「キノの旅」、だけど師匠メイン 作:ほう
広い広い草原の中、たった一本の細い道が地平線に向けて延びていました。晴れ渡る空の中、そんな場所に黄色いボロボロの車が一台走っています。
「師匠、腹減りましたね」
黄色い車を運転している男が呼びかけます。隣にいた師匠と呼ばれた妙齢の女性が返事を返しました。
「そうですね。そろそろ国が見えるはずなのですが」
「…………それらしいのいっっこも見えませんねぇ……」
草原はただひたすら草ばかり生え、それ以外は何も見えません。
「…………そろそろ、野宿の覚悟しますか、今日こそあたたかい部屋で寝れるかと思ったんですが」
「……、いえ、まだしばらく行きましょう」
男が怪訝そうな顔をしました。
「師匠……?」
「行ってください」
「…………はい」
しぶしぶという様子で男は師匠の言う通り車を走らせます。
だいぶ走らせ、日がもう少しで沈みそうな時間帯にはいりました。
「師匠、もう準備しないと暗い中の作業は大変ですよ」
「…………、左をみなさい」
「えっ?」
なんだあれは、と男は目を見張りました。
「あれ、国、さっきまで……ええ?!」
真っ赤な夕暮れの草原の中、赤く輝く城壁らしいものが目に入りました。太陽の光でか、半分は赤く、城壁にできた影は夜空を思わせるような黒さでした。
「なんか、すごいですね」
「向かってください。あたたかい部屋が待ってますよ」
「!、はい!」
車は急転換し道もない草原の上を走り出します。
「師匠、あの国は何が有名なんですか?俺何も聞いてないんですが」
「わかりません」
「…、はい?」
「ひとつ前の国で聞き込みましたが、夕方になると現れる、というおかしな情報しか手に入りませんでした」
「え……なんですかぁ、もしも襲われたら……」
男が言いかけて、そういえばこんな話を前にもしたような、と思い返します。
「その時は、どちらかが死ぬまで戦うまでです。ケダモノ相手に和平はありません……と前にも言ったはずですが」
「…………はい」
暫くして城門の前につきました。二人は車から出ます。すると一人、城壁から出てきました。
「こんばんは!旅人さんですね?」
「はい。何日か滞在させていただきたいのですが…」
師匠が城壁から出てきた男性にそういうと男性は楽しそうに声をあげました。
「そうですか!!それはそれは…、小さな国ですが何日でも滞在してください!国の者全ての者が歓迎してくれるでしょう!」
「……ところであなたは」
「ああ、私はこの国のただの門兵ですよ、中に入りましょう、どうぞ」
「はぁ」
ぎぎぃと、重苦しい扉が開かれていきます。門兵と名乗る門兵らしくないスーツ姿の男性は出てきた扉に戻り、師匠と男は車に乗り中へと入りました。
ーー
「えー、特に持ち込み禁止というものはないのですが、車に乗るのはやめてください」
「車だめなんですか」
男が女性にそう話しかけました。この国のルールを教えてくれる女性は始終笑顔で旅人達を見つめます。
「はい、車だけ。そういう法律なんです。こちらで車はお預かりしますが、必要なものはホテルに送ります。拳銃のほうもお持ちいただいてて結構です」
「変わった国ですね、車だけですか…、まぁいいや、食べ物はおいしいですかね」
「はい!名物という名物はないですがそれなりにはおいしいですよ」
女性は少し困った顔をしながらおすすめの料理店も教えてくれました。
「それは安心だ!師匠、楽しみですね」
「…………、え?なんですか」
「え?いや、食べ物美味しいらしいですよー、って、どうしました?」
「…いえ、なんでもありません」
「……?そうですか」
男は別の場所をしきりに見ている師匠の視線を追いましたが何を見ているのかはよくわかりませんでした。
「…………あれ?」
男がこえをあげます。
「どうしましたか?」
「え?いや……なんか、変な感じが」
「変な感じ?」
「あっ、いや、気のせいかもしれません」
「はぁ…?そうですか……」
