ガンプラ心形流は、往年の名ガンプラファイター、珍庵和尚によって創立された、大阪に拠点を構えるガンプラ造形術の一大宗家である。
「ガンプラ作りは当人の心を写す鏡」と言う氏の理念により、その修練は技術論よりも精神修養を旨としている。
概念的な流派で体得に時間がかかるが故に、他のセミナーやガンプラ教室に比して受講者は少ないものの、その内弟子からはヤサカ・マオやサカイ・ミナトと言った有能なビルダーを輩出しており、今日の日本のガンプラバトル史を語る上で、決して外す事の出来ない存在である。
以上が、行きがけの新幹線の中で読んだ『別冊アストナージグレート:神技ビルダー列伝』なる、いかがわしい本からの抜粋である。
ガンプラ造形術。
我々素人には理解の及ばぬ世界であるが、考えてみればさもありなん。
ガンプラビルダーたちが日夜相手にしているのは、現代のブラックボックスとまで称される、あのプラフスキー粒子なのだ。
極端な話、塗料の種類、塗り方一つを取ったとしても解釈は変わる。
一たび粒子を介したならば、素材が変わり、強度や機体の性能が変わり、それがそのままバトルの勝敗へと直結する。
ましてやガンプラバトルは今や、全世界の注目を集める一大祭典である。
舞台に立つファイターだけの問題では無い。
選手を支えるワークスチーム、サポーター、スポンサー、そしてトレーナー。
人が動き、即ち多額の金が動く、キレイゴトだけでは済まされない。
たかがガンプラ作り、されどガンプラ作り。
門外不出の奥義の一つも生まれようと言うものだ。
このような瑣末な出来事にいちいち驚嘆していては、獣神武闘会は生き残れない。
ともあれ、新大阪より市電を乗り換え40分。
ガンプラ心形流の総本山は、閑静な田舎町の山裾にあった。
四季折々の色合いを見せる簡素な中庭に、長い年季を感じさせる木造の本道場。
いかにも精神修養の場に相応しい趣であるが、騙される事なかれ。
ガンプラが初めて発売された1980年以前に、心形流の道場など存在する筈がない。
即ち、古き良き日本の伝統溢れるこの建物は、寺の主である和尚がガンプラに傾倒するあまり、元からあった本堂をガンプラ製作用に改装したものか。
あるいは多額の賞金を費やして、わざわざ旧日本寺院風に建築された新道場、と言う事になる。
いずれにしても凄い漢だ。
そして今、俺はそんな凄い男、ガンプラ心形流開祖・珍庵和尚と、道場の板間を挟んで向かい合っていた。
「ま、ま、お若いの、今日はわざわざ遠い所から来なすったんや。
そう硬くならんと、膝も崩しなさい」
「は、はい!」
アポなしの突然の来訪にも関わらず、目の前の老人はそう言って気さくな笑みを浮かべた。
もっとも、俺の方はひたすらに恐縮するしかない。
一見そこいらの楽隠居と言った風体の小柄な老人ではあるが、俺には分かる。
一流派を修めた達人のみが持ちうる究極の自然体、その有り様はまるで、かのタン・フー・ルーのようではないか。
「さて、何や、ウチの道場に入門したい言う話やったが……。
ガンプラ心形流なんぞと言う大層な看板を掲げとるがの、ウチは元々、同道のモンが好き勝手にやっとるだけの集まりや。
月謝なんぞもいらんし、納得が行くまでココに逗留してくれて構わんで」
「ほ、本当ですか?」
「じゃが、の」
ふさふさの白眉を吊り上げ、タン老師、もとい和尚の左目がきらりと光った。
「お前さん、なんだって今更になってガンプラ作りなんぞ始めようと思うたんや?」
「今さら……、とは?」
「その薬指の、大きなタコ。
ガンプラバトルやないな。
その歳になるまで、何か一つの芸事に一心不乱に打ち込んで来た男の手や」
「……!」
鋭い。
おもわず左手がピクン、と跳ねる。
確かに俺の薬指の第一関節には、生涯消える事の無い、ブ厚いゲームタコがある。
ぶっさし、かぶせ、つまみ……。
より精度の高いコマンド入力を求め、先人たちはいくつものアーケードスティックの握り方を考案してきた。
手の小さい子供たちは必然、球の部分を被せるように掴む事が多いのであるが……。
当時、友人たちよりも一歩でも先んじたいと考えていた浅はかな俺は、ワイングラス、俗に言う「ぶっさし」を常日頃から愛用していた。
鋼鉄のレバーが容赦なく指の根本を擦り、血豆が破れ、固まり、やがてどのような圧力にも負けない分厚いタコが出来上がる。
まさしくこの指は、俺の半生を語る証座であった。
なお、この傷痕は決して勲章ではない。
指先に余計な力が入っている、下手糞の証である。
実際「七瀬ナコは人生」とまで語っていた、お隣さん家のヤマダくんなんぞは、親指と中指でのつまむようなソフトタッチから、驚くべき精度でぬいぐるみキャンセルを決め、我々小市民を驚嘆せしめたものであった。
思わず現実逃避してしまったが、これはマズイ。
俺の目的、それは考えようによってはガンプラへの冒涜である。
そのまま口に出したなら、このお人好しの和尚の不興を買うかもしれない。
回答次第では即座に旋風剛拳が飛んできてもおかしくない窮地である。
取り敢えずこの場は、口先三寸でごまかしてみるべきか?
