真夏のエリカチュ作戦です!   作:ばらむつ

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その5

 よりによって――

 CV33は、プラウダの左翼が並んで砲を向けた一角に飛び出したのだ。

 

 だが、プラウダ戦車の狙いはCV33ではない。

 射線の先にいるのは、壊れかけの戦車。

 

 はずれた履帯。

 かしいだ車体。

 砲弾の衝撃ではげ落ちて、下から地金があらわれた濃緑の塗装。

 継続高校のミカが立てこもったIS-3だ。

 

 車体には、砲撃で跳ね上げられた土砂が降りつもっている。

 ところどころから黒煙が上がっている。

 それでもまだ、白旗は上がっていない。

 きしむような音を立てながら、砲塔がぎこちなく回っている。

 

 CV33はその方角へ走ってゆく。

 

 飛んで火に入る夏の虫――

 

 T-35に追われたCV33が、なにも知らずに死地に飛び込んできた。

 プラウダの生徒たちには、そう見えた。

 さっきさんざん自分たちをおちょくった豆戦車が、逃げた先でT-35に出くわして逃げてきたのだと。

 

 あのときはノンナさまの命令があったから、格下のアンツィオごときに陣地の中央を突破され、あまつさえ暴言を吐かれても、屈辱に耐えた。

 だが、いまなら遠慮する必要はない。

 お調子乗りがしっぽを巻いて帰ってきたのだ。

 歓迎してやりたくなるのが人情というものではないか。

 

「見ろ! CV33が戻ってきたぞ!」

 

「キツネ狩りだ!」

 

「私が当てる!」

 

「なにを言う、私の獲物だ!」

 

 白旗は上がっていないが、IS-3はほぼ沈黙している。

 あと一、二発ぶちこめば――と楽観ムードが広がっていたところに、いいおもちゃが転がり込んできたのだ。

 余興とばかりに、誰が最初にCV33に砲弾を命中させるかの勝負がはじまる。

 

 いっぺんに撃っては誰の弾だかわからないから、撃つのは一輛ずつ。

 誰かが一発撃つたびに喝采を上げる。

 弾着をかわしながら懸命に走るCV33にやじを飛ばす。

 CV33を追いかけていたT-35が、爆発でできたクレーターに落ちてひとりで白旗を上げたときにも、心配するどころか、笑い声やブーイングを上げるありさま。

 

「なにをしているのです! さっさと二輛とも倒しなさい!」

 

 通信機からノンナの声が聞こえても、通信手はまだ半笑い。

 

「だってノンナさま、相手はCV33ですよ? あんなのいつでも……」

 

「いいかげんになさい!」

 

 プラウダの生徒たちは、いつも冷静な副長がめずらしく声を荒らげたことに目を丸くする。

 

「試合中になにを遊んでいるのです! わからないのですか、CV33はIS-3の乗員を回収するつもりです! それだけは絶対阻止しなさい!!」

 

#

 CV33は、砲撃でがたがたに荒れた平原を駆ける。

 薄い装甲越しにひっきりなしに聞こえるのは、砲弾の飛来音と炸裂音。

 さっきまで一発ずつだったのに、いまは連続している。

 

 砲手席のカルパッチョが、外の様子をうかがいながらアンチョビに言う。

 

「砲弾が集中し始めましたね」

 

「ああ。感づかれたな、こりゃ」

 

 アンチョビが頭上の部下に呼びかける。

 

「おい、反応あったか?」

 

「まだです。さっきから合図してるんですけど。おーい! こっちー! 見えてるかーー! ……あー、やっぱ視界に入ってないんじゃ」

 

「えーい。とりあえず手ぇ振っててくれ」

 

 ノンナの推察通り。

 アンツィオ一行の目的は、IS-3に立てこもったミカの救出である。

 まっすぐ向かっては意図を読まれてしまうから、戦場から逃亡したと思わせておいて、別方向から接近する作戦だったのだが、途中でBM-8に出くわしたせいで、よけいな時間を食ってしまった。

 

「基本は殲滅戦ですから、つぶしたことに意味はあります」と、カルパッチョ。

 

「くそー。せめてT-35が生きてりゃ盾に使えたのに。どうなんだ、転んだだけで白旗ってのは」

 

「重たいのは、足回りに問題抱えている機体が多いですから」

 

「そっすよ、やっぱタンケッテが最強っす!」

 

 タンケッテが最強かどうかはさておき、あの難物P虎(ポルシェティーガー)を乗り回し、のみならず走行中に修理までこなしてしまう大洗女子のレオポンさんチームが、ついうらやましくなるドゥーチェである。

