真夏のエリカチュ作戦です!   作:ばらむつ

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その3

 話は前夜までさかのぼる。

 

 大洗女子学園の戦車道履修チームが、小学校に疎開して二日目の晩――

 そど子こと園みどり子、ゴモヨこと後藤モヨ子、パゾ美こと金春希美の三名は、全人生を傾けていた風紀委員という仕事を奪われて、どん底までやさぐれていた。

 

 戦車での夜間外出。

 コンビニに戦車で乗りつける。

 駐車場で戦車の上にヤンキー座りして買い食い。

 深夜の暴走行為。

 無断外泊。

 

 そして翌朝、夢も希望も目的もなく荒野をさまよっていたところで、プラウダのT-26を発見し、自暴自棄の感情と徹夜明けのテンションに流されるまま、うちらのシマで何してんのよとばかりに、背後から奇襲をしかけたのだ。

 

 そう――

 生徒会長角谷杏の留守中、奮闘する書記河島桃のもとにもたらされた、「風紀委員の三人が地元の生徒とケンカしている」という一報。

 

 あの情報のもとになったのが、この乱入行為だったのである!

 

#

 

 プラウダの生徒たちに、大洗の事情はわからない。

 もとより他校だし、ここ数日、山の中に居続けなのだ。

 大洗の学園艦が廃艦になったことも、まだ知らない。

 カモさんチームが、見えるものすべてに噛みつくマッドダックスと化していることなど、知るよしもない。

 

「おい大洗! 何をする?!」

 

「どっから入ってきた!」

 

「こっちは演習中だぞ!」

 

 正当な抗議など、B1bisは聞く耳持たない。

 通信に割り込んで騒ぎ立てる。

 

「うるさーい! うるさいうるさいうるさーい!! どいつもこいつも人のシマで好き勝手やってくれちゃって! この場所は渡さないわよ! 今度こそ死守してみせるんだから!!」

 

「いや、だから、演習ちゅ……」

 

「いいわ、そんなに知りたきゃ教えてあげる! この世に、風紀を忘れた風紀委員ほど恐ろしい存在はいないってことをね!!」

 

 問答無用。

 近距離からの一発で、T-26がもう一輛沈む。

 

 プラウダの生徒たちも、さすがに悟る。

 B1bisの乗員が、話の通じる相手ではなさそうだということを。

 

「同志クラーラ、反撃してよろしいですか?!」

 

「は、はい。正当防衛になる、と思います」

 

 後方から見守るクラーラも、困惑を隠せない。

 

 カチューシャが呼びよせた援軍……?

 その可能性も、クラーラの頭にはある。

 しかし、通信の意味がわからない。

 言っていることが支離滅裂である。

 

 CV33の動きも不思議だ。

 連携を取って行動しているなら、この間に突破を試みるはず。

 

 だが、CV33は、速度をゆるめたまま。

 こちらと同じくらい、B1bisの登場に面くらっているように見える。

 

 B1bisは、T-26やBT-7と同じく、一九三〇年代に設計された戦車。

 装甲は、厚いところで70㎜、いちばん薄いところで20㎜。

 対して、BT-7の装甲は最厚部で20㎜。

 T-26は防楯のみ25㎜で、残りは15㎜。

 戦間期の戦車にしては、すこぶる硬いやつなのである。

 砲塔の47㎜はT-26やBT-7とそれほど差がないが、これは副砲。

 主砲は車体に備え付けの75㎜。

 本来は歩兵用の榴弾砲だが、T-26やBT-7相手であれば、十分な貫通力がある。

 

 ひとことで言えば、格が違う。

 T-26やBT-7は、CV33をオーバーキルできる。

 しかし、B1bisは、そんなプラウダの軽戦車を、一輛でまとめてオーバーキルできるのだ。

 

 CV33も、B1bisが敵でないと判断したらしい。

 ゆっくりと前進を開始する。

 

――ところが。

 

 B1bisが、またしても意味不明な行動を取る。

 カチューシャに味方するのかと思いきや……

 

「そっちはアンツィオね? あんたたちも大洗を取りに来たんでしょう!?」

 

 CV33にまで砲撃を始めたのだ。

 

 事情を知っていれば同情もできたかもしれない。

 だが、なにも知らない相手にしてみれば、B1bisの行動は恐怖の対象でしかない。

 

 CV33は大あわてでコースを変える。

 見ているだけのクラーラたちも大混乱だ。

 

「何がしたいのです、あの戦車は?!」

 

 軽戦車のもとに急行しながら、クラーラは首をひねる。

 

#

 

 ノンナは山頂のKV-2とにらみ合ったまま。

 

 KV-2が砲塔を動かす気配はない。

 KV-1二輛が問題になるのはまだ先と見て、先にIS-2を片付けるつもりか――?

