ギースにガンプラ   作:いぶりがっこ

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第十一話「男なら、拳一つで勝負せんかい!!」

『 FINAL ROUND 』

 

『 READY 』

 

『 GO!! 』

 

 

 絶叫と同時に、両機が真っ直ぐに前に出た。

 瞬く間に距離が縮まり、交錯の瞬間が迫る。

 

(自分から……?)

 

 一瞬、セカイの脳裏に疑念が走る。

 烈風拳は? 当て身は? 待たないのか?

 だが、迷う暇も無い。

 今はただ、右拳を真っ直ぐに打ち込むのみ。

 

「オオ!」

 

 間合い、振り抜く。

 瞬間、ギースの体が横に流れた。

 ライン移動? いや――

 

「うわっ!?」

 

 すり抜けざまに腰部を押され、スカを喰らったバーニングの上体が前方へとつんのめる。

 

「裏雲隠し……、キレイ」

 

 敵である事も忘れたかのように、ポツリとシアが呟く。

 格闘ゲームにおける当て身投げの極意とは、待つ事でも読み切る事でも無い。

 

 打たせる事。

 事前の動作によって相手を誘い、欲しい技を相手に出させる事。

 流石に全盛期からの古参ゲーマー。

 ガンプラバトルと言う異種のゲームの中においてすら、セカイに対して一日の長を持つ。

 

「レップゥケン!」

 

 そして、殺気が抜き放たれる。

 投げ出されたバーニングの背面目掛け、一直線に。

 

「くっおおおッ!」

 

 踏み止まれば、死――。

 踏み込んだ前脚を軸に、思い切り全身を捻じって機体を旋回させる。

 刹那、バーニングの脇をびゅおん! と戦慄が通過する。

 

「ダーボゥ――」

「次元覇王流――」

 

 視線の先では、ギースが第二撃の体勢へと移っていた。

 迷い無く、遠心力を乗せた拳を地面へと叩きこむ。

 

「レップゥケーン!」

「波動裂帛けえぇぇん!!」

 

 同時に叫ぶ!

 ギースの掌から蒼き烈風が一直線に走り、バーニングの拳から黄金の波動が大地を切り裂く。

 両雄の気が、舞台中央で交錯し、閃光と衝撃がタワー全体を震わせる。

 

「パワーウェイブと!」

「烈風拳の!」

「激突だァ~~~~!!」

 

 大観衆が沸騰する。

 エネルギー同士のぶつかり合いは、五分。

 いや、連ね撃ちにした烈風拳が互角だと言うのならば、やはり純粋な馬力では、カミキバーニングが上か。

 

「もらったァ―――ッ!!」

 

 爆風を裂いて、一気呵成にバーニングが攻める。

 大地を蹴ってバーニアを吹かし、ギース・ハワードの上を取る。

 無敵対空を持たぬギースに対し、シンプル、かつ最も有効な戦法――。

 

「――ッ!?」

 

 瞬間、どくり、とセカイの心臓が哭いた。

 開けた視界の先で、高らかとギースが両手を掲げようとしていた。

 レイジングストーム!

 飛び込みを読まれていた?

 超必殺技、先読み、博打、一点賭け、馬鹿な、とにかく――。

 

(脱出――!)

 

 反射的にセカイが動いた。

 空中で機体に急制動をかけ、足先で粒子を踏み込んで後方に逃れる。

 虎口を逃れ、そうしてはっ、と思い出した。

 己が迂闊さに、ようやく気が付いた。

 

 ↙→↘↓↙←↘+BC(キャラ右向き時)

 

 多くの餓狼伝説シリーズにおける、基本的なレイジングストームのコマンドである。

 入力が完成した場合、ギースはまず後方に重心を取り、次いで気を練るように円の動きを描き、瞬間、足元目掛け高らかと掲げた両腕を打ち込んでいく流れとなる。

 SNKの技コマンドの奥深さを誰よりも知る筈の男である。

 そんな男の作った機体が、果たして、予備動作の気配すら見せずに超必殺技を――。

 

(――フェイント!?)

 

「セカイくん!」

 

 束の間の思考の壁を振り切って、ホシノ・フミナの悲鳴が聞こえた。

 気が付いて顔を上げる。

 観客も叫ぶ。

 ギースがそこにいた。

 読み切られていた、と言うよりも、やはりこれは誘導されたのであろう。

 ギース・ハワードが大地を蹴り、今、高らかとバーニングの上を取っていた!!

