やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている 作:ichika
side沙希
「うぉぉぉ・・・!?す、すっげぇ~・・・!!」
屋上に着いてフェンス際の出っ張りに腰を下ろした比企谷が、あたしが持ってきた弁当を見て開口一番に叫んだ言葉がそれだった。
驚きと期待、その両方がその叫びには含まれていて、あたしは無性に嬉しくて頬が緩むのが分かる。
昨日はいろいろあったし、買い物とか出来る状況じゃなかったけど・・・。
じ、自分なりに結構頑張ったし?上出来だと思うよ・・・?
で、でも、食べて貰えるまで油断は出来ないよね・・・?口に合わないなんて言われたら・・・。
って、それ言われたら泣いてしまいそうだ、どうする・・・!?
「わぁ~!凄いね川崎さん!美味しそうなお弁当だね!」
思考がネガティブな方に行きかけた、まさにその時だった。
比企谷に渡した弁当箱を覗き込んだ戸塚が感心した様に話しかけてくる。
な、なにこの・・・、なに・・・!?
本当に男子なのこの子・・・!?キラッキラしてるんだけど!?眩しすぎて浄化されるぐらいなんだけど!?
あたしより絶対可愛いよねこの子・・・、なんか、色々自信無くしちゃいそうなんだけど・・・。
はっ!違う違う!今はそんな事言ってる場合じゃ・・・!
「そ、そう・・・?普段家で作ってるようにしか出来なかったから・・・・、あんまり自信無いけど・・・。」
仕事で忙しい母さんに変わって包丁を握り始めたのは、小学校の高学年に上がる時ぐらいからだ、もう七年近く台所に立ってる。
だから、という訳ではないけど、料理の腕や味にはそれなりの自信は勿論ある。
それに、アストレイの皆さんから、色んな料理のレシピも貰ったし、お陰でレパートリーも増えて、家族の評判も上々だから、あの店で深夜バイトしてたのも、悪い事ばっかりじゃなかったね、寧ろ、良い事の方が多かったと思うまであるね。
だけど、それとこれとは話が違う。
だって、一番のネックは弁当自体じゃなくて、あたし自身の気持ちの問題だ。
渡したいし、お礼も言いたいのはあたしの本心だし、やらなきゃならない事だって分かってる。
だけど、それをどう切り出せばいいか分からないし、どう話しかけたら良いのかも分からなかった。
それに、あたしと比企谷はこれまで目立った絡みどころか、授業関連でも話す事も殆どなかった。
だから、授業とかの内容で話しかけに行く事も出来なかったし、本当に手詰まりになっていた。
でも、そんな時にあたしに助け船をくれたのが、この戸塚彩加という性別迷子の天使だった。
どういう訳かあたしに話しかけて来て、それでいて比企谷に何かしたい事を見抜かれていて・・・。
さっきの比企谷に話しかけに行ったのだって、戸塚からの提案だった。
それで良いのかと一瞬考えたけど、あの時の比企谷の反応を見れば一目瞭然だったね、間違ってはいないみたいだった。
それは兎も角、今こうしていられるのも戸塚のお陰なんだ、感謝しないとね。
「いやいや・・・、こんな旨そうな弁当、ホントに久し振りに見たぜ・・・、卵焼きもメチャクチャ綺麗に出来てるし、野菜炒めにコロッケまで・・・、ほ、本当に食べていいのか?」
そんな事を考えるあたしに、比企谷は目を輝かせて食べていいか聞いてくる。
あぁもう、そんな目しないでよ、かわいく思えて来ちゃうじゃないか。
「そのために作って来たんだから、聞かなくて良いよ、足りなかったらあたしの分もあげるからさ。」
「そ、それは流石に悪いって・・・、こんだけあれば腹も十分膨れるって、いただきます!」
苦笑しながらあたしの弁当を差し出す素振りを見せてやると、比企谷はぶんぶんと首を横に振り、あたしの弁当に手を付けた。
あぁ、やばい、なんか緊張するっ・・・!!
大丈夫だよね・・・!?
思わず、比企谷が箸で掴んだ卵焼きを目で追ってしまう。
そして、卵焼きが彼の口に放り込まれた。
ど、どうなんだろ・・・!?
「っ・・・!う、うめぇ・・・!すげぇ好みの味だぞ・・・!?」
咀嚼して呑み込んだ彼は、表情を輝かせて感激している様だった。
「ほ、ホント・・・!?」
「ウソ吐いてどうすんだよ、俺は旨い飯食べた時は素直だぜ、あぁ、美味い・・・!!」
よ、良かったぁ・・・、安心した途端に何時振りかの感動が込み上げてくる。
う、嬉しいのは嬉しいけどっ、どうしてこんな気持ちになれるんだろ・・・?
