真夏のエリカチュ作戦です!   作:ばらむつ

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6:ボルシチ小隊、疲弊する
その1


 その日の夜。

 平原後方に設置されたプラウダの幕営。

 テントの中で、ノンナがクラーラから報告を聞いている。

 

「――被害状況は以上です。けがをした乗員はいませんでした」

 

「がけ崩れはどうなりました?」

 

「一部ですが、除去が完了しました。小型の車輌なら通行できます」

 

「行動可能な車輌の数は?」

 

 クラーラが、手元の書類をくりながら答える。

 

「まだ修復作業中のものもありますが、T-26が四輛、BT-7が二輛、T-34/76が十二輛、T-34/85が一輛、KV-1が三輛、IS-2が一輛。さきほど到着した二輛を合わせて、ぜんぶで二十五輛です」

 

「ずいぶんと減ったものですね」

 

 ノンナがこめかみを押さえる。

 戦車道の試合なら二十五輛は多い方だが、今朝はその倍の車輌がいたのだ。

 おまけに、相手の戦力はこちらの四分の一以下。

 籠城戦は攻めるほうが不利とはいえ、完膚なきまでの大敗だと認めるしかない。

 

 だが、同志を責める言葉は口にしない。

 彼女が心の中でいちばん責めているのは、自分自身の采配だ。

 

 感情をおもてに出さないことで知られるノンナである。

 今だって、一見、顔つきはいつもと変わりない。

 ノンナの表情に疲労の色があることを見抜けるのは、よほど勘が鋭いか、そうでなかったら、よほど彼女のことを知る人物だけだろう。

 

「お疲れのようなら、今晩はもうお休みに――」

 

 クラーラが言いかけたところで、ノンナが片手をあげて制する。

 口をついて出たのは、軽口のような愚痴。

 

「まったく。他校の手助けがあったとは言え、ここまで善戦するとは思っていませんでした」

 

「さすがはカチューシャさま、でしょうか」

 

 クラーラが言うと、ノンナの表情はわずかにやわらかくなる。

 

「こちらの戦力にはまだ余裕があります。夜襲をかけるという手も――」

 

「いえ。明日があります。同志たちには休息が必要です」と、ノンナ。

 

「攻めてくるとお考えですか」

 

「状況が膠着した場合はこちらの勝ちという取り決めです。カチューシャが指をくわえて見ているだけなんて、ありえませんよ」

 

「では、むこうから夜襲を……?」

 

「それはどうでしょう」

 

 ノンナがほほ笑む。

 

 カチューシャが人一倍眠気に弱いことを、ノンナは誰よりも知っている。

 夜中にカチューシャ(ロケットのほう)で砲撃をしかけ、朝方にこっそりカチューシャ(人間のほう)に近づく作戦を立てたのは、ノンナだ。

 そうすれば、おねむになったカチューシャの不意を突けると思ったのだが……

 

「今日はお昼寝の時間がなかったはずですから、きっともう寝ているんじゃないでしょうか」

 

本当に(プラーヴダ)?」

 

 そこまで自信たっぷりに断言できるとは。

 クラーラは目を丸くする。

 

#

 

 しかし、カチューシャは眠っていなかった。

 

 カチューシャだけではない。

 ごった煮(ボルシチ)小隊全員が眠っていなかった。

 より正確には、眠れたものではなかったのだ。

 食料が尽きたせいで、空腹のまま夜をすごしていたからである。

 

 一番影響を受けたのは、食べることが三度の飯より大好きアンツィオの面々。

 

 なにしろ、自分たちのためにもってきた食料を、よその生徒に提供したせいで、自分たちまで空腹になっているのだ。

 気のよさだって人一倍どころではない彼女たちだ。

 相手に直接文句を言ったりはしないが、仲間だけのときには、つい愚痴も出る。

 

「ドゥーチェ、お腹すいたっす」

 

 ペパロニが、隣のドゥーチェに訴える。

 

 CV33が停車しているのは、すっかり定位置となった山頂近くの斜面。

 ペパロニときたら、すっかりだれきっていて、ハッチから出した上半身を、甲板にぐったりもたれさせている。

 

「そうだな。すいたな」

 

 アンチョビはさっきからずっと双眼鏡をのぞいたまま。

 見張りに専念しているといえば聞こえはよいが、時間が時間だ。

 双眼鏡の視界なんて、たいして役には立たない。

 それでもずっと顔に当てているのは、そうしていれば、不満げな顔をした隣の部下と、直接向き合わなくてすむからだ。

 

「うちらは何でここにいるんですか」

 

「包囲されてるからだろ?」

 

 アンチョビがはぐらかすと、ペパロニが不満げなうめきを上げる。

 

「そういうことじゃなくて。そもそも、うちらは何でまだここにいるんですか」

 

 そういうそもそも論を始められると、アンチョビも困る。

 そもそもの話をするなら、アンチョビだって、そもそも自分がなぜまだこんな場所にとどまっているのか、よくわかっていないのだ。

 つきつめて考えるなら、アンツィオの名物、ノリと勢いの弊害ということになるだろうが、ノリと勢いから活きのよいところだけをつまんで集めて大皿に山盛りにしたようなこの部下に、それを言うのも酷である。

