知していた。

 

「この儂に用件があるという話じゃったな」

「聞いてみたいことは様々ありますが、先ずは世間話でもさせて下さい」

 

 そう言ってレイカが取り出したのは、四枚のカード。それぞれを片手で器用に操りながら、レイカはソウスケに問い始める。

 

「我々が揮う霊力の属性は、度々タロットカードの小アルカナに形容されます。この点について、貴方はどうお考えでしょうか」

 

 大アルカナを除く五十六枚のタロットカードは、小アルカナと呼ばれる四つのスートに大別される。すなわち棒、剣、聖杯、硬貨。そしてそれぞれに呼応する四代元素が火、水、風、そして土。トランプの源流という説もある小アルカナは、属性の概念を説くに当たって引き合いに出されることが多いのだ。レイカの疑問に対し、ソウスケは一呼吸を置いてから答える。

 

「そうじゃのう。特に異論は無いが、捉え方は一つではなかろう。儂は五行相剋の理もあると考えておるよ。おぬしの魂の色で言うならば、水は―――」

「土剋水に水剋火。土は水を剋し、水は火を剋する。中国古来の思想ですね」

 

 先回りをしてレイカが並べると、ソウスケは多少の驚きと感心を示し出す。

 

「ほう。まだお若いのに見聞が広いのう」

「若いなんてそんな。もう二十代の終盤ですよ」

「しかし三十の手前にしては、随分と落ち着い―――」

「二十代です」

「うん?じゃから三十手前で―――」

「二十九歳です」

「……コホン。若干二十代で、随分と物怖じしないお嬢さんじゃな。実に興味深い。今度はおぬしの話を、聞かせては貰えんかね」

 

 ソウスケが投げかけたのと同時に、遠方から子供の声が上がった。レイカが振り返ると、勢いよく階段を駆け上がって来た少年が、肩を揺らしながら立っていた。少年はソウスケとレイカに走り寄り、二人を交互に見詰めてから言った。

 

「ジッちゃん、このおばさ……この綺麗なお姉さん、知り合いか?」

「とっても物分かりの良い子ですね。お孫さんですか?」

「娘夫婦の一人息子でな。コウ、この人は客人じゃよ。向こうで遊んできなさい」

 

 ソウスケに背中を押された時坂コウは、竹箒で境内の掃除をしていたサナエの下に向かい、快活に笑った。最近になって巫女として勤め始めたサナエは、コウにとって身近には居ない年代の女性であり、好奇心溢れる少年の目には大変新鮮且つ魅力的に映っていた。

 

「今年の春から小学生になる。落ち着きの無い子じゃが、順調に育ってはおるようじゃな」

「そうでしたか。私にも、同い年の娘がいます」

 

 サナエの回りをぐるぐると走り回るコウの姿に、レイカは愛娘の影を重ねた。レイカは瞼を閉じて過去を回想しながら、自らの生い立ちや心境を語り始める。

 

「母は米国人でした。日本に来てから父と知り合い、私を生んですぐに亡くなりました。だから私は母親を知りません。母親を知らないのに、私は母親になったんです」

「知らずとも母親は務まるじゃろう。人はそういう物じゃよ」

「分かっています。ですが職業柄、あの頃の私と同じ寂しさを与えていないか、不安でして」

「全て理解をした上で、腹を痛めたのではないのかね?」

「……はい。今のも単なる言い訳と、逃げる口実ですね。フフ、何だか不思議です」

 

 他人に等しい、会って間もない誰かに弱音を吐く自分が、滑稽だとレイカは感じていた。ソウスケの懐の深さがそうさせていたに過ぎないのだが、当のソウスケに自覚は無く、レイカも僅かばかりの警戒心を解いて、ソウスケに向き合った。レイカが九重神社を訪問した理由は、彼女が抱いている一抹の危懼にあった。

 

「本題に入ります。単刀直入に聞きますが、この界隈で異界化が発生したことはありますか」

「……儂が知る限りでは、三年前の冬が最後じゃ。東の外れの工場団地、じゃったかの」

「直近で三年前……ここ最近では、起きていませんか?」

「異界を思わせる災害や事故の話は聞いておらぬ。そう考えてよいじゃろう」

 

