「…生姜湯…?」
彼は私が置いたコップをまじまじと眺めて、幼い子供のようにそわそわしていた。
「生姜湯知らないの?風邪とか、寒いときに良いんだよ」
彼の向かいに座ってなんの躊躇もなく生姜湯を飲む。
もちろん私は生姜湯を飲んだことがあるし、祖母によく作っていたから抵抗なんてものは感じないのだけれど。
「はちみつを入れて甘くして、レモンを入れてサッパリ感も出してみたの。加熱した方が効果があるらしいから小鍋を使って、風邪の予防とか冷え性の改善にもなるんだよ」
話している意味がわかったのかわからなかったのか、彼はまた生姜湯を見つめて、ごくっと1口飲んだ。
「どうかな?」
この生姜湯は両親も美味しいと言ってくれて好評だったので自信はあるのだが、狼人間の味覚に合うのかはさすがにわからなかった。
これでまずいとか言われて何かされたらどうしよう、なんて思ってしまっている。
「甘い…」
無表情なので顔から感情を読み取るのが難しくて、首を傾げる。
「もっと甘み無い方が良かった?」
恐る恐る聞いてみると、彼は首をふる。
「甘いの好きだから、美味しい」
フッと笑ってくれて、私はつい嬉しくなってしまった。
どこの誰かもわからない人間とここまで関わっていいのかと思ってしまうが、赤ずきんも貰って、何もしないのもどうかと思ってしまったのだ。
その時、ふと疑問が浮かんで尋ねてみた。
「ねえ、あなたのことなんて呼べばいいの?なんて言うんだろう、偽名…みたいなやつ?」
本名は名乗らないと言われてしまったし、私も無理やり聞くつもりはなかったがなにか呼べるものがないと困ってしまうだろう。
この先深く関わらないなら名前なんてなくても良いだろうけど、この家に住み着くと言っている時点で深く関わることになりそうだ。
「べつに、何でもいい。好きに呼んで」
人の名前を考えるのは苦手だし、なんてったって狼人間の名前なんてメジャーなものすらわからない。
そんなことを言われると、つい悩んでしまう。
「んー…呼ぶのに困らなければ良いんだけど…」
首を捻って唸っていると、彼は窓の外を見て顎を手の上に乗せた。
「……冬…」
そのポツリ、と漏れた彼のつぶやき声に、私は彼の顔を見た。
彼も何故か「しまった」という顔をして冷や汗を垂らしながら私を見る。
無表情なくせに、こういうときはわかりやすい顔をしている。
「冬?冬がどうかした?」
何を伝えたいのかその一言だけではわからなくて、続きを求めたのだが、彼は一向に話そうとはしなかった。
「……じゃあ“フユ”は?」
私の突然の提案に、彼は目を丸くしていた。
「あなたの名前。かなり適当になっちゃったけど、何でもいいんだよね?」
センスのある名前かと言われれば苦笑いだけど、ただ私達の間だけで通じる名前ならそこまでいいものにこだわる必要も無いと思ったのだ。
彼の顔は少し曇っていたが、やっぱり名前のセンスがなさ過ぎるのだろうか。
「……フユ、か」
「何よ、その意味深な発言は」
そこまで微妙な顔をされるとなんだか小っ恥ずかしくて反抗してしまう。
たしかにあまり褒められたものじゃないけど、そんな顔しなくてもいいのに。
「いや、フユでいいよ」
少しだけ微笑んだ彼の顔に、全てがリセットされたみたいで少しモヤモヤする。
「……そっちは?」
「あっ、私も名乗らないとだよね」
彼の名前のことで頭がいっぱいで自分が名乗るのを忘れていた。
彼に私のことを呼ぶ機会が無かったのもあるが、これからはきっとあると思うのでしっかり名乗っておこう。
「私はアカツキ。これは本名よ」
クスクスと笑いながら話すと、彼は1回頷いて笑った。
「よろしく、赤ずきんちゃん」
「へっ!?」
突然何を言うのかと驚いていると、彼は私の頭のことを言いたかったのか、代わりに自分の頭をトントンと指でさして苦笑する。
「頭巾、似合ってたから」
からかわれた、とようやく気づいて私はなんだか恥ずかしくなる。
「冗談だよ、よろしく。アカツキ」
彼は言い直して、今度は本当の私の名前を呼んだ。