やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている 作:ichika
noside
それから1時間後、八幡はアストレイの店先に設けられた長椅子に腰掛け、団扇で扇ぎながら待ち人を待っていた。
その席は、夏限定と称して設けられたものであり、高台にあるが故の風の吹き抜けを味わいながら店で出されるかき氷等の甘味を食せるようになっていた。
とは言え、やはり夕暮れ時ともなると利用客はそこまで多く無く、八幡もこうやって使わせてもらっているという訳なのだ。
「似合ってるわね~、流石はコートニーの見立てだねッ♪」
その八幡に声を掛けたのは、アストレイの店員でもあるリーカだった。
彼女の手にはラムネが一本あり、それを手渡そうとしていた。
「そうっすか・・・?そう言って頂けると嬉しいっすね。」
彼女の賛辞に若干頬を緩めながらも、八幡はラムネを受け取って自身の身なりを確かめる。
現在、彼は先程まで着ていた半袖半パンのラフな格好では無く、黒を基調とした男物の浴衣に着替えており、更にあまり整えていなかった髪も、宗吾とコートニーの手によって整えられていた。
その見た目は正に美男子と呼んで差しさわりの無い程であり、時折通る女学生が遠巻きに見ては、誰が声を掛けるか牽制し合ってすらいた。
八幡本人がそれに気付いていれば、見かけだけで判断してるんだなと鼻で笑っただろうが、そんな事など眼中にさえない八幡はラムネの炭酸を味わいながらも、何処か忙しなく時間を気にする様に時計を見た。
この店から会場まではそこまで離れてはいないが、それでも早めに言って良い場所を確保しておきたいと思っているのだろう。
それに、彼が待つ相手との時間は、何よりも価値がある事なのだから。
「ふふっ、女の子の支度は時間が掛かるモノよ、それに、待つ時間も悪くないよ?」
「はぁ・・・、まぁ、良いんですけどね・・・。」
焦りを見抜いた上での宥めるような笑みに、八幡は何も言えなくなってしまう。
だが、それさえ心地良かったのだろう、彼の表情には笑みだけがあった。
「お、お待たせ・・・。」
その時だった、八幡の背後から小さく声がかかる。
その声は紛れも無く、彼が待ち焦がれていた相手、川崎沙希だった。
「おう、待ってたぞ、沙希・・・・、!?」
振り返った八幡は、その先で待っていた光景に思わず息を呑む。
そこには・・・。
「ど、どうかな・・・?」
普段は滅多にしないナチュラルメイクを施され、ポニーテールで纏められていた髪も結い上げ、紺色の浴衣に身を包んだ沙希がいた。
しかも、少し照れているのだろうか、ほんのりと朱くなった頬が、何とも言えぬ色気を醸し出していた。
「あ、その・・・。」
一瞬、呼吸が止まる程の感動を覚えていたため、どう返していいか分からなくなる。
それほどまでに、今の沙希の魅力は、八幡にとっては輝いている物だったのだ。
「に、似合ってない、かな・・・?」
その沈黙を否定と取ったのか、沙希は少し寂しそうな顔をする。
似合っていると言って欲しかったのだろう。
「あ、いや・・・!すっげぇ似合ってて見惚れてただけだ・・・!」
その表情に慌てて、八幡は勢いよく立ち上がり、沙希の手を取って褒めていた。
「そ、そっか・・・、嬉しいな・・・。」
面と向かって行われるとそれはそれで照れるのだろう、沙希は少し照れながらも微笑んだ。
彼等の雰囲気はまるで、二人っきりの世界に入り込んだように甘く、濃密な物であり、傍にいるリーカでさえ苦笑は免れない程だった。
「はー・・・、青春っていいね~・・・、それじゃあ、二人とも楽しんで来てねッ♪」
しかし、ここでそんな事をしていても意味が無いと言わんばかりに、リーカは二人の背を押して早く行くように仕向けた。
さっさと付き合っちまえ、そんな想いが透けて見えていた。
「「はい!」」
その思いに触れ、二人は微笑みながらも頷き、こっそりと手を繋いで会場がある方へと歩いて行く。
まるで、本物の恋人同士のように、自然に、そうある事が当たり前であるかのように・・・。
