真夏のエリカチュ作戦です!   作:ばらむつ

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9:エリカ、爆発する
その1


 カチューシャはご満悦。

 KV-2のすみからすみまで行き渡りそうなくらい、鼻息が荒い。

 

 カチューシャは、今朝からずっと、KV-2の車内で息をひそめていた。

 戦車を乗り換えたことをノンナたちに悟られないためには、必要な行動だった。

 だが、目立ちたがりのカチューシャのことだ。

 

 貧乏ゆすりをする。

 戦況を観察しながら、ぶつぶつ文句を言う。

 見てられないわと、砲手をどかして自分がシートに座ろうとする。

 装填にまで手を出そうとする。

 ストレスためまくり。我慢が限界に近かったのだ。

 

 それをようやくお披露目できた。

 啖呵まで切ってみせた。

 テンションも上がろうというものである。

 

 対して――

 

 プラウダの陣営は、精彩を欠く。

 

 カチューシャが正体を現してすぐ、ノンナのIS-2は後方に引いた。

 

 主力であるT-34/76は、CV33の追跡から山すそに戻ってきた。

 が、カチューシャの作戦にまんまと引っかかって、西に東に振りまわされたせいか、元気がない。

 先ほどから、数輛でのろのろと山に登っては、KV-2の榴弾で撃破されている。

 

 勝利をあきらめたのか。

 まるで消化試合のような行動である。

 

 T-34/76のふるまいには、理由がある。

 ノンナだ。

 

 カチューシャが誇らしげに姿を見せて、大見得を切ったあと――

 

 ノンナは、笑った。

 めずらしく、声を出して。

 

「ふ、ふふ」

 

 ははは、という乾いた笑いに、IS-2の乗員がふりかえる。

 表情がおびえている。

 

 無理もない。

 めったに感情をあらわさないノンナが、こんな状況で笑っているのだ。

 

 いつも冷静な副隊長が、感情的になっている。

 策略で出しぬかれて、失意のあまりおかしくなってしまった。

 乗員たちには、そう見えた。

 

 だが、ノンナの心を占めていたのは、失意でも、悲しみでもない。

 怒りだ。

 

――それは傲慢です、カチューシャ!

 

 逃げるなんて隊長じゃない?

 

 部下を置いて逃げるのが、隊長として心苦しいのはわかる。

 卑怯だと後ろ指を指されるかもしれない。

 勇気がないと笑われるかもしれない。

 こういうときに逃げないから、カチューシャは同志から愛され、信頼されているのだということも理解できる。

 

 でも、隊長でも。

 隊長だからこそ、逃げなくてはならないときがある。

 

 隊長が一番先に倒れてしまったら、残された部下はどうすればいいのだ。

 隊長が持つ高い理想と深い思慮は、生き残ってはじめて役に立つのではないか。

 

――なぜ。

 

 なぜ逃げなかったのです、カチューシャ。

 

 あなたは逃げるべきでした。

 T-34/85をおとりにして、CV33で戦闘区域外まで逃げる。

 それが最善ではないですか。

 

 たとえ卑怯だと後ろ指を指されても。

 勇気がないと笑われても。

 それでも、生きてほしい。

 生き残って、勝利をつかんでほしい。

 部下のその気持ちを、どうして理解してくれないのです。

 

 わざわざ危険な山頂に残ったりして。

 自分はやられないと。

 自分が乗っている戦車が白旗を上げることは絶対ないと。

 本気でそう信じているのですか?

 

 間違いです、それは。

 危険な傲慢です。

 戦車なんて、性能がどれだけ優れていても、クルーがどれだけ優秀でも、ときには流れ弾一発で白旗を上げるものなんです。

 

――ああ、そうだ。

 

 ノンナは悟る。

 ノンナがカチューシャに教えられることが、ひとつあった。

 

 そのためには、この試合に勝たなければ。

 全精力を傾けて勝たなければ。

 試合に勝利して、カチューシャに、間違いであることに気付いてもらわなければ――

 

 その熱情が、ノンナを動かしている。

 

 T-34/76は、目くらましだ。

 

 おそらく、カチューシャは、下りてこない。

 KV-2は山頂で籠城を続けるだろう。

 

 それなら、主砲の弱いT-34/76を残しておいても、意味はない。

 準備が整うまで、作戦に気づかれては困る。

 残る六輛のT-34/76には、捨て駒として、むこうの注意を引いてもらう。

 

 それに――

 T-34/76の乗員たちには、事前に指示を与えてある。

 

 どこで立ち止まり、どのあたりでやられるか。

 ただ捨て駒にするのではない。

 

 これは、布石だ。

 

#

 

 KV-2の乗員は六名。

 箱形の砲塔には四名が詰めている。

 

 カチューシャは、もちろん車長。

 

 カチューシャに手を取られて引きずりこまれたエリカは、ニーナとふたりで装填手を担当中。

 

 カチューシャとエリカが入ったせいであぶれた二名は、下のT-34/76に乗り込んでいる。

 

 車内の空気は明るい。

 カチューシャの作戦は連続で当たり続けている。

 今だって、プラウダのT-34/76を連続で撃破中だ。

 

 昨日の朝、プラウダ戦車の戦列は、平原を埋めつくすかに見えた。

 それが、今はもう、数えるほどしか残っていない。

 

 狩猟帽のニーナが、装填を続けながら上気した声を出す。

 

「これ、もしかしたら、本当に勝てるんでねえべか?!」

 

「なに言ってんの! 勝つわよ、ぜったい!」

 

 カチューシャが、すこしだけ開けた砲塔ハッチから外をのぞきながら叱咤する。

 

「T-34/76は、いま残っているのが最後! あとはノンナのIS-2と、クラーラのT-34/85だけ! 気合い入れていきなさい!!」

 

「「「ウラー!!」」」

 

 やれやれ。体育会系ですこと。

 エリカは黙って装填を続ける。

 

 隣のニーナがひじで小突いてくる。

 

「おめ、態度わりぃなあ。ちゃんと声出してけや」

 

「え?」

 

 私も入ってたの?

 プラウダの生徒用のかけ声かと思っていた。

 

「う、うらー?」

 

「声がちぃせぇ!」

 

「ウラー!」

 

「よし、そんでいい」ニーナがエリカの背中をたたく。「おめさ、でっけぇんだから、もっとしゃんとせねば」

 

 あのねえ。なんで体験入部した新入生みたいな扱いなのよ。

 私だって黒森峰の一軍なんですけど?

 

 ……と言ってやりたいところではある。

 が、雰囲気を乱して得をする場面でもないので、エリカは黙っている。

 

――それにしても。

 

 エリカは、戦闘帽をかぶった金髪の少女を見やる。

 

 KV-2のちびっ子たちが意気盛んになるのもわかる。

 この子、五十対四の圧倒的な不利を、本当にひっくりかえして見せた。

 お飾りなんてとんでもない。

 地吹雪のカチューシャ、たいした指揮官ではないか。

 

 プラウダなんて、釣り野伏せか、そうでなかったら物量でのゴリ押ししかできない学園だと思っていたのに。

 

――そう、やっぱりあなたも()()()()なの

 

 ええ、知ってた。

 最初からわかってた。

 それでも、なにか学べるかもしれないと思った。

 なにかひとつでも学び取って、生かすことができるんじゃないかと。

 

 だけど、違いすぎる。

 すごすぎて、参考にならない。

 胸の中のもやもやが、ますます大きくなっただけ。

 真っ黒で、ぐるぐるしたものに育っただけ。

 

――あなたは

 

 私は、ふいに、氷のような瞳をしたプラウダの女生徒のことを思い出す。

 いつもカチューシャの横に長い影のように控えている、背の高いの少女のことを。

 

――あなたは、どうして平気なの

 

 いつもこんな光に照らされていて、目を背けたくならないの。

 強すぎて、まぶしすぎて、周囲の人をいやおうなく陰に飲み込んでしまいそうな輝きの横で、どうしてずっと立っていられるの——?

 

#

 

 そのとき。

 

 まるでエリカの問いが呼びよせたかのように、轟音がとどろく。

 

 そして、震動――!!

 

 KV-2の車内がはげしく揺れる。

 乗員たちが、あわててどこかにしがみつく。

 ハッチに登っていたカチューシャは、あやうく下に落ちそうになる。

 

「なに、IS-2?!」

 

「違う!」

 

 エリカの問いに、カチューシャは鋭く答える。

 

 視界にIS-2の姿はない。

 それに、いまのは榴弾。

 ノンナのIS-2が使っているのは徹甲弾だ。

 

 おまけに、爆発の規模が大きい。

 KV-2の152㎜榴弾と同程度はある。

 

 ハッチのすきまから下界を観察していたカチューシャが、短くうめく。

 斜面をゆっくりと登ってくる、濃緑の車輌。あれは――

 

「ノンナったら、とんでもないもの持ち出してくれちゃって!」

 

「なに? なんなのよ!?」

 

「オブイェークト704! 試作機じゃないの!!」

 

 オブイェークト704。

 戦車ではない。自走砲である。

 

 ただし、ただの自走砲ではない。()自走砲。

 

 見た目は、黒森峰のヤークトパンターに似ている。

 ヤークトパンターといえば、ヘッツァーのお兄ちゃんみたいなやつ。

 つまり、大洗女子カメさんチームのヘッツァーにもちょろっと似ている。

 

 回転する砲塔はない。

 前面は一直線の傾斜装甲。

 砲身が異様である。

 切り出した水道管でつくったのかと思いたくなるほど、長く、太く、肉厚で、一様で、愛想のない長竿が、前面装甲にずっぽり突き刺さっている。マズルブレーキすら付いていない。

 

 前面装甲は120㎜。側面でも90㎜。背面でようやく60㎜。

 主砲の根元にあるコブのような部分にいたっては、防楯(ぼうじゅん)もろもろを合わせると、装甲厚が300㎜を超えてしまう。

 

 主砲は152㎜。

 KV-2と同等…… というか、こちらの方が性能がよい。

 

 簡単に言えば、砲も装甲もKV-2よりすごいやつなのだ。

 

 ちなみに、ヤークトパンターの主砲は88㎜で、装甲はもっとも厚い前面で80㎜。

 サイズはヤークトパンターのほうがオブイェークト704より大きいのに、である。

 

 カチューシャが不満げに口をとがらせる。

 

「いくらKV-2(かーべーたん)がすごいからって、あんなのを連れてくるなんて! ノンナったら、ほんとに大人げないんだから!」

 

(……プラウダでいちばん大人げないのは、たぶんあなただと思うわよ)

 

 そう考えるエリカだが、口には出さない。

 エリカにもその程度の危機管理能力はある。

 

 が……

 まるで心の中で悪口を言った罰が当たったみたいに、KV-2がぐらぐら揺れる。

 ふたたび、榴弾の爆発だ。

 

「また704?!」

 

「違う! 別方向!」

 

「別方向?!」

 

 しかし、爆発の規模は、前回とほぼ同じだった。

 

 つまり――

 オブイェークト704並の化け物が、どこかにもう一輛いるのだ。

 

「別方向ってどっちよ?!」

 

「待って、今探してる!」

 

 カチューシャが、ハッチにしがみつくようにして、周囲を見渡す。

 

「いた! 右の平原! さっきノンナがいたあたり!!」

 

「なんなの? 704が二輛なんてごめんよ?!」

 

「安心して! こっちはSU-152(ズヴェロボーイ)だから!」

 

 わあ。それは一安心だわ。

 

 ……なんて言う人間が、どこにいる。

 

 SU-152は、オブイェークト704と同じく重自走砲。

 おおざっぱに言うと、オブイェークト704の先々代である。

 

 装甲はいちばん厚いところで75㎜。

 その点では704よりマシだが、主砲はこちらも152㎜。性能はほぼ同じだ。

 

 外見でいちばん目立つのは、主砲根元のコブ。

 704のコブは丸っこいが、こっちは角ばっていて、出っぱりも大きい。

 そして、正直に言うと、キモい。

 ひたいの巨大な昆虫か魚の頭部中央から、角が飛び出ているように見える。

 大洗で発見されていたら、シイラさんとか、ナポレオンフィッシュさんというあだ名が付けられていたかもしれない。

 

「もう! あの二輛で最後じゃなかったの?! あと何輛いるのよ?!」

 

「知らないわよ! とにかく全部倒せばいいの!!」

 

 エリカとカチューシャがどなり合う。

 

#

 

 704が、坂を登りながら榴弾を発射する。

 平原のSU-152が追随する。

 爆発が重なる。

 KV-2を、さきほどよりも強烈な震動が襲う。

 

 がぎぃんと、車外から金属音。

 なにかが折れたか、割れたかした音だ。

 

「被害状況!」カチューシャが叫ぶ。

 

「右の履帯! 動輪が空転してます!」

 

 KV-2の操縦手が、レバーと格闘しながら報告する。

 

「白旗は?!」

 

「上がってません!」

 

 ニーナの声が重なる。

 

「カチューシャさま、また砲塔が動かなくなっちまったです!」

 

「ニーナ! ちゃんと修理したんでしょうね?!」

 

「そんな、カチューシャさま!!」

 

 全員で整備したのになんでおらばっかり、とニーナが涙目になるが、いずれにせよ、口論しているような場合ではない。

 

 正面からは、オブイェークト704が迫る。

 側面では、SU-152が、KV-2にぴったりと目を付けている。

 704とSU-152の主砲は、KV-2より性能が上。

 KV-2の榴弾では、704の重装甲は撃ち抜けない。

 そんな状況なのに、KV-2は自由に移動することも、砲塔を動かすこともできなくなってしまったのだ。

 

 

 

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