放課後までの数時間、目の前の少女――陽菜――はあからさまに上の空だった。
前の席の唯一の友人が話しかけても、うんしか言わずに時折何かを思い出したかのように頬を染める。
授業中もこれなのだから、高校の授業のシステム的なもの――教師が説明するだけで充てられることは無い――には感謝しないといけないだろう。
まぁこれも仕方ない話なのかも、等と後ろから時折来る"今私すっごい浮かれています"なオーラを感じながら翠音はそう思った。
……話は、昼休みまで遡る。
昼休み、今日はカレーを食べると言って食堂に行った陽菜は何故かカレーパンを購入して早々に戻ってきていた。
混んでいたかカレーが売り切れだったのかどっちかだったのだろうとあたりをつけながら戻ってきた陽菜をしっかりと見ると、何かがおかしかった。
そう、どこか…浮かれている様な、そんなような。
いそいそと小動物のような動きでカレーパンを袋から少しだけ出して、はむ、と擬音が聞こえそうなほどに可愛く齧ると、何やら嬉しそうに微笑む。
何があった。どうした。あなたってこんなキャラだっけ?
翠音の思考は先ずそれで埋め尽くされた。軽いパニック状態に陥ったようなものである。
初めて見る本当に嬉しそうな表情。
時折頬を染めて、悶えるように震える体。
昼休みに出てから今の間は約8分。その8分で何が彼女をここまで頭がおかしい自体にさせたのだ。
(翠音、気になります。)
何だその気になります、って。頭おかしい光景に自分も壊れたか。
等と考えながら、丁度カレーパンを食べ終わったところを見計らって翠音は陽菜に聞いたのだ。
聞いてしまった。
「ねぇ、食堂で何かあった?」
その質問の陽菜の答えは、言い表すならただのノロケだった。
やれ背の低い男の子とぶつかっただの、やれその男の子が紳士的だっただの、やれその男の子と放課後遊ぶことになっただの。
今時にそんな阿呆なことがあるのか、と思いながら翠音はその時盛大な溜息を吐いた。
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そんな昼休みの珍妙な出来事を思い浮かべながら翠音は後ろの桃色光線ダダ漏れ少女のことを考えた。
きっかけなんて特になく、ただ後ろの席だから話しかけた程度の相手。
少々どころかかなり根暗な少女な印象はあるが、話してみると聞き手上手で飽きることはない。
その身長の所為で色々と辛い思いをしているのがなんとなくは察しがついたから、そこのことを話に持ち出すこともしない。
というより、外見で人は判断したくないというのが翠音の気持ちであり、対人関係の基盤の一つだ。
だから、龍海陽菜という人間に対する翠音の評価はちょっと喋るのが下手で根暗な、でも喋ると面白い友人、というものだ。
(しかし、まぁ。男の子に誘われた、ねぇ)
そんな友人が、男に誘われたというのは比較的驚きに値する出来事だ。
悪い男に騙されてるとかそういう可能性も否定できないけれど、そういうのに絡まれて成長することもあるはずだ。僅か一週間と少しにしか満たない友人関係なのだから干渉なんてするのは論外だとも考える。
ただ、まぁ。
少し経ってから、それとなく聞いてそこから相手を見定めてみる程度なら、大丈夫かも知れない。
総結論づけて、思考を切る。同時にチャイムが鳴った。
さぁ、放課後だ。
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さぁ、放課後だ。
陽菜は気合を入れて食堂に向かった。特に気合に意味はないが、記憶が残っている中でのほぼ初めての"お誘い"というものに動転しているだけで、他意はないのである。
カバンを握る手が汗ばんでいるのを感じながら、食堂までの道のりを歩く。
食堂に向かうにつれて人の数は減っていくが、まだまだ時間も早いということでそれでも多くの人が残っている。
部活の勧誘をしている人、立ち話をしている人、それらをかき分けながら歩く。
いつもいつも人混みを歩くときは足が重いはずなのに、今日今現在に限っては一歩々々が軽い感じがする、と陽菜は感じた。
食堂は放課後でもそこそこに賑わっていた。
椅子がありテーブルがあるこの場所は、教室に次いで生徒の中では癒しの空間のようなものなのだろう。
飲食も大丈夫なので飲み物を片手に会話に興じている生徒もちらほらと見かける。
そんな中で陽菜は件の男子生徒を探した。
身長が低い、黒髪。
それしか分からないがそれで十分だろう、それに言ってしまえば私は長身の黒髪。
探しやすさを考えると私ほど探しやすい人間もまぁ、この場では少ないだろう。
少しだけ、このコンプレックスに感謝する。したくもないが、今日は特別だ。
何故なら、探し始めて1分もしないうちにあの男子生徒がこちらに向かって手を振りながら歩み寄ってきたからだ。
「待たせた。探したか?」
そっけない言葉が来る。待たせたのはこちらなのだから、それは私の言葉のだけど。
こういうさりげなさが、男なのだろうか。妙な納得をする。
「今来たところ、です」
テンプレートな会話をしているな、と心の中で苦笑する。
ああ、なんだ、勘違いをしてしまいそうだ。
「なら、行こう」
そう言って、少し急かすように目の前の男子生徒は食堂から出る。
それを追いかけるように歩き始め、すぐに隣に並んだ。
デッキは、家?と質問する彼に、カバンの中、と簡潔に答える。
ん、と短い返事をした彼はそのままの歩調と声色で言った。
「実家が、カードショップなんだ。そこでいいか?」
……え?
待った。今彼は何を言った?
カードショップ、それは理解できる。そこでいいかという質問にも問題はない。やることはカードゲームだから場所的にも問題ない。
……実家という言葉が、つかなければ。
実家、イコール彼の家。経営しているのは、多分彼の親。
なかなかにハードルが高いのではないかと思う。ほんとにカードゲームだけなのだろうか?
思春期の初心な女特有――果てしなく自分自身の主観が入りに入った――の思考が陽菜の脳内を駆け巡る。思わず隣の彼を見た。
なんというか、純粋に何も考えていないように思える、顔。毒気が抜かれるような表情だ。
気にしすぎだと思い直し、大丈夫です、と返事をする。
そうだ、初対面の人間が遊びに誘われただけだ。そんなすぐにどうこうなんてありえない。
昇降口で一旦分かれて靴を履き変え、再度落ち合う。その間にクールダウンは完了した。何があっても私は狼狽えないという気概を心の中で完成させる。どうせショップの中には多くの人がいて騒がしいはずだ、そんな中で何かハプニングがあるはずがない。
さぁ、私はもう大丈夫。そう思った陽菜に彼が投げかけた言葉。
「今日は定休日で、客はいないから。落ち着いて遊べるよ」
その言葉に陽菜の気概は容易く崩され、ショップに到着するまで陽菜の思春期の初心な女の妄想は止まることをしなかった。
//--- 思春期の初心な女特有の妄想
誘われて迫られてああ私食べられてしまうんだわ的な。
陽菜はインドアで読書好きなので耳年増。
しかし、文章作成能力が、ないなぁ。