やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている   作:ichika

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比企谷八幡は手を挙げる 前編

noside

 

3日後の放課後、八幡達の姿は海浜高校の生徒会室にあった。

 

総武側の生徒会メンバーと、八幡達助っ人の面々は既に全員揃っており、何時でも会議を始められると言わんばかりの様子だった。

 

その中でも、助っ人の一人である雪ノ下雪乃の雰囲気は何処か鬼気迫るものが有り、周囲の人間は彼女から一メートル程距離を置いている程だった。

 

雪乃が睨む先には、海浜側の生徒はおらず、総武の助っ人の一人、比企谷八幡に向けられていた。

 

その視線が語るのは、必倒の強烈な意志のみ、ただそれだけがあった。

 

だが、当の八幡本人は気にもした様子も無く、隣に座っている彩加や大和と会話を続けているばかりだった。

 

眼中にない、などと言う事はあるまいが、それでもいつもと変わらぬ自然体を振舞えるのは、彼等が今日この会議に仕組んでいる事の全てを予見しているからこそだろう。

 

尤も、平静を装っているとはいえ、内心は相当に荒れているのだが、そこは割愛する。

 

「皆集まってくれたようだね、それじゃあ、今日も意見を出し合って行こうじゃないか。」

 

海浜側の会長、玉縄がミーティングの開始を宣言した。

 

それは、八幡と雪乃のプライドを賭けた、一世一代の勝負の開始を告げるゴングだった。

 

「それじゃあまず、催しの内容だけど・・・。」

 

何時もと変わらない、ただ意見が出るだけの、何の進展性もないミーティングが繰り広げられていた。

 

どんな人達に来てもらうか、どんな事をするか、出す軽食や飲み物はどうするかなど、通常なら一時間もかからない事が延々と繰り広げられていた。

 

進んでいればまだましだったのだろうが、何も進んでいないのだから、是が非でも成功させたい側からしてみれば苦痛以外の何物でもないだろう。

 

「(せ、先輩~、なんとかしてください~・・・。)」

 

それに耐えかねたいろはが、少し離れた席に座っていた八幡に助けを求める視線を向けてくる。

 

よっぽど苦痛なのだろうか、それとも媚びる為なのだろうか、その瞳には薄らと涙の雫が浮かんでいた。

 

「(悪いな一色、まだタイミングじゃないんだ、それまで待っててくれよ。)」

 

それに気付いていながらも、八幡は敢えて無反応、無表情を貫いた。

 

この場で糾弾する事は簡単だが、それだけで解決する問題では無い。

 

彼は待っているのだ、相手が自滅するタイミングを、その真価を。

 

「うんうん、巧くまとまって来てるね!この調子でどんどん意見を出し合おうじゃないか!!」

 

「(何にも纏まってないだろ、何言ってんだ。)」

 

ミーティングを行っていると言う事だけで満足してしまっている様な玉縄の言葉に、大和ですら呆れた様に内心で舌打ちを禁じ得なかった。

 

満足するのは勝手だが、進展させて成功につなげなければ何の意味も無い。

彼は以前、自校の文化祭でそれを体験している分、身に染みて分かっている事だったのだ。

 

よって、どうするのか考えたら、そのタイミングを待つと言う選択肢以外無かったのだ。

 

「待ちなさい。」

 

その時だった、一人の少女の声が会議室の空気を切り裂いた。

 

その声の主に、会議室の中にいた全員の目が集中する。

 

「この会議、私が仕切らせてもらっても構わないかしら?」

 

その声の主、雪ノ下雪乃はその視線を受けながらも、堂々たる威勢で宣う。

 

「ゆ、雪ノ下先輩・・・?」

 

その意図が掴めなかったか、いろはは困惑の表情でその名を呼ぶ。

 

今迄静観していた人物が、急に場を仕切ると言い出せば、空気を読めていないのかと疑いたくもなるだろう。

 

「ど、どういうコトだい?た、確かに合同でやる事にはなってるけど・・・。」

 

その発言の意図を理解しきれなかったのか、玉縄は困惑した様子で尋ねていた。

 

総武一の才嬢が今目の前にいる雪乃だと言う事は知っているが、それでも名乗りを上げて来るとは思いもしなかったのだ。

 

何せ、雪乃は生徒会長でもなんでもない、只の助っ人なのだから。

 

「何故ですって?簡単な事よ、貴方達に任せたままでは、何も進まないからよ。」

 

その問いに答える様に、雪乃はバッサリと切り捨てた。

有無を言わせない様な高圧的な言い方に、海浜側のメンバーの表情が一気に険悪なモノへと変わった。

 

まるで気に入らない、そんな雰囲気が伝わってくる様だった。

 

「私が参加するのはこれで3回目だけど、その時から案が出るだけで何も進んでいないじゃない、ハッキリ言って、無駄よ。」

 

「なっ・・・!」

 

包み隠す事の無い糾弾に、玉縄は絶句した。

 

場の空気を読まない、全てを敵に回す様な発言だったが、それは的を射てもいた。

 