師匠も男も腑に落ちない顔で辺りをキョロキョロ見回しています。お互いにお互いが挙動不審でどちらも相手の態度に気がつきません。
唯一、おかしな人達だと見ていたのは説明途中の女性でした。
ーー
「…………普通の国ですね」
「はい。見た感じは」
師匠と男は互いに少しの荷物だけを手に持ち、国の中へと入りました。
小さな国ですがそれなりに豊かそうです。もう既に夜でしたが人もちらほら見かけ、全体的に、普通、という言葉が似合います。
「とりあえずホテルに行ってから明日、国内を周りますか師匠」
「そうですね、そうしましょう」
「あ、あの馬車かな」
男がそう言い、走ってきた馬車を指差しました。
二人の長い一日の幕開けです。
ーー
「ホテル…………でかくないですか」
「……ええ、でかいですね」
二人は連れてこられたホテルの前で立ち惚けました。あまりに大きいホテルがあったからです。
「こんなでかいと……なんていうか……、デパートみたいですね……」
男がぽけーっと首を伸ばしきったまま言います。師匠も頷きました。
「たしかにデパートのようですね」
「……これ稼いでんのかなぁ」
男がちかちか光る看板を見て、あまり光の灯っていない部屋部屋をみながらつぶやきました。
「……とりあえず入りましょう。なぜか既に鍵はありますので」
「えっなぜ」
「もう用意は出来ているらしいです、荷物もこの部屋に」
師匠が鍵を二つ取り出し、一つを男に渡しました。
「908……、数字だけだとなんだか遠そうですね」
男が嫌そうな顔をして、師匠はいつも通りの表情で、
「そうですね、さっさと入ってゆっくり休みましょう」
と言った。
そして二人で扉の前に立ちました。二人とも表情にはしませんでしたが、何かおかしいとは感じました。
「……町では自動ドアとか見かけたんですがね、こんなデッカいホテルで引き戸って……」
男が思ったことをそのまま言いますが言ってるだけではどうにもなりません。
「……とりあえず開けますね」
ぐぅぅっ、とひとつ唸りながら男が重苦しい扉を開けました。
「…………?明かりついてないですね」
「……おかしいですね」
中を覗き込むと何も見えません。ひたすら闇が続いています。
「……どうします?」
「……そうですね」
二人がそう悩み始めた時でした。
「……て、」
奥から何かの声がしました。
「……た、……て、…………たす、けて……」
だんだん聞き取れるほど大きくなった声は、何度も何度も、助けを求めてきます。
二人はまたも顔を見合わせました。
「どうします?」
「…………」
「もどりますか?」
「……、戻りましょう」
「なんかおかしいですもんね」
戻るかと、既に居なくなってしまった馬車は仕方なく諦め、二人はそう離れていない城壁へ歩いて引き返しました。
「すいませーん?すいませんってばー!だれもいないんですかー!」
男が数分呼びかけました。
城壁について、二人は何度か声をかけましたが誰からも返事がきません。ただただ自分たちの声だけが響きます。
「……師匠」
「町に、いきましょうか」
「ああ、そうですね。そのほうが早そうだ」
すぐさま二人は近くの町へ行きました。
「誰もいない!おかしい!」
男が静かな街なかでそう叫びました。
「おかしいですよ!さっきまでちらほら見かけてたのに、今は一人もいないし、明かりがついてる家もものけの空だし!ねむいし!」
最後のは男が今一番感じていることでした。もう夜中です。
「……おかしいです。が、大きな武器は荷物として渡しましたし、今できることは……」
「え?いやまさか師匠、」
「ホテルに入りますか、気味の悪そうな場所でしたが」
「う、ううん……いやでも、侵入はできますよね?もう誰の家とかどうでもいいのでホテルはやめません?」
「……それもそうですね。1日待ちますか」
「そうしましょうそうしましょう!」
二人は話し合いの末、街中で適当に家を一軒選び、扉を破壊します。
「あれっ……師匠なんでしょう……煙が上がってません?」
