三月末日、14:55、大阪。
第七回、サクラザク・スプリングガンプラフェスティバル。
世紀の一戦を控え、満員の観衆が詰め掛けた大阪城ホール。
しかし今、その興奮のフィールドからは、微妙な戸惑いの声が溢れていた。
会場の中央、バトルフィールドを挟んで向かいあった、二組の陣営。
西側に陣取ったのは、今大会の台風の目、チーム『覇我悪怒コネクション』
だが奇妙にも、この決勝まで単独で勝ち上って来た男の傍らに、一人の参謀が控えていた。
ビリー・カーンでも無ければ、無論、リッパーでもホッパーでも無い。
腕組み仁王立ちで不敵な笑みを浮かべるドヤ顔の少年。
その取り合わせが妙であった。
「……うそ、あれって」「心形流のサカイか?」
「なんでギース様の隣に……?」「あれ? うん、けど……」
「……どうりで」「ああ、どうりで」「どうりで、だね」「うん、どうりで……」
「――ってオイ!? 聞こえてんでっ!
皆して何なんや、そのリアクション!?」
イナクト顔負けの集音性を発揮して、サカイ少年が狼狽の声を上げる。
堪え切れず「グッ」と、むせるように噛み殺した笑いが一つこぼれる。
「お、おっさん! アンタもかい!?」
咎めるような少年の声を、若ギース様が俯き気味の仏頂面でやり過ごす。
これ以上付き合うと、素のミナミマチ・シゲルに戻りかねない危険事態であった。
「どうりで、としか言いようが無いやん、そりゃ……」
「アイツはホンマ、周りの評価がよう見えとらんのう」
会場の片隅で、ガンプラ心形流が先達、珍庵和尚とヤサカ・マオが頷きあう。
表情の硬い東方の面々に比べ、西方は今一つ、気合が空回っているかのようであった。
その一方の東側陣営、チーム『トライファイターズ』
こちらはこちらで、ある種の、焦燥にも似た緊張が
これまでカミキバーニングの調整試合としつつも、常に三人一組で目の前の戦いに臨んで来た、トライファイターズ。
その要である筈の拳法少年、カミキ・セカイが、どこにもいない。
「セカイくん……、何か、あったのかしら?」
「アイツに関しては余計な心配はいらないと思いますが……。
進行を遅らせるわけにも行きません」
心配げに客席を見渡すフミナに対し、ユウマが一つ溜息を吐いて、傍らの鞄を手に取る。
「万一の時は、僕が代わりに出ます」
きっ、と顔を上げ、一歩踏み出したコウサカ・ユウマを、正面の若ギースがちらりと見つめる。
「カミキ・セカイは、やはり、間に合わぬ、か……」
「アホ抜かせ、アイツは来るで、必ずな」
「そう願いたいものだがな」
妙に肩を持つミナトの発言に、若ギースが小さく苦笑する。
なお、この時の彼の台詞は、決して皮肉では無い。
このままセカイが来なかった場合、決勝の相手はライトニングZと言う運びになるだろう。
無論、シゲルもそう言ったケースを想定していなかったワケではないが、その場合の推定ダイヤは、どう足掻いても2:8以上はつけられない。
炎邪対慶寅のような凄惨な展開が待ち受けている事必定。
小心者のミナミマチ本人としては、内心ドキドキものである。
だが、今日の彼はそれをおくびにも出さない帝王の風格に溢れていた。
と、不意にその時、入口側より遠巻きに歓声が上がった。
双方の視線が一点に向けられる。
花道の歓声を蹴散らして、道着姿の少年が一直線に駆けだして来る。
「スイマセン! 遅くなりました!」
「セカイくん」
赤髪を振り乱し辿り着いたセカイの姿にフミナがほっ、と胸を撫で下ろす。
呆れたようにユウマが眉をしかめる。
「お前は本当に何を考えてるんだ!
せめて行き先くらい教えてから出てけ」
「悪い、ユウマ! どうしてもやっておきたい事があって……」
そう言いかけて、そこでセカイはようやく自らの置かれた状況に気が付いた。
顔を上げ、ぐるりと会場全体を見渡す。
大観衆たちの有りようもまた、今の自分たちと同じように、きっちり東西で分かたれていた。
ある種の必死さを感じさせる東側の声援。
やや罵声混じりの声を張る西方の黒服集団――。
「……って、うわ、なんだこりゃ!?