 

(飛翔日輪――!)

 

 まずい。

 蒼く輝くギースの手刀。

 帝王の瞳から放たれた殺意の刃が、セカイの右肩から左脇にかけて袈裟掛けに抜ける。

 本能的に腰元の太刀をすっぱ抜き、上方に掲げる。

 

「――BUZZ SAW!!」

 

「グアッ!?」

 

 ギン! と鈍い音が交錯し、斬撃が握り締めたスフィアごしに、セカイの両手を震わせる。

 勢いのまま、バーニングが板の間に強かに打ち付けられる。

 

「グッ」

 

「鼠輩が」

 

 ギースはまだ上空。

 先ほどは『刀』となった殺気が、今はすでに掌の上で『球』と化している。

 

「ダボゥシップゥケーン!」

 

「くうッ!?」

 

 仰向けのままバーニアを蒸かし、上方に機体を滑らせる。

 燐光が拡散し、かろうじて直撃を免れた愛機の表面を、砕けた木っ破が容赦なく叩く。

 

「ジャエィケン!」

 

 その上で尚、帝王の掌から逃れる事が出来ない。

 爆風を掻き分け、風を巻いてギースが迫る。

 体勢を立て直す余地が無い。

 握り締めた太刀が窮屈げに木目とカチ合い、擦れて震える。

 

 ジリ貧である。

 強引にでも圧力を弾き返さねば、何も出来ぬままに押し切られよう。

 

「オオッ」

 

 無理矢理に膝を起こして踏み止まり、やむを得ず、握った刀の柄尻を打ち込みに行く。

 瞬間、ふっ、と流れが変わった。

 バーニングの反攻に呼応して、ギースがゆるりと躰を返す。

 いや、柔らかく構え直した両手の内に、柄尻が吸い込まれて行った、と言う方が、感覚的には正しいかもしれない。

 伸びきった右腕を捕われて、セカイの視界が一点する。

 

(当て身……ッ)

 

 強かに打ち据えられ、それでもかろうじて受身が間に合う。

 誘われた、と気付いた分だけ反応が追い付いた。

 たちどころに片手を突いて機体を跳ね起こし、けれど、その先でも思い知らされる。

 ギース・ハワードにとっては、この紙一重の反応すらも誤差の内、と。

 

「……ッ」

 

 目の前に立ちはだかる木目の支柱。

 その両サイドに広がる、広大なるサウスタウンの夜景。

 袋小路。

 気が付いた時には、愁嘆場に運び込まれた後であった。

 

「ウィンドストォ―――ム!」

 

 後方から、殺意が巨大な牙を剥く。

 迷っている暇はない。

 

「うおオォッ」

 

 振り向きざまに逆袈裟の斬り上げ。

 迫りくる烈風をすっぱと両断し、分かたれた衝撃波が両翼の欄干を勢い良くふっ飛ばす。

 

 続け、大上段からの唐竹割り。

 烈風の第二撃を、力尽くで叩き割る。

 だが前に出れない、呼吸が続かない。

 

 第三撃。

 やむを得ず刀身で受ける。

 太刀ごしに圧力で押し切られ、バーニングの背中が木柱を強かに叩く。

 

「グアッ!?」

 

 第四撃!

 第五撃!!

 第六撃!!!

 

 間断ない烈風の嵐が、バーニングの体を柱に縫い付け、容赦なく押し込んでいく。

 全身が、目も開けられないような暴風の真っ只中に放り込まれてしまったかのようだ。

 詰んでしまった。

 

 虚空烈風斬。

 例えどれ程に耐え抜こうとも、この烈風に際限は無い。

 ギース・ハワードの気力が尽きるまで、後背の華奢な柱は持ち堪えられまい。

 さりとて被弾覚悟で左右に逃れようとも、たちまち烈風の余波でフィールドの外にまで投げ出されてしまう事であろう。

 

 完全なる差配。

 今まで戦った、どのファイターとも異なる。

 冷酷に、冷徹に、勝利の為の最短距離を踏んで来る。

 強い。

 これがギース・ハワード。

 サウスタウンの、帝王……。

 

 

 

 

「これは一体、どう言う事態なのかしら?」

 

 絶望交じりの絶叫が響く中、レディー・カワグチが、オーロラビジョンの光景に疑念をこぼす。

 