……いや。
もしもタン老師の口から同じ質問が発せられたなら、テリー・ボガードはどう答えただろうか?
師弟の縁である、生半端な回答は出来ない。
そんな不義理が許るされるのは、この世にただ一人、生まれついての帝王、ギース・ハワードのみだろう。
結局、俺は訪問の目的を包み隠さずに告げる事とした。
「恐れながら、その……、ギース・ハワードを作りたいと思っております」
「ん、ぎぃ、す、とは?」
「SNK製作の対戦格闘ゲーム、餓狼伝説に登場するキャラクターです」
「ん? うん、んんっ???」
温厚な和尚の頭の上に、たちまちクエスチョン・マークが浮かぶ。
そりゃあそうだろう。
ガンプラ製作を教える道場にこんなのが押しかけて来たら、俺だっておかしな奴だと思う。
当然、アホな大人をたしなめるように、和尚は長い髭をさすった。
「お前さん、そりゃあちょいと訪れる場所を間違えとらんかの?
例えば、ガレージキットの作り方を学びたいとか言うんなら、もっと相応しい場所があろうに」
「恐れながら、GPベース上で稼働するギースを作りたいと思っています」
「なんと?」
「プラフスキー粒子を介し、フィールドを縦横無尽に蹂躙するギースを作りたいのです」
「ほ!」
俺の言葉を受け、珍庵和尚が思わず破顔した。
気を許した瞬間、人中に鉄菱が飛んできてもおかしくないような強烈な笑顔だった。
「ほ、ほ、ようやっと分かった。
お前さん、
それでこの道場でだったら、生身の人間そっくりのガンプラが作れる思うて、はるばる東京から駆けつけたっちゅうワケや」
「は……」
好々爺の砕けた笑顔に、俺はどう答えて良いのかも分からず、曖昧に言葉を濁した。
珍庵和尚はひとしきり笑った後、しかし不意に、声のトーンを落とした。
「せやけどなあ、お若いの。
お前さんの理想を形にするのは、口で言うほど簡単な道やありゃせんで」
「それは……、素人ながら、私なりに理解しているつもりです。
あのサカイ少年の製作した、すーぱーふみな。
あれほど完成度の高い美少女フィギュアを素人が製作する事自体、いかに困難であるか……」
「いや、そうやない。
確かに技術的にクリアせなあかん課題も多いが、問題はその後。
あのガンプラはの、モデルが女の子だったからこそ為し得た、一種の奇跡なんや」
「え……? そ、そ、それは一体?」
和尚の吐いた意味深な言葉に、俺は思わず、戸惑いの呻きを漏らした。
女の子だから、為し得た?
フミナちゃんならOKで、ギース様はアウトと言うのは、いかにも酷いプラフスキー差別ではあるまいか?