 サイフォンを操作して要点を簡潔にまとめつつ、レイカが状況と照らし合わせながら考えを巡らせる。個人の行動範囲は恐ろしく狭く、人知れず生じていた異界化など気付きようが無い。しかし当人がソウスケとなれば話は別であり、レイカもレイカで杜宮に関する報道を一ヶ月間分遡っていた。少なくともフェイズ2以上の異界化は無く、異界による浸食は三年前が最後と見ていい。しかしそれは、あくまで通常時。

 

「何か事情があるようじゃな。差し支え無ければ、聞かせて貰えんかの」

 

 ソウスケにとっても、察するに難くはなかった。レイカは慎重に言葉を選びながら、曖昧且つ丁寧な言い回しで杜宮に行き着いた経緯を明かした。

 

「ロンドン在住の大学教授が昨年度に発表した論文では、『異界化は無秩序という秩序を構成している』と論じられています。ソウスケさんは、どう思われますか」

「小難しいのう。じゃが特異点を必要とする以上、全くの無秩序はあり得ぬと思うがな」

「仰る通りです。論文も寧ろ、それが通用する条件検討が主軸でした。要は限られた状況下において、異界化は確率論や地理学からのアプローチが可能だということですね。これは従来の外的要因変化に頼る予測とは違う、異界化それ自体を基にした新たな試みです」

「結論から聞かせて貰おうかの。おぬし個人の見解を知りたい。一体何が起きておる?」

「……現時点では、何とも。ですがこの東亰で、何かが起きようとしている可能性があります」

 

 僅かな可能性に過ぎない以上、レイカは多くを語ろうとはしなかった。二人の背後ではゴム製のボールをコウとサナエが蹴り合っている最中で、サナエが明後日の方向に蹴り損じたボールが、レイカの前に転がってくる。レイカはボールを拾い上げ、駆け寄ってきたコウに手渡し、笑顔を向けた。

 

「ありがとう、お姉さん」

「どう致しまして。コウ君、だったかしら。私からもありがとうを言わせてちょうだい」

「え?オレ、何かしたか?」

 

 おかげ様で、家族が恋しくなった。レイカはそう呟いてからアルミ製のカードケースを取り出し、一枚の名刺をソウスケに差し出す。当然結社の名は記されておらず、私立探偵としての表向きの顔を示す偽造品。友人知人の類も、各地を飛び回る彼女の職業をそう認識していた。

 

「些細なことで構いません。何かありましたら、ご一報願えますか」

「気に留めておくとしよう。これから何処へ向かうのかね?」

「数日は市内を回ります。ソウスケさん同様に、名の知れた霊具職人が居るとお聞きしましたが」

「商店街の金物屋を訪ねてみなさい。じゃが用心せい、あやつは儂以上に偏屈なジジイじゃぞ」

「フフ、心得ました。手土産でも持って行きますよ」

 

 去り際に手水舎の水で両手を清め、雑念を洗い流す。水温が低過ぎてレイカの手は一層悴んでしまい、レイカは若干の後悔と共に九重神社を後にするのだった。

 

_________________________________________

 

 夜の帳が下りて、宿泊客のほとんどがチェックインを済ませた時間帯。レイカはノート型の端末を操作し、多摩地域における報道記事に目を通しながら、サイフォンで夫と連絡を取り合っていた。

 

「結社を代表して怒鳴られに行った気分よ。あの人は私達を何だと思っているのかしら」

『ハハ、無理もないさ。倶々楽屋にはこちら側から、かなり強引な接触があったと聞いているからね。でも腕前は確かだって話だから、顔を売っておいて損はしないと思うよ』

「気が遠くなるぐらいの時間が必要ね……」

 

 ジヘイから投げ返された手土産の菓子折りを開封して、その一つを口の中に放り込む。同時にホテルへ戻る道中に買っておいたワインを啜ると、控え目な二つの甘さが口内一杯に広がり、高揚感が増していく。

 

「報告書、見てくれた?」

『今見てるよ。と言っても、判断材料が少な過ぎて何ともだね』

「異界化が起きないに越したことは無いわ。もう少しこっちで様子を見てみようと思ってるの」

『ん……』

「それに駅で妙な視線も感じたし、やっぱり何かあるのかも……アスマ?ねえ、聞いてる?」

『お母さーんっ!!』

「あら、アスカ?」

 

 三日振りにサイフォン越しで耳にした愛娘の声に、自然とレイカの表情が緩んでいく。レイカはサイフォンを持ち替えて端末を閉じ、頭の中から公私の公を追い出して、アスカの声を促すように相槌を打つ。

 

