『Y12地点でマチルダ1両走行不能、回収班は至急向かわれたし』
「こちら回収3班、5分で到着します」
無線を置くとすぐさま11式装軌車回収車に乗り込む。
『一佐、正面の森を突っ切って行きますか?』
「いや、少し遠回りになるが迂回してくれ、戦闘を妨害する訳にはいかない」
『了解です』
その日俺は北海道の釧路市に位置する戦車道開催フィールドで行動不能になった戦車の回収作業を行っていた。
通常このような仕事は日本戦車道連盟が認めたフィールド内のオフィシャルが行う。
しかし拡張された広大なフィールドをカバーすることが不可能であったため、装備の補充が完了するまでの間、陸上自衛隊の北部方面隊が不足分を補う形となっていた。
11式装軌車回収車の後ろに73式特大型セミトレーラが続く。
「マチルダ発見、これより回収作業に入ります」
通常ならトレーラーのウィンチを使って荷台に載せ、そのまま運搬すれば完了なのだがマチルダは湿原の窪地に嵌ってしまい身動きが取れなくなっていた。
回収車73式特大型セミトレーラーの荷台に乗っていた隊員がマチルダの後ろにワイヤーを通して行く。
「怪我は無いですか?」
キューポラから中を覗くと乗員が一人意識を失っていた。
「車長が意識不明です。被弾した時に頭を打ったんだと思います」
他の3人の乗員は先に降車してもらい代わりに俺が中に入る。中は薄暗く床にはティーカップと紅茶が散乱していた。
金髪の少女の肩を軽く叩いてみる。
「大丈夫ですか?」
「うっ・・・ん・・・」
微かなうめき声が聞こえた。出血はしているが命に別状はない様子だ。
「えっと・・・貴方は?」
「陸上自衛隊です」
俺は少女の頭に包帯を巻く。そしてこれから脱出する旨の無線を送った。
「立てますか?」
「えぇ・・・大丈夫です」
先に俺がキューポラから外に出て中に手を伸ばす。少女は俺の手をしっかりと握った。
エンジンブロックの上に出るとマチルダの車体はしっかりと装軌車回収車に繋がっていた。あとは引っ張り上げるだけだ。
「谷垣、この子を降ろすから手伝ってくれ」
「了解です。さぁ、こっちに来てください」
地面に降りた彼女は少しふらついたのもの自力で歩くことが出来ていた。
自分も降りようと車体に手をついた瞬間――――
パァン!
近くで何かが破裂したかと思った直後、右目に激痛が走った。
「一佐、大丈夫ですか!?一佐!」
そのまま地面に落ちてしまった俺は隊員たちに抱えられマチルダから離れた所へ運ばれる。
自分の右目のあたりを手で触ってみると真っ赤な血が付いていた。
「本部に連絡!それと救護車呼んでこい!残りは消火急げ!」
◇
それから後のことはよく覚えていない。目が覚めたら自衛隊病院のベッドの上だった。
後から聞いた話だがあの時マチルダの外部燃料タンクが破裂し、その破片が俺の顔面に直撃したらしい。
ヘルメットやベストを着用していたため急所などは無事だったらしいが右目は損傷が激しく手の施しようが無かったという。
数カ月後俺は自衛隊を除隊した。
蝶野から俺が助けた少女は検査の為数日入院していたが怪我も完治し、戦車道に復帰したという。
電話口で俺は「よかったな・・・」と呟いた。
しかし何もよくなかった。
彼女の心に出来た傷は2年経っても塞がってはいなかった。