 

 周囲は砲弾の雨あられ。

 CV33は機体を浮かしながら走る。

 あるいは、衝撃で地面に叩きつけられながら。

 

 その様子が見えているのか、いないのか。

 IS-3は動かない。

 それとも動けないのか。

 さきほどから、IS-3もはげしい砲火にさらされている。

 CV33がたどりつく前に撃破しようという魂胆だろう。

 

 ますます破損を増してゆく緑の重戦車を、操縦席前の狭いスリットからのぞきながら、アンチョビは歯がみする。

 

 水平になるくらいアクセルペダルを踏み込んでいるのに。

 

 IS-3は、まだ、遠い。

 

#

 

 山の中腹では、ノンナのIS-2がCV33に砲塔を向ける。

 いくら最大射程20㎞と長砲身ゆえの貫通力を誇るIS-2といえども、これだけ距離が離れていては、重装甲のIS-3を撃ち抜くことは難しい。

 だが、CV33であれば、直接当てる必要すらない。

 近くに撃ち込むだけで、十分に行動不能にできる。

 

 ノンナはすでに、CV33をスコープにとらえている。

 見えるのは、IS-3めがけて疾走するタンケッテの姿。

 

 猶予など、くれてやるつもりなどない。

 ノンナはためらいなく、足元のペダルを踏み込む。

 

――だが。

 

 その直前、山上から、まるで火山の噴火のような重いとどろきが響く。

 

 そして、弾着!

 

 巻きあげられた大量の土砂がスコープの視界を覆いつくす。

 CV33を隠し、一瞬発射の遅れたIS-2の標準を狂わせる。

 爆発が起きたのはCV33の手前。

 ちょうどプラウダの左翼のあたり。

 

「敵弾! 頭上からです!」

 

「やられました! 行動不能!」

 

「こちらも行動不能!!」

 

 通信機が、部下の悲鳴じみた報告をがなり立てる。

 

――KV-2!

 

 ふり返って確認するまでもない。

 これほど大規模な爆発を引き起こせる戦車は、ノンナの知るかぎり一台だけ。

 

(だが、KV-2は動けなかったはず――)

 

 ノンナはキューポラから山頂をのぞきあげる。

 

 山頂にかかっていた煙幕は、いつの間にか晴れていた。

 T-34/85は、煙幕に隠れる前と同じように、IS-2にぴったり目をつけている。

 

 違いは砲塔上部の車長用ハッチ。

 さっきは閉じていたハッチが開いている。

 そこから上半身を出しているのは、黒の戦闘帽を被った金髪の少女。

 

(――カチューシャ!)

 

 少女はさかんに腕をふって、なにか合図をしている。

 

 ノンナに…… ではない。

 

 見ているのは後方だ。

 そこで巨体をさらしているのは、言うまでもなくKV-2。

 

 まだ砲塔は故障したまま。車体との向きが変わっていない。

 車体は斜面に対してほぼ横向き。

 履帯が外れて、むき出しの転輪が見えている。

 

 KV-2の横腹にお尻をつけたT-34/85は、必死に履帯を回転させて、下からデカブツを押し上げようとしている。

 KV-2の重量は五十二トン。

 いかにT-34/85の十二気筒液冷ディーゼルが優れものといえども、独力で斜面を持ち上げるのは無理な相談だ。

 

(――カチューシャも無茶をする)

 

 ほほえましい悪あがきに、もう少しで表情をゆるませそうになったノンナが、ある事実に気付いて眉をひそめる。

 

(移動している……?!)

 

 KV-2の向きが、ゆっくりとだが、変化している。

 

 そうだ。動いている。

 だからこそ、砲塔の動かないKV-2が、プラウダの左翼を砲撃できたのだ。

 

 KV-2の車体が方向を変えるにつれ、ノンナは真実を悟る。

 

 履帯が回っている!

 

 片側だけ。

 片側だけだが、回っている。

 今まで陰になって見えなかった、反対側の履帯が。

 

(――煙幕の目的は、あれか!)

 

 IS-2に狙いをつけさせないため。

 煙幕の目的は、それだけではなかった。

 

 晴れるまで時間を稼ぎ、中でなにをやっているのかわからなくしておいて、履帯を片側だけ修理する。

 そうして修理した履帯を駆動させ、力が足りない分はT-34/85が反対側から押し上げて、同時にバランスが崩れないように支えになり、KV-2を動かしたのだ。

 

 そして今、KV-2は――

 

 じわじわとシャーシの向きを変え、砲塔を下に傾けて、山の中腹に陣取ったノンナのIS-2に、照準を合わせつつある。

 

(――まずい!)