「ミナミマチ選手の機体の創意工夫については、私にも異論は無いわ。

 けれど、インファイターとしてのカミキくんの実力は、国内のアマチュアでは最高峰のものよ。

 たかだか一介のゲーマーの腕が、短期間の内に本物の武道家のセンスにまで届くと言うの?」

 

「……認めたくないものだな、若さゆえの過ちと言うものは」

 

 傍らのメイジン・カワグチが、手袋越しにサングラスを押さえ、ゆっくりと顔を上げる。

 

「話題の超新星などと、よくもまあ臆面も無く謳ったものだな。

 あれは、あの動きは古参兵の技に他ならない。

 あの男、ミナミマチ・シゲルのキャリアは長いぞ。

 カミキくんどころか、あるいは我々、プロのガンプラファイターよりも!」

 

「メイジン……、一体、何を言っているのよ?

 彼が北関東近辺で名の知られたゲーマーだと言ったのは、他ならぬ貴方でしょう?

 彼が人生のどの時点でガンプラに触れていたとしても、二足の草鞋で上達できるほど、バトルは甘い世界では無いわ」

 

「ああ、そうだろうとも。

 彼の青春において、ガンプラにかまけている時間など無かった筈だ。

 1993年、餓狼伝説SPECIALがリリースされたその年以来……。

 ただ、ひたすらにギース・ハワードを動かす事にこだわり続けて来た男だ!」

 

「――!」

 

 メイジンの言わんとする所に気が付いて、レディーがはっ、と舞台を見下ろす。

 ガンプラバトルにおいて、最も重要な要素とは何であったか?

 

「四つのボタン、二つのラインの時代から、おそらく彼にはこの世界が見えていた。

 皮肉にもガンプラバトルの隆盛によって、時代がようやく、彼の妄想に追いついたのだ。

 操作体系の誤差など、どれほどにも、あの男を縛る枷にはなるまい」

 

 ガンプラバトルにおける最大の武器。

 それは想像力。

 想像する事。

 この手にした機体は、フィールドをどのように動くのか?

 どんな事が出来るのか?

 どんな風に動かしたいのか?

 技術も、戦術も、経験も、全ては想像力に従属する二次要因に過ぎない。

 カミキ・セカイの強さのバッグボーンもまた、次元覇王流拳法それ自体ではなく、磨いた技をガンプラバトルで活かせる事を知った時の、彼の感動の中にあるのだ。

 

 ならば確かにメイジンの言う通り、ミナミマチ・シゲルの強さは歴史が違う。

 前世紀。

 百円玉を握り締め、近所の駄菓子屋に駆け込んだ時勢から、少年はこの光景を夢見ていた。

 解き放たれた。

 想像の中にしか存在しない筈の、ギース・ハワードが――。

 

 

 

「……何を笑う?」

 

 一切の攻撃の手を緩める事なく、ギース・ハワードがぽつりと問う。

 

「えっ?」

 

 問われ、それが自分に向けられた言葉だと、カミキ・セカイはようやく気付いた。

 言われれば成程、この絶体絶命の窮地にあって、彼の口元には、奇妙な笑みが浮かんでいた。

 

 一体、なぜ?

 考えるまでも無い。

 目の前に、ギース・ハワードがいるからだ。

 

 この男の戦いを初めて見た時は、ただ、戸惑うしかなかった。

 三日の特訓を通じて、餓狼伝説シリーズに触れた今なら、痛いほどに分かる。

 胸に迫る、圧倒的な恐怖も。

 会場を埋め尽くした、ビリー・カーンたちの興奮も。

 目の前の男が、この凄まじいばかりの烈風拳の再現に、どれほどの心を砕いてきたのかも。

 

 自分には無かった。

 乞われるままにガンプラを手に取り、バトルの楽しさに目覚め、そうして傷ついたビルドバーニングの姿を見て、初めて自分の至らなさに気が付いた。

 ガンプラの補修の仕方を学び、一からの作り方、塗装の、改造の仕方を学んで、ようやく辿り着いた自分だけのガンプラ、カミキバーニング。

 けれどこの機体も未だ、発展途上のガンプラだ。

 イオリ・セイの敷いたレールの、延長上を歩く機体である。

 

