やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている 作:ichika
noside
ルギエルを倒したその夜、アストレイの店内には7人の影があった。
既に夜も更け、日付の変わる頃だったが、彼等にはそんな事など関係なかった。
「漸く、だな・・・。」
ウィスキーが注がれたグラスを眺めつつ、リーダー格の男性、織斑一夏はタメ息と共に言葉を吐き出した。
漸く、荷が一つ降りた、そう言わんばかりの気色がその言葉には滲み出ている様だった。
戦闘が終わって間もないため、八幡達若手は疲労困憊と言った様子でアストレイの客間で寝かされている。
ゼロは、ダークルギエルとダークスパークの消滅により、スパークドールズから解放された怪獣やウルトラマン達を元の世界に送り届けるべく、異界を渡る力を使って道を作っており、今はこの世界には居なかった。
故に、今彼等が集まっているのは、アストレイのオリジナルメンバー7人だけの、謂わば会議の様なものだったのだ。
「長い寄り道、でしたわね・・・、長すぎました・・・。」
その言葉に同意するかのように、セシリアもまたタメ息を吐きつつ、何かを噛み締める様に呟いていた。
一つの世界に長く留まる事をせず、放浪の旅を続けた自分達が、二年近くも一つの世界に留まり続け、終いには弟子の存在までできてしまった。
正直、あの時・・・、かつて仲間を失ってしまって以来、誰かとの関わりを避けてきた彼等からしてみれば、自分達ですら実感の湧かぬ出来事だったに違いない。
「ま・・・、そんな事はどーでもいいわ、決めなきゃなんないでしょ、アタシ等の今後?」
店内に重苦しい雰囲気が漂ってきた事を察し、玲奈は本題に斬り込んだ。
一々重っ苦しい雰囲気を出されていては、折角の酒が不味くなる、そう言いたいのだろうか・・・。
いや、そうでは無い。
ただ、ウジウジして答えを先延ばしにする事が、彼女の性分からしてみれば許されざるものだったのだ。
「そう、だね・・・、あの子たち、どうする・・・?」
玲奈の言葉に苦笑しながらも、シャルロットの表情と言葉は昏かった。
自分達を慕い、教えを授けてくれと、彼女達の過去に関係なく近付いてきた弟子たちを邪険に出来ないのが実情だ。
本音を言えるならば、彼等と共に旅を再開し、その中で教えを授け、何時かは真の家族、仲間として歩んで行きたいと言う気持ちは強く持っている。
とは言え、まだ20年も人間として生活していない彼等に、自分達の様に完全にウルトラマンと同化し、付いて来いなどとも言えるはずもない。
だが、そうでもしなければ、もし彼等が自分達に付いて来ると言った時、その旅路は人間のみでは到底堪えられるモノではないのだ。
故に、人間を捨てて付いて来いとも、そのまま暮らし続けろとも言えない、そして、自分達がこの世界に残る訳にもいかない、そんなジレンマに陥っていたのだ。
「だけど、決めなきゃいけない事、だな・・・。」
「そうだな・・・。」
それを理解しつつ、宗吾とコートニーは寂しげに呟いた。
どれだけ悩んでも、どれだけ辛くとも、答えは必ず出さねばならない。
そうでなければ、悔やんでも悔やみ切れない荷を背負うのは必至だったから・・・。
「一夏、貴方はどうしたいの・・・?」
その答えを、リーカは一夏に求めた。
このメンバーの中で、最も八幡達と関わっているのは、他でもない一夏なのだ。
教師として、ウルトラマンとして、そして、師として、彼等を近くで見続けていたが故に、その想いも特別な物があるに違いなかった。
だからこそ、リーカは一夏の答えを知りたかった。
その答えが、何時も自分達に導を与えてくれると解っていたから。
一夏が望む事は、彼女達全員が望む事、これまでもそうだったように、これからもそう在りたいのだ。
「俺は・・・。」
重苦しい沈黙の中、一夏は自分の中でも決められないと言わんばかりの様子で、天井を仰いでいた。
答えはとうに出ているし、そうしなければならない事も重々承知している。
だが、心がそれを拒絶しかけては、目を逸らすなと語りかけてくる、というのを繰り返している、そんな様子だった。
「わりぃ・・・、少し、考えさせてくれ・・・、こうなった以上、一年も二年も変わらんだろ・・・?」