こ、これ以上考えたら、ここから逃げちゃいそうだけど、思考がやめられない・・・。
「流石は沙希ちゃんだな、ウチの店でも良く手伝ってくれたっけ?」
あたしのその先の考えを遮る様に、先生も感心した様に呟きながらも、自分の弁当を食べていた。
そういえば、この人にも助けられてたんだよね・・・。
織斑先生に見付かった時に、そのままあの店を辞めてたら、下手をすれば今も深夜バイトを続けていただろうし、そうなれば家族にもっと迷惑を掛けてたんだろうなぁ・・・。
それに、あたしがあの店で今も学生バイトが出来るのも先生の口添えが強いし、比企谷に引き合わせてくれたのも先生と大志のお陰なんだよね・・・?
そう考えたら色々、頭が上がらない人が多くなりそうで怖いね。
そんな事を考えながら、あたしは先生の手元にある、先生が持ってきた弁当箱に目線を落とす。
小奇麗に並べられた品々は、アストレイの喫茶で出されるメニューにもあるランチセットとほぼ同じメニュー構成になっていて、ピラフに添え野菜、そして鶏肉の照り焼きというシンプルながらもある程度バランスの取れた品だった。
これ、セシリアさんかシャルロットさんが作ったのかな・・・?
いや、なんでかは分からないけど、あの店、六人のメンバーが入れ替わり立ち代わりするから、どの時間に誰がいるのかさっぱり分からないから、それも定かじゃないね。
「いえ・・・、セシリアさん達程じゃないですよ、それはそうと、あの時はホントにありがとね、あんたのお陰で、ちゃんと家族と向き合えたよ。」
先生に返しつつ、あたしは今回来てもらった本当の要件について切り出す。
ずっと、一週間以上言えなかったこのセリフ、漸く言える状況を造って貰ったんだ、ここで言わないと、お礼を言いたいって気持ちが嘘になるからね。
「なんだ、その事かよ、別に気にしなくても良いのに、あれは俺が依頼として受けただけだ、礼を言われたいとか、そんな気持ちでやった訳じゃ無いぞ。」
言うと思ったよ・・・。
自分が受けた依頼だから気にするなって言葉にも偽りはないんだろうけど、あたしにはその裏の思いが少しだけ分かる様な気がする。
多分、比企谷はボッチ生活が長くて礼やら称賛を受けた事がほとんど無かったんだろう。
だから、と言っていいのかどうかは分からないけど、人の想いをまだまだ素直に受け止められないのと、寄って来て、結局は離れられるのを恐れているのかもしれないね・・・。
「あんたはそれで良くても、あたし自身が納得できないんだよ。」
あたしも似た様な者で、人に愛想尽かしてボッチになったタイプだけど、せめて正直な想いぐらいはちゃんと受け取って欲しいモノだ。
「だから、最初から突っ撥ねないで、一回ぐらい受け止めてくれない・・・?」
少しだけ、ほんの少しだけあたしを見て欲しいという小さな祈りを込めて、あたしは彼の目を覗きこむ。
その眼は、昏い闇の様な色が支配している中に、僅かながら光が差し込んでいる様な輝きがあった。
バーで見た時は、店自体が暗めの照明を使ってた事もあって気付けなかったけど、比企谷って、寂しそうな目をしてるんだ・・・。
あたしと暫く目を合わせた後、比企谷は目を合わせたくなくなったか、ふいと顔を横に逸らしてぶつぶつと何かを呟いていた。
「わ、分かったよ・・・、礼は受け取っておく、それでも・・・、この弁当で貸し借り無しだ、それ、良いだろ・・・?」
て、照れないでよ・・・!なんか、恥ずかしいっ・・・!
で、でも、ここで頷いちゃったら、これから話しかけられる理由が無くなりそうで・・・。
だけど、あたしはどうすれば良いの・・・?それ以上に出来る事なんて無いのに・・・?
「ふむ・・・、少し喉が渇くな、すまないが戸塚君、飲み物でも買いに行こうか?」
「分かりました!それじゃあ、八幡も川崎さんも待っててね!」
「「えっ。」」
何それ聞いてない!?こんな状況でボッチ二人を二人ボッチにしていくの・・・!?
「少し待っていてくれたまえ、君達の好みは大体分かってるから。」
「それじゃあ、行ってくるね!」
「「ちょっ、まっ・・・!?」」
悪魔と天使が手を振って屋上から出て行くのを、あたしと比企谷は止める事が出来なかった。
っていうか・・・、き、気まずいっ・・・!!