 だからこそ、分かる。

 ガンプラバトルによって新たに生命を吹き込まれたギース・ハワード。

 既存のガンプラの何れとも似付かぬ、赤みを帯びたフル・スクラッチの肌。

 あの機体が、どう言った物であるのか……。

 

「そんな機体は、本当に、ガンプラを知らなきゃ……。

 ガンプラの事が好きじゃなきゃ、作れない機体ですよ!」

 

「!?」

 

 一瞬、ピクン、とギースの肩が震えた。

 

「――世迷言を」

 

 打ち消すように、ギースが左手を振り抜く。

 だが、寸傲ではあれど、確実にワンテンポ追撃が遅れた。

 ふっ、と烈風が緩んだ一瞬、迷い無くカミキバーニングが踏み込んでいた。

 

「覇王丸! 技を借りるぜぇッ!」

 

 叫びながら斬り上げる。

 力強い地擦りの逆風が、迫りくる蒼撃を十戒の如く両断する。

 

「オオッ!」

 

 尚もバーニングは止まらず、振り上げた刀身ごと大きく弧を描き、高らかと上空へ。

 地を走る烈風拳の、その上をとった。

 

「弧月斬!?」

 

 たちまち観衆が驚愕の声を上げる。

 はっ、と振り返ったユウマの視線の先で、キジマ・シアが控えめに笑みを浮かべる。

 

「ふふ、だって相手は、全盛期のSNKによって生み出されたナイトメアだもの。

 中途半端な知識だけ与えて、セカイをあの戦場に送り出すワケにはいかないわ」

 

「そうか、やはり君が……」

 

「ええ、おかげで相手をした私の方も、烙印押しの精度ばかりムダに上がってしまったわ」

 

「ず、ずいぶんなチョイス、だな」

 

 

 

「味な真似を、してくれる!」

 

 ぐっ、ギースと笑いを噛み殺し、炯炯と瞬く瞳を上空の獲物へ向ける。

 胸の前で交差した両掌に、蒼き闘気の炎が燃え上がる。

 

「ならば、今度こそ、その身で喰らうが良い」

「コイツの使い道はぁ――」

 

 超必殺技(レイジングストーム)

 意識するよりも早く、バーニングは動きだしていた。

 高らかと振り上げた太刀を片手で握り直し、思い切り体を捻じる。

 

「まだ、あるぜえぇぇ―――――っ」

「ム――ッ!」

 

 そして、力一杯に投擲する。

 高速回転する鋼の刃が、咄嗟に跳び退いたギースの足元に突き刺さり――

 

 

 ドワオッッ!!

 

 

「な……!」

 

 瞬間、爆裂した!

 バーニングの掌から柄、刀身を伝達したプラフスキー粒子が一斉に引火し、ギースの眼前で高らかと火柱を噴き上げた。

 

 気功爆転法。

 全く読み切れなかった。

 いや、誰が読めようものか?

 既存のガンプラ政権の代表たるべきカミキバーニングが、よもや、このような……!

 

「カミキガンプラ流・バーニング正拳突きいぃィ―――――ッ!!」

 

 逡巡を切り裂いて、セカイの雄叫びが轟き渡る。

 クリアパーツが火を噴いて、灼熱と化したバーニングが炎の壁を突き抜ける。

 

「クゥオオォッッ!!」

 

 ギース・ハワードが、この試合、はじめて防御に回った。

 燃え盛る右拳に素早く反応し、クロスした両腕で受け止める。

 だが、瞬発力に勝るバーニングの一撃を、真っ向から受け止める事自体が下策。

 彼我の出力が違う、ガードの上から否応なく弾き飛ばされる。

 

「バッ!? バーンナックルゥッ!」

 

 会場のビリー・カーン達が、悲鳴にも似た叫びを一斉に上げる。

 ダメージの問題では無い。

 餓狼伝説の主人公、テリー・ボガードを代表する必殺技が、ギース様をふっ飛ばした。

 その光景自体が象徴的なのだ。

 

「バーンナックルなどと、烏滸がましいわッ」

 

「だったら、これで!」

 

 言うが早いか、両脚を畳んでバーニングが再び跳んだ。

 中空で体を捻じり、遠心力を乗せた左の踵をギースの頭部に叩き込んでいく。

 

「グゥッ」

 

 頭上で受け止め、反動で膝を折ったギースに対し、足元に叩き付けるような左ストレート!

