ギースにガンプラ   作:いぶりがっこ

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第一話「100メガショック!!」

 ぞわり。

 

 底深い闇の中で、何かが鎌首をもたげた。

 なぜ、一体、どうして――?

 むせ返る空気を押し殺し、戸惑いとざわめきが会場のそこかしこで零れ出す。

 

 息苦しいばかりの沈黙。

 暗雲が惑ろい、切れ間より降り注ぐ月光が、荒野の武骨な岩肌を、そして、そこに佇立する男の輪郭を、徐々に露わとしていく。

 

 ――そう、男、である。

 

 馬鹿な?

 目に見えざるプラフスキー粒子の輝きに満ちた、ガンプラしか立ち入れぬ筈の聖域に?

 

 大きな背中であった。

 落ち着いた白の胴衣に、稲妻のような金の刺繍の走った淦染めの袴。

 そして、純和風にまとめた首から下とは裏腹に、月光を浴びて煌めくブロンドの髪。

 

「そんな……、まさか……!」

 

 巌のような鋼鉄の巨体が、宵闇の中でぶるりと震える。

 愛機、ジ・Oの単眼を通して、青年は『伝説』と相対していた。

 知っていた。

 なまじガンプラ以外の知識にも精通していた悲劇が、却って青年の魂を戦慄させていた。

 

「You can not escape――」

 

 渋みがかった呟きと共に、男がおもむろに上衣をはだける。

 歴戦の爪痕が刻まれた胸が、隆々とした肩が、引き絞られた上腕が月明かりの下へと晒される。

 首元にはいかにも悪趣味な金のネックレス。

 そして、その背には大振りの鈍器でも叩きつけたかような、ひときわ大きな痕があった。

 

「――from death」 

 

「う、うおああぁァァ――ッッ!?」

 

 恐怖!

 ネガティヴな感情は時に、情熱よりも人を過敏にする。

 心臓をも握り潰さんばかりの重圧が青年を突き、たちまち愛機の腕より一条の光が走った。

 

 大型ビームライフル。

 シンプル・イズ・ベストを求めたジュピトリスの傑作が、戦場に用いた唯一の飛び道具である。

 同世代のMSを粉砕するには十分すぎるほどの火箭。

 ましてや相手が、生身の人間とあっては……。

 

「ダーボゥッ!」

 

 振り向きざまに男が、叫んだ。

 掬い上げる左の指先に蒼い炎が揺らめき、瞬間、烈風が立ち昇った。

 大地から噴き上がる蒼き衝動が障壁となり、バシュゥ、と、ライフルの一撃を拡散させる。

 

「!?」

「レップゥケーン」

 

 淀みなく、返しの右。

 新たに生じた蒼きエネルギーが重なり合い、二重の衝撃波となって一直線に大地を駆ける。

 

「お!? おおおお」

 

 呻きを上げ、青年が目一杯にコントロールスフィアを倒す。

 間一髪、ジ・Oが横に体を流し、死の烈風をかろうじて逸らした。

 射線上のライフルがバレルからすっぱと両断され、そのまま遥か後方まですっ飛んで行く。

 

 元来、宙域戦闘に特化したジ・Oは、重力下では足回りが重い。

 紙一重とは言え不意の一撃を避けられた事自体が、青年のただならぬ技量を証明している。

 とは言え、そんなガンダムファンにとっては常識の不利にすら頭が回らぬほどに、今の彼は余裕を失っていた。

 

「な……!」

 

 気が付いた、その瞬間にはもう、袴の男に一足一刀の間合いまで詰め寄られていた。

 

 ジ・Oの左半身を狙った烈風の一凪。

 重量級の巨体、上空への回避は不可能、右手に避けるしかない。

 そこまで見越した上での迷いの無い突進。

 戦慄がぞくぞくと尻穴から脳天まで駆け上がる。

 

 オールバックの金髪の下で、炯炯と瞬く帝王の瞳。

 直感する。

 コイツが仮に、仮に()()()()であると言うならば、その本性はおそらくはMF。

 これ以上の接近は死を意味する。

 動く、仕掛ける、右のビームサーベル。

 やめろ馬鹿!

 本能がガンガンと警鐘を鳴らす。

 

『彼』に対してこちらから攻める。

 それ自体が自殺行為であると知っている。

 だが遅い。

 魂に逆らい、圧倒的な恐怖がプラスチックの肉体を突き動かす。

 

 横薙ぎの一閃。

 微笑と共に男が潜り、閃光が虚しく空を切る。

 二の太刀、肘口を返して、上段からの唐竹――、

 

 ガッ、と拳先に衝撃が走る。

 

 巧い、合わせの掌底。

 真下から突き上げられた反動で、すっぽ抜けたサーベルがくるくると中空に踊る。

 流石、だが読み通り。

 男の意識が上を向いた。

 ジ・Oの本命は下、スカートの中、隠し腕――。

 

 パンッ!