「アスカ、今日は何をしていたの?」

『えっとね、お父さんと一緒にオムライスを食べに行ったの。それでねそれでね、抜けたのっ』

「抜けた?抜けたって、何が?」

『下の前歯!二本とも抜けた!』

「え……な、え?アスカ、ええ!?」

 

 驚きと戸惑いに満ちた声からレイカの感情が伝わったのか、通話の相手は再度アスマへと代わって、アスカは彼の膝の上に座った。

 

『落ち着いて、大丈夫だよ。もう血も止まってるから』

「で、でもでも、二本も同時にって。その、本当に、大丈夫なの?」

『君だって子供の頃は、乳歯の生え変わりがあっただろう?それと一緒さ』

「そ、そうだけど」

 

 「子育てとは、自分の子供時代をやり直すことに等しい」という、高名な作家が残した言葉がある。己の幼少期を思い出し、両親を想起して我が子と接する。まだ子供だった自分が何を考え、何を求めていたのか。あの頃の自分を、両親は何と言って抱いてくれたのか。意識せずともそれらは受け継がれ、無形の文化的遺伝子として確かに伝わっていく。

 

「でも、私……何だか、不安で」

 

 しかしレイカは、母親を知らない。抱かれた記憶が無いから、引き合いに出す術が無い。アスマの両親から育児の手解きを受けても、不安は拭えない。善き母親であろうと願ってもその理想像が分からず、時折我を忘れて取り乱してしまう。そんな彼女に手を差し伸べるのも、決まって彼だった。

 

『レイカ。君はもっと自信を持っていい。迷ったり脅えたりする必要は何処にも無いんだ』

「私は……」

『君は立派にアスカの母親をしてくれているよ。アスカ、お母さんのことは好きかい?』

『うん!ねえねえお母さーん、今度はいつ会えるのー?』

 

 不意に熱くなった目頭を押さえ、レイカは小窓を開けて杜宮の街並みを見下ろした。多くを背負う執行者としての柊レイカと、一児の母親としての自分。両者の間で往ったり来たりをしながら、それでもアスカはレイカを「お母さん」と呼ぶ。今のレイカにとって、どちらのレイカにとっても、その事実が何よりの原動力となる。

 

「ねえアスカ、今度動物園に行こっか。ずっと行きたがっていたでしょう」

『ほ、ホントに?行く、絶対に行く!ホントに行くって約束してくれる?』

「勿論。その代わりに今日はもう遅いから、お父さんにキスをしてから眠ること。いい?」

『レイカ、そういう米国のノリを吹き込むのは止めてくれないか。その、流石に照れる』

「一度言ってみたかったのよ。それに私の母は、言いそびれてしまったから」

『……そっか』

 

 レイカは感傷的な笑みを浮かべ、卓上カレンダーを捲って3月の日付けと睨めっこをする。卒園式は第三週目の週末、3月18日。それまでの間に一度、家族三人で動物園を訪ねよう。人知れずそう心に決めて、2月13日の夜は更けていった。

 

_________________________________________

 

 第六感や勘所による憶測は、時に経験則という論理に裏打ちをされる。東亰都内を巡回する日々が続いて以降、レイカが遭遇した異界化は計四件。裏に通じる者の多くは「頻度がやや高い」程度にしか受け取らない一方で、レイカはまるで異なる見解を抱いていた。その真意を確かめる為にも、先ずは都内で発生する異界化の全てを把握する必要があった。

 

「漸く、ね」

 

 2月15日の今日、未完成ながらも後に『タロス』と名付けられることになる予測プログラムは、レイカを杜宮市東部にある工場団地へと導いた。工場の多くはフルタイムシフト制であり、深夜帯になっても音や光、喧騒が広がるエリアの一画で、異界は影を潜めてゲートを開け放っていた。

 

(異界深度二十九。何の問題も無いわね)

 

 ゲートの色味や対異界用アプリが示す数値は、全てがレイカ単独での探索にゴーサインを提示している。フェイズ1の異界化収拾なら、レイカにとっては造作も無い日常業務の一部。貴重な判断材料を集める意味合いでも、即刻に内部へと踏み込んでいい。その筈だった。

 

「……コホン」

 

 『追跡』を悟ったのは、今から約一時間近くも前。敢えて気付いていない素振りをしてまでしてここまで足を運んだのには、人払いをするという目的もあった。背後から叩き付けられる感情は、明確な怨恨。まるで心当たりの無い戦意と殺意に対し、レイカは誘導という手法を取っていた。

