よりによって――
CV33は、プラウダの左翼が並んで砲を向けた一角に飛び出したのだ。
だが、プラウダ戦車の狙いはCV33ではない。
射線の先にいるのは、壊れかけの戦車。
はずれた履帯。
かしいだ車体。
砲弾の衝撃ではげ落ちて、下から地金があらわれた濃緑の塗装。
継続高校のミカが立てこもったIS-3だ。
車体には、砲撃で跳ね上げられた土砂が降りつもっている。
ところどころから黒煙が上がっている。
それでもまだ、白旗は上がっていない。
きしむような音を立てながら、砲塔がぎこちなく回っている。
CV33はその方角へ走ってゆく。
飛んで火に入る夏の虫――
T-35に追われたCV33が、なにも知らずに死地に飛び込んできた。
プラウダの生徒たちには、そう見えた。
さっきさんざん自分たちをおちょくった豆戦車が、逃げた先でT-35に出くわして逃げてきたのだと。
あのときはノンナさまの命令があったから、格下のアンツィオごときに陣地の中央を突破され、あまつさえ暴言を吐かれても、屈辱に耐えた。
だが、いまなら遠慮する必要はない。
お調子乗りがしっぽを巻いて帰ってきたのだ。
歓迎してやりたくなるのが人情というものではないか。
「見ろ! CV33が戻ってきたぞ!」
「キツネ狩りだ!」
「私が当てる!」
「なにを言う、私の獲物だ!」
白旗は上がっていないが、IS-3はほぼ沈黙している。
あと一、二発ぶちこめば――と楽観ムードが広がっていたところに、いいおもちゃが転がり込んできたのだ。
余興とばかりに、誰が最初にCV33に砲弾を命中させるかの勝負がはじまる。
いっぺんに撃っては誰の弾だかわからないから、撃つのは一輛ずつ。
誰かが一発撃つたびに喝采を上げる。
弾着をかわしながら懸命に走るCV33にやじを飛ばす。
CV33を追いかけていたT-35が、爆発でできたクレーターに落ちてひとりで白旗を上げたときにも、心配するどころか、笑い声やブーイングを上げるありさま。
「なにをしているのです! さっさと二輛とも倒しなさい!」
通信機からノンナの声が聞こえても、通信手はまだ半笑い。
「だってノンナさま、相手はCV33ですよ? あんなのいつでも……」
「いいかげんになさい!」
プラウダの生徒たちは、いつも冷静な副長がめずらしく声を荒らげたことに目を丸くする。
「試合中になにを遊んでいるのです! わからないのですか、CV33はIS-3の乗員を回収するつもりです! それだけは絶対阻止しなさい!!」
#
CV33は、砲撃でがたがたに荒れた平原を駆ける。
薄い装甲越しにひっきりなしに聞こえるのは、砲弾の飛来音と炸裂音。
さっきまで一発ずつだったのに、いまは連続している。
砲手席のカルパッチョが、外の様子をうかがいながらアンチョビに言う。
「砲弾が集中し始めましたね」
「ああ。感づかれたな、こりゃ」
アンチョビが頭上の部下に呼びかける。
「おい、反応あったか?」
「まだです。さっきから合図してるんですけど。おーい! こっちー! 見えてるかーー! ……あー、やっぱ視界に入ってないんじゃ」
「えーい。とりあえず手ぇ振っててくれ」
ノンナの推察通り。
アンツィオ一行の目的は、IS-3に立てこもったミカの救出である。
まっすぐ向かっては意図を読まれてしまうから、戦場から逃亡したと思わせておいて、別方向から接近する作戦だったのだが、途中でBM-8に出くわしたせいで、よけいな時間を食ってしまった。
「基本は殲滅戦ですから、つぶしたことに意味はあります」と、カルパッチョ。
「くそー。せめてT-35が生きてりゃ盾に使えたのに。どうなんだ、転んだだけで白旗ってのは」
「重たいのは、足回りに問題抱えている機体が多いですから」
「そっすよ、やっぱタンケッテが最強っす!」
タンケッテが最強かどうかはさておき、あの難物
周囲は砲弾の雨あられ。
CV33は機体を浮かしながら走る。
あるいは、衝撃で地面に叩きつけられながら。
その様子が見えているのか、いないのか。
IS-3は動かない。
それとも動けないのか。
さきほどから、IS-3もはげしい砲火にさらされている。
CV33がたどりつく前に撃破しようという魂胆だろう。
ますます破損を増してゆく緑の重戦車を、操縦席前の狭いスリットからのぞきながら、アンチョビは歯がみする。
水平になるくらいアクセルペダルを踏み込んでいるのに。
IS-3は、まだ、遠い。
#
山の中腹では、ノンナのIS-2がCV33に砲塔を向ける。
いくら最大射程20㎞と長砲身ゆえの貫通力を誇るIS-2といえども、これだけ距離が離れていては、重装甲のIS-3を撃ち抜くことは難しい。
だが、CV33であれば、直接当てる必要すらない。
近くに撃ち込むだけで、十分に行動不能にできる。
ノンナはすでに、CV33をスコープにとらえている。
見えるのは、IS-3めがけて疾走するタンケッテの姿。
猶予など、くれてやるつもりなどない。
ノンナはためらいなく、足元のペダルを踏み込む。
――だが。
その直前、山上から、まるで火山の噴火のような重いとどろきが響く。
そして、弾着!