重ねて問おうとした次の瞬間、不意にバン! と、後方の木戸が勢い良く開かれた。
「やめいや、東京モン、それ以上の問答なんぞ必要あらへん!」
初めて耳にする本場もんの罵倒に、俺は思わず、はっ、と顔を上げた。
振り向いた視線の先にいたのは、跳ねた前髪に鋭い眼光を備えた、作務衣姿の少年であった。
「君は……」
「おう、なんやミナト、おったんかい」
傍らの珍庵和尚の呟きに、たちまち記憶の糸が手繰り寄せられる。
あの目つき、そう、アレはかのコウサカ・ユウマ少年と比較して、学生ガンプラ界の龍虎とまで謳われた西の天才。
ガンプラ心形流、サカイ・ミナト。
他ならぬ俺の心を奪ったガンプラ、すーぱーふみなの製作者である。
そんなガンプラ界のロバート・ガルシアはしかし、その身の苛立ちを隠そうともせず、ずん、と仁王立ちで俺の前へと立ちはだかった。
「おう、とっとと東京に帰りや、おっさん。
師匠の言葉の意味も分らん男には、この道場の敷居を跨ぐ資格なんてありゃせんのや」
「――!」
突き離すような少年の言葉に、さすがに俺もむっ、と来た。
ガンプラのイロハも知らない素人、そうだろう。
ガンプラへの冒涜、確かにそうだろう。
しかし、それをよりによって、あの、すーぱーふみなの製作者に指摘されたくはない。
「――言葉を返すようだが、サカイ君。
俺は君のガンプラに可能性を感じて、今日、ここまでやって来た。
あの自由な発想を突き詰めて行ったなら、ガンプラバトルの世界は、もっともっと自由なものになるんじゃないのか?」
「せやからアンタは、アホや言うとるんやッ!
自由な発想やと?
そないな言葉はの、こいつをしかと目に焼き付けてから言えや~っ!」
「!?」
大声で啖呵を切って、サカイ少年は手にした雑誌をバシン、と勢い良く床板に叩き付けた。
慌ててまじまじと覗き込む。
雑誌の表紙には『別冊アストナージグレート:MSギャルズアイランド』なるタイトルがデカデカと踊っていた。
とくん。
郷愁を誘う見出しに吸い寄せられるように、俺は指先を伸ばしていた。
おそるおそるページをめくる。
最初に瞳に飛び込んできたのは、どこか懐かしい匂いのする、コピック塗りの少女のイラストであった。
トリコロールのアーマーとスカートの下からスラリと伸びる、健康的な美脚。
明るい茶髪のクセッ毛の上に生えるV字のアンテナ。
当時の流行を偲ばせる、ぷっくりとした頬につぶらな瞳。
なんだろう?
近年の洗練された萌え絵とは違う、しかし、それゆえに俺の心をざわめかせてならない、このイラストは?
「……彼女は」
「1987年、模型誌に掲載されていた黎明期のMS少女や」
「な、なんやてえェ―――ッッ!?」
衝撃が脳髄を駆け抜け、思わず俺は、ミナミで詐欺られた小市民のように叫んでいた。
何と言う事であろうか!
ヤマダくんの正妻にして、俺達の永遠のアイドルであるナコルル嬢が生を受けたのが93年。
伝説の美少女ファイター、春麗がデビューしたのですら、遡る事91年。
あの麻宮アテナの御先祖さまが、現役バリバリで真っ赤なビキニを振り乱していた時代である。
我々の大先輩たちが、薄汚れたゲーセンの片隅で「ワル様は、はいているのか、いないのか?」などと言う白熱した議論を交わしていたご時世に、当代のガノタたちは、このようなステージにまで到達していたと言うのか?
震える指先で、貪るようにページを捲る。
連邦、ジオン公国、エゥーゴ、ティターンズ、ネオジオン……。
時にクールに、時にはキュートに、スタイリッシュに、大胆なディフォルメを加えたアーマーに身を包んだ、色とりどりの乙女たち。
記事の内容は当時のコスプレ会場の盛況に始まり、武装○姫、ス○パン、艦○れ、と言った後世のアニメ文化に与えた影響について言及し、やがて既存の美少女フィギュアとのニコイチ製作テクや、現在最先端のプロの作品など多方面に及んで行く。
メカ少女と言えばティセ・ロンブローゾしか馴染みのいない俺にとっては、まさしく未知の世界であった。
「どや? それで分かったやろ、おっさん」
頭上から、サカイ少年のどこか憐れむような声が響いてくる。
「あのすーぱーふみなはな、決してワイ一人の独創やあらへん。
どないにアーマーを着こなしたら萌えるか? モノアイはどうする?
武装は? 髪型は? 口調は? 性格は?