 

(――そうはいきません!)

 

 KV-2の視線を引きつける必要は、もはやない。

 ノンナはIS-2に移動を命じる。

 

 さっきより、微妙に距離を縮めつつ……

 KV-2の砲塔の移動角度が、ますます大きくなる方角へ。

 

 動きを察知したKV-2が、そうはさせるかと主砲を発射する。

 

 だが、狙いが甘い。

 弾着は、IS-2のはるか手前。

 爆発で巻きあげられた土砂が、かんかんと砲塔の天板に当たる。

 

(……焦りが出ましたか)

 

 ノンナは、その音を聞きながらほくそ笑む。

 

 しかし――

 爆煙が晴れ、山上がふたたび視界に入ったとき。

 ノンナの表情が変わる。

 

 KV-2が、こちらに砲塔の側面を向けている。

 

 それはいい。

 作戦通りだ。

 ふに落ちないのは、速度だ。

 速すぎる。

 KV-2の砲塔が、たったこれだけの時間で回頭できるはずがない。

 

 だが、ノンナがのぞくスコープには、見えている。

 見間違えようのない、長く、大きな、KV-2の横っ面が。

 

(……ばかな?!)

 

 自分が見ている光景が信じられない。

 ノンナはそれでも、足元のペダルを踏む。

 

 砲弾は、KV-2を大きく外れた。

 

 ここ数発は、砲塔の前部に当てることに成功して、マントレットに弾かれていたのに。

 今回は、砲塔をかすめもしない。

 

 焦ったと、人のことを笑っておいて。

 動揺していたのは自分ではないか――

 

 スナイパーとしてのプライドを深く傷つけられて、ノンナは歯がみする。

 

 山上から、どおんと、雷鳴に似た響き。

 山の中腹で、大きな土煙があがる。

 

(――やられたか!?)

 

 ノンナはかたわらのマイクを取り上げ、通信機に呼びかける。

 

「KV-1、応答を! 聞こえますか?!」

 

 返事はない。

 聞こえるのは、ザーザーというノイズだけ。

 

(せめて、一輛だけでも生き残っていてくれれば……)

 

 そう願いながらスコープをのぞき直したノンナは、信じられないものを見る。

 

 拡大された視界の中で、ノンナを見つめ返しているのは、黒いひとつ目。

 KV-2が、ノンナのIS-2に、ぴったりと砲口を合わせている。

 

(すでに回頭を終えている――!?)

 

 一度ならず、二度までも。

 いったいどんな手を使ったのだ。

 まさか本当に山の神にでも化身したというのか。

 

 ノンナの理解を超えたなにかが、山上で起こっている。

 

#

 

 CV33が、B1bisを回避するために曲がる。

 プラウダのBT-7も、B1bisの周囲を回りはじめる。

 

 回る方向は同じ。

 位置はB1bisを挟んで、CV33と正対。

 なりふりかまっていられる状況ではない。

 敵と連携してでも、B1bisを排除しなければ――

 

 相手が一般的な戦車であれば、この対処方法でよかっただろう。

 しかし、B1bisは多砲塔戦車。

 車体の主砲と砲塔の副砲、ふたつの砲を別々の方角へ向けることができる。

 二輛では足りないのだ。

 

 その程度、軽戦車の乗員たちだって百も承知。

 信地旋回しつつ砲塔を動かすB1bisの死角から、T-26が切り込む。

 近距離で足を止めて、側面めがけて砲撃!

 

 すかぁん、と景気のいい音。

 

 貫通したのではない。

 T-26の45㎜徹甲弾が、B1bisの側面装甲に弾かれた音だ。

 回頭したB1bisの砲塔が、T-26にじとりと目を付ける。

 

 すぱん!