 

 闇夜の荒野に柏手が一つ、乾いた音が響き渡った。

 さっ、と月光が陰り、辺りが再び宵闇に包まれていく。

 ビクン、とジ・Oの動きが止まる。

 憶したワケではない。

 喰い止められた。

 男の体を股下から引き裂く筈のマニュピレーターが、今、ギリギリと軋んで悲鳴を上げている。

 

「し、真剣、白刃取り……?」

 

 ぞ く り と、青年の全身が総毛立つ。

 

 マニュピレーターの先端に煌めくビームサーベルの光。

 それが底暗い深海のような輝き放つ男の両掌に、側面から抑え付けられているではないか。 

 

「too easy!」

 

 短く吐き捨て、男が動いた。

 一切の迷いも躊躇いも無く。

 左手でマニュピレーターを掬い上げながら、右の掌底をピタリとジ・Oの顎に寄せ、同時に踵を強かに払う。

 鮮やかな蹴手繰り。

 86トンもの巨体が手品のように空転し、モニターがたちまち宙を向く。

 

 烈風拳、そして当て身投げ。

 どくり、と青年の心臓が締め付けられる。

 決定的すぎるアクション。

 そのいずれもが『彼』の存在を伝説たらしめた究極の魔技――。

 

 

 ――ブッピガン!!

 

 

 大地が砕け、瞬間、灼けつくような雷鳴がモニターを染めた。

 プラフスキーに満ちた大気が青白き閃光を放ち、今宵甦りし悪夢のシルエットを映し出す。

 

 完全に沈黙した対主を睥睨すると、男は緩やかに上体を起こした。

 廻した両腕を胸の前でクロスさせて残心を取る。

 

 ぽつら、ぽつらと振り始めた雨粒が、男の肩を濡らし始めていた。

 

 

 

『 Battle End 』

 

 

 

 機械的なアナウンスが響き渡り、戦いの終わりが告げられる。

 バトルフィールドが解け、オーロラビジョンが暗転し、会場にたちまち照明が戻る。

 健闘を称える拍手は無い。

 居合わせた観衆たちは、いまだ凍り付いた空気から動き出す事が出来ずにいたのだ。

 

『――勝者、チーム:覇我亜怒コネクション』

 

 ウグイス嬢の勝ち名乗りを受け、黒色の皮手袋が、フィールド上の『ガンプラ』を拾い上げる。

 オールバックの総髪に垂らした金髪と、その手にしたガンプラにも似た、彫の深い顔立ち。

 だがその表情には、和服でまとめた愛機の貫禄に比して、遥かに若く、ハリがある。

 大胆な紫のワイシャツの上に重ねたクリーム色のベストが、あたかも売り出し中のマフィアの若き幹部のような、野心と威圧を漲らせていた。

 

「ア、ア、アンタは、やはり……」

 

「悪夢に脅えるか……、惰弱な」

 

 対面で肩を震わす青年――、件のジ・Oの製作者を一顧だにもせず、男がゆっくりと踵を返す。

 

「See you in your nightmare」

 

 短く云い捨て、男が壇上から降り立った。

 カツン、カツンと、緊張に満ちた場内に、上等な皮靴の音だけが響き渡る。

 

「……ガッ」

 

 会場の片隅、大会参加者の一人である赤髪の少年、カミキ・セカイが、肺腑の淀んだ空気を吐き出すように、ようやく呻いた。

 

「ガンプラバトル……、じゃねえ!?」

 

 

 ギース・ハワード

 1953年1月23日生まれ、アメリカ合衆国出身。

 特技:物事を強引に解決する事、好きな音楽:ゴッド・ファーザーのテーマ。

 

 アメリカは西海岸にある貿易都市・サウスタウンを支配する巨大企業、ハワードコネクション総帥であり、あらゆる悪事に手を染めて権力を掌中に収めた時の巨隗である。

 テリー、アンディのボガード兄弟は、養父ジェフを殺したギースへの復讐のため、彼が主催する格闘技大会『キング・オブ・ファイターズ』への参戦を決意する。

 

 以上が、SNK製作の格闘アクションゲーム『餓狼伝説』のストーリーの概要である。

 本作は対戦ゲームと言うよりも、シナリオに比重を置いた面クリア型のアクションと言った色合いが強く、ゆえに大会参加者たちも、バランスより演出を重視した濃ゆいイロモノ揃いであった。

 

