リアルのほうも落ち着きつつあるので少しずつ投稿していきますm(_ _)m
「それにしても、出撃が出来ないってのはきついな」
居室の中。二段ベッドの上でぼやいたのはミシェルだ。俺たちスカル小隊の先のスクランブルから2日がたっていた。その間、敵に大きな動きは見られず、戦闘も発生していない。クォーターの修復作業も佳境に入り、こちらの体制も整いつつあった。しかし、未だ艦載機は被害を受けたままで、出撃の出来ない日が続きそうだ。統合軍の機体も甚大な被害を受けており、少数での偵察飛行がやっとの状況だった。
敵がいつ襲ってくるか分からない状況の中で、統合軍とSMSは警戒を強めていた。ヴァルキリーのレーダーでは探知範囲が狭く、接近されても直前まで発見が出来ない。実質、敵の母艦をロストしている。現状の偵察では気休めにもならないことは明らかだった。そこで、強力な電子戦装備と長距離に有効な火力を持ったクォーターとフロンティアを衛星軌道に配置し、警戒に当たろうとしていた。SMSとしてはルカの電子戦機の修復が出来ればいうことは無いんだが、この短時間に高度な電子戦装備を修復できるような余力は残っていなかった。
「…翼をもがれた気分だよ」
紙飛行機を眺めながらミシェルに答える。戦いの中でも、空を飛んでいたい。地べたをはいつくばっているよりも、命を削って空で踊っていたい。そう思った。
「…ランニングでも行くか?」
ベッドの上から逆さまになったミシェルの顔が降りてくる。手に持っているのはスポーツドリンク。…仕方ない。やることもないし、1汗かいて気分を変えるか。
SMSの基地に併設されたトレーニングコースを走る。沈みかけた夕日に照らされた海は赤く輝き、吹き付ける風は温かかった。風を切る音が耳に心地良い。
「ミシェルせんぱーい!!アルトせんぱーい!!」
一時間ほど汗を流した頃、ルカの呼びかけが耳に届く。声のした方を見れば、クォータの甲板上でルカが手を振っていた。その隣にはクランと、シェリル。
「ちょうど良い。トレーニング切り上げるか!!」
ミシェルが実に陽気な声でそういった。クランを見た瞬間のこいつの顔ときたら、もう見てられなかった。グレイスとの戦闘が終わった直後からクランとミシェルは付き合い始めたようで、時と場所を選ばない苛烈なバカップルぶりで周囲の人間に砂糖を吐かせまくってるらしい。ヴァジュラ戦役の副作用がここにもあったようだ。…ランカたちとの関係をからからわれた時は張り倒してやろうかと思った。
このままスキップでもしそうな軽やかな足取りでミシェルはクォーターに入っていく。まったく、あれだけ恋愛に臆病だったやつがここまで化けるとはな。ミシェルの後を追って俺もクォーターの甲板へと急ぐ。銀河の妖精を怒らせると後が怖いからな。
「遅かったじゃないの、アルト」
…遅かったらしい。これでも結構急いだんだが。そしてクランとミシェル。早速いちゃつくな。ルカが苦笑いしてるぞ。
「悪かったよ。まだクォーターも万全じゃなくてエレベーターが使えないんだ」
「…そう。やっぱり、大変だったみたいね。メサイアも、壊れたんでしょう?」
ミシェルは物憂げな顔で空を見上げる。風に揺れる髪が、儚げにうつる。
「…まあ、人的被害はそこまで大きくないから、時間がたてばまた飛べるさ」
そう。奇跡的に今回の戦闘では死者がほとんどでなかった。統合軍のパイロットには数名ほど死者が出たが、ほとんどはミサイルの直撃前に脱出して無事だった。
「…でも、まだ終わっていないのよね…」
シェリルの瞳がこちらを見据える。言外に「死なないで」と言うメッセージが伝わってくる。ミシェルとクランのいちゃつく声が、ルカの苦笑いが遠く聞こえる。
…答えられなかった。敵の能力も目的も未知数で、いつまで続くか分からない戦いに、生き残る保障が出来ないでいた。ヴァジュラ戦役の時は、飛んでいるだけでよかった。死ぬとか生き残るとか、深く考えていなかった。でも、大切なものが出来た途端、死を考えるようになった。死ぬことが怖くなって、そして同時に命を賭してでも二人を守りたいと思うようになった。
「…そうだな」
だから、シェリルの言外のメッセージには気づかないふり。…我ながら、弱くなったと思う。
「…ええ」
気まずい沈黙。なんとなく、シェリルと目をあわせられなかった。二人して、遠くの海を眺める。さっきまで気持ちよかったはずの海風は、足かせのように重くまとわりついて、俺をその場に縛り付けた。
「…それじゃあ、私は帰るわね」
きびすを返して、シェリルは歩き出す。
「あれ、もう帰るのか?」
ミシェルといちゃつくのを中断したクランが声をかける。
「ええ。アルトの間抜けな顔を見れたから。…アルト、頑張んなさいよ?」
「ああ。もちろんだ」
言外の声に答えられなかった分、シェリルは励ましてくる。ただ「頑張れ」とだけ。そのまま、4人でシェリルを見送った。
「じゃあ、ボクもナナセさんとの約束があるので…」
そういってルカもクォーターを後にする。ナナセは容態も安定して、今では普通に学校に来ている。ランカとコンビを組んでは校内でいろんな騒ぎを起こしているのは有名な話だ。
「ミシェル…」
「クラン…」
早速二人だけの世界に浸っているミシェルたちを置いて居室に戻る。いつものフライトジャケットに、カーゴパンツ、ブーツを履いてSMSの制服を身にまとう。日はすでに沈んでいた。食堂で飯を済ませ、風呂に入る。地上戦用装具の手入れをして、時刻は20時を少し回ったところ。ミシェルはまだ帰っていない。余談だが、整備兵の話によるとクォーターの一角からは愛を囁く声が響き渡っているらしい。…どうでも良い話だな。
…暇だ。翼がなくなった途端、やることがない。こうやって手持ちぶさたになるとつい考えてしまう。
…俺は、どうするべきなんだろう。翼を持たない俺に、何が出来るのだろうか。ヴァルキリーは予備も含めて破壊されてしまった。弾薬も使い物になるのは小銃や拳銃と言った小火器だけで、ミサイルなどの弾薬は残っていない。補給もいつになるか分からない状況だ。こうなると、俺に出来ることが少ないとわかる。今敵に攻め込まれたら、太刀打ちできるすべを持っていない。ランカたちのこともそうだ。未だ答えは見つかりそうにない。ここまで優柔不断とは、自覚すると心に来るものがある。ランカは、俺が飛ぶ理由だった。初めてメサイアに乗り込んだときも、あいつがいた。だが、シェリルも俺にとっては大切な存在だ。ランカがいなくなって迷っていた俺に道を示し、飛ぶ理由をくれた。だから――
…だめだ。思考がうまくまとまらない。こんな時は、空を飛ぶに限るんだが、あいにくEXギアすらフロンティア工廠で修復作業中だ。飛ぶことはかなわない。
…いずれにしても、だ。俺にやれることが限られていようと、まだ答えが見つからなくとも、守らなきゃいけないのだけは確かだ。…そう。今回も、守るんだ。ランカも、シェリルも。すべてを、守るんだ。守らなきゃいけない。それだけは確かなんだ。今はそれで良い。それだけで良い。
そうやって、考えることから逃げるように、眠りへと落ちていく。まどろむ意識の中「本当にそれでいいのか」と問う自分には気づかないふりをして。