 たまらずよろめくギースを追って、更にバーニングが浴びせ蹴りに行く。

 

「カミキガンプラ流・無限旋断脚ッ!」

 

 踵!

 拳!

 踵!

 拳!

 踵!

 拳!

 踵!

 拳!

 踵!

 拳!

 踵!

 拳!

 踵!

 拳!

 

 上に下に、旋回するバーニングの大車輪が加速する。

 止まらない。

 浴びせ蹴り、下段突き、そして再び浴びせ蹴り――

 防御を固めたギースの上から、ゴリゴリと連弾を重ねて行く。

 

「うっ、うわあぁあぁァ~~~~っ!?」

 

 悪鬼の如きバーニングの姿を前に、たちまちハワードコネクションの一同が大恐慌をきたす。

 棒を取り落としブルブルと震える者、泡を吹いて倒れる者、力無くうずくまる者。

 トラウマを呼び起こす光景に、誰も彼もが戦慄していた。

 

「な、なに? あの人たち、急にどうしちゃったの?」

 

 西陣営の狼狽を前にして、ホシナ・フミナが戸惑いの声を漏らす。

 しかし、その問いに答えるべきシアもまた、己が細腕を抱くように、小刻みに震えていた。

 

「……セカイは、本当に無邪気だから。

 悪意の無い残酷さほど、恐ろしいものは、無い……」

 

 

 

「貴様ァッ!?」

 

 ミナミマチ・シゲルが吠えた。

 精一杯の勇気を振り絞り、ギース・ハワードを一歩、前へと踏み込ませる。

 

「うわわっ!?」

 

「ラクホウッ!」

 

 打点がずれ、体ごと浴びせる形となったバーニングを全身で受け止め、思い切り叩き付ける。

 バーニングの体が糸の切れたようにバウンドし、そのままごろんと床板を転がる。

 しかし、仕掛けたシゲルもまた、追撃に移る事が出来ない。

 大きく息を吐いて、未だ震えの抜けない右手を、カッと見つめる。

 

「……ってぇ~、やっぱ、ゲームみたいにはいかないか」

 

 飄々と腰を上げたカミキ・バーニングの姿を、憤怒の形相で睨み据える。

 ぐっ、と握り締めた拳が、微かに震える。

 

「カミキ・セカイ、貴様……!

 この私に対して、 ク ラ ッ ク ハ メ を仕掛けおったかッ!!」

 

「――覚えた技はさ、なんでもすぐに試したくなっちゃうんですよ。

 次元覇王流も、ガンプラも、格闘ゲームも」

 

 一切の気負いも無く、ぬけぬけとセカイが言う。

 ああ、そうだろうとも。

 おそらくは決勝戦の相手として、今日まで研究を重ねて来たのだから、良く知っている。

 

 カミキ・セカイは無垢なのだ。

 ガンプラが好きでも、ガンプラにこだわりのある少年では無い。

 次元覇王流も、ガンプラも、格闘ゲームも、少年の前では等しく等価だ。

 いずれに対しても、何一つてらいなく、好きだと言うだろう。

 迷い無く、使える経験は全て使い切る事であろう。

 

「んんんんんー」

 

 両拳をブルブルと震わして、次の瞬間、ギースが爆発した。

 

 

「 許 る さ ー ん !! 私にハメ技なんぞを仕掛けおって!!」

 

 

「……え?」

 

 ぽかん、と間の抜けたように呟きがこぼれる。

 しん、と水を打ったように、会場全体が静まり返り……

 

 

「……んんんんんー、許るさーん!!」

 

 

 次の瞬間、ネオジオフリーク阿吽の呼吸によって、ギース様の怒りが客席に伝搬した。

 

「そうだ、許るさーん!!」

「んんんんんー」

「私の楽しみを邪魔しおって!!」

「男なら、拳一つで勝負せんかい!!」

「んんんんんー、許るさーん!!」

「謝れ! 右京さんに謝れ!」

「許るさーん!!」

 

 期せずして巻き起こった許るさーんコールが、会場全体を震わせる。

 両雄はしばし、戦いの手を止め、観衆の怒号に聞き入っていたが、やがて……。

 

「……ふっ」

「へへ!」

 

 と、どちらからともなくニヤリ、と笑い合った。

 

「えと……、なに、この茶番?」

 