それを誤魔化す様に、彼はタメ息を一つ吐き、店の外へと出て行った。
誰にも邪魔されず、自分だけで答えを出す、そう言うつもりなのだろうか・・・。
「本当に・・・、昔の一夏様に戻られたみたい、ですわね・・・。」
その様子に、セシリアは変わらぬ彼の根っこ、それを垣間見たセシリアは若かりし頃の、彼がまだ人間として戦っていた時を思い返す。
仲間を何よりも大切に想い、部下を何よりも慈しんだ彼の、その甘さとも取れる優しさは、どれだけの時が流れようと、まるで変わらない事が、何よりも嬉しい事だった。
それは、彼の人柄と想いに惹かれて集まったアストレイメンバー全員が抱く想いであり、皆、顔を見合わせて頷き合っていた。
彼が答えを出す為なら、自分達はどれだけ時間が掛かろうとも待ち続ける。
それが、彼等が一夏を信じているが故の、一つの想いやりだったのだ・・・。
sideout
side八幡
「う・・・?」
鉛が絡みついたまま泥に沈む様な感覚の眠りから唐突に目覚め、俺は辺りを見渡す。
見覚えの無い、だけど、誰かが生活していた様な跡のある部屋で、俺達は雑魚寝の様な形で寝かされていた様だ。
「何時の間に・・・?」
何時の間にこの部屋に来たのか、それはサッパリ憶えていない。
最後の記憶は、ルギエルを倒し、地球に戻って安心した途端に記憶が途切れた所で止まっている。
って事は、誰かが俺達をここまで運んでくれたって事か・・・?
身体を起こして窓の外を窺うと、見慣れた街の風景が目に飛び込んでくる。
「ここは、アストレイ・・・?」
どうやら、場所的にはアストレイのある場所から見た景色らしいし、部屋に置かれている物も、よくよく見てみればあの人達の趣味が多分に入っている物が多かった。
なるほど、だったら、安心して眠ってもよさそうだな・・・。
部屋に備え付けられていた時計は5時を回っており、東の空が僅かに白んで来た頃だった。
その窓の外に、俺は人影を見た、気がした・・・。
「あれは・・・?」
普通なら見過ごしてもおかしくは無いし、気にも留めないんだが、何故かその背が何かを物語っている様で、俺の目はそれに釘付けになった。
「先生・・・?」
街頭から僅かに離れた場所に立っているからか、シルエットがぼんやりと見えるだけだった。
だけど、何故か俺にはその人影が誰だか分かるような気がしていた。
そして、俺を呼んでいる、そんな気さえさせてくる・・・。
何を考えるでもなく、俺は沙希達を起こさない様に静かに部屋から抜け出し、足音を立てない様に気を配りながら店の外に出た。
まだ3月にもなっていない、冬の風が肌を指してくるが、何故かそんな事なんて気にならなかった。
ただ、今は一つの事に意識が向いていて、それどころじゃない、って言うのが本音だったけどな・・・。
外に出て、そのシルエットが見えた方へと歩みを進めると、相変わらずはるか先の方を見詰めたまま微動だにしないその後姿が目に入ってくる。
その背格好と、纏う雰囲気でその人が誰かなんてすぐに分かった。
彼は・・・。
「先生・・・、こんな時間に、何をやっているんですか・・・?」
俺は、こちらを見ていなくとも、意識は向けているであろう先生に問う。
彼も、先の戦いで俺達以上に消耗している筈なんだから、こんな所で油を売っているのは身体に良く無い事ぐらい解っていた。
だとしても、彼が意味も無くそんな事をするヒトじゃない事ぐらい、俺でも解っている・・・。
「八幡か・・・、何、少し昔を思い出して黄昏てただけさ・・・。」
振り向く事無く、彼は俺に対して言葉を紡ぐ。
今迄、何時も俺の方を、目を見て話してくれていた事が嘘のように、何処か痛みを堪える様な声だった。
「君はよくやった、この世界を護り、止まる事無く生きていくと言う道を選んだ・・・、大したものだ。」
それを悟られない様にしているからか、彼は何処かで聞いた事のある様な賛辞を並べてくる。
響き自体は何時もと同じ、心も込められている言葉だったのに、俺はそれを素直に受け取る事は出来なかった。
何せ、分かってしまっていたから・・・。
「先生・・・、そんな事を言う為だけに、俺を呼んだんですか・・・?」
彼は俺と何かを話したがっていた。
だけど、直接呼び出すのも気が引ける、だからこうして気配を飛ばすだけで俺を誘い出した、って言うのは考え過ぎだろうか・・・?