「良いかしら?この会議は何も進んでいないし、催しの内容も一切決まっていない、それに加えて期限も残り少ない、どう説明着けるのかしら?」

 

「そ、それは・・・。」

 

理路整然、とは程遠い勢いだけで捲くし立てる雪乃に、玉縄は言葉を詰まらせながらも視線を泳がせていた。

 

彼とて、伊達に一校の生徒会長を張っていない、本来は愚鈍な人物では無いのだろうから、期日が迫って来ている事も承知していた。

 

だが、だからと言って可能性を潰す事は良くないと、玉縄本人は考えている所だ。

意見の一つさえ無駄にしたくないからこその姿勢だったとも受け取れるだろう。

 

「さぁ、早く教えてちょうだい!」

 

「うっ・・・。」

 

まるで詰問するような口調に、彼は何も言えずに尻込みするばかりだった。

 

どちらが優勢か、最早語るまでも無い状況に陥っていた。

 

その時だった、机に何かを叩き付けた様な激しい音が、静まり返った会議室内に響き渡った。

 

あまりに強烈な音に、その発生源に視線が集中する。

 

「そこまでだ。」

 

その発生源、机に拳を叩き付けた状態で睨みを利かせる八幡は、不機嫌ですと言わんばかりにタメ息を一つ吐いて静かに場を制した。

 

まるで、何か鬱憤を吐き出す一歩手前の激しさがそこにはあり、会議室内は嵐の前の静けさに叩き込まれた。

 

「な、なんのつもり・・・!?邪魔をしないで頂戴!」

 

八幡の意識が自分に向いている事に気付いた雪乃は、及び腰になりながらも黙っていろと叫んだ。

 

今は自分がこのイベントを成功させるために、その原因とも取れる相手を糾弾している所なのだ。

それを遮ったと言う事は、邪魔すると言う意図が透けて見えたのだ。

 

そんな事はさせてなるモノか、この勝負は自分が勝つ。

それだけが、今の雪乃を突き動かしていた。

 

「玉縄サン、大変申し訳ないけど、その女が言ってる事は間違ってないですよ、無礼な言い方になってるのは否めないですけどね。」

 

「うっ・・・。」

 

しかし、予想外と言うべきかなんというべきか、八幡の口から出て来た言葉は、雪乃を擁護する言葉だった。

 

批判自体は間違っていない。

それは彼も、暗にこのイベントの歪さを批判した事に変わりは無かった。

 

「まぁね、イベントを成功させたいのは誰しも同じっすよ、でもね、あえて絞るって事も大事なんだと思うんすよ、準備期間が短いイベントなら尚更ね。」

 

「・・・。」

 

八幡の指摘は、雪乃よりも明確であったため、更に逃げ場をなくした彼は、プライドを折られたか俯いてしまう。

 

その様子に、若干面食らった雪乃だったが、何処か勝ち誇った様な笑みを浮かべていた。

 

自分が正しいと認めて加勢しに来たと、八幡自身が手立てを思いつかなかったと取ったのだろうか、その笑みは自身の正当性に酔っている様でもあった。

 

「その点だけは、雪ノ下が正しいとは思いますよ、それだけは認めましょう、だけどな・・・。」

 

一旦言葉を切り、八幡はどこか鋭さを感じさせる視線を一人の少女に向けた。

 

その相手とは、語るまでも無く雪乃だった。

 

「雪ノ下、お前は一体、何様のつもりなんだ?」

 

玉縄を攻めている時よりも、声から温度が数度ほど抜け落ちた八幡の言葉が、会議室内にいた者達を震え上がらせる。

 

まるで、部屋の温度が数度下がったかのような錯覚を覚えさせるほどに底冷えした声だったのだ。

 

「ひ、比企谷先輩・・・?」

 

「(始まった、か・・・。)」

 

八幡の変わり身に驚いたか、それとも見た事も無い一面に恐怖したか、いろはは怯えた様に彼の名を呼ぶ。

 

そのすぐ隣では、大和や南が固唾を呑みこみ、彩加が表情を引き締めた。

 

一夏から聞かされた、罠の発動に、緊張を隠せなかったのだ。

 

「さっきから黙って聞いてれば、玉縄サンが悪いみたいな言い方しやがって。」

 

「あ、あっ・・・。」

 

眉間に皺を寄せながらも問い詰める八幡の後ろに、途轍もない深さと昏さを持った何かを見たのか、雪乃は喘ぐ様に呻きながらも後ずさる。

 

たった一言発しただけで全てを呑み込む圧を感じ取ったのだろう、その足は震えていた。

 

「聞けば何も発言しなかったくせに、今の今になって漸く絞り出した言葉がそれか?」

 

深い深いタメ息を吐きながらも、八幡は雪乃を問い質す。

そこには深い呆れと、何時だったか大和が抱いた様な感想があった。

 

とは言え、状況は当時とは全く異なってはいたが・・・。

 

彼は今日までに、いろはの他、会議に参加していたメンバーから情報を聞きだし、どの様な内容の会議が行われていたかを調べていたのだ。

 