周囲の思惑など、我関せずと言わんばかりに、二人は歩いて行く。
初めて訪れた、二人きりでのイベントを楽しむために・・・。
sidout
noside
夜の7時を回った時、八幡と沙希は会場となる河川敷にやって来ていた。
既に人も多く集まっているのだろうか、道は人でごった返していた。
それもその筈、この祭りは千葉県下屈指の規模で行われる祭りであり、県外からも多くの客が訪れる程なのだ。
それ故に人の数も満員電車さながらに波のようになっており、二人は人波に流されそうになっていた。
「沙希、俺にしっかり掴まってろよ。」
しかしながら、それは相手との密着できる時間が増える事も意味していた。
八幡は沙希に腕を差し出し、掴まる様に促す。
下心も幾分かあるだろうが、ただ沙希と一緒にいたいだけなのだろう。
「ふふっ、ありがとう。」
それに気付いていた沙希は微笑みながらも、そっと八幡の腕に自分の腕を絡め、密着するように身体を寄せた。
それは、信頼し合う男女にしか出来ない、本物の絆と愛が為せる行為だった。
「何処から回る?それとも、人気のない場所にでも行く?」
「何言ってんだよ・・・、女が言うセリフかよ。」
まさかの御誘いに苦笑しつつ、八幡は沙希と共に夜店の列を見て回る。
りんご飴や綿あめは勿論、金魚すくいや射的など様々な出し物があり、二人は気になった場所へと足を向ける。
その二人の表情には眩しい笑みがあり、すれ違うカップルたちは皆、八幡と沙希それぞれに見惚れたか一瞬足を止める程だった。
それほどまでに、二人の雰囲気は完成されたものが有り、学生カップルには見えない程に、本物と言う存在を体現している様でもあった。
「で、何か夜食代わりに喰うか?焼きそばとかあるしさ。」
「ん、良いね、分けっこして食べる?」
「それ賛成。」
手近な焼きそばの屋台で一パック購入し、二人は何処か座れる場所へと歩いて行く。
その途中でまた見かけた飲み物の屋台でラムネを買い、二人は土手に出て人がまばらな場所を探して腰を下ろした。
「ここならそこそこ見れるだろ。」
「そうだね、あ、もうちょっとそっち行って良い?」
「バッチ来い。」
近くによる沙希の身体にこっそり手を回した八幡は、空いている方の手で器用にパックの蓋を開けていく。
出来立てであろうそれは、外気にさらされて湯気と共にソースの香りを二人に届ける。
「美味しそうだね、先に食べる?」
八幡から割り箸を受け取った沙希が、橋で麺を掴んで八幡に食べさせようとする。
所謂、『はいアーン♪』の格好となった。
これが一つずつ取り分けられるたこ焼などでは無い辺り、二人の少し抜けている部分を映している様でもあった。
「ん、いただきます。」
しかし、今の状況でテンションが上がっている八幡にとってはどうでも良い事なのだろう、微笑みながらも顔を寄せ、下品でない程度に麺を啜った。
「ふむ・・・、合宿の時に沙希が作ってくれた奴の方が美味かったな。」
「何言ってるの・・・、もう・・・。」
臆面も無く言い放った彼の言葉に、沙希は少しむず痒くも嬉しいのか、少し顔を朱くして微笑んだ。
好きな男が自分の料理を気に入ってくれている事が嬉しいのか、ただただ、年頃の少女らしい華やぐ笑みがあった。
「んじゃ、次は沙希が食えよ、ほれ。」
「ん、アーンしてくれるの?」
「ウスロン・・・、じゃなかった、モチロン。」
少し甘えるように見てくる沙希にハートキャッチされたか、八幡はらしくもないボケを口走りつつ、彼は自分の端で麺を掴み、沙希の口元へ近付ける。
「頂きます。」
少し恥じらいを見せつつ、一口麺を啜った沙希の口元に、八幡はついつい釘付けになる。
流石はセシリアとシャルロットが手掛けたからというべきか、普段はリップなど塗らない沙希の唇が、何時もよりも艶かしく見えて堪らなかったのだ。
「ん・・・、美味しい。」
「お、おう。」
にこりと笑う沙希の表情が何とも色っぽくて、八幡はついつい顔を朱くして目を逸らす。
だが、一つ咳払いをして、彼は夜空へと目を向けた。