「わかりません、わかりませんけど……。

 きっと、彼らにとっては大事な儀式なんです。

 例えば、ガンダムファンが殴られた時、怒るよりも前に『親父にもぶたれた事ないのに!』と、思わず叫んでしまうかのような……」

 

「ええ、そうね……。

 そして、この反応を引き出したのは、あの人、ミナミマチ・シゲル」

 

 ユウマの言葉を引き継いで、シアが短く嘆息する。

 

「先ほどのクラックハメを受けた時、彼は明らかに動揺していた。

 ギース・ハワードが事実上の主役をつとめた餓狼伝説3を、一夜にしてクソゲーたらしめた禁じ手をその身に受けたのだから、当然よね……。

 けれど彼は、動揺に動揺をぶつける事によって、大観衆の、この反応を引き出した。

 失いかけた流れを無理矢理に引き戻した」

 

 額の汗を拭い、キッ、とシアが顔を上げる。

 

「さすがに海千山千のベテランゲーマー。

 物事を強引に解決すると言うギースの特技を、誰よりも理解している。

 盤外戦を仕掛けられたら、セカイでは到底、太刀打ち出来ない」

 

「そ、そんなに高度な駆け引きだったんだ……?」

 

 呆然とフミナが呟く。

 ともあれ、再び観衆は沸き返り、短いインターバルが終了する。

 期が熟した、自然、両雄が再び向かい合う。

 

「Come on yellow belly !!

 望み通り、貴様には真のギース・ハワードを拝ませてやろうッ!」

 

「ああ、だったら、行かせてもらうぜぇ!」

 

 ぶわっ、と、バーニングに組み込まれたクリアーパーツが、再び一斉に火を噴いた。

 向かい合うギースの瞳が、刮と押し開く。

 

 アシムレイト。

 強烈な暗示と、それに伴うプラシーボ効果により、己が肉体をガンプラと一体化させ、その性能を極限まで引き出した状態である。

 噴き出した粒子の炎は、カミキ・セカイ自身の魂の証明。

 強豪集うガンプラバトル選手権において、数多の強豪を打ち破って来た、ビルドバーニングの系譜である。

 

 瞬間、ごうっ、と熱風がギースを襲った。

 バーンナックル、シンプルなる右ストレート。

 真紅の炎をたなびかせ、最短距離を小細工抜きで真っ直ぐに飛んできた。

 

「ナイスファイッ!」

 

 合わせてギースも動いた。

 半歩踏み込み、左腕で燃え盛る拳を内からいなし、すっ、と上体を潜り込ませた。

 バーニングの体が鮮やかに浮き上る。

 見事なる真空――いや!

 

「オオ!」

 

 回転が速い。

 セカイの反応が凌駕している。

 仕掛けの刹那、カミキバーニングは自ら飛んだ。

 自ら飛んで、中空で身を翻し、何事も無かったように着地した。

 

「ウオオオオ!!」

 

 振り向きざまに、両腕の連撃が飛んでくる。

 さながら諸手の暫烈拳。

 見切り難く、崩し難い。

 退きながら外し、凌ぎに徹する。

 迫りくる拳の壁から、急所を外して叩き落とす。

 腕も、肩も、防御の上からならいくらでも打たせる。

 武骨なる鉄の拳が、ギースの体を容赦なく叩く。

 それでも尚も顔色一つ変えず、じっ、と暴風の中を耐え続ける。

 そして、待つ。

 淀みない百の連撃の中から、切り崩しうる一の拳――。

 

「ハアッ」

 

 胸元をすり抜ける右拳。

 すかさず捕え、極めにかかる。

 右手首を押さえ、伸びきった肘を左掌底で打ち抜く。

 しかし、極め切れない。

 カミキバーニングは流れに逆らう事無く身を浮かせ、空いた両脚で蹴り込みに来る。

 チッ、と短く舌打ちして、捕えた右手を放り投げる。

 

 一旦、両機の距離が離れ、しかしバーニングの苛烈さがたちまち迫る。

 投、打、極。

 噛み合っている、絡み合っている。

 カミキバーニングの動きが、前半とは別人のように切れ味を増し、それが却ってギースのしぶとさを際立たせる。

 まるで全てが始めから示し合わせた演武であるかのように、立ち止まる事なく両者が動く。

 

「去年のお前さんとの戦いが、随分と弟弟子のコヤシになってるみたいじゃないの?」

 