 

 逃げようと動き出した直後。

 T-26は、B1bisの副砲に撃破される。

 

 B1bisは、返す刀で車体の主砲を発射。

 快足のBT-7は、間一髪でそれをかわす。

 

 B1bisは砲塔をめぐらす。

 次の標的は黄色いタンケッテ。

 

 最後のT-26ともう一輛のBT-7が、それを見て、別々の方向からB1bisに近づく。

 一輛目のBT-7が、すかさず横に回り込む。

 B1bisがCV33に気を取られている間に、左右の側面と背面、三方向を囲む作戦だ。

 

 これなら一発は当たるはず――

 その思惑は、もろくも外れる。

 

 動きに気づいたB1bisは、砲塔を回転させながら、おなじ方向へ信地旋回。

 プラウダの軽戦車が停止したときには、左右から接近した二輛に、主砲と副砲を合わせている。

 

 回した背中の側にいるBT-7を、まずは副砲で撃破。

 正面に来たもう一輛のBT-7を、主砲で撃ち抜く。

 残ったT-26の砲弾は、転輪まで覆った側面の装甲板でガードする。

 

 野生の風紀委員の勘がとらせた行動である。

 見る人が見れば、まるで島田流のようだと感心したもしれない。

 

「カモのくせにぃ!」

 

「なんでネギじゃなくて砲塔ふたつもしょってんだあ!」

 

 T-26乗員の泣き言など、どこ吹く風。

 B1bisは無慈悲に砲塔を回す。

 

 そこへ――

 

 ぱたたたと機銃の音。

 

 T-26の窮状を見るに見かねたのか。

 足を止めたCV33が、M14/35機関銃を発射している。

 

 だが、8㎜機銃で、B1bisの装甲に歯が立つはずがない。

 カモの神経を逆なでしただけだ。

 

「うるさいわね! そんな豆鉄砲、ハトにでも食わせなさいよ!!」

 

 B1bisの履帯が、がりがりと荒れ地の土を跳ね上げる。

 信地旋回で車体の向きを変え、主砲でCV33を狙おうというのだ。

 

 CV33の装甲では、近くで榴弾が爆発しただけで危ない。

 

 プラウダの軽戦車隊がほぼいなくなったと思いきや。

 CV33は、またまたピンチだ。

 

#

 

 B1bisが、車体正面をCV33に向ける。

 

 CV33が逃げ出そうとする。

 しかし、B1bisの砲塔は、すでにその動きを捕捉している。

 小ぶりな砲塔が、副砲を発射しようとしたとき――

 

 ずがぁん!

 

 濃緑のかたまりが、全速でB1bisの側面に激突する。

 クラーラのT-34/85が、後方から追いついたのだ。

 

 B1bisは、分類上は重戦車。

 T-34/85は中戦車。

 だが、時代が違う。

 T-34/85の時代には、B1bisの60㎜装甲など、珍しいものではなくなっている。

 

「何よ、なにしてくれてんの!? 人にぶつかっといて挨拶もなしなわけ?!」

 

 B1bisの車内で、そど子が自分の悪行を棚に上げてわめく。

 

 クラーラは聞いていない。

 狙うは左側面。パーソナルマークのすぐ後ろ。

 装甲板に大きく開いたラジエーターグリル。

 

 密着からの離れざまに、そこを撃ち抜く。

 B1bisが吹き飛ばされて、コマのようにくるくる回る。

 

 しかし、人生の意義を奪われた風紀委員の執念は、どこまでも深い。

 

 白旗を上げる直前。

 

 B1bisは回転しながら、最後の砲弾を発射し――

 その砲弾が、横で見ていただけのT-26に命中する。

 

 T-26にとっては、ほとんどもらい事故のような不運。

 大破して白旗を上げる。

 

 だが、おかしなときには、おかしなことが重なるもの。

 着弾の衝撃で、T-26は主砲を発射してしまう。

 

 最後っぺのような、狙いもろくに付けていなかった一発。

 ところが、その一発が、あんなに用心深かったCV33の側面に、たまたま当たる。

 

 命中弾は、最初、なんでもないないように見えた。

 

 CV33は、具合を確かめるように、ゆっくりと走行を再開し……

 数メートル走ったところで、大丈夫だと判断したのか、速度を上げる。

 