チラシで見た打ち上げ予定まであと僅かと迫っており、観客もそれに合わせてどんどん多くなっていた。
「そろそろだね。」
「あぁ、楽しみだ。」
人に見えない様に手を重ね、その時を待った。
そして・・・。
一つの花火が夜空へと昇って行き、色鮮やかな大輪の華を咲かせた。
「「おぉ・・・。」」
その派手さと華やかさに、二人は揃って感嘆の声を上げた。
その鮮やかさと周囲を照らすそれは、彼等がこれまでに見たそれよりも鮮やかで、二人の目に焼き付いて行く。
「綺麗だね・・・。」
「あぁ、綺麗な花火だ。」
しみじみと呟きながらも、二人は夜空を照らす花火を揃って眺め、まるで示し合わせたように見つめ合った。
周囲の喧騒も、花火の爆音からも切り離された、二人きりの世界にいるかのように、ただ互いを見詰めていた。
想い合う相手の表情に、思わず二人の顔はだんだんとその距離を詰めていく。
そして・・・。
「「んっ・・・。」」
その距離はゼロとなり、二人の唇は重なった。
恋愛映画や漫画で見る様な情熱的な物では無い。
稚拙で、幼いくちづけだったが、今の彼等にとってそんな事などどうでも良いに違いない。
「ふふっ・・・、しちゃった、ね・・・。」
「そうだな・・・。」
顔が離れても、二人はまだ互いを見つめ合い、優しく微笑んでいた。
幸福感、ただそれだけが彼等には満ちていた。
「あー・・・、まぁ、その、なんだ・・・、順番が逆になったんだが、良いか・・・?」
「ん、聞いたげるよ。」
だが、それだけで終わらせたくないと思ったか、八幡は少し畏まった様に息を吐き、目の前にいる沙希に問う。
それを受けた沙希もその続きが聞きたいと言わんばかりに微笑みを向ける。
まるで、待ちわびた言葉を聞くかのように、その表情には喜色があった。
「沙希、お前の事が、大好きだ。」
これまでの想いを、感謝と愛を籠めて、八幡は真っ直ぐに沙希を見据え、告白する。
「こんな気持ち、本気で今まで感じた事ない位に燃えてるって分かる、沙希の事を愛してるって言う気持ちが。」
これまで、何度か自分の惚れっぽい性格で災いを招き、何度も黒歴史を作った八幡だったが、今のこの、胸の奥で燃え上がる様な感覚はこれまで感じた事など、今まで一度も無かった。
だから、彼は真っ直ぐな想いの丈を沙希に、愛する女へぶつけた。
「順番は、ちょっと違ったけどさ、良かったら、俺と付き合ってほいい・・・!」
勢いよく手を差し出し、八幡は如何かそれを受け入れて欲しいと言わんばかりに下を向く。
まだ、嘗てのトラウマから断られる事が怖いのだろう、少し、怯えが混じっている様でもあった。
だが・・・
「もう、答えなんて聞かなくても分かってるでしょ?」
そんな彼の小さな震えを見て、沙希は苦笑交じりに微笑み、もう一度八幡に顔を寄せ、八幡と自分の額をくっ付けた。
まるで、秘め事を話す様に、八幡意外に聞かれたくないと言わんばかりに。
「あたしも大好きだよ、八幡・・・、だから、これからも、一番近くに居させてね?」
少し朱くなって、それでも彼女なりの想いを、唇と共に彼に届ける。
先程と同じ様に、まだ慣れないくちづけだったが、彼等はそれで満たされたいた。
「ありがとう、沙希、これからも、ずっと一緒だ。」
唇を離した八幡は、嬉しそうに笑いながらも、沙希を抱き締めた。
離さない、離したくない、そんな想いがその抱擁からは伝わってくる。
「うん・・・。」
それにつられて、沙希もまた八幡を抱き返す。
大切な人の吐息と温もりを感じながらも、彼女は彼の腕の中に身を預けていた。
祭りのフィナーレを告げるように一斉に打ち上がる大輪の花火の下で、二人は本物の温もりを確かめる様に抱き合っていた。
それを見詰め、怒りに拳を握り締めている何かがいる事に気付かないまま・・・。
sideout
次回予告
八幡と沙希が夏祭りを楽しんでいる頃、アストレイにも波乱の種が・・・?
次回やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている
雪ノ下陽乃は這い寄る
お楽しみに