 冷やかすようなスガ・アキラの言葉に、傍らのイノセ・ジュンヤがフン、と鼻を鳴らす。

 

「スロースターター過ぎるんだよ、アイツは。

 次元覇王流は実戦だ、そこいらのゲーマーなんぞに遅れをとって堪るか」

 

 ジュンヤの不満げな声が、たちまち観衆の絶叫の中に掻き消える。

 真っ向互角であった。

 カミキバーニングの剛と、ギース・ハワードの柔が、並び立つ龍虎のように必殺を狙っていた。

 

 互角、なれど気付いている者は気付いている。

 人に似せ、細く繊細に磨き上げられた、ギース・ハワードの指先。

 武骨なMSの鉄拳に、そうそう長く耐え得るものではない。

 クリアパーツを盛れぬ生身の肉体では、粒子の出力、貯蔵量共に不安が残る。

 それらの懸念材料を、ミナミマチ・シゲルはギース・ハワードと言うキャラクターを活かした創意で補ってきた。

 

 一つは外気功の導入により、実質打ち放題となった飛び道具『烈風拳』

 今一つは相手の威力をそのまま返す刃へと変える『当て身投げ』

 これら強力なアドヴァンテージで戦闘を支配する事により、ギースは盤石な戦いを続けてこれたのである。

 

 今、その二つの牙は封じられてしまっている。

 アシムレイトを発動したカミキバーニングの反応速度が、単純にギースを凌駕したのである。

 今はまだ五分、一見すると五分。

 けれどもう、ギースの当て身投げは決まらない、烈風拳を出す暇も無い。

 打ち合う毎に、カミキバーニングは際限なく加速して行く。

 受ける毎に、ギースの骨格は軋みを上げる。

 

 勝負は決した。

 次の拳か、その次の拳か、あるいはその次か?

 いずれ限界は来る。

 

 いや……、もう、来た。

 

 ぶおん。

 ギース・ハワードが繰り出した、打ち返しの正拳。

 それが今、虚しくも空を切った。

 どくり、とシゲルの心臓がうねる。

 そう、昨年度のガンプラバトル選手権において、こういう場面が確かにあった。

 

 準々決勝、西東京代表・聖鳳学園VS宮城代表・天山学園。

 戦いのクライマックスにおいて、トライバーニングガンダムの真価を解放したセカイは、かつての兄弟子、イノセ・ジュンヤの技量をも上回る連撃で勝利を収めた。

 今のバーニングもまた、常人の反応速度を遥かに凌駕している。

 

 駆け引きを捨て、ヤマを張る。

 後はタイミング。

 右か、左か、前か、後ろか、上か、下か――

 

(右――!)

 

「螺旋ッ!!」

 

 直感的にギースが動いた。

 右脇を締め、防御の形に移る。

 だが、加速するセカイの拳は、その守りのさらに下をすり抜けた。

 

「ガッハッ!」

 

 右脇腹に、螺旋の拳が深々と突き刺さった。

 苦悶の呻きを漏らし、それでも体を泳がせ身を翻し、続く連打から辛うじて逃れる。

 

 その場に居合わせた者全てが、同時に異変に気付いた。

 ギース・ハワードのボイスは、操縦者であるミナミマチ・シゲル自身の演技だった筈だ。

 そのシゲルの口から、なぜ身を切るような苦悶の声が漏れるのだ?

 何故、彼はその身を震わし、両の手を縋るようにスフィアへと伸ばしているのだ?

 

「――メイジン!?」

 

 驚き振り向いたレディー・カワグチの横顔に対し、メイジンがただ静かに頷く。

 

「ああ、間違い無い……、アシムレイトだ。

 ミナミマチ氏は今、アシムレイトによるノーシーボ効果の只中にある」

 

 そう言いきって、ぐっ、と息を呑む。

 確かにそう言う可能性も、考慮されるべきであった。

 

 アシムレイトは技術では無い。

 自己催眠であり、言うなれば心の病、心理学の領域である。

 愛機に対する強い執着がもたらす極限のシンクロ。

 

 ならば、その興味の対象は、ガンプラに限られた話ではない。

 ギース・ハワードをこよなく愛し、その再生に心を砕いた男なれば、かかる事態も何ら不思議とは言えないであろう。

 

 

「……フ、ハハッ!、ハーッハッハッハッハ!」

 

 