家の後ろからもわもわと白い煙が見えました。炎は見えず、どうにも火事というわけではなさそうです。男は慌てて扉からはなれます。
「……引き返しましょう、毒ガスだったらたまりません」
「毒ガスって、何のために!」
「それは知りませんが、あたりを見回してみなさい」
「え、」
広い道路の真ん中で男が薄い月明かりに照らされた街を見回しました。
「なん、なんですかコレ!煙があっちこっち……!」
「はい。家の中から漏れ出ているようです。……奥の方から煙が迫ってきてるようですね。行きましょう」
「師匠?!どこへ、」
「ホテルですよ、今は行くしかありません」
男が嫌そうな顔をしました。何か他の手を、と男が思考を巡らせましたがろくな案がありません。し、後ろから煙が迫ってきます。
「早くしなさい、置いていきますよ」
師匠が次第に走り出し、男もそれに続いて走り始めました。
「うわうわ、なんか増えてません?!」
「通る道すべての家から煙が見えました。数分もしないうちに煙は国中に充満しますね」
「え、ええー、なんなんですかこの国ぃ!」
二人はそう言いながらホテルへ到着しました。
重い引き戸を男が開けます。
「……っ、」
「入りなさい」
「やっぱそうですよね…」
男は諦めた表情で中へ一歩踏み出しました。特に何も起こることなく、師匠も続いて入ります。
煙が入ってこないように、と重い扉を閉めました。
「…………なんか、追い詰められた感が否めませんねぇ……、煙も一体なんだったのか」
「鞄の中に電気があるはずです。取り出してください」
男は師匠の言われた通り鞄から電気を取り出しました。ミニサイズの電気がパッと辺りを照らしますが満足にいくものではありませんでした。
「……進みますか?この扉から煙が漏れ出てもあれですし」
男が後ろの扉を指し言います。
「……、そうですね。荷物も取られたままではこれからに支障がでます」
「はぁ……えらくおかしな国に入ってしまいましたね」
と、男が長く続く廊下に電気を当てた時でした。
『こんばんは旅人さん。驚かす真似をして申し訳ありません』
男は突然アナウンスを始めた若い女性の声に怪訝な表情を見せます。師匠は相変わらずぴくりとも表情を変えません。
『このホテルはお化け屋敷となっており、国の者が旅人さんが来た時にだけ総力を挙げて楽しむ目的で作られたものです』
「なんだそりゃ、どういうことですかー」
男が声をあげます。
『最初はこのアナウンスも入ることなく、旅人さんに楽しんでもらうようにしていたのですが、近年レベルを上げ、誰もゴールまで行くどころか途中で逃げ帰ってしまう始末でして、』
「向こうにはこちらの声が聞こえていないようですね」
「ですね……」
『お化け屋敷だ!作り物だ!と分かった上で進んでもらう事になりました。ですが城門で言ってしまうのはどうなんだ、入ってくれないのではないか、と多数の意見が出た結果、このようなアナウンスを取り入れることとなりました』
「はぁ……なんだそりゃ……」
『ですが、このような方式に変えた後、煙が大丈夫だと判断した臆病者の旅人さん達が逃げ帰ってしまった事件がありまして。それいらい毒ガスを使用しております。ホテルに入った時点で扉にはロックがかかっておりますが、そこから進まなければ毒ガスが噴射する仕組みも投入さています』
「師匠……強制すぎると思いません?走って逃げてなかったら今頃あの世ですか」
「そうですね、扉もびくともしません」
「ホテルに入るんじゃなくもう少し奥まで行けばよかったんじゃないですか師匠」
「結局ダメでしょう。この国の人たちは旅人を脅かしたい一心なんですから、どっちにせよ入るしかなかったでしょうね」
「そう、ですよね……」
『ある程度進めば脱出も可能ですが、ゴールまで行ってもらった場合、国内で、国民ができることならばなんでもさせていただくことになっております。ただで金銀財宝を得ることも可能です』
「これは……」