会場、ビリー・カーンだらけじゃないか!」
「お前、今さらそんな事……、ん、ビリー?」
「もう! セカイくん、いいから急いで」
「あ、はいッ!」
フミナに促され、セカイが一直線に壇上へと昇る。
呼応して、対面の若ギースの皮靴が、かつん、かつんと階段を叩く。
戦いに臨むチームメイトの背中を遠巻きに見つめながら、ユウマがぽつりと疑念をこぼす。
「アイツ、いつの間にビリー・カーンなんて……」
「ユウくん?」
「――どうやら、かろうじて間に合ったみたいね」
「えっ?」
ユウマの会話を遮って、後方より籠るような甘い声色が響く。
振り返った二人の視線の先で、ニノン・ベアールめいた蕾のような少女が微笑する。
「あなた、キジマ……、キジマ・シアさん!
どうしてここに……?」
そう紡ぎかけたフミナ先輩の疑問の声が、はっ、と止まる。
目の前に現れた少女は、一目見て分かるほどに憔悴していた。
らしからぬ話である。
ガンプラ学園代表、チーム『ソレスタルスフィア』の紅一点、キジマ・シア。
普段なら花のように可憐な少女が、今は目に下にうっすらと隈を張り、その西洋人形のような大きな瞳に、爛々と妖星のような煌きを灯しているではないか?
「キジマさん、何かあったの?
なんだか少し、辛そうだけど」
「あ……、やっぱり、分かってしまうのかしら?」
フミナの指摘に、シアは気恥ずかしげに顔を曇らせ、ん、と両手を胸の前で伸ばした。
「今朝方まで二人っきりで、ずっとセカイの秘密特訓に付き合っていたから。
それで疲労が抜けていないのね」
「あ、そうか、アイツそれで、餓狼伝説の事を――」
「ひ、秘密特訓ですってぇ―――ッ!?」
ユウマの推測を遮って、ホシノ先輩が素っ頓狂な奇声を上げる。
「そ、そんな……、二人っきりで、朝まで、って……。
そんなにヘロヘロになるまで、いったい何をやっていたのよ!?」
「セカイったら、自分は見るのも触るのも初めてだ、なんて言ってたのに、激しすぎるから……。
私だって、その、そんなに、経験があるワケじゃないから。
正直、リードするだけで精一杯だったわ……」
「は、初めて!? な、何の話をしているのよぉ……?」
「ゲームの話だよね」
後方で、やにわにギャラリーが騒ぎ出す。
だが、その声ももはや、舞台上の両者の許までは届かない。
「すいません。
随分とお待たせしてしまって……」
「構わないさ。
待てるのは、ラスボスの特権だからな」
気負いの無い声だった。
セカイの会釈に対して、向かい合った男は、ミナミマチ・シゲルとしての言葉で応じた。
「それに――」
ちらり、と寂しげに眼を伏せ、シゲルが傍らの愛機をその手に握る。
「――待ち焦がれた時間など、始まってしまえば一瞬の内に過ぎ往くものだ」
ぞく。
セカイの背に、微かに悪寒が走る。
眼前の男の純朴な匂いが消え去り、変わって、その内から底深い帝王の風格が噴き出して来る。
「約束は守りますよ」
自分に言い聞かせるように短く呟き、セカイが己が分身をその手に掴む。
『――長らくお待たせいたしました。
ただ今より、第7回、サクラザク・スプリングガンプラフェステバル。
決勝戦を開始いたします』
ウグイス嬢のアナウンスと同時に、照明が落ち、会場のノイズが途絶える。
暗闇の中、舞台上のプラフスキー粒子が、燐光に煌めく世界を映し始める。
機械的なガイダンスに合わせ淀みなく両者が動き、戦士が二人、GPベース上で対峙する。
「カミキ・セカイ――」
「You can not escape――」
口上が重なる。
機体の内に、徐々に、徐々に粒子が浸透して行く。
「――from death」
「――カミキバーニングガンダム、行くぜ!」
――そしてフィールドに、サウスタウンの風が吹いた。
・
・
・
風が吹いていた。
蒸し暑い闇夜の熱狂を吹き飛ばす、涼やかな風だった。
風の中に、仄かに潮の匂いが混ざっていた。
「これは……」