「まったく・・・、君も随分、イイ男になって来たじゃないか・・・。」
俺の言葉に返す様に、彼はその通りだと言わんばかりに苦笑しつつ、俺の方に向き直った。
その表情には、何時も浮かべている笑みと共に、何処か思い詰めた様な、苦しげな色も見受けられていた。
「君も薄々解っているとは思うが、俺達アストレイがこの世界に留まった理由、それが無くなった。」
「ッ・・・。」
やっぱり、そういう事か・・・。
この時が来ることなんて、初めから分かっていた。
先生達は大流星群の夜の責任を取るためにこの世界に残った。
それの元凶であるルギエルを滅ぼしたと言う事は、その責任も果たされ、この世界に残る意味が無くなったと言う事でもある。
だから、彼は俺に何かを問いたかったんだと思う。
そうじゃないと、こんな遠回しに聞いても来ないって・・・。
「俺達は近々、ゼロが戻り次第、この世界を出ようと思う・・・。」
「そう、ですか・・・。」
解っていた。
解っていたのに、それを心が納得しようとも受け入れようともしなかった。
「だがその前に、君と話しておきたかった・・・、君が、どう思っているか、聞かせてほしい・・・。」
どう思っているか・・・、そんなの分かり切っている事じゃないか・・・。
先生は行かなくちゃいけない、この世界にいるべきヒト達じゃない。
だけど・・・、もし・・・。
「俺は・・・。」
もし、赦される事ならば・・・。
「俺は・・・、まだ、この世界で先生といたいです・・・。」
涙が知らず知らずの内に零れ落ち、頬を伝った。
赦されるなら、俺はまだ彼と、彼等と同じ時を刻んでいたかった・・・。
「俺はまだ・・・、ウルトラマンとしても・・・、未熟者なんです・・・、だから・・・。」
俺をここまで来させてくれたのは、最高の友である彩加達や、最愛の人である沙希にめぐり合わせてくれたのも、全部この人の、織斑一夏という師のお陰だった。
俺は結局、自分一人の力では何も成し得ていないんだ。
俺を変えてくれた人に、俺はまだ何も返せてない。
だから・・・。
「行かないでください・・・、俺に・・・、これからも教えを授けて下さい・・・!」
喩え俺の我儘であったとしても、先生達にとっては迷惑だったとしても・・・。
俺は、この人達とこの世界で生きていきたいと思った。
誰とも繋がれなかった俺が、こんなにも多くの仲間達を手に入れた。
そんなきっかけをくれた人に、俺は自分を高めてもらいたかった。
「お願いします・・・、どうか・・・。」
そこから先は、言葉にして絞り出す事さえ出来なかった。
嗚咽で、言葉が出なかった・・・。
「そう、か・・・。」
そんな俺を、先生は咎めるでもなく宥めるでもなく、ただ微笑みと共に見据えていた。
俺の嘘偽りの無い本心を聞きたかっただけか、それとも、自分がどう思われているかだけを知りたかったのかは、まるで掴ませてくれない所は、何時もと変わらなかった・・・。
「今からいう事は、独り言だから気にしないで欲しい・・・。」
先生は空を見上げて短く嘆息し、ぽつぽつと話し始めた。
そんな大きい独り言があってたまるかと思ったが、今はそう言う雰囲気じゃないのは分かり切っていた・・・。
「俺はな、本当は君に関わる事も、君を戦わせる事も、止めておくべきだと思っていたよ・・・、俺達の介入で、世界を、個人の運命を弄る事などあってはならない・・・、そう解っていたからな・・・。」
俺に関わるべきでは無かった。
それは悪い意味では無く、本当の意味で、戦わせたくなかった、未来を狂わせたくなかった、そんな想いが伝わってくるようだ・・・。
「俺は今まで、色んなヤツの運命に介在してしまったんだ・・・、そのせいで運命がいい方向に向かったヤツもいれば、そう成らなかったヤツもいた・・・、だから、人間だろうとウルトラマンだろうと・・・、誰かの運命、人生を弄んで良い筈なんて無い・・・。」