 メイジンの束の間の思考の世界を、響き渡る笑声が切り裂いた。

 奇妙な光景であった。

 笑っていた。

 ミナミマチ・シゲルが、ギース・ハワードが。

 カミキバーニングの、加速する連撃に為す術も無く打たれ。

 首皮一枚で、かろうじて致命打を凌ぎながら。

 それでも男は体を震わし、高らかと笑っていた。

 

「……嬉しいやろうなあ、シゲよ。

 夢にまで見たギース・ハワードと、とうとう痛みまで繋がりよったか」

 

「言うとる場合か!? 師匠ッ!」

 

 妙に落ち着いた珍庵を一喝し、ヤサカ・マオが悲痛な声を上げる。

 

「これはアカン! 完全に逆効果やッ!

 シゲルはんはカミキくんと違うて、あくまでも普通のゲーマーや。

 どれほど強がってみせた所で、痛みに耐えて戦えるような肉体やあらへん!

 こうなった以上、すぐにでも試合を止めな……」

 

「黙って見とき!」

 

「なんでや!? なんでや師匠――!」

 

 と、反論しかけた所で、思わずマオは、はっ、と息を呑んだ。

 震えていた。

 手摺を掴んだ珍庵の皺枯れた指先が、小刻みにかたかたと震えていた。

 

「なんちゅう事を、なんちゅう事を考えよるんや、シゲ。

 そいつがお前さんの奥の手やったんか……」

 

「師匠、一体、何や言いはるんや。

 この状況から、今のシゲルはんに、何が出来る言うんです?」

 

「よう見ときや、マオよ、アイツの言葉を借りるなら……。

 ギース・ハワードが、いよいよ完成しようとしとるんや」

 

 ごくり、と固唾を呑んでフィールドを見下ろす。

 戦いの終わりが、刻一刻と近づいていた。

 

 

(こうなる事はよ、始めからわかっとったやんか、シゲさん)

 

 観客の大絶叫の中、サカイ・ミナトはただ一人、呆然と醒めた瞳を舞台へと向けていた。

 

 ギース・ハワードは、負ける。

 それは機体の作り込みであるとか、対戦相手の相性だとか言う問題ではない。

 ギース・ハワード、それ自体が、敗北によって伝説となり、人々の心に永遠を刻んだキャラクターだからだ。

 

 陳腐な言い方をするならば、運命。

 

 どれほどに機体の完成度を高めようとも。

 いや、むしろ高めれば高めるほどに、その機体は、ギース・ハワードの運命をなぞり始める。

 ミナミマチ・シゲルの作り上げたナイトメアもまた、完成へと限りなく近づいていた。

 

 彼自身は、その事に気が付いていなかったと言うのか?

 それとも、とっくに気が付いたその上で、宿命を乗り越える可能性を模索していたのか?

 とにかく……。

 

「――せやけど!

 せやけどなあッ シゲさんよォ!!」

 

 バン、と両手で舞台を叩き、頭上の相方に対し、ミナトが声を振り絞る。

 

「おいッ! オッサン、なんやそのザマはッ!?

 ギース・ハワードが死ぬんやぞ!! そない無様に震えとる奴がおるかッ!?

 漢の死にザマ、花道やッ! あんじょう気張らんかいッッ!!」

 

 サカイ・ミナトの発破が届いたかどうか。

 震えるシゲルの右手の指先が、カタカタとスフィアをまさぐり始めた。

 最後の切り札となるコマンドを探し出し、力強く押し込む。

 

 中空に浮かんだアルファベットは【 Berserker System 】

 

 とくん、と一つ躰が震える。

 大きく息を吐き出し、体内に残された全てを解き放つ。

 丹田に残されていた最後の粒子を、全部、全部、全部――

 

 ぶわっ、と大気が震えた。

 足元の粒子が一斉にざわめき、さながら闘気のように螺旋を描いて立ち昇り始めた。

 ナイトメア・ギース、その戦慄の姿があった。

 

「オオオオ――!」

 

 赤く染まる視界の先で、敵が、カミキバーニングが正面から迫っていた。

 瞬間、ミナミマチ・シゲルが、ギース・ハワードが爆発した。

 

 

 

「――デッドリイィイィィ レェエイィイィィィブ!!」

 

 

 

 そして餓狼たちは、最後の咆哮を上げた……。

 

 

 

 


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