『では説明はここまでです。ゴールできることを願っています、奥へとお進みください』
男の目は少しばかり活力を取り戻しました。二人は暗闇で互いの表情も見えませんし、どう思ってるかなんてのもよくわかるような間柄ではありませんでしたが、
「行きましょう。財宝が手に入るならとっとと終わらせて国からでるだけです」
「さーすが師匠。行きましょ行きましょ!」
この時ばかりは互いに進むのだというのはわかったようでした。
「……普通の人なら怖いでしょうが……、作り物とわかれば怖いものなんかありませんよね」
男がけだるそうに言いました。今も真上から何か落ちてきましたが、血濡れた何かでした。
「そうですね。早く終わればいいのですが」
二人にとっては命の危険もないとわかった今、精巧に作られた生首があっても死体があっても、散歩みたいなものでした。
鉄の扉を通り、男が眉間にしわを寄せました。
「…なんですかねこの、霧…?」
「演出の一つでしょう」
「…ああ、そうですよね」
男が険しい表情のまま師匠の言葉の通りだと、そう思うことにして霧の中を歩きます。
薄暗い廊下や変な音のする部屋、仕掛けられた謎のようなもの、全て普通の、ただのお化け屋敷と大差のあるものではありませんでしたが、鉄の扉を抜けてから何も起こりません。
薄暗く、等間隔に並ぶ赤黒い光が廊下を不気味に照らすだけです。
「…さっきから何も起こりませんね師匠……」
「そうですね」
霧が出始めてから、薄赤い廊下にはひっきりなしに出ていた仕掛けが一つも見られなくなりました。
「あっ」
男が指差します。
廊下の奥、そこには古びた木製の扉が。
「ここに入るようですね」
師匠が扉の前についてそう言うと、男がこう言います。
「ここ……師匠、行かないほうがいいかも……しれないですよ?」
「はぁ、何故。お化けでもいると?」
師匠が久方ぶりにしっかりと男の顔に目線を向けました。険しく、青くなった男の顔には正気がありません。この表情が師匠への返事になりました。
師匠はただ無表情に無言です。
「師匠、何処かで道を間違ったのかもしれません。結構複雑な造りですし、霧がでかかった辺りから何かおかしいと思ったんです。引き返しましょう……?」
「……引き返しても、開かない扉が複数あるだけで結局は戻ることになると思うのですが」
「それです、その扉の何個かが変な感じがしたんです!きっとその中のどれかが本当の道に繋がってて……」
ふぅ、と師匠が一つ息を吐きます。
「あなたがそこまで言うなら確認しに行きましょう」
「あ!ありがとうございます師匠〜!」
やったぁ、と男が喜び勇んで元来た道に戻り始めます。
そして数分後、男は顔を真っ青にしました。
来た時くぐった鉄の扉がびくともしません。男は来た時ちゃんと確認をしていました、この鉄の扉は鍵の取り付けてないものだと。だからこそ顔を真っ青にして師匠に説明をしましたおかしいと訴えます。
「……、どいてください」
師匠が静かに扉に近づき、男を後ろへ下げます。
男は正気を失った顔のまま師匠の行動をじっと観察、そして師匠が何をしようとしてるのか察した時には一歩間に合いませんでした。
轟音が、男の鼓膜を突き破る勢いで鳴り響きました。
師匠は素知らぬ顔で扉のノブをぶっ壊し、開けることに成功しました。
「……これは」
師匠が珍しく表情を歪めました。
「師匠…、一言言ってくれても…」
「見なさい」
「なんです、開かなかったんですか」
男が扉の、開いた扉の先を見ます。
そこにはコンクリートの壁がありました。
コンコンと師匠が壁を叩きます。まぎれもなくコンクリートの壁でした。
「なん、ですかこれ」
「私も聞きたいです」
「ですよね…」
二人は顔を見合わせます。
どちらも冷静さはありましたが、男にはいつもの飄々とした余裕がなくなってきていました。
「どうしますか、師匠」
男が冷たい、ビクともしないコンクリートに手をついたまま師匠を伺います。
「そうですね…、」
数秒悩んだ後、師匠は一言零しました、