 世紀末ヘアーとローリングアタックに定評のあるヒップホップダンサー。

 試合中に一杯つけるムエタイ戦士。

 逆立ちしたり天井掴んだりやりたい放題のカポエラマスター。

 トルネードアッパーなるファンタジーと、ジャンプ出来ない潔さが交錯する珍妙なボクサー。

 突然マッチョになるジジイ。

 クソ強い癖に空破弾(昇龍弾?)一発で即死するプロレスラー。

 いきなり棒を投げてブルブル震え出す謎のバンダナ。

 

 そんな、一癖も二癖もあるファイターたちの頂点に君臨するのが、星条旗を縫い付けた胴衣袴に腕時計と言う衝撃的なファッションで登場した、我らが総帥ギース・ハワードである。

 

 当時のアーケードゲームとしては異色の、丁寧に練られたキャラ設定。

 真面目さとシリアスな笑いが混じりあう、味わい深い幕間劇。

 MVSの性能を活かした精緻なドット技術で描かれた、間違った日本趣味。

 一度耳にしただけで人を虜にする超カッコイイBGM『ギースにキッス』

 格ゲー史上最も美しい飛び道具『烈風拳』、そしてギースの代名詞たる当て身投げ。

 

 異色の野心作のラスボスとして派手に暴れ回った稀代のカリスマは、最期は己が居城・ギースタワーの最上階より転落して、その生涯に幕を下ろした。

 享年40歳。

 

 だが、時代はスト2の空前の大ヒットに沸く、アーケードバブルの真っ只中。

 使い捨てのボスとして歴史の闇に滅する筈だったギース・ハワードは、餓狼伝説のシリーズ化に伴い『実は生きていた!』暗黒街のカリスマとして、再び我々の前に姿を現す事となる。

 

 

 練り込まれたシステムがもたらした、洗練された古武術アクション。

 複雑高等かつ鮮烈無比な超必殺技『レイジングストーム』

 最早伝説と称すべきギースステージ、ゲームBGMの最高傑作『ギースにしょうゆ』

 サウスタウンを巡る極限流との確執。

 タン・フー・ルー、ジェフ・ボガード、そしてヴォルフガング・クラウザーとの秘話。

 秦の秘伝書を巡る陰謀と、死の運命、伝説の帝王の復活劇。

 アニメが出る、漫画が出る、設定が増える、捏造と改編が繰り返される。

 かつてのインパクト溢れる一発屋は、ファンに愛され、シリーズの積み重ねの中で、いつしか本物のカリスマへと成長していった。

 

 ――そして、1995年『リアルバウト餓狼伝説』リリース。

 

 キャッチコピーは「さらば、ギース」

 

 テリー・ボガードとギース・ハワード。

 因縁のギースタワーの最上階で、両雄は対峙する。

 死闘の果て、テリーの渾身の一撃が放たれ、ギースは再びサウスタウンの空へと身を躍らせる。

 咄嗟に差し出されたテリーの右手を振り払って……。

 

 ギース・ハワードとサウスタウンの物語は、こうしてひとまずは完結する。

 無論、一大人気キャラとして成長したギースを企業が放っておける筈も無く、その後も悪夢だったりパラレルワールドだったり過去の話だったり秘伝書の見せた幻だったりと、当然のように出演を重ねていく所となるのだが……。

 肝心の、サウスタウンの『その後』の物語については、公式からアナウンスがなされなかった。

 龍虎―餓狼を通じて時代の顔であった男の、その亡き後の物語を生み出すだけの余力が残っていなかったと言っても過言ではないだろう。

 

 結局、餓狼の正式な続編がリリースされたのが、4年後の1999年。

 21世紀も間近に迫ろうかと言う年の瀬である。

 

 全ては遅きに失した。

 

 

「ふぅ……」

 

 日参のギースタワー巡礼を終え、NEO-GEOの電源を落とす。

 思わず溜息がこぼれる。

 全ては泡沫の夢に過ぎない。

 

 少年時代、なけなしの小遣いを握り締めてゲーセンに駆け込んだあの頃。

 しかし、プレイヤースキルの向上は、ゲーム制作に至難をもたらした。

 複雑化するシステム、閉じコンと化す戦い、積み重なる製作費、迫る納期、崩壊するバランス。

 

 一片の曇りも無く、万人が楽しめる格ゲーを供給する事の、なんと難しい事か。

 思わず壬無月斬紅郎の至言を拝借してしまったが、今にして思えばアレも、あらゆる意味でとんでもないゲームであった。

 

 加えて言うなら、家庭用ゲームハードの高性能化に、ネットワーク環境の普及。

 プレイ環境の充実が、ゲームセンターと言うコミュニティの存在意義を奪い去っていく。

 格闘ゲームと言うジャンルの行き詰まりを除いたとしても、アーケード市場の衰退は避けられぬ運命だったと言えよう。

 

