“おまえの事も、食ってやろうか”
「……え?」
そんなことを言う彼の目は、本当に冷たい目をしていた。
怖さを超えて何も考えられなくなった私は唇だけを震わせながら呆然と立ち尽くしていた。
彼は牙を見せて私の腕を掴む。
噛まれてしまうのか、とぎゅっと目をつぶった。
腕に力を入れて振り払おうとしても、力ではまったく逆らえなかった。
涙が頬を伝う。
足に力も入らなくなって、ほぼ壁に寄りかかる状態となってしまった。
彼の顔が近づいてきた時、頬にザラザラとした感触がした。
ビクッと体を震わせて目を開けると、彼の顔が目の前にあった。
「うわ、味しない……」
私の涙を舐めて、損をしたという顔をする。
わけがわからなくなって混乱していると、彼はまた私を見る。
「動いたら噛み殺す」
そう脅されて、私は動けなくなってしまった。
元から怖くて動けなかったけど、そのせいでまばたきすら出来なくなった気がした。
彼の舌がまた頬にあたる。
くすぐったいけど、決して怖さは拭えなかった。
いつ噛まれるかわからないのだ。
彼は私のいろんなところを舐めた。
顔に腕、首に胸元の近くまで。
怖くて何も出来なかったけれど、彼が顔を離してようやく目を見ることが出来た。
すると、彼は最後に私の指を掴んでそのまま噛み付いた。
「…いっ……!」
痛さに顔をしかめる。
指から血が滴って、床にポタポタと垂れた。
その血まで舐めたところで彼は顔を上げる。
「……足りない」
その顔はどこか不満げな表情だった。
「体なんか舐めても、腹の足しにならない」
ため息をついた彼は、私をじっと見下ろした。
「…肉、なんかないの」
それは私に問いかけているのだと気付くのには少し時間がかかった。
自分が食べられると思っていたからつい拍子抜けしてしまった。
「……聞いてんだけど、答えないとまた噛むよ」
その言葉にハッとして私は慌てて声を出した。
「れ、冷蔵庫の中に……たぶん鶏肉とか…あった…」
声が震えていて少し裏返ってしまったが、今は食べられないように動くのだけで精一杯だった。
彼はそのまま私の横を素通りして部屋から出ていき、冷蔵庫のある部屋に行ってしまった。
「……な、何なの……」
狼はもちろん肉食動物だ。
肉がどこにあるのか尋ねる前に、普通なら私を食べるのではないだろうか。
何で私を食べなかったのだろう。
お腹がすいているなら、なおさらだ。
やっぱり、恐い……
でも一人にしておくわけにもいかず、遠くから冷蔵庫をあさる彼を見ていた。
あさった跡はあったけれど、そこまでちゃんと調べていなかったのだろうか。
「ん、見っけ」
少し弾んだ声で呟いた彼は、鶏肉を生のまま口に運んだ。
「あっ……」
生肉を人間が食べるのはもちろんダメなことだから驚いてしまったけど、見た目が人間なだけで中身は狼なんだから生肉でも大丈夫ということだろうか。
「……なに」
不意にこちらを見て尋ねる。
私は慌てて視線を泳がせた。
「あ、いや……その…」
なんて言えばいいのかわからない。
何をまず聞けばいいのかわからない。
少し生臭くなった体を見て、私は勇気を出して聞いた。
「…祖母は、どこへ行ったの……?」