あのガンプラはな、偉大なる先人達が積み重ねて来た歴史の、ほんの上澄みを掬い取った成果に過ぎひんのや」
「し、知らなかった。
よもや、こんな世界があろうとは……」
「プラフスキー粒子は、決して気紛れな神やない。
プラスチックに宿る人の情念、機体を通して出る力をよう見よる。
ガンプラを手段としか見とらんおっさんの機体が、その眼鏡に適うもんかいな?」
「…………」
厳しい口調とは裏腹に、どこか穏やかなサカイ君の声。
ぐうの音も出ない。
あの魔改造こそ我が人生と言わんばかりのサカイくんが、こうまでも繊細に先人たちの築きしガンプラ道と向き合っていたなどと、俺は考えもしなかった。
彼のガンプラに対する真摯な姿勢からみれば、俺の他愛も無い思いつきなど、正しく邪道。
生きていちゃいけないクズの類の発想なのであろう。
「のう、お若いの。
アンタ、なんだってそんな、ぎぃす、とか言う御仁にこだわるんや?」
それまで事の成り行きを見守っていた珍庵和尚が、不意にぽん、と俺の肩を叩いた。
「ゲームだったら、過去に何本も出とるんやろ?
彼に会いたくなったなら、また、いつでも電源を入れりゃあええ話やないか」
「……かつて、この国で、ゲームセンターが俺達ジャリガキの聖地だった時代がありました」
暖かな人生の先輩の言葉に押されるように、自然、俺の口から、ぽつら、ぽつらと愚痴がこぼれ始めていた。
「くすんだ駄菓子屋の片隅で、MVSの狭い匤体に肩を並べて座り。
半ドンの土曜には、ママチャリ飛ばして50円で遊べるゲーセンを目指す。
そんな熱病に浮かされたような光景が、あの頃の日本にはそこかしこにありました」
「……ふむ」
「ギース・ハワードはその頃、俺が人生で初めて出会った『カッコイイ悪』でした。
リュウのような高潔な求道者の拳が、邪悪なるサイコパワーの猛威を打ち破る。
そんな何一つ疑いなき勧善懲悪の世界を、真っ向から叩き潰して見せた男です。
Mr.BIG、ヴォルフガング・クラウザー、牙神幻十郎、八神庵、山崎竜二……。
危険な魅力に満ちた役者作りに定評のあるSNKの中でも、一際まばゆい輝きを放つ巨星。
少年時代の俺は、ギース・ハワードと言う事件の只中にいた。
俺にとってのギースとは、あの熱狂の時代の象徴、そのものなんです」
「……それで、かいな」
「ガンプラに塗れた世界を自在に飛び回る、すーぱーふみなを見た時、これだ、と思いました。
このやり方で……、ギース・ハワードをガンプラで再現する事が出来たなら。
もう一度、時代の中心に立てる、あの頃の熱狂が帰ってくる、と。
確かにサカイ君の言う通り、随分と独りよがりで浅ましい話です」
懺悔を終えた広い室内に、しん、と静寂が戻る。
珍庵老人に対し、俺はぺこりと一礼して、道場を後にすべく腰を上げ――。
「……なんや、エラいおもろい話やないか」
「えっ?」
そんな、思いもよらぬ和尚の呟きを耳にして、返しかけた踵が止まった。
「のう、ミナトよ、ガンプラ作りのイロハくらい、ケチケチせんと教えたったらどうや?
これはアレや、やってみる価値はありますぜ、ってやつやで」
「ちょっ!? し、師匠、アンタ、何を言うてはりますのや」
飄々とした和尚の体に対し、サカイくんが思い切りうろたえ詰め寄る。
そりゃあそうだ。
これまでの流れを流影陣で跳ね返したかのような急展開、俺にだってワケが分からない。
「わしの魂胆は言うた通りよ。
ミナト、そう言うお前さんの方こそどうなんや?」
「どうって……、い、一体、何の話や?」
「この男がギース・ハワードを作りたい言うた時、お前、ちょびっと考えたやろ?
筋肉の材質はどうする? 背中の傷は? 袴の素材は?
烈風拳は? 疾風拳は? レイジングストームはどうやって再現するんや?
そない雑念に捕われとったせいで、お前、入ってくるタイミングを逃したんやな」
「んいっ? ん、んなアホな!?」
「隠さんでもエエ。
面白そうなアイディアを耳にすれば、一も二もなく心が躍る。
善も悪もありゃあせん。
わしらガンプラビルダーっちゅうんは、そう言うサガを抱えた生物や」
「…………」
とんとん拍子に進む二人のやり取りを、俺はただ呆然と見つめ続けていた。
唐突な展開に思考が追い付かない。
烈風拳?
今、烈風拳と言ったのか、この老人は?