 手元のリモコンをまさぐり、テレビのチャンネルを切り替える。

 ジャリガキどもの聖地から遠ざかって久しいアーケードゲーム業界。

 その後釜に座った者は……。

 

『ハァ~イ、続きましては、今週のガンプラバトルのコーナーでぇす』

 

 ミーア・キャンベルじみたピンク頭が愛想を振り撒き、たちまち画面が宇宙空間を描き出す。

 煌めく閃光、重ね合うサーベル、流星の如きザク、飛び交うファンネル、ビルギットさんだけを殺す機械――。

 

 そう、これ、これだ。

 ガンプラバトル。

 遡る事十数年前、プラフスキーなる粒子の発見によって実現したガンプラ同士の真剣勝負。

 これが今現在の時代の中心と言うワケだ。

 

 画面上を所狭しと飛び交う色とりどりのMSたち。

 これら全てが、ファン一人一人の手作りである。

 同じ機体は何一つとして存在しない。

 製作者の創意工夫が、作り込みがそのまま戦闘力として反映され、思うがままに動かせる。

 世の老若男女が熱中するのも分かる。

 絶対に覆らないダイヤグラムの壁を前に、限られた手を探り、刹那の内に駆け引きを繰り返し続ける俺達の戦場は、既に一部の数寄者たちの懐古趣味に過ぎないと言うワケだ。

 

 生憎と俺は、ガンダムと言う作品についてあまり詳しくは無い。

 さっきからガンダム用語をポンポンと使ってはいるが、それでも本物のガノタの前では、乾いた笑いを浮かべながら適当な相槌を打てる程度の知識しか持ち得ていない。

 実際、今日び珍しくもガンプラに手を出した事も無いと言うオールドタイプである。

 そんなモンに携わる時間があるなら、ブレイクスパイラルの精度を上げる練習でもしてろと言うのが、あの頃の俺たちの合言葉だった。 

 世間様に対し抱く、どこか拗ねたような感情は、つまりは俺自身の身から出た錆びなワケで、この胸にわだかまる憤懣も、口に出してしまえば人間失格と言うワケだ。

 

「……ん?」

 

 ふっ、と、視界の隅に奇妙な物が目に映った。

 思わずごしごしと目を擦る。

 見間違い、か?

 ありえない。

 それは『CAPCOM vs. SNK』にカルノフが参戦するくらいあり得ない光景――。

 

「~~~~~~ッッッ!?」

 

 仰天した。

 ド肝を抜かれた。

 何だこれは!?

 

 女だ、宇宙空間に生身の女の子が!

 ガンプラしか存在し得ぬ筈のプラフスキーの世界を、イエローのフリフリアーマーにスパッツ姿の女の子が飛び去って行く。

 意味が分からない。

 長い歴史を誇るガンダムシリーズ。

 俺の知らない内に、魔法少女が戦場を駆ける新作でも投入されていたと言うのであろうか?

 

『いっや~、ホントに驚いちゃいましたね~。

 ア・バオア・クー宙域に突如として現れたすーぱーふみな。

 実はコレ、天大寺学園の学生ビルダー、サカイ・ミナトくんが製作したガンプラなんだって』

 

「なっ!?」

 

『自由な心を形にするのがガンプラ心形流の極意らしいんだけど。

 流石にこれは、事前に本人の許可を貰えって、三代目メイジンからこっぴどく叱られたみたい。

 凄いね、ガンプラ!』

 

「ば、ばかな……!」

 

 思わずテレビ相手にツッコミを入れる。

 年甲斐も無くうろたえていた。

 酷い物を見た。

 

 加速するブースターに合わせ、サラサラとたなびくポニーテール。

 柔らかく、ふにゃりと歪む軟質素材のおっぱい。

 大きな瞳をくりくりと動かし、カメラに向かってぱちくりウィンク。

 

 戦慄が全身を駆け上がる。

 ここまでのものであったのか。

 ガンプラとは、ここまで一個の生命のように作り込める物であったのか。

 いやそうではない!

 今はこのフミナ女子の作り込みなど、どうでもいい事だ。

 この映像の意味する所。

 それはつまり、つまり……!

 

「 そ の 手 が あ っ た か ッ !!」

 

 俺は叫んだ。

 卓袱台をひっくり返して立ち上がりながら、力の限り叫んだ。

 エンドルフィンが駆け巡る。

 心臓が炎のように火照っていた。

 衝動のままに表に駆けだし、裸足だった事に気付いて慌てて玄関に戻った。

 財布を手に取り、もどかしくもスニーカーをつっかけ、一直線に駅へと向かって走り出す。

 

 目指す先は、大阪。

 ガンプラ心形流の総本山である。

 

 

 

 

 


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