 それと同時に、ぷすんと黒煙。

 すこん、と白旗が上がる。

 

 華麗に敵弾をかわし続けたCV33の最期にしては、あっけない。

 

 あっけないというか、拍子抜けである。

 

 拍子抜けというか、ありていに言うと、微妙すぎる。

 

 クラーラには言葉がない。

 

(この状況を、ノンナさまにどう報告したら……)

 

 考えるだけで頭が痛い。

 唯一生き残った自分が、ひどい悪人であるような気すらしてくる。

 

「そうだ! カチューシャさま!!」

 

 白旗を上げたCV33にカチューシャが乗っていれば、試合は終了。

 ノンナ率いるプラウダ側の勝利だ。

 CV33の車内を確認しなければ――

 

 クラーラはT-34/85から降りようとする。

 

 そのとき。

 

「いやー、まいったなー」

 

「あと少しだったんですけどねぇ」

 

「なんだったんだ? あのB1bisは」

 

 CV33のハッチが、内側から押し上げられる。

 

 姿を現したのは、ふたりの女の子。

 

 ひとりは緑髪ツインテール。

 黒のマントをまとい、片手に鞭を持っている。

 

 もうひとりは短い黒髪。

 ハーフヘルメットをかぶり、その上にゴーグルを乗せている。

 

 ご存じ、アンツィオ高校のアンチョビとペパロニである。

 

 ふたりとも、顔がすすだらけ。

 それでも、してやったりの満足げな表情だ。

 

「カチューシャさま? 乗っておられないのですか!?」

 

 クラーラがCV33に駆け寄る。

 ふたりを押しのけて、内部をのぞき込む。

 

 狭い。

 長細いコンパートメントに、座席は二つだけ。

 トランスミッションが中央を貫いている。

 

 砲手席に座っているのは、髪の長い金髪のアンツィオ生。

 はにかむような表情で、挨拶するように片手を上げている。

 

 だが、それだけ。

 カチューシャの姿は、どこにもない。

 

 クラーラがじっと見つめると、ヘルメットをかぶった黒髪の子が、いたずらを見つかった子供みたいに笑う。

 

(――やはり!)

 

 クラーラはふり返って、T-34/85の乗員に叫ぶ。

 

「ノンナさまに連絡! CV33にカチューシャさまは乗っていません! こちらもおとりです! 繰り返します、CV33もおとりです!!」

 

#

 

「なん……です……って」

 

 もう少しのところで、ノンナはイヤフォンを取り落としそうになる。

 

 スピーカーからは、まだ部下の声が響いている。

 だが、聞こえない。

 

(――まんまと躍らされた!!)

 

 いつも乗っているT-34/85はおとりだった。

 こちらこそ本命と信じたCV33もおとりだった。

 逃げる戦車を追いかける、ノンナとプラウダの右往左往は、すべてカチューシャの手のひらの上だったのだ。

 

 圧倒的な無力感が、ノンナを襲う。

 砲手席に腰かけていたからよかったようなものの、そうでなかったら、IS-2の床にへたり込んでいたかもしれない。

 

 私が、カチューシャのいちばんの理解者?

 聞いてあきれる。

 とんだ思い上がりではないか。

 カチューシャのすばらしさを理解していなかったのは、私だ。

 自分の知略がカチューシャに及ぶと思い込んでいた、私だ。

 

 カチューシャは、太陽だ。

 まぶしく輝くのに、誰かの力を借りる必要はない。

 誰の力も、知略も、及ばない。

 私など必要ない。

 私がカチューシャに教えられることなど、何も。

 

 はるか山頂で、KV-2の砲塔ハッチが開く。

 そこから顔を出したのは、戦車帽をかぶった金髪の少女。

 よっこらしょ、と外に現れて、マイク片手に、砲塔の上でふんぞり返る。

 

 顔を上げて見るまでもない。

 彼女が誰なのかを理解するには、通信機から聞こえる、あの声だけで十分だ。

 

「ようやくわかったようね。たった四輛の戦車でプラウダの一軍を翻弄した天才指揮官が、どの車輌に乗っているか。最初から言ってるでしょう、逃げるなんて隊長じゃないって!!」

 

 

 

 

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