巻きあげられた大量の土砂がスコープの視界を覆いつくす。
CV33を隠し、一瞬発射の遅れたIS-2の標準を狂わせる。
爆発が起きたのはCV33の手前。
ちょうどプラウダの左翼のあたり。
「敵弾! 頭上からです!」
「やられました! 行動不能!」
「こちらも行動不能!!」
通信機が、部下の悲鳴じみた報告をがなり立てる。
――KV-2!
ふり返って確認するまでもない。
これほど大規模な爆発を引き起こせる戦車は、ノンナの知るかぎり一台だけ。
(だが、KV-2は動けなかったはず――)
ノンナはキューポラから山頂をのぞきあげる。
山頂にかかっていた煙幕は、いつの間にか晴れていた。
T-34/85は、煙幕に隠れる前と同じように、IS-2にぴったり目をつけている。
違いは砲塔上部の車長用ハッチ。
さっきは閉じていたハッチが開いている。
そこから上半身を出しているのは、黒の戦闘帽を被った金髪の少女。
(――カチューシャ!)
少女はさかんに腕をふって、なにか合図をしている。
ノンナに…… ではない。
見ているのは後方だ。
そこで巨体をさらしているのは、言うまでもなくKV-2。
まだ砲塔は故障したまま。車体との向きが変わっていない。
車体は斜面に対してほぼ横向き。
履帯が外れて、むき出しの転輪が見えている。
KV-2の横腹にお尻をつけたT-34/85は、必死に履帯を回転させて、下からデカブツを押し上げようとしている。
KV-2の重量は五十二トン。
いかにT-34/85の十二気筒液冷ディーゼルが優れものといえども、独力で斜面を持ち上げるのは無理な相談だ。
(――カチューシャも無茶をする)
ほほえましい悪あがきに、もう少しで表情をゆるませそうになったノンナが、ある事実に気付いて眉をひそめる。
(移動している……?!)
KV-2の向きが、ゆっくりとだが、変化している。
そうだ。動いている。
だからこそ、砲塔の動かないKV-2が、プラウダの左翼を砲撃できたのだ。
KV-2の車体が方向を変えるにつれ、ノンナは真実を悟る。
履帯が回っている!
片側だけ。
片側だけだが、回っている。
今まで陰になって見えなかった、反対側の履帯が。
(――煙幕の目的は、あれか!)
IS-2に狙いをつけさせないため。
煙幕の目的は、それだけではなかった。
晴れるまで時間を稼ぎ、中でなにをやっているのかわからなくしておいて、履帯を片側だけ修理する。
そうして修理した履帯を駆動させ、力が足りない分はT-34/85が反対側から押し上げて、同時にバランスが崩れないように支えになり、KV-2を動かしたのだ。
そして今、KV-2は――
じわじわとシャーシの向きを変え、砲塔を下に傾けて、山の中腹に陣取ったノンナのIS-2に、照準を合わせつつある。
(――まずい!)