喩え恨んでいる対象であっても、その運命を弄るつもりはない。
先生なりの戒めなのか、その言葉には何よりも迫力はあった。
「ま・・・、君の運命が良い方向に変わった事も、喜びたいところだが、実際のトコロ、良かったかどうかなんてわからないからな・・・。」
「先生・・・。」
俺が、仲間や恋人、大切な物を手に入れたとしても、それは本当に手に入れるべきモノだったのか、それは俺にも先生にも分からない物だ。
本来の運命、未来はもっと違うモノを手にしていたかもしれない。
良い方向に変わったとはいえ、それは所詮、結果論でしかなかった。
でも、だからと言って、俺は後悔する気なんて更々無い。
「ま、それも所詮は建前ってもんだ・・・、八幡、俺はな、正直言って君に入れ込んでいる・・・、仲間を、部下を失い続けて、それを見る事を恐れた俺に、光を見せてくれたのは君だった。」
「俺・・・?」
先生の言葉には、俺への温かい想いが溢れ、彼の端整なその顔にも、涙が幾重にも筋を作っていた。
それを見て、俺もまた涙が溢れ、留まる所を知らなかった。
「未来を、誰かを信じ切れなかった君が、何時しか友を持ち、仲間を持ち、愛を持った、俺は、その手助けを出来たんだと、誇らしく思えた・・・、君が変わってくれたから、俺はこれから先を信じられる様になったよ・・・。」
俺が、先生に光を齎した・・・?
違う・・・、俺が先生に齎したんじゃない・・・。
俺が、先生に光を見せて貰ったんだ・・・!
俺は、貴方には何も返せてないんだ・・・!
だから・・・!!
「だからな・・・、出来る事なら、俺は君と共に行きたい、色んな宇宙へ、共に渡り、高め合いたいと思っている・・・。」
その言葉は、俺に付いて来いと言うモノだった。
この世界での、人間としての生を捨てて、ウルトラマンとして生きろと、そう言う意味だった。
でもそれは・・・。
「だけど、それは、君に俺と同じ苦しみを強いる事になる・・・、置いて逝かれる恐怖、悲哀・・・、そんなものを、何度も繰り返す事を、君に強いる事は出来ない・・・。」
そうだ・・・。
ウルトラマンに成ると言う事は、先生の様に何千年、いや、下手をすれば何万年と言う途轍もない時間を生きる事と同じだ。
それは、今、この世界で共に生きている家族や、大和達、友が老いて死にゆく様を、ずっと見ていかなければならないと言う事だった・・・。
それに、俺が耐えられる自信なんてこれっぽちも無かった・・・。
たった一つを失う事さえ怖がっていた俺が、それに耐えられる筈も無い・・・。
先生も、俺に似ている部分があったから、それを理解していくれたんだ・・・。
「だから・・・、俺達は此処で別れなきゃ・・・、俺達にはまだ、やらなくちゃいけない事があるから・・・。」
涙をこらえながらも先生は、俺の肩に手を置き、別れを告げた。
そうしなければならないと・・・。
それが、正しい事だと・・・。
「君も、いや・・・、君達も、腹を括ってくれ・・・、別れってもんは、ただ悲しいだけじゃない・・・、分かってくれ・・・。」
それだけ言い残して、彼はこれ以上泣き顔を見られる事を嫌ってか、そそくさとアストレイの店内に戻っていた。
その場に残された俺の耳には、ただいつも通りの朝が始まろうという、何も変わらない日常の音が聞こえて来るばかりだった。
そこに、俺が望む答えが、何一つ無かったとしても・・・。
sideout
次回予告
刻一刻と迫る別れの時に向けて、彼等は身辺を整理していく。
それを止める事も、見届ける事も出来ずに、八幡達はただ、日常を過ごす以外ないのか・・・。
次回やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている
比企谷八幡は決断する
お楽しみに