思わず、ぽつり、とシゲルがこぼした。
ギース・ハワードと重なりながら、不覚にもシゲル個人の言葉が漏れた。
壮大な伽藍であった。
空中に突き出した舞台は和の装いに溢れ、純白の足袋が磨かれた板の間を踏み締める。
回廊をつなぐ欄干は、がっしりとした幾つもの木柱によって支えられ、そこから建物の中心へ向け、蜘蛛の巣のように太い梁が巡る。
伽藍の中央では憤怒を刻んだ阿吽の仁王像が睥睨し、その袂には古ぼけた巻物と竹簡が、合わせて三巻、添えられている。
呆然と我を忘れ、そっと近場の欄干に手をかけ、夜景を望む。
様々な色のネオンに彩られた、いくつもの巨大な摩天楼。
人工島を繋ぐ斜張橋を走る、蟻のようなヘッドライトの群れ。
闇夜を切り裂くサーチライトの光と、底深く暗い、海の青。
海溝は深く、流れは速い。
人と問わず、物と問わず、一たび沈めば、二度と浮かび上がってくる事は叶わない。
この街の歴史を闇を呑み込んだ、底深い黒を内包する青である。
60年代。
欧州の名門より、戦いに敗れた青年が一人、この街を仕切るシチリア・マフィアのファミリーの下へと流れ着いた。
蟻の目のように入り組んだ、ごみ溜めのようなダウンタウンの片隅から、青年はじっ、と巨大な摩天楼の群れを見上げていた。
時は流れる。
今、ミナミマチ・シゲルは彼の眼を通し、彼の居城から、彼の街を見下ろしていた。
サウスタウン。
野心と、暴力と、繁栄と、喧嘩と熱狂の色が混じり合う、餓えた狼たちの街――。
『何や、こりゃ……?
完璧なギース・ステージ、やな。
運営もまた、随分と気を利かせてくれるやないか』
ビリー・カーンからの通信に、男がたちまち、ギース・ハワードへと戻る。
改めてゆっくりと周囲を見渡す。
広すぎず、狭すぎず。
豪奢であっても低俗では無く、悪趣味でありながら、同時に底知れぬ威厳を醸す。
確かにビリーの言う通り、そこは館の主の個性を反映した、完璧なるギースタワーであった。
「確かに、心遣いが行き届いているようだな」
ふっ、とギースが苦笑をこぼす。
「今日、今宵、ここで私に死ねと……、連中はどうやら、それが望みのようだ」
『……なるほどな、わざわざ死に場所を用意してくれたっちゅうワケかい』
くつくつと二人、どちらからともなく笑い合う。
世界の悪意とやらもどうやら、自分たち同様、酔狂な性質を持て余しているらしかった。
「来たぜ! ギース」
静寂の闇を裂いて、新たに一機のガンプラが、戦いの舞台へと侵入した。
無限のプラフスキー粒子の可能性を秘めた、青色のクリアーパーツ。
イオリ・セイが名機、ビルドバーニングガンダムの薫風を継いだ、白と赤。
「約束どおり、俺が本気のガンプラバトルをさせてやるぜ!」
カミキバーニングガンダム。
若武者の如き甲冑を纏った挑戦者が、ギースの前で拳を構える。
「ふっ、よかろう……」
ギース・ハワードが不敵に笑い、両の拳をぐっ、と胸元で交差させる。
「今、ひとたびの悪夢……、存分に堪能するがいい!」
そして、脱ぎ捨てる。
ぼっ、と一斉に灯った篝火の下に、サウスタウンの歴史を刻んだ上体が露わとなる。
カカ!
カカ!
カカカカカカ!(ボオォォオン)
不意にオーロラビジョンが繋がり、会場に熱狂が溢れだす。
乾いた拍子木の音が響き、出囃子と共に次々と襖が開かれていく。
そして、映し出される。
篝火に照らされたギースタワーの最上階に対峙する二つの影。
『 FINAL ROUND 』
打ち鳴らされたギターが重低音を刻む!
鼓が叩かれ、押さえの効いたベースに合いの手が混じり、高らかと和笛の音色が響き渡る。
『 READY―― 』
観衆も叫ぶ。
そうだ。
ギースにしょうゆ!
闘いの決着は、この場所、このナンバー、このステージ以外にはありえない。
『 ――GO!! 』
観衆の絶叫が、戦いのゴングを打ち鳴らす。
瞬間、両機は同時に、風を巻いて一直線に飛び出していた。