「全速後退!」
ノンナが叫ぶ。
IS-2が履帯を回転させたのと、KV-2の二発目が着弾したのは、ほぼ同時だった。
#
KV-2が巻き起こした巨大な土煙を横目に、CV33は走る。
今の砲撃は、うまいこと敵の目つぶしになってくれた。
しばらくは狙われずにすみそうだ。
おかげでIS-3との距離を縮められる。
IS-3は気付いてくれただろうか。
それともまだ気付いていないのだろうか。
こちらから確かめるすべはない。
ただ、こちらがたどりつくまで生きていてくれることを祈るしかない。
CV33の頭上から、ぱらぱらと土砂が降り落ちる。
そんな状況でも、ハッチから上半身を出したままのペパロニが叫ぶ。
「ねーさん! IS-3の砲塔がこっち向いてます!」
「よし、手をふれ!」
「おーい! こっちー!!」
IS-3の砲身が上下にゆれたのは、手をふるペパロニに返事をしたのか。
それとも、ただ軋んだだけなのか。
見守るペパロニの前で、IS-3のすぐそばを光弾がかすめる。
土煙はまだおさまっていないのに、プラウダの戦車が砲撃を再開したのだ。
一発、また一発と、弾幕が厚みを増してゆく。
砲弾はIS-3に集中している。
CV33の狙いがIS-3の乗員回収であることは、すでに露見している。
それなら移動中のCV33を狙う必要はない。
IS-3の周囲に砲弾を集めておけば、CV33の方から飛び込んでくる。
面制圧めいた砲弾の雨に、自分から。
アンツィオ一行だって、それが危険な行為であることくらい、百も承知。
だが、真剣な表情をしているのはカルパッチョだけ。
操縦手席のアンチョビも、上部ハッチから上半身を出したペパロニでさえ、白い歯を見せて笑っている。
しばらく静止していたIS-3が、どぉん、と主砲を発射する。
もうぼろぼろなのに、狙いはたしか。
プラウダの包囲網にまた一本白旗が立つ。
だが、それが最後の一発。
飛来した砲弾に叩かれて、砲塔が悲しげにうなだれる。
装甲はすでに傷だらけ。
ところどころ深くえぐられて、生傷のようにめくれ上がっている。
誰の目から見ても、限界は間近だ。
IS-3の上部ハッチが、ゆっくり開く。
中からあらわれたのは、青白の帽子をかぶった、黒髪の少女。
はげしい砲火にさらされている最中だというのに、瞳と表情はすずやかだ。
機上にミカの姿をみとめたアンチョビが、アクセルをいっそう踏み込む。
「ペパロニ、停車してるヒマはないぞ! すり抜けながらかっさらえーー!」
「がってん承知!」
しっかと請け負ったペパロニが、大きく両腕を広げる。
受け止めるから飛び降りろという合図だ。
ミカにも伝わったらしい。
ふらり、とゆらめくように、継続のエースが側面による。
刹那――
CV33の足元で、砲弾がはじける。
「こんのぉ!」
アンチョビがレバーを操作する。
その行為に、はたして意味があったかはわからない。
ともかく、CV33は直撃をまぬがれる。
けれども、無傷ではすまない。
タンケッテは、爆風に巻きあげられて宙を舞う。
アンツィオ一行が機体にしがみつく。
飛行するCV33が、IS-3の砲塔と同じくらいの高さに達したとき――
ミカが軽やかに跳躍する。
ペパロニが上半身をのばして、どうにかミカの身体をつかまえる。
勢いを受け止めきれずに、ぐるっと体が回ってしまう。
だが、それでも回した両腕を離さない。
ミカも両腕を回してペパロニにしがみつく。
しかし、ミカが身をあずけているのは、角度の急なCV33の側面。
ペパロニはハッチから身体を出しすぎている。
このままでは、二人分の体重を支えきれない。
ペパロニの身体が、ミカを抱いたまま、鋼板の上をずるずると滑る。
腕は使えない。
放したらミカを落としてしまう。
あわやふたりとも落下しそうになったとき――
ペパロニの制服の背中のすそを、もうひとつのハッチから体を出したカルパッチョが、しっかりとつかまえる。