その1
クラーラが追撃を始めてすぐ、CV33は速度を上げた。
CV33は、なりふりかまわぬ速度で平原を突っ切る。
追いかけるT-34/85も全速力。
CV33が目指す場所は一目瞭然。
山地へ続く森林と、峡谷がある台地に挟まれたすそ野――
数日前、プラウダのT-34/76が、カチューシャのT-34/85に先回りしようと、峡谷を迂回したときに通った道だ。
クラーラのT-34/85とT-26四輛が、後方からCV33を追う。
T-26は軽戦車。
ちんまい砲塔は、大判焼きみたいな円柱状。
砲塔の後部から四角い箱が飛び出ている。
か細い主砲は45㎜。
小さな車体は平たい台のよう。
履帯は起動輪のある前部が高く、後部が低い。
結果、履帯の上辺がななめっている。
見た目は速そうだが、作られた時代が時代。
エンジンが非力なせいで、速度はそれほど出ない。
四輛の軽戦車はどんどん遅れる。
クラーラは後続を待たない。
待つ余裕がない。
CV33にカチューシャが乗っているなら、逃がすことは敗北を意味する。
#
ノンナのIS-2とプラウダの主力T-34/76は、クラーラに追いつこうと走る。
先頭は、さっきまで最後尾だったIS-2。
後方からT-34/76が距離を詰める。
ノンナたちは、T-34/85の陽動に引っかかり、昨夜までカチューシャが立てこもっていた山をはさんで、CV33とは正対称の場所に釣り出されてしまっている。
全速でも足りない。
だが、カチューシャにこれ以上の隠し球はない。
残りの戦車はKV-2とT-34/76のみ。
二輛は山頂で静止している。
昨夜、早朝になるまでKV-2の周辺に明かりがともっていたことは、部下の報告で判明している。
ここまで動きがないということは、修理が完了しなかった可能性もある。
(――いや)
ちらりと山頂を見上げたノンナは、おもわず苦笑する。
(カチューシャが、そんなに甘いはずがなかったか)
目に飛び込んできたのは、先ほどまで別の方角を向いていた、KV-2の砲身。
黒いひとつ目が、草原を駆けるノンナのIS-2を見おろしている。
驚いているひまもない。
ひとつ目がぴかりと光り、轟音がとどろく。
着弾地点は、ハッチから上半身を出したノンナの目の前。
砲弾が炸裂し、黒い土砂がど派手に舞いあがる。
「なんだぁ!?」
「地雷か!?」
後方でT-34/76があわてふためく。
「落ち着きなさい。山頂のKV-2です。次が来ますよ」
T-34/85で釣っておいて、KV-2で足止めする。
その間にカチューシャを乗せたCV33が戦闘区域外まで逃げる――
(そこまでが作戦ですか、カチューシャ)
カチューシャったら、まったく。
ノンナはすこし腹立たしくなる。
カチューシャはすばらしい。
それはノンナにとって、唯一にして絶対のドクトリンだ。
この世に存在するすべての学園艦に、カチューシャのすばらしさを知らしめる出先機関を設けて、広く布教につとめたらどうか――というアイディアを、ときおり頭の中で真剣に検討してみるくらいには、カチューシャを崇拝している。
だが同時に、カチューシャの理解者は自分だけでいい、とも思う。
他校のうわさくらい、ノンナの耳にも届いている。
かわいいから神輿に祭り上げられているだけ?
えらそうにふんぞり返っているだけで、本当の作戦は副官が立てている?
結構。おおいに結構。
好きなだけ誤解すればいい。
カチューシャの真の姿を知っているのは自分だけでいい。
ほかの人間は、せいぜい彼女の表面的なかわいらしさを愛でていればいいのだ。
――それなのに。
カチューシャったら、あんなに才能をひけらかして。
(そんなことをしたら、全世界の人々が、カチューシャの本当のすばらしさに気がついてしまうではないですか……!)
それはそれで許しがたい気がするノンナである。
「停車。ここで撃ちあいます」
ノンナはIS-2に停車を命じる。
「ノンナさま、私たちも!」
通信を聞いたT-34/76たちが足を止めようとする。
「あなたたちは、一刻も早くクラーラに合流を。こんどKV-2が発砲したら、再装填している間に、全速で駆けぬけなさい!」
それを制しながら、砲塔を回転。
主砲を頂上近くに鎮座したKV-2へ向ける。
KV-2も砲の向きを調整している。
(……次は当ててくるか?)