無論、そこには誰がどんな発言をしたかも記載された議事録からの情報もあり、彼は中途参加ながらも会議の全貌を知り得ていたのだ。

 

そこから、雪乃が意見や批判も含めた発言をしていない事も把握した。

それを、この瞬間にぶつけたのだ。

 

「クリスマス会を良くしようと意見する訳でも無い、進まない会議を進める為に発言した訳でも無い、今も何の生産性も無い追及をして会議を遅らせてる、ハッキリ言って、お前、何がしたいんだ?」

 

八幡の言葉には、明確な追及の意思が見えた。

今、この場で最も不要な者は誰か、それを問うている様にも思われた。

 

八幡が今、玉縄の肩を持って雪乃を追求しようとしていると察したか、総武側の面々が怪訝そうに、海浜側の面々が睨む様に雪乃を見た。

 

「そ、それ、は・・・!」

 

雰囲気が変わり、自分が責められている事を感じ取った彼女は、その表情に怯えが混じった。

 

糾弾する側がされる側になる事が、より恐怖を煽っていた。

 

「お前、ハッキリ言って邪魔だよ、もう喋るな。」

 

だが、弁明などさせないと言わんばかりに、八幡はあっさりと切り捨てて玉縄の方に向き直った。

 

「ウチのド阿保が大変失礼な事をしました、代わってお詫びします。」

 

それまでの圧を収めて、彼は海浜側のメンバーに向けて頭を下げた。

 

悪いのは場を乱した者、そう結論付けて〆ようとしていた。

 

それはまるで、何かを悪に仕立て上げ、それを敵視させるやり方、それそのものだった。

 

「彼女もクリスマス会を良くしたい一心だったんです。」

 

何と白々しい事かと、八幡自身苦笑を禁じ得ない言葉を並び立てる。

想っても無い事をこうもすらすら言えるものだと、自分でも感じているのだろう。

 

無論、この言い回しは彼が考えた事だが、考え付いたのは彼では無い。

 

これは嘗て、彼の師が良く用いた手法の一つだった。

 

「い、いや、構わないよ・・・!た、確かに僕達も理想を大きくし過ぎていたかもしれないね・・・。」

 

その謝罪を受けて、玉縄は慌ててそれを受け入れつつも、自分達の置かれている状況を俯瞰する。

 

それを受け入れるあたり、本来は出来た人物なんだなと八幡は賭けが当たった事を確信していた。

 

「とりあえず、出し物は劇とケーキに絞り、地域の保育所やデイサービスに声を掛けてみてはどうでしょう?地域との繋がりも強調できますし、演劇部に頼めば、脚本も演者も用意できるかもしれません、急ピッチなので、そこまで大袈裟な事は出来ませんが、失敗は無くなります。」

 

「な、なるほど・・・!しかし、ケーキは何処で用意するんだね?」

 

流れるようにプレゼンを始める八幡が提唱する内容に、玉縄は感心しながらも疑問を投げ返す。

 

「自分の知り合いに飲食店を経営してる方が居まして、依頼さえあれば何でも作っていただけるのでそちらを当たります、ゲストの参加はこちらでなんとかさせて下さい。」

 

「お、おぉ・・・!なんと頼もしい!では、こちらは劇の方をどうにかさせてもらおう!」

 

本来なら初回、若しくは二回目のミーティングで決まっていなければいけない内容だが、それは弧の差異どうでも良かったのだろう、とんとん拍子で話は進んで行った。

 

だが、それは盛り上がっている者同士の間の話だった。

 

話に着いて行けない者の大半は呆然とその様子を見ていたが、残りの一部は自分達の事を棚上げして、悪とされた雪乃を睨んでいた。

 

自分だって何も言っていないくせに誰かを糾弾しようとした事に対する、蔑視の視線だった。

 

無論、八幡もそれに気付いてはいた。

気付いてはいたが、それでもあえて気付いていない風を装い、玉縄との話を優先した。

 

何せ、それも彼の、いや、彼等の策の一つだったから。

 

とはいえ、八幡や彼の周りにいる者達も、何も感じない訳では無い。

何せ、罠とはいえど、結局は意図的に誰かを貶めているやり方なのだから。

 

周囲から向けられる自分を敵視し、蔑む様な視線に耐え切れなくなったか、それとも、反論の余地も無く敵に回されたが故か、彼女は何も言わずに会議室を飛び出して行った。

 

だが、それを誰も止める事は無かった。

 

何せ、言葉に出さずとも、厄介者が居なくなってくれたと勘違いしている者が、過半数を占めているのだから。

 

そのまま、会議が終わるまで、誰も彼女の話題に触れようとさえしなかった。

 

今の状況の歪さを、その異様さを、誰も咎める事も無いままに・・・。

 

sideout




次回予告

果たしてこの方法は正しいのだろうか。
良い方向に導けても、誰かを犠牲にした結果が正しいのだろうか

次回やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている

比企谷八幡は笑っている 中編

お楽しみに

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