 

「全速後退!」

 

 ノンナが叫ぶ。

 IS-2が履帯を回転させたのと、KV-2の二発目が着弾したのは、ほぼ同時だった。

 

#

 

 KV-2が巻き起こした巨大な土煙を横目に、CV33は走る。

 

 今の砲撃は、うまいこと敵の目つぶしになってくれた。

 しばらくは狙われずにすみそうだ。

 おかげでIS-3との距離を縮められる。

 

 IS-3は気付いてくれただろうか。

 それともまだ気付いていないのだろうか。

 こちらから確かめるすべはない。

 ただ、こちらがたどりつくまで生きていてくれることを祈るしかない。

 

 CV33の頭上から、ぱらぱらと土砂が降り落ちる。

 そんな状況でも、ハッチから上半身を出したままのペパロニが叫ぶ。

 

「ねーさん! IS-3の砲塔がこっち向いてます!」

 

「よし、手をふれ!」

 

「おーい! こっちー!!」

 

 IS-3の砲身が上下にゆれたのは、手をふるペパロニに返事をしたのか。

 それとも、ただ軋んだだけなのか。

 

 見守るペパロニの前で、IS-3のすぐそばを光弾がかすめる。

 土煙はまだおさまっていないのに、プラウダの戦車が砲撃を再開したのだ。

 一発、また一発と、弾幕が厚みを増してゆく。

 

 砲弾はIS-3に集中している。

 CV33の狙いがIS-3の乗員回収であることは、すでに露見している。

 それなら移動中のCV33を狙う必要はない。

 IS-3の周囲に砲弾を集めておけば、CV33の方から飛び込んでくる。

 面制圧めいた砲弾の雨に、自分から。

 

 アンツィオ一行だって、それが危険な行為であることくらい、百も承知。

 だが、真剣な表情をしているのはカルパッチョだけ。

 操縦手席のアンチョビも、上部ハッチから上半身を出したペパロニでさえ、白い歯を見せて笑っている。

 

 しばらく静止していたIS-3が、どぉん、と主砲を発射する。

 もうぼろぼろなのに、狙いはたしか。

 プラウダの包囲網にまた一本白旗が立つ。

 

 だが、それが最後の一発。

 飛来した砲弾に叩かれて、砲塔が悲しげにうなだれる。

 装甲はすでに傷だらけ。

 ところどころ深くえぐられて、生傷のようにめくれ上がっている。

 誰の目から見ても、限界は間近だ。

 

 IS-3の上部ハッチが、ゆっくり開く。

 

 中からあらわれたのは、青白の帽子をかぶった、黒髪の少女。

 はげしい砲火にさらされている最中だというのに、瞳と表情はすずやかだ。

 機上にミカの姿をみとめたアンチョビが、アクセルをいっそう踏み込む。

 

「ペパロニ、停車してるヒマはないぞ! すり抜けながらかっさらえーー!」

 

「がってん承知!」

 

 しっかと請け負ったペパロニが、大きく両腕を広げる。

 受け止めるから飛び降りろという合図だ。

 ミカにも伝わったらしい。

 ふらり、とゆらめくように、継続のエースが側面による。

 

 刹那――

 

 CV33の足元で、砲弾がはじける。

 

「こんのぉ!」

 

 アンチョビがレバーを操作する。

 その行為に、はたして意味があったかはわからない。

 ともかく、CV33は直撃をまぬがれる。

 

 けれども、無傷ではすまない。

 タンケッテは、爆風に巻きあげられて宙を舞う。

 アンツィオ一行が機体にしがみつく。

 

 飛行するCV33が、IS-3の砲塔と同じくらいの高さに達したとき――

 

 ミカが軽やかに跳躍する。

 

 ペパロニが上半身をのばして、どうにかミカの身体をつかまえる。

 勢いを受け止めきれずに、ぐるっと体が回ってしまう。

 だが、それでも回した両腕を離さない。

 ミカも両腕を回してペパロニにしがみつく。

 

 しかし、ミカが身をあずけているのは、角度の急なCV33の側面。

 ペパロニはハッチから身体を出しすぎている。

 このままでは、二人分の体重を支えきれない。

 

 ペパロニの身体が、ミカを抱いたまま、鋼板の上をずるずると滑る。

 腕は使えない。

 放したらミカを落としてしまう。

 

 あわやふたりとも落下しそうになったとき――

 

 ペパロニの制服の背中のすそを、もうひとつのハッチから体を出したカルパッチョが、しっかりとつかまえる。

 

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