ノンナの予想は外れた。
KV-2が狙ったのは、IS-2を追いこそうと前進を続けるT-34/76の隊列。
榴弾で吹き飛んだ一輛が白旗を上げる。
だが、ノンナも、犠牲は最初から覚悟のうち。
「突っ切りなさい! 私が時間を稼ぎます!」
爆煙におびえて足を止めようとする部下たちを叱咤しながら、主砲を発射する。
KV-2は砲塔の旋回が遅い。
高速で走る相手に砲身をぴったり合わせ続けるような、器用な真似はできない。
T-34/76が全速で走り切れば、数輛はやられても、残りは追撃に参加できる――
ノンナはそう読んだ。
だから、主砲もKV-2が撃つまで待った。
着弾の衝撃で相手を邪魔して、すこしでも次弾の装填を遅らせるためだ。
次弾はどちらが早いか――
ノンナはスコープをのぞきながら眉をひそめる。
#
クラーラはCV33を追う。
二輛の戦車は、すでに広い平原を抜けた。
いま走っているのは、まばらに木の生えた荒れ野。
数日前にカチューシャが抜けてきた峡谷よりは広いが、片側は山脈につながる深い森林で、反対側は切り立った崖で平地から断ち切られた高台。
左右どちらにも逃げられない。
戦闘区域外に出るには、高台が終わるまでこの荒れ野を突っ切り、その先にある岩と砂だらけの平地を抜けるしかない。
先ほどから、T-34/85は主砲を発射している。
距離は確実に縮まっている。
が、当たらない。
行進間射撃に、CV33の不規則な蛇行。
当たる理由のほうが少ない。
下手に距離が近いのも不利だ。
蛇行するCV33に追随するために、砲塔を大きく回す必要がある。
おまけに、T-34/85にとって腹立たしいことに、地面になだらかな起伏がある。
窪地に入ると、背の低いタンケッテは隠れてしまう。
CV33はその隙を見逃さない。
見えないあいだに方向を変えるので、どこから出てくるのかわからない。
追う側としては始末に負えない。
(いっそ、足を止めて撃ったほうがよいかもしれませんが……)
だが、もし撃ちもらしたら、取り逃がしてしまう。
停止するのにも勇気がいる。
クラーラはキューポラから後方をうかがう。
T-26の姿はない。
旧式の足では、快速の二輛に追いつけないのだ。
(連携もとれない。それなら……!)
クラーラが操縦手に命令を下す。
停止ではない。その逆。
クラーラが命じたのは急加速。
主砲は撃つ。
しかし、狙いはCV33本体ではなく、その前方。
撃破をめざすのは、やめた。
当面の目標は、CV33の邪魔をすること。
徹底的に邪魔すること。
そうすることで、仲間が追いつくまで時間を稼ぐ。
(……まずは
#
再装填が完了したのは、ノンナのIS-2が先。
今回は待たない。
装填が終わった瞬間に、山頂めがけて発射する。
着弾はKV-2の手前。
スコープの視界の中で、KV-2の砲口がノンナを見つめ返す。
四角い巨大な頭部。
意思の読めない漆黒の瞳。
頂きからこちらを見おろす重戦車は、まるで一つ目の巨人のよう。
その瞳が、一瞬、ぶ厚いほどの殺意をひらめかす。
今回の着弾地点は、IS-2の近く。
しかし、狙いはまたしてもIS-2ではない。
榴弾は、駆けぬけようとしたT-34/76の群れの中心で破裂する。
さいわい、白旗を上げた戦車はいない。
一輛が足回りを壊され、爆発でできたクレーターに頭をつっこんで、土をかぶりながら、動輪をむなしく空転させているだけ。
残りの車輌は、KV-2の射線から逃れようと、全力で疾走する。
KV-2が、それを追って砲塔をめぐらす。
(――そうはさせません!)