 

「まあ、乗りかかった船ってやつだ。ほら、食料を提供してもらう約束だろ」

 

「そりゃそーっすけど、それだけの働きはもう十分したと思わないですか? 食料一年分どころか、二~三年分はもらわないと割にあわないっす」

 

 まあなあ、と相づちを打ってやるつもりで双眼鏡を目から離したアンチョビは、ペパロニが手のひらの上でなにかを転がしているのを見つける。

 

「それ、なんだ?」

 

「あ、これですか? さっき、継続のミカって子からもらったんです」

 

「帽子の?」

 

「そっす。助けてくれたお礼だって。むこうのアメちゃんらしいです」

 

 アンチョビは、ペパロニが手にした物体に視線を送る。

 

 黒い。

 石炭のように黒い。

 あめ玉というが、丸くない。角がある。

 ひしゃげたキューブのような形状。

 なんとなく、真っ黒な消しゴムのように見えなくもない。

 

(……これは、あれだよな)

 

 アンチョビは、複雑な視線で、ペパロニの表情をうかがう。

 この、天真爛漫というには少々邪気の多い部下は、はたしてあめ玉の正体を知っているのだろうか。

 

「それ、食べないのか? お腹がすいているんだろう?」

 

「え? どうしようかなー。食べたいけど、なんだかもったいない気がして。とっておきのときまで取っておくのも悪くないと思いません? どう思います、ドゥーチェ?」

 

 アンチョビは答えに困って、山上を見る。

 

 そちらにあるのは、緑に塗られた軍用トラック。

 そばのたき火に、継続の三人が集まっている。

 帽子をかぶったミカの横顔が見える。

 琴に似た楽器をつま弾きながら、隣のふたりと談笑しているようだ。

 

 いったいどんなつもりで渡したのやら。

 

「そうだな。せっかくだから取っておくといい」

 

 アンチョビはこれだけ言う。

 

「ドゥーチェがそう言うなら、そうします」

 

 ペパロニが白い歯を見せてにかっと笑う。

 

 アンチョビはふたたび双眼鏡をのぞく。

 のぞいたふりをして、横目でちらりと部下を見る。

 

「……逃げたいか?」

 

「え?! いやー、どうでしょ。どうなのかなあ」

 

 ペパロニのやつ、さっきまで文句を言っていたくせに、いざ尋ねられると、困ったような表情をしている。

 言葉をにごしているが、顔にちゃんと書いてある。

 たとえたった一日でも、同じ釜でゆでたパスタを食べた仲間を見捨てて逃げるのは、彼女の矜持が許さないのだ。

 

「真剣なお話ですか、ドゥーチェ」

 

 CV33の車内から、カルパッチョの声。

 

「うん。正直に言うと、私はそれも選択肢のひとつだと思っている。これは本来われわれに関係のない戦いだ。万が一、おまえたちが負傷したりすれば――」

 

「でも……」ペパロニが口をとがらせる。

 

 そのとき。

 CV33の背後で、誰かの靴音がした。

 

#

 

 KV-2組は総出で作業中。

 明かりを使って、BM-8の砲撃で不調になった砲塔と履帯を修理している。

 

 履帯はとても重い。

 暗いなかで故障個所を見つけるのは骨がおれる。

 めんどうくさくて時間のかかる作業だ。

 

 そういう集団労働の最中に軽口をたたき合うのは、どこでも同じ。

 いま仲間の注目を集めているのは、毛皮の帽子をかぶった砲手のニーナだ。

 

 同じ砲手のアリーナが、横から質問する。

 

「んでもよう、どうしてプラウダは、黒森峰や継続と仲が悪いんだべ?」

 

「そったらこと、決まってんべ」

 

 ニーナは訳知り顔。

 指揮棒のようにハンマーを振りながら解説を始める。

 

「学園艦の歴史はなげーからなあ。ほれ、戦車道だって、最近は言われてるべ? 強豪校が示しあわせてなれ合ってる、なんて」

 

「んなことねえと思うけどなぁ」と、アリーナ。

 

「おらもそう思う。でも、そう言われるのにもちゃんと理由があるだよ。母さん(かっちゃ)が言うには、おらたちが生まれるずっと前は、戦車道の空気からして違ってたってさ」

 

「ああー。連盟の力が弱い時期があって、強豪校同士がガチでやり合ってたから、雰囲気が殺伐としてたって言うなあ」

 

「んだ。スパイもあれば、試合以外での乱闘・暗闘なんでもあり。交渉でも二枚舌、三枚舌が当たり前で、どっちにもいい顔をしておいて、土壇場で両方を裏切るなんてザラだったって話だ」

 

「その頃うんとやり合ったから、今でも仲が悪いんだべか」

 

「やり合ったっていうなら、どこの学校でも同じだべ。黒森峰が嫌われるには、ちゃんとした理由があるだ」

 

 へー、そんでそんで、と合いの手が入り、ニーナは得意げに続ける。

 