こういう時、リア充なら『比企谷って何が趣味なの~?』とか軽々しく聞けるけど、そんな事あたしに出来る筈も無い。
いや、出来ないというよりもしたくないの方が正しいね。
あんな男を漁る様なやり方なんて、反吐が出る。
「はあぁ・・・、ホント読めない人だよな・・・。」
そんな事を思っていると、比企谷はタメ息を吐いて遠くを見ていた。
分かるよその気持ち、あたしも何度かあの人に出し抜かれてるんだ、信用できない訳じゃ無いけど、警戒は今でもしてる。
まぁ、比企谷と引き合わせてくれたのも、あのバーにいさせてくれた事も含めて、今までの先生よりも信じていいって気持ちは強い。
やってる事はかなりグレーだけど。
「でも、先生といる時のあんた、凄く気が楽そうだけど?」
「良く見てますね川崎さん・・・、まぁ、今まであんなしっかり見てくれるヒトなんていなかったし、俺の事を邪険にしないでくれてるだけで好感度は普通に高いぜ、後戸塚だな、最初っから悪意ゼロなんてこれまで無かったぜ。」
「そ、そうなんだ・・・。」
そ、それって、あたしは含まれてないかも・・・。
だって、バイト始める前にここで会った時結構な喧嘩腰だったし、バーにいた時も、余裕がなくなってた時期とは言ってもかなり悪態をついてたから・・・。
そ、そう考えたら、あたしって結構ダメな事してるよね・・・?
「まぁ、今年に入って俺に味方してしてくれる人も多くなってきたし、こうやって女子やら人妻に飯貰うっていう幸運が続いてるんだ、少し慎ましく生きねぇとな。」
「ひ、人妻って・・・。」
「シャルロットさん。」
「あぁ、うん、先生繋がりね。」
なるほど、お近づきの印ってヤツ?
それにしては良いモノ貰ってる様な・・・?
で、でも、あたしもマイナスイメージは無いって事なのかな・・・?
弁当が嬉しいって言ってくれてるし・・・?
「あぁ、そうだ、お前大志にも礼言っとけよ、アイツが居なかったら俺も見過ごしてたからな。」
ちょっと安心した時だった、比企谷は大志の事について言及してきた。
そういえばそうだった、一応は謝ったけど、あの件を解決できるカギを持ってた比企谷と出会うキッカケをくれたのは大志だったね。
「うん、帰ったら言っておく、それにしても、ウチの弟を随分買ってるんだね?」
「まぁ、お前に負けず劣らずの家族想いの良い奴だからな、小町に気があったら問答無用で〆るけど。」
「ウチの弟に手を出したらあたしがアンタを〆てやるよ、このシスコン。」
呆れた、この男はシスコンだったか。
「うるせぇやい、おまえこそ大志の事出されたら緩んでたじゃねぇか、このブラコンめ。」
「あたしにゃ妹もいるんだ、ただのブラコンで終わらせないよ。」
「じゃあ俺より重症じゃねぇか。」
それがどうしたって言うんだ、あたしは家族の事をこの上なく愛してる。
その気持ちを他人に馬鹿にされる筋合いはない。
「ま、そっちの方が良いかもな、今まで散々、シスコンを馬鹿にされてきたんだ、家族を思って何が悪い。」
「そうだよ、周りなんか気にしなくていい事もあるんだよね。」
まぁ、周りにそれを茶化す様な仲の人間なんていないしね。
それに、こうやって笑えるような立場に居る様な相手との方が、何倍も気が楽だ。
「気が合うな、俺もそう思う。」
彼は我が意を得たりと言わんばかりににやりと笑い、どこか愉しそうに呟いた。
あぁ、そんな顔を見せられたらうれしくなっちゃうじゃないか。
まぁ、それでも本気で彼と分かり合おうと思ったら、結構長い時間かけないと難しいだろうね。
だから、あたしは進んで行きたい。
あたしを迷いの森から救ってくれた、少し目の怖い、それでも優しい男と分かり合う為に・・・。
sideout
noside
「無理を言ってしまって申し訳なかったね、戸塚君。」
その頃、彩加と共に屋上を出た一夏は、その道中で彩加に感謝の言葉を述べていた。
そう、沙希が八幡に弁当を渡せたのは彩加のお陰であると同時に、彼に依頼をしていた一夏の力添えも大きかったのだ。
「いいえ、僕は何もしてませんよ。」
自分が利用されている事を知って尚、彩加は朗らかに笑っていた。
その真意は定かではないが、彼が考えている事は・・・。
「でも、川崎さんは八幡の事をずっと見てる様な気がして・・・、だから、先生の言葉で動けたんです、それに、僕だけじゃ何時もと変わらず、結局は独りになってたでしょうし。」
彼は、戸塚彩加は比企谷八幡に近付くチャンスが欲しかった。
彼もまた、その愛らしい容姿故に愛玩動物の様な扱いを受けていた。