IS-2が次弾を発射。
KV-2の砲塔にヒットする。
だが、当たったのは、主砲のつけ根にある、丸みを帯びた
徹甲弾は綺麗に弾かれる。
KV-2は、大きな頭をにぶく揺らしただけ。
(さすがに、この距離だと厳しいか――)
ノンナが眉間のしわを深める。
ここからだと、山頂まで目算で三千メートル以上の距離がある。
ノンナが使う徹甲弾は、発射の運動エネルギーで装甲を撃ち抜く砲弾。
遠くへ飛ぶほど、貫通力が低下する。
ここからでは、KV-2砲塔前面の
いっぽう、KV-2が使用しているのは、火薬による爆発で損傷を狙う榴弾。
距離によって威力が変化しない。
KV-2の下では、その巨体を支えるT-34/76が、こちらに砲塔を向けている。
大きな親と、寄りそう子供のようなたたずまい。
76㎜では、この距離では当たっても撃ち抜けないのに、がんばって主砲を発射しているのが、けなげですらある。
(――そうだ)
二輛の戦車が、別々の方角に砲身を向けた光景――
それを見るうち、ノンナの頭に、ある考えが浮かぶ。
#
クラーラのT-34/85が速度を上げる。
CV33もそれに追随する。
だが、T-34/85のほうが足が速い。
距離がさらに縮まる。
いつ砲弾が当たってもおかしくない距離だ。
それでも、CV33には当たらない。
操縦手の技量がよほど巧みなのだ。
ちょろちょろ動いて狙いを絞らせない。
こちらが距離をあければ地形に隠れ。
距離を詰めれば、こちらの車体にぴったり寄りそって、死角に入る。
近づきざま、離れざまを狙おうにも、むこうもこちらの砲塔の動きを見ている。
射線の外から出入りされては、手の出しようがない。
(……前に回って、止まってから撃ちましょうか)
最初はそう考えていたクラーラだが、計画を変更する。
あの小回りの良さでは、どこから撃とうが、どうせ当たらない。
それに、どうせ当てることは目的ではない。
目的は嫌がらせ。
戦車にできる嫌がらせは、なにも主砲を撃つばかりではない。
クラーラはまず、CV33の前方に一発ぶち込む。
だが、これは相手を誘導するためのブラフ。
CV33を予測したルートに追い込んでおいて……
横から幅寄せで進路を妨害する。
昨日、多砲塔戦車T-35がやったのと同じ手である。
ノンナについて山に登っていたクラーラは、そのことを知らない。
ちょこまかと逃げるCV33を相手にするとなると、けっきょくは、同じ戦術にたどりつくのだ。
(どうせなら、ひっくり返ってしまえばいいんです……!)
それくらいの勢いでぶつかったのに、CV33はぎりぎりでバランスを保つ。
横からがりがりと装甲を削られて火花を上げながら、走行を続ける。
後方のT-34/76が彼女たちに追いつくには、まだ長い時間がかかる。
しかし、クラーラにとっては、これで十分だ。
#
IS-2は、山頂のKV-2と対峙を続ける。
T-34/76の群れは、すでにKV-2の射線を逃れた。
ノンナは足止めの役を果たしたのだ。
だが、IS-2は足を止めたまま。
ここで動くのは逃げるのと同じだとでも言いたげに、主砲を発射する。
冷静なノンナには珍しい判断ミス――
はた目からは、そうとしか考えられない。
IS-2は重戦車。
KV-2の榴弾でも容易には貫通できないほど、装甲が厚い。
だが、どんな戦車でも、上から狙われるのは苦手だ。
戦車の装甲の厚みは均一ではない。
もっとも厚いのは、敵にいちばん狙われやすい前面。
次に厚いのは側面。
背面や上部の装甲は、比較的薄いのだ。
傾斜装甲の問題もある。
黒森峰のティーガーⅠは、装甲がどこも水平垂直。
四角い箱の上に砲塔が載っているように見える。
いっぽう、T-34やIS-2は、車体前後左右の装甲がななめに傾いている。
これが傾斜装甲。
装甲を傾けることにより、砲弾の運動エネルギーを分散させて跳弾を誘い、実際の装甲の厚み以上の防御力を得る手法である。
ななめにするだけで……?と軽く見てはいけない。
装甲を六十度傾けると、まっすぐにした場合の半分の厚みで、同じだけの防御力を発揮できるのだ。
しかし、それはあくまで、砲弾が前から飛んでくると仮定した場合。
斜め上から撃ち込まれれば、当然、傾斜装甲は無意味になる。
山上の相手との戦闘、それは――
重装甲の利点を殺し、鈍足という不利だけを残した状態で戦うことを意味する。
だが、ノンナが考えているのは別のこと。
(――こっちを向きなさい、KV-2!)
ノンナの心の声に応えるかのように、KV-2がゆっくり砲塔を回頭させる。
砲口が狙っているのは、今度こそまちがいなく、ノンナのIS-2。
だが、ノンナはIS-2を動かさない。
待っている。
ノンナはただ、待っている。