 ゲートの前で立ち止まり、羽織っていたトレンチコートを脱いで無造作に放り投げる。右手にはサイフォン、左手に護身用の霊具。息を飲んで佇んでいると、その瞬間は唐突に舞い降りて来る。

 

「―――『牙』よ」

「っ!?」

 

 声と同時に地を駆って横っ飛びをすると、それまで立っていた地面から獣の頭蓋が顕れ、鳴り合わされた牙同士がコートを八つ裂きにした。獣の牙は立て続けに姿を見せ、次々と逃げ道を塞いでいく。レイカはその全てを掻い潜り、人並み外れた脚力と動体視力を以ってして駆け抜ける。

 

「『茨』よ!!」

「ぐっ……!」

 

 牙の次は、茨。メドゥーサの頭髪を彷彿とさせる無数の茨が顕現すると、意志を持った茨達は先端からレイカの四肢に巻き付き、彼女を拘束した。身動きを封じられたレイカの身体は数メートル上空に持ち上げられ、締め付けが段々と強まっていく。カッターシャツは既に紅く染まり始めていて、レイカは苦悶の表情を浮かべながら地上を見下ろし、術者を探した。

 

「ぐっ……参った、わね。貴女、歳はいくつ?」

「黙って。罪人と口を利きたくなんてない」

 

 茨の根元に立っていた少女の外見から想像するに、九重神社で会話を交わしたサナエと同年代程度。左手で掲げられた複数枚のタロットカードは怪しげな光を放っており、術の媒介となってレイカを縛り付ける茨を操っていた。

 

「異能者、ね。申し訳ないけど、貴女に目を付けられる理由が見当たらないわ」

「よくもそんなっ……自分達がどれ程の犠牲を生み出してきたのか、分からないと言いたいの?」

 

 少女の口振りと態度から、レイカはある程度を察した。恐らくは未成年者である彼女の身に、一体何が起きたのか。引っ掛かる物はあれど、ここで力尽きて果てる訳にもいかない。やるべきことが、待っている人間が居る。その一心でレイカは強引に右腕を動かし、辛うじて握り続けていたサイフォンを操作して、術式を発動させた。

 

「なっ!?」

 

 レイカを囲んだ球状の結界は、彼女を拘束していた茨を遮断して、レイカは巻き付いていた部位と共に地面へと着地をした。間髪入れずに少女目掛けて突進し、反応が一手遅れた少女の身体を仰向けに押し倒す。体重を掛けて上半身に跨り、霊具の先端を首元に突き付ける。一瞬の間に形勢は逆転をして、少女はレイカを睨み付けることしかできないでいた。

 

「何点か答えて貰うわ。貴女の狙いは私?それとも結社の人間なら誰でもよかった?」

「貴女のことなんて知らない。全員が私の仇よ」

「そう。なら今日のように、貴女は私以外の誰かを狩ってきたということかしら」

「貴女が一人目になる筈だった」

「仇と言っていたけど、誰のこと?」

「両親よ!貴女がさっき使った術式だって……異端の力を、私達の生き方を弄んで!どうして笑っていられるの!?」

 

 レイカはやれやれといった様子で溜め息を付き、頭を痛めた。少女は大変な思い違いをしている一方で、当たらずとも遠からず。長年に渡り築き上げられてきた技術は、決して表沙汰にしてはならない、存在しない筈の力の上に成り立っている。その集大成でもあるサイフォンは、少女が揮った術と無関係ではいられない。

 

「貴女、名前は?」

「悪魔に名乗る名前は持ち合わせてない」

「私は柊レイカ。もう一度聞くわ。貴女の名前を教えて」

「…っ……ユキノ」

 

 少女が名乗ったのと同じタイミングで、レイカが発動させた強制睡眠の術式が、微睡みを強いる。レイカはユキノが意識を失ったのを確認した後、一度ユキノから離れ、牙に貫かれたトレンチコートを拾った。コートをそっとユキノに被せて一息を付き、彼女の身体を両腕で抱き上げる。

 

「……高校生、ぐらいかしら」

 

 すやすやと寝息を立てる少女の顔には、未だ幼さとあどけなさが残っていて、先程の攻防が嘘のように穏やかさで満ちていた。薄手のカッターシャツ越しに感じる肌寒さを耐え忍びながら、レイカはユキノの過去を想っていた。

 

 

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