群雄割拠(フリー・フォー・オール)をおもしろがる生徒もいたけど、よしとしない生徒だって、どこの学園艦にもいただよ。そういう生徒同士で寄り合いをぶったんだけど、一気に全面的な和平を達成するのは難しくてな。各校がそれぞれできることからやっていこうって話になって、その一環として、プラウダは黒森峰と不可侵条約を結ぶことにしただ」

 

「聞いたことある。黒森峰と仲よくしてた時期があるって」

 

「だべ? そうなったら、黒森峰は友好艦だ。学園艦同士の仲の良さをアピールするイベントが山ほど開かれたんだ。交換留学やったりしてな」

 

「交換留学?」

 

「選抜された生徒をお互いの学校に派遣して、相手の戦車道を学ばせようとしただよ。黒森峰の生徒にはプラウダの、プラウダの生徒には黒森峰の。数週間のあいだだけどな」

 

「ハイカラな催しだなあ」

 

「んだけど、黒森峰は、和平するつもりなんか最初からなかった。条約でプラウダを油断させて、電撃的に不意打ちするのが、本当の計画だっただよ。その時は、あともう少しで学園艦まで攻めこまれそうになるところだったってさ」

 

 仲間たちがいっせいにブーイングする。

 

「とんだ卑怯者だ」

 

「そのせいで、今でも黒森峰は恨まれてるだか」

 

「恨まれて当然だべ!」

 

「そんでプラウダはどうなっただ。負けちまっただか?」

 

「とんでもねえ」と、ニーナ。「黒森峰の戦線が伸びきったところで、その年は例年よりはやく寒波が到来してな。冬の備えをしていなかった相手を、反攻作戦でこてんぱんに打ちのめしてやっただ。うちが得意とする持久戦は、そのときの経験から編み出されただよ」

 

「ウラー!」

 

「さすがプラウダ!」

 

「黒森峰なんかに負けるわけねえ」

 

「ニーナは物知りだんべなあ」

 

 みんなの注目を浴びたニーナが、鼻高々でつけ加える。

 

「かわいそうなのは、交換留学した生徒だ。当時の生徒会書記長のお墨付きで黒森峰に留学した優等生だったのに、留学しているあいだにすっかり事情が変わっちまって、帰ってきたときは裏切り者扱い。授業もそっちのけで、風紀委員(KGB)から連日の尋問だべさ。なぜ黒森峰なんかに留学した、敵と通じているのだろう――ってな」

 

「おっかねえなぁ」

 

「当然、その子だって抗弁しただ。自分が留学したのは書記長の指示だ。書記長に聞いてくれればわかる、って。そしたら風紀委員は大激怒さ。貴様は人民の敵のくせに、偉大なる同志まで自分の犯罪に巻き込もうとするのか、って。怒りにまかせて、バン! バン、バン、バン!!」

 

 ニーナは音に合わせてハンマーを振りおろすジェスチャーをする。

 

「なんだその音」

 

「なにをされただ、その子」

 

「さて、なにされただかなあ」ニーナがほくそ笑む。「その子は卒業までなにも話さなかったから、誰も知らねえ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「尋問から帰ってきたとき、その子は総入れ歯になってたって話だ」

 

「歯が……」

 

 背後から、小さなつぶやき。

 

 ふり向いたニーナが表情を凍りつかせる。

 

「カチューシャさま……!」

 

 明かりの輪のきわに立っていたのは、戦闘帽をかぶった小柄な少女。

 おびえたように眉をひそめ、革の手袋をはめた手を片方、ほおに当てている。

 

 のんびり話に興じていたKV-2のクルーたちが慌てふためく。

 

「カチューシャさま。申し訳ありません!」

 

「すぐ! すぐに整備終わりますですから」

 

「いいの。そういうつもりで来たんじゃないから。ゆっくりやってちょうだい」

 

 心なしか、声に元気がない。

 なにか用があるのかと思いきや、背中を向けて坂を下ってゆく。

 

 KV-2の乗員たちは、ちびっ子隊長を見送りながら、ほっとため息。

 ……をついたところで、カチューシャがふり返ったので、また背筋を正す。

 

「あなたたち」

 

「は、はい。なんですか、カチューシャさま」と一同を代表して、ニーナ。

 

「今日はよくやってくれたわ。明日も頼むわね」

 

 それだけ言うと、カチューシャはまたむこうへ歩いてゆく。

 残されたクルーたちは、ただあっけにとられる。

 

「カチューシャさまがおらたちを褒めるなんて、めずらしいな」

 

 ニーナがひそひそ声で、隣のアリーナに言う。

 

 アリーナもひそひそ声。

 非難するように、ニーナの横腹をひじで小突く。

 

「それより、ニーナったら、またあんな与太話して。カチューシャさまのことだから、きっと本気にしちまったぞ」

 

 ニーナが口をとがらせる。

 

「おめえたちだって、おもしろがって聞いてたでねえか」

 

「それより、作業だ作業。早くしねえと、このポンコツ砲塔が動くようになるころには、お天道さまが顔を出しちまってるだ」

 

 そう。夜は長く、巨人の修復はまだ終わっていないのだ。

 

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