それはつまり、一人の人間として見られなかったに等しい。
だが、比企谷八幡は、八幡自身の考えは別として、彼の想いを尊重して依頼を受けてくれた上に、他のやり方も示してくれた。
それは、彼が他人から受け入れられたと表すに等しい出来事だったのだ。
故に、彩加は八幡にもう一度近付き、今度は対等な関係に、つまりは友人として接する事が出来る様になりたかったのだ。
しかし、比企谷八幡はボッチであり、普段から単独行動を好む男だった。
そんな彼の心情を思う事こそすれど、彩加はどう接するべきか完全に分かる事は出来なかった。
下手をすれば拒絶されて御終い、そこから先は何の接点も持てなくなる。
そう考えれば、動けなくなっても仕方は無い。
故に、彼は八幡に近付く術を持っていなかったのだ。
「君も、比企谷君を見てくれている男と見込んだ甲斐があったモノだよ、折角近付いた二人をあのまま終わらせるのはもったいない気がしてね。」
しかし、比企谷八幡の近くにいて、彼を違う想いで見つめる者達がいた。
それが川崎沙希という少女であり、織斑一夏という男であった。
沙希は八幡に対して借りがあり、それを返し、より八幡に近付きたいという想いがあった。
それは、ただ親近感を覚えたからでは無く、もっと深いトコロにある何かがそうさせていたのだろう。
だが、沙希自身もボッチである事には変わりなく、他人にどのようにして話しかけるのか、その術を知らなかったのだ。
そして、ここで更なる鍵を持つのが、織斑一夏と言う男だ。
彼は、教師として、ウルトラマンとして八幡と接してきた。
そんな彼に、八幡も徐々に距離を縮め、現時点において学内で最も信用しているのは一夏であると言っても過言ではない状態にはなっていた。
だが、一夏は自分が教師であり、ウルトラマンの先達である事を弁えているため、八幡とは対等な存在では無い事も分かっていた。
教師や先輩には、どうしても対等になり切れないのが組織に属している人間のサガだ、そこは責められるべき点では無い。
とはいえ、八幡の今置かれている状況を危うく思っていたのも事実であり、せめて信じても良い人間を増やして欲しかったのも事実だ。
そこで、一夏は八幡と対等であり、彼を想っている人物を引き合わせる役目に徹する事にしたのだ。
沙希の借りを返したいという想い、彩加の近付きたいという想い、それらを見ていた一夏の想い、それらが今回の三人の接近を実現させたのだ。
「はい!八幡は僕を真っ直ぐ見てくれました、だから、僕も彼を知りたいんです、それが、八幡と本当の友達になれる第一歩ですから!」
立場は違えど、同じ者を想う心は同じ。
それを感じた彩加は満面の笑みを浮かべてみせた。
一夏も八幡の味方と分かった事が嬉しいのか、それとも、別の何かか・・・。
「優しいな、君は・・・、その優しさで、あの二人を見守ってやってくれ、それは君にしか出来ない事だから。」
「勿論です。」
穏やかな笑みを湛えた一夏の言葉に、彩加は屈託のない笑みを浮かべて頷く。
同じ男を想う者として、彼の行く先に輝く未来があると願って・・・。
sideout
noside
そこは、時が止まった様な静寂と、無限に広がる闇によって支配されていた。
いや、闇と言うよりは、無と呼ぶにふさわしいその空間には、無数の人形、スパークドールズが囚われる様に漂っていた。
その闇の中で、ひとつの影が蠢いた。
その影は、スパークドールズ達を見渡し、選別するように思考を巡らせ、何かを決めたように一体のスパークドールズを手に取る。
『ダークライブ!レイビーク星人!』
闇がスパークドールズを包みこみ、その闇が晴れると、スパークドールズは元の姿に戻っていた。
「カァァァ!戻れたぜぇ!アンタが俺を戻してくれたんだな!?恩に着るぜぇ!」
その怪人は、カラスの様な頭部を持ち、黒いコートの様な服を纏っていた。
その名も・・・。
『―――――』
『カーッカッカッカッ!任せておけ!このレイビーク星人コルネイユが、絶望を振りまいてやるぜ!」
何かを手渡された怪人、誘拐宇宙人、レイビーク星人コルネイユは高笑いしながらも闇の中から飛び出して行った。
凄惨な地獄より生き延びた黒羽の使者が、絶望を振りまくために、静かに、闇へと溶けて行くのであった。
sideout
次回予告
八幡に新たな依頼がもたらされる。
それは、彼等に新たなる問いを投げかけるのか。
次回やはり俺の青春にウルトラマンがいるのは間違っている。
比企谷八幡は距離が掴めない。
おたのしみに