「いやあ、お客人。
試すような真似をして、えろうスマンかった」
こちらの視線に気が付いたのだろう。
珍庵和尚は向き直ると、にい、とお茶目な笑いを浮かべた。
「ガンプラ心形流を続ける秘訣はの、日々の風景を愉しむ所にある。
一心不乱に打ち込むだけじゃ、長くは続かん。
ガンプラだけやのうて、色んな世界に目を向けてこその発見がある。
お前さんがバイブルにしとる餓狼伝説も、実はわし、一通りプレイずみなんじゃ」
「なんと」
「ちなみにわしの持ちキャラは、無論、不知火舞ちゃんや。
ブルー・マリー嬢もええのう」
「シャ、香緋だって良いキャラっすよ……」
珍庵和尚の満面のドヤ顔ダブルピースを前に、俺はどう答えて良いのかも分からず、乾いた笑いをこぼした。
偉大なる糖大人が、俺の中で一瞬にして山田十平衛に変わった。
その場の白けた空気を察したのだろう。
和尚は一つ咳払いをすると、再び真剣な面持ちで、サカイ君に対し向かい合った。
「のう、ミナトよ。
ガンプラ心形流の極意とは、己の素直な気持ちを形にする事や。
腹の底から沸き上がって来る情熱っちゅうもんに、清も濁もあろうもんかい?」
「師匠……、せ、せやかて」
「プラフスキー粒子はの、確かにガンプラをよう動かしよる。
せやけどあの粒子に挑む資格を持つんは、何もわしら、ガンダムファンだけや無かろうて。
動機はともかく、この男はお前の作ったガンプラを見染めて、遠路はるばる東京からここまでやって来よった。
その事実だけでも、わしは嬉しい」
「…………」
教育者としちゃあ、失格かもしれんがの
そう一言付け加えて、珍庵和尚はカラカラと笑った。
サカイくんはしばし俯き、和尚の言葉の意味を自分なりに咀嚼しているようであったが、その内に、きっ、と鋭い視線をこちらに向けた。
「フィールドを縦横無尽に蹂躙するギース、言うたの?
おっさん、その言葉はちゃんと覚悟して吐いとるんか?」
「覚悟……?」
「世界中のガンプラファイターを敵に回す覚悟、ちゅう話や」
「そんな」
大袈裟な。
そう言おうとした口が、ふっ、と固まる。
何が大袈裟なものか、サカイくんの指摘は正しい。
世界中のガンダムファンたちが、めいめいに創意を加え、作品への深い愛を込めて作り上げた、ただ一つのガンプラたち。
そいつを片っ端から蹴散らして、全国に雌伏したネオジオフリークたちの反逆の狼煙に、と言うのが、俺の行動がもたらす帰結である。
何と言う悪逆である事か。
世界中のガノタのヘイトが乗せられたかのような重たさに、ぶるり、両肩が震える。
しかし、どうした事であろうか?
同時に何か、どろりとした熱い物が、丹田を裂いて俺の胆の中に溢れ始めていた。
「――ギース・ハワードは悪の華だ」
カッ、と全身が燃え上がり、瞬間、俺自身にも思いもよらぬ言葉が口を突いて飛び出していた。
「敵であり、ボスであり、絶対なる悪であるほどに輝きを増す男だ。
世界中のガノタたちの怨嗟の炎が、彼の為の最高の舞台を整えてくれる。
……願ったり叶ったりだな」
「ハッ、言いよるやないか、素組み一つこなした事もないトーシロが!」
サカイくんは短く吐き捨て、しかしすぐに、まんざらでも無さげにニヤリと笑った。
「おっさん、一つだけ言うとくで。
ワイの指導は甘ァない。
ちょいとでも音を上げようもんなら、即座に叩き出したるさかい覚悟しとけや」
「……おっさんじゃねえ」
おもむろに差し出された右の手を、ぐっ、と力強く握り返す。
「俺はシゲル、ミナミマチ・シゲルだ。
仲間内じゃあ『サウスタウンのシゲ』で通ってる」
「そうかい。
ほんならシゲさん、見さしてもらうで。
70億のプレッシャーを弾き返す、アンタなりのハワード愛っちゅうヤツをな!」
「オッケイッ!!」
サカイくんはそう言って、まるで関西系のライバルキャラのように不敵に笑った。
対する俺は良い言葉を思いつかず、咄嗟に宿敵、テリー・ボガードの決め台詞を叫んでいた。
「なんでやねん!」
「ヴァーッ!?」
たちまち本場モンの鋭い突っ込みが、俺の胸元を勢い良く叩いた。
こうして、俺とギース・ハワードの二度目の物語は、イマイチ決まりの悪いスタートを切った。