ギースにガンプラ   作:いぶりがっこ

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第四話「ハリケーンアッパーのジョーかっ!!」

 大南流合気柔術の使い手、周防辰巳曰く。

 

「気で圧倒された相手と戦うのが最も容易い。

 それは風上に立って相手を攻撃するにも等しい」

 

 練り上げた気を、烈風のように疾風のように浴びせたならば、いずれ対手の気力を削ぎ、拳を交えずして勝利を収める事が出来る。

 戦わずして勝つ。

 一流を極めた達人たちが理想と目指す、武の究極である。

 

 しかし、若き日の天才、ギース・ハワードの解釈は少し違う。

 殺す者、服従させる者を己が意志で選びとれるのが、生まれついての支配者。

 烈風拳とは、立ちはだかる者を屈伏させ、その魂まで蹂躙せしめる、帝王の拳なのである。

 

「レップウケーン!!」

 

 そんな、天獅子風ギース・ハワード講座に想いを馳せつつ、俺は叫んだ。

 たちまちプラスチックの肉体が連動し、天高く右手が吊り上がる。

 

 ぶおん。

 

 そして、虚しく空を切る。

 飛び道具なんて、出るワケない。

 すばらしい悪夢だ。

 否、スバラシイ悪夢だァアォァァァ――――――――ッッ!!

 うっかり幻十郎に引っ張られてしまった天サム破沙羅の断末魔が脳内に響き渡る。

 これではまるでサイキョー流道場、ギース・ハワード(笑)である。

 

「な……、なぜだ? なぜ烈風拳が出ない?」

 

「いや、そりゃあ出るワケないやろ?」

 

 呆然とする俺を尻目に、呆れたようにサカイくんが言った。

 

「そもそも飛び道具なんぞ出せるように機体を作っとらんやん。

 叫ぶだけで必殺技がでるならジャリガキ最強やわ」

 

「そ、そう、なのか……?」

 

「しゃあない、ちょいとばかし座学と行こうかい?」

 

 そう断って、サカイくんがシステムの強制終了にかかる。

 徐々に冷めて行く熱気と共に、俺は諦観の吐息を吐き出した。

 

 

 十分後。

 

 道場を離れた俺たちは、ちゃぶ台を囲んでTVモニターと向かい合っていた。

 見つめる液晶の中では、切り立った荒野に並び立つ、二機のガンダムを映し出していた。

 

「第7回ガンプラバトル選手権、最終予選。

 対戦カードはイオリ・セイ&レイジ組 対 リカルド・フェリーニ。

 大会のハイライトにも使われた名シーンやな」

 

 手短に説明を済ませながら、サカイくんがコマ送りをかける。

 やがて、拳を両脇に備えたストライクベースの機体から、淡い輝きが徐々に零れ始めた。

 

「何だ? 骨格が光っているのか……?」

 

「イオリ選手が『RGシステム』と呼んでいた、スタービルドストライクの奥の手や。

 クリアパーツに蓄えたプラフスキー粒子を、独自のフレームに伝搬・浸透させ、素体の強度を底上げしとるんや」

 

 サカイくんの言葉を裏付けるように、両機が動いた。

 否、躍動した、と表現した方が正しいかもしれない。

 プラモデルの枠組みを超え、両雄が真っ向からぶつかり合っていた。

 喰らいついて行く。

 ベテラン、リカルド・フェリーニの人機一体の動きに対し、新人のアイディアと天性の素質が。

 

「この粒子変容っちゅうんは、えらい応用が効く発想でな。

 一時的な機体強化だけに留まらへん。

 仮に粒子をフレームの末端に集中させて、相手目掛けて叩き付けたならば」

 

「……ビルド、ナックル」

 

 俺の推論に、サカイくんがコクリと頷く。

 かつてイオリ・セイ、レイジのコンビが、ガンプラバトルの頂点を掴んだ伝説の拳。

 当時ガンダムに興味を持っていなかった俺ですら、さすがにその名前だけは知っていた。

 

「この第7回大会言うんは、ガンプラバトルの一つの転換点やったと言われとる。

 基本性能と火力を活かした大型MAの全盛期から、粒子特性の付与による独自戦術の構築へ。

 根本の粒子貯蔵能力と、粒子変容技術による応用力が、その後のバトルの胆になるワケや」

 

「粒子変容技術……、もしも、そいつを突き詰めて行ったなら?」

 

「プラフスキー粒子を格ゲー風に飛ばすのも夢やない。

 ……と言うか実際、こないだの選手権で使っとった奴いたで、パワーウェイブもどき」

 

「え、マジで……?」

 

「大マジや。

 ちょっとは格ゲー以外のニュースにも目を向けなアカンでホンマ」

 

 むむむ。

 ガンプラ界を取り巻く潮流の速さに、知らず喉の奥から呻きが零れる。

 既存のガンプラをガワだけいじってギース様に近付けようなどと言うのは、あまりにも安直なプランであったと今更に気付かされる。

 烈風拳を、疾風拳を、レイジングストームを使うためには、粒子変容技術の体得は必至。

 このままでは文字通り、仏像作って魂を入れず、獅子像作って獅子王を入れず、と言う事か。

 んん~、ダイナマーイ!

 

「――けどな、シゲさん。

 特にシゲさんの目指す、烈風拳を打てるギース・ハワードっちゅうのは茨の道やで」

 

「えっ?」

 

 失意の俺にダウン追い打ちするように、サカイくんが執拗に追撃を浴びせる。

 またもギースさま差別、なのか?

 プラフスキー粒子は、なぜこうまでも、ギース・ハワードに試練を与え給うのか?

 

「さっき話した通り、烈風拳をバルカン並みに気軽に振るには、粒子貯蔵能力の底上げは必須や。

 シゲさんやったら、どないにギースをいじる?」

 

「それは、ビルドストライクのように、大本のフレームを製作して、そして……」

 

 クリアーパーツを……、そう言いかけた所で、俺は己の迂闊さに気付いた。

 生身のギース様にクリアーパーツだと? クリスタルボーイかよ!

 

「……例えば、その、完成した機体の内部に、クリアーパーツを流し込んで」

 

「機体重量、エライ事になりそうやな。

 だいたいそんなんじゃ、フレーム間の粒子伝搬がうまい事いかんやろ」

 

「……それじゃあいっそ、全身をスケルトンにして、ナイトメア・ギース的な」

 

「素の機体強度が滅茶苦茶やん、下手に殴ったら自分が壊れるわ」

 

「……外付けで、篭手みたいな形状の、ビームを飛ばせる武器を作る、とか」

 

「どこのナインハルト・ズィーガーや! それは」

 

「くうっ!」

 

 俺は泣いた。

 何と言う事であろうか。

 ようやく動き出した筈のギース・ハワード復活計画が、第一歩で暗礁に乗り上げようとは。

 

「……あのなあ、シゲさん。

 こんな事を聞くのもアレなんやけど、烈風拳って、そない必要な技なん?」

 

「えっ?」

 

「ほれ、確かKOFのナンボかにおったやん。

 烈風拳の飛ばないギース。

 あんな感じで、それっぽい手刀を再現すればエエんちゃうの?」

 

「あ…? あ…?」

 

 どくり、と心臓が唸る。

 サカイくんの言葉が、俺の禁断の扉をゆっくりと押し開いて行く……。

 

 

 

 ――時は1996年。

 

 蝉の声が印象深い、暑い夏の日の事だった。

 俺は財布を握り締め、一路、市内の大型ゲームセンターを目指していた。

 夏の風物詩、『キング・オブ・ファイターズ96’』のリリースである。

 

 前情報での最大の目玉は、ギース、クラウザー、Mr.BIGと言う錚々たる顔ぶれで結成されたボスチーム。

「お前この間死んだばかりだろうが!」などと突っ込んでみたものの、内心やはり嬉しかった。

 八神庵の血の目覚めを契機に、暗黒街の顔役達を抱き込み、オロチの力の秘密へと踏み込んでいく、我らがギース・ハワード。

 こうまで丁寧にお膳立てされては、否が応にも期待は高まり、前年度のビリーの悲劇すらも容易く水に流してしまう現金な俺であった。

 

 だが、一躍SNKの看板タイトルとなったKOFも、シリーズ3作目。

 旧来のマンネリを打破し格闘ゲームの新境地を切り開くべく、大きな変革の時代を迎えていた。

 ヌルイ対空を撃墜する各種軌道のジャンプ。

 機敏な動きで間合いを詰める前ダッシュ。

 牽制をかいくぐりながら攻勢に移る前転。

 よりクールに、よりスピーディーに、よりアグレッシヴな攻めのゲームへ。 

 

 ……しかし、急速な改革には、必ずどこかに無理が付き纏う。

 時代の狭間に歪みを生み出し、憐れな犠牲者を生む。

 その歪みの中心こそが、そう、我らが総帥、ギース・ハワードである。

 

 飛ばない烈風拳。

 藤堂の小娘相手に性能負けしてる当て身。

 ロマン以外の全てを捨てたレイジングストーム。

 

 地上での立ち回りを封殺された彼は、妙に判定の強い疾風拳と多段ヒットする強パンチを軸に、悪名高いバッタ戦法を強いられる所となった。

 強いとか弱いとか以前に、我々の知らない、やたらせわしない総帥の姿がそこにあった……。

 

 

 

「ンドゥオッッゴルルァラアァァ!! 」

 

 

 

 俺は吠えた!

 怒り爆発、怒号層圏であった。

 

「フザけるなッ! あんなものが烈風拳であるものか!?

 いや! 違う! 違うなッ!!

 烈風拳はもっとバアァァァって動くもんなッ!!」

 

「うわっ!? な、なんや突然!?」

 

「つーかカイザーウェーブは普通に飛んでんじゃん!?

 なんだよこの陰湿なイジメはッ ギース様が何をしたって言うんだよ!」

 

「分かったから落ち着かんかい!

 クラウザーさんだってアレはアレで色々おかしかったで!」

 

「んんんんんー 許るさーん!!

 私のトラウマを掘り起こしおって!!

 謝れ! 右京さんに謝れ!!」

 

「なんでや!? 右京さん関係ないやろ!?」

 

「はぁ、はぁ……、ぐるじぉ……」

 

 ひとしきり罵詈雑言を並べ立てた所で、ようやく俺の怒ゲージが消滅した。

 KOFスタッフだって、後年ちゃんと裏キャラを用意してくれたのだ。

 今さら過ぎた事を言ってもしょうがあるまい。

 そんな事より、今は一刻も早く(仮)の改修プランを考えなければ、本当にバッタ戦法だけで歴戦のビルダー達と戦争する羽目になりかねない。

 

 

「――やあ。

 なんやギース様が怒り狂っとるわー思ったら、ミーティング中やったんか」

 

 

「「えっ?」」

 

 不意に廊下から聞こえた声に、思わず二人して振り返る。

 視線の先に居たのは、ひょろりとした細身の青年だった。

 自分たちと同じ黒色の作務依に、短く後ろで束ねた柔らかな黒髪。

 右手には年季の入ったお釜帽子を遊ばせている。

 その愛嬌ある糸目は、初対面にも関わらず、どこか俺の記憶に引っかかる物を感じさせた。

 

「マオさん! いつこっちに戻られたんで?」

 

「ふふ、つい今しがたや。

 えらいおもろい新入りが入ったって師匠が言うもんやから、一度挨拶しとこうか思うてね」

 

「あ……」

 

 二人のやりとりに、はっ、と記憶の糸が繋がる。

 ガンプラ心形流において『マオさん』と呼ばれる人間は一人しかいない。

 

「おう、シゲさん紹介するで、この人はワイらの大先輩で……」

 

「ヤサカ・マオ言います。

 噂はかねがね師匠から聞いてますで、『サウスタウンのシゲ』はん」

 

「あ……、よ、よろしくおねがいします!」

 

「いややわ~、そんな固くならんでええですよ。

 年齢かてシゲルはんの方が、ずっと上なんですから」

 

 そう言ってマオさんは愛嬌のある笑みを見せたが、対する俺はギース様を前にしたビリーの如く恐縮せざるを得ない。

 俺の目の前にいるのは、幼少の頃より天才、神童の名を欲しいままにし、イオリ・セイら時代の申し子たちと数多の名シーンを築いてきた、日本のトッププロである。

 

「しっかし、なんやエライ剣幕やったけど、察するに悩みのタネは烈風拳ですやろ?」

 

「あっ」

 

 そんなガンプラ界のニコラ・ザザは、流石の洞察力で、ギース再生計画の穴を指摘してきた。

 意を正し、俺は改めて若い兄弟子と向かい合った。

 

「教えて下さい、マオさん。

 ゲームのように、自在に烈風拳を打ち出すのは不可能なんでしょうか?」

 

「ん~……」

 

 俺の問いに対し、マオさんは言葉を選ぶように、ぽつら、ぽつらと口を紡いだ。

 

「現状の技術論では、効率が悪過ぎて現実的では無い、くらいに言うときましょうか?

 機体の活動限界に直結するプラフスキー粒子を、牽制合戦で消耗するのは得策やあらへん。

 射撃の必要があるなら、別途、外付けで武器を持たせる。

 これは、格ゲー全盛期に製作されたGガンダムですら変わらない、シリーズの鉄則や」

 

「はい……」

 

 マオさんの言葉に力無く頷く。

 

 石破天驚拳、豪熱マシンガンパンチ、ガイアクラッシャー。

 確かにGガンに登場するオーラ力の多くは、覇王翔吼拳的な超必殺技。

 ここ一番で相手を必倒するための大技がほとんどであった。

 あんな常識外れの連中ですら、射撃戦では重火器の使用を解禁し、拳銃なりビットなりクナイなりバアァルカン! なりを用意して戦いに臨んでいたのだ。

 

 中斬りキャンセル水月刀、などと言う2D格ゲー独自の常識は通用しない。

 思わず一つ呻いた俺に対し、マオさんはしかし、更に思いもよらぬ台詞を重ねた。

 

「……けれど現状がそうだからと言って、未来永劫、その鉄則が続くとは限らへん」

 

「えっ?」

 

「現代のバトルの常識となっている粒子変容技術……。

 それやかて、あの7年前の大会までは存在しない理論だったんです」

 

 そう言葉を紡ぐマオさんの瞳が、モニターの中のビルドストライクを感慨深げに見つめる。

 

「ゲーム業界には『枯れた技術の水平思考』言う言葉がありますやろ?

 次代に新風を巻き起こすのは、決して一握りの天才なんかやあらへん。

 ありふれた技術と、そいつを応用してみせる、発想の転換や」

 

「発想の、転換……」 

 

「シゲルはんは格ゲーバカや。

 ワイらガンプラバカとは、別の世界を知ってはる。

 賭ける可能性があるならば、そこや思います」

 

「…………」

 

 マオさんの言葉を、心の中で反芻する。

 彼が言わんとしている意味、それは分かる。

 けれど、あの夢にまで見た烈風拳を形にするための方法、それがどうしても見つからない。

 

「まっ、あんまり根を詰め過ぎてもエエもんは出来んよ。

 師匠も言うっとったやろ?

 行き詰まりを感じた時は気分転換も必要ですよ」

 

「気分転換」

 

「玄関、東京からシゲルはん宛てに荷物が届いとったよ」

 

「――あ! ありがとうございます」

 

 思わずはっ、と顔を上げる。

 来た! 最強の援軍来た。

 ぺこりと挨拶もそこそこに、俺は急いで玄関へと駆け出した。

 

 

 ――三時間後。

 

 

「ラショウモォ―――ンッ!!」

 

 

 羅  生  門(カカッ)

 

 

 そこには、ジョー東を元気いっぱい投げ飛ばす、我らがギース・ハワードの姿があった。

 

「グアー、やっとられんわーこんなの!」

 

 一声叫んでコントローラーを投げ出し、サカイくんも畳にKOとなる。

 

「ちゅうか、なんなんやコイツ! 完全に別人になっとるやん。

 秘伝書の中で眠っとる間に、ギース様に一体何があったんや!?」

 

「RB2におけるギース様は、作中屈指の投げキャラだ。

 雷光空キャンと言う胡散臭い歩行術を駆使する事によって、実に画面中の六割近くが彼の投げ間合いと化すのだ」

 

「ズルイわ~、烈風拳使うザンギとかマジないわ~」

 

 完全にブーたれてしまったサカイくんに苦笑しつつ、NEO-GEOの電源を落とす。

 最強の援軍、それは言うまでも無くこの「すごいゲームを持ち帰ろう」のハードである。

 お隣さん家のