その1
夕日を右に見ながら、がたがたと揺れる戦車の中。
「あー、見たかったなぁ。エキシビション」
さっきから操縦席のペパロニがうるさい。
アンツィオ高校のムードメーカー。
瞳はとび色。
髪はにび色。
髪は外に跳ねていて、片側だけ、耳の前に小さなお下げがある。
かぶっているのは、スカート付きのハーフヘルメット。
その上にゴーグルを引っかけている。
「こんな時間じゃ、大洗に着くころはもう夜ですよ? 絶対試合終わってるじゃないっすかあ」
「まあ、そう言うな。今度こそ、この道で正しいはずだから」
答えたのは、アンツィオ戦車道のリーダーであるアンチョビ。
本名は安斎千代美。
もしくは
もしくはねーさん。
黒のリボンと、縦巻きロールのツインテールにした緑の髪がトレードマーク。
マントを羽織り、鞭をたずさえている。
「なんでまた遅刻しちゃうかなあ。ドゥーチェのせいっすよお?」
「どうして私のせいなんだ」
「地図を読み違えたのはドゥーチェでしょ」
「道を間違えたのはペパロニだろ」
「出発時間を間違えたのはカルパッチョっすよ」
先刻からこの繰り返し。
エキシビションに出る大洗女子を応援しようと、三人で
大洗の試合を寝坊や遅刻で見逃すのは、全国大会決勝に続いて二回目。
車内の空気が悪くなるのも当然である。
アンツィオの頼れる統帥であるアンチョビとしては、ここらでひとつ、驚天動地の打開策を見いだしたいところなのだが。
「やっぱりドゥーチェが悪いと思う」
またか。もう。
そんなに唇をとがらせるなよ。
試合を見たかったのは私だって同じだっての。
「だって、ドゥーチェがCV33で行こうなんて言うから」
「足の速い車で行ったら、いい場所で観戦できるって言ったのはペパロニだろ」
「そりゃそうっすけど。なにもアンツィオからCV33で行くことないじゃないですか。大洗までトラックに載せて行けばよかったのに」
「だってお前、CV33単体で行くのと、CV33を載せたトラックで行くのでは、どっちがガス代を節約できると思う。うちはP40の修理代だってまだなんだぞ?」
ペパロニがため息をつく。
「貧乏学校はやだなー。だいたいP40だって、ドゥーチェが乗り回すから」
「修復記念にみんなにお披露目しようって言ったのお前らだろ?!」
アンツィオ高校は、全国大会二回戦で大洗女子に敗れた。
その際破壊されたアンツィオ唯一の重戦車P40が、先日レストアを完了して学園艦に戻ってきたのだが、調子に乗って箱乗りをしているうちに石畳を踏み外し、戦車にあるまじき大回転を演じてまた大破。アンツィオの虎の子は退院即日ふたたび病院送りとあいなった。
戦車道連盟は、競技中に破損した家屋や戦車の修理費用をすべて負担する――
これは絶対的なルールだ。
だからこそ、家屋を破壊された民間人が、運がついたと大喜びするのが、試合の風物詩になっている。
しかし、逆に言えば。
競技以外の理由で破損した戦車の修理費用に関しては、連盟は負担しない、ということでもある。
かくして。
金欠のアンツィオは、P40の修理費用をかせぐために、ホームページで募金までつのる羽目になったのであった。
「あー。見たかったなあ、試合。大洗がピンチになったら、CV33で乱入して華麗に活躍してやろうと思ってたのに」
(……そりゃ遅れてよかったわ)
アンチョビがこっそり考えていると、反対側からカルパッチョが言う。
「見たかったなー、試合。せっかく応援グッズも用意したのに。たかちゃんうちわでしょ、たかちゃん鉢巻きに、たかちゃん横断幕まで……」
こちらは長い金髪に萌黄色の瞳をした、アンツィオの名(?)参謀。
今はCV33の砲手席に座っているが、ふだんはM41セモヴェンテを率いる。
たかちゃんとは彼女の幼なじみ、大洗女子でⅢ突を駆るカエサルのことだ。
「いや、悪かった。私のミスだ。次は絶対トラックにCV33を載せて出るから」
左右からステレオで責められてはどうしようもない。
平謝りするしかないアンツィオ統帥アンチョビであった。
#
「でも、変ですね」
カルパッチョが無線機をいじりながら言う。
謝ったおかげですこし機嫌が直ったのだろうか。
「変って、なにが」
「試合は終わったはずなのに、まだ通信している戦車がいるんです」
「撤収の作業中じゃないのか?」
「最初はそう思ったんですけど」
カルパッチョが、アンチョビのツインテールにヘッドフォンを押し当てる。
「……なるほど。やけに数が多いな。それに焦ってる。ロシア語か? だとすると、プラウダ?」
「もしかして!」
今までむくれて溶けかかっていたペパロニが、がばっと起き上がる。
「まだ試合やってんじゃないですか?!」
「いや、どうだろうな、それは……」
「引き分けで延長戦とか。こりゃあ今からでも間に合うかもしれないですよ!」
「おい。聞け、ペパロニ」
「こいつはぐずぐずしてらんねー! 全速前進!」
「全速前進、おー!」
「おーってカルパッチョ、お前まで……」
あんまりペパロニを乗せるなよ――と、アンチョビが抗議の視線を送る。
カルパッチョが、いいじゃないですか、と言いたげに小さく舌を出す。
まあ、たしかに、よどんだ気分のままで運転するより、希望をもって進むのがアンツィオ流かもしれない。
たとえそれがぬか喜びで、後でがっかりするにしても。
#
CV33は、なだらかな丘陵地帯に引かれた、未舗装の道路を移動している。
周囲に人里の気配はない。
道路の片側は、さっきからずっと林が続いている。
反対側は、最初は砂や岩の多い荒れ地で、次にテーブル状の台地になり、今は起伏に欠ける平原だ。
中央にひとつ、小高い山が突き出ている。
おそらく、以前はスキー場だったのだろう。樹木が生いしげった山の片面に、草地の斜面が扇状に広がっている。
のんびりした光景ではある。
ただ、いくつか問題はある。
最大の問題―― それは、大洗が海沿いの町であること。
それなのに。
右を見ても左を見ても、海どころか、水たまりのかけらすら視界に入らない。
いささかなりとも判断力をそなえた人間であれば、本当に自分たちは目的地に近づいているのか、疑問をもってしかるべき状況である。
さて、どうしたものか。
アンチョビは、さっきからずっと、苦虫をかみつぶした表情のまま。
「あー、早く着かないかなー、大洗」
その横で、ペパロニが、瞳を期待で輝かせながら体をゆする。
「ドゥーチェ、前方に車輌が」
上からカルパッチョの声。
先ほどから、オペラグラスで前方を偵察していたのだ。
「戦車?!」ペパロニが意気込む。「プラウダ? それとも大洗?!」
「おちつけ、ペパロニ。カルパッチョ、一般車輌か?」
「トラックのようです。マークからすると……テレビの中継車かもしれません」
「なに、報道? それはまずい!」
アンツィオは、ただでさえ新聞の三面記事になりやすい。
二回戦で、マカロニ作戦と称して張りぼてを用意したのに、予備まですべて設置したせいで即バレしたことも。
大会決勝に前乗りしたのに、宴会でテンションを上げすぎて寝坊したことも。
修理したばかりのP40を、すぐまた破壊してしまったことも。
隠していたのに全部すっぱぬかれて、さんざん物笑いの種にされてしまった。
これ以上の醜聞は困る。
「いいいいいか! われわれは決して、大洗の試合に向かっていたのに、道に迷って遅刻したのではない。これは正当な作戦行動の一環である!」
「えー? なに言ってんですかねーさん。うちらは大洗に……」と、ペパロニ。
「かっ、カルパッチョ! われわれの任務は何だ!」
「はっ?!」もうひとりの部下のほうは、さすがにもうちょっと察しがよい。「そ、そうですね。えーと、ピザに載せるキノコを探しに来たというのはどうでしょう!?」
「よし、それだ! われわれはキノコを捜索中なのだ。本日大洗でエキシビションが開催されていたことなど、なにも知らん。いいな!」
「ピザにキノコってあんま好きじゃないなー。水っぽくなんねーすか、あれ?」
「ペパロニ、お前は私がいいと言うまで口を閉じてろ!」
ええー、とペパロニが口をとがらせる。
優秀な統帥たるアンチョビがなだめに入る。
「いいか、報道には友好的に接するんだぞ。悪印象をもたれてはいかん。笑顔だ。いかなるときも笑顔を忘れるな」
「なに言ってんすか、ドゥーチェ」と、ペパロニ。「プレスの人はアンツィオ大好きですよ。うちらのことを教えてあげたら、いつも大喜びしてくれますもん」
「お前かぁ!!」
アンツィオのドゥーチェは、この部下の首根っこをつまんで物置小屋に閉じ込めてやりたい、三食くらいメシ抜きの刑にしてやりたい、という内なる衝動を、必死で押し殺す。
いや怒るな。怒っちゃいかん。
いい子なんだ。悪意はないんだ。
悪意がないから困るんだけど、ともかく、悪意はないんだ。
「ドゥーチェ、気づかれました」カルパッチョがグラスを覗いたまま報告する。「一名、こちらに向かってきます」
「くそ。えーい、とにかく笑顔だ。そして全員、なるべくしゃべるな!」
部下に厳命しながら、アンチョビはもういっぽうのハッチから頭を出す。
貼り付けたようなにっこり笑顔。
演説のときに使うとっておきの表情である。
カルパッチョの報告通り、前方に見えるのは、緑色のトラック。
しかし――
違和感がある。
あのトラック、どこかで見た覚えがある。
それに、こちらに近づいてくる銀髪の女性……
白のワンピースを着ている。
紐のサンダルをはいている。
髪はポニーテール。
避暑地のバカンスがお似合いの、夏のお嬢さんという風情。
戦車ともマスコミとも無縁そう。
ああいう知り合いはいない。
いないはずだ。
それなのに、どこかで見たことがある。
前にどこかで会ったような気がしてならないのだが……
#
「なんであなたがいるのよ!」
「それはこっちの台詞だ。どうしておまえがこんなところにいる!」
アンチョビは、白のワンピースの少女と言い合いを続けながら、道路沿いの林の中を歩く。
どこかで見た覚えがあると思ったのも当然だ。
こいつ、黒森峰女学園の逸見エリカじゃないか。
なんでこんなお嬢さんみたいな格好をしている?
見たことがあるのが堅苦しい制服姿だけだっただから、すぐにはわからなかったじゃないか。
「それで、話っていうのは何だ。われわれはこう見えてとても忙しいんだぞ」
「知らないわ。話があるのは私じゃなくて、あっち」
エリカが林の奥を指さす。
道路脇に停められているのは、後部にリフトのついた緑色のトラック。
そばを通りながら、アンチョビは、もうひとりの部下にも心の中でクレームをつける。
なんだもう、カルパッチョのやつ。
なにがテレビだ。これは継続高校のポルトルカだぞ。
側面の「継」のマークを見て、中継車だと勘違いしたんだな。
アンチョビは、首をふりつつ、エリカの後を歩く。
たどりついたのは、林の中のたき火。
青白縦縞の制服を着た三人の女の子が、火のまわりに座っている。
「あれ? おまえらは……」
こいつらにも見覚えがある。
たしか継続のエースチームだ。
チューリップハットをかぶって、ハープに似た楽器をひざの上に乗せた長い黒髪の子が、隊長のミカ。
青い瞳で、はちみつ色の髪を後ろでふたつ短くお下げにした子が、砲手のアキ。
ジャージの上からスカートをはいた赤毛でツリ目の子が、操縦手のミッコ。
たきつけにされているのは…… なんだこれ。看板じゃないか。
公園での禁止事項が書いてある。抜いて燃やしちゃっていいものなのか?
三人は
夕食の最中だったらしい。
お腹がぐうと鳴る。
そう言えば、道に迷うのにいそがしくて、昼からまともに食事をとっていない。
「えーと、それで何だ。話ってのは?」
尋ねてみたが、三人とも答えない。
ただ、継続のリーダーが、ぽろろん、と手にした楽器をかき鳴らす。
「おい。人を呼びつけておいてその態度は何だ」
重ねて尋ねてみる。
それでも返事なし。
はちみつ髪の子が、申し訳なさそうな表情で、横のほうを指さしただけだ。
「ああ? 何だ。そっちになにが……」
そちらに目をやったアンチョビは、びくりと体を震わせる。
視界から逃れていたが、アンチョビの横にもう一人、人物がいたのだ。
闇に紛れていたのと、その少女の背が低いせいで、ちっとも気がつかなかった。
「じゃあ、そういうことでいいわね」
その少女――プラウダ高校のリーダー、地吹雪のカチューシャが言う。
話しかけている相手は、火のそばに腰かけた継続のリーダー、ミカ。
だが、またしても返事はない。
帽子の少女は、ぽろろん、と楽器をつまびいただけ。
「ちょっと、聞いてるの!?」
カチューシャがじだんだを踏む。
アキが、隣のミカに、とがめるような視線を送る。
ミカがようやく口を開く。
「さて。風に聞いてみるよ」
まったく要領を得ない。
カチューシャが不満げにほおをふくらませる。
アキが横からおずおずと口をはさむ。
「あの、OKだってことだと思いますよ」
「そう!」
カチューシャは、ぱっと笑顔。
ようやくアンチョビに向きなおる。
「ようこそ、アンツィオさん。いいところにきてくれたわ」
アンチョビが口を開こうとする。
遠くから、逸見エリカの声がそれをさえぎる。
「ちょっと! 傍受できたわよ! 接近してる!」
声がしたのは、林の向こうから。
止めてあるのは、濃緑に塗られたT-34/85。
エリカは砲塔のハッチから顔を出している。
陰になってよく見えないが、奥にもう一台、大型の戦車がいるようだ。
(……む。これは)
なにやらきな臭い。
いやな予感がする。
こういう場合、相手に主導権を取られてはいけない。
余裕があるふりをしてペースを握るのだ。
アンチョビは胸の中で自分に言い聞かせる。
「なんだ。われわれは重要な任務の真っ最中で、話している時間はないのだが」
しかし――
アンチョビの警戒心は、カチューシャのひと言であっけなく吹き飛ばされる。
「ちょっと協力してくれない? 報酬は…… そうね、プラウダで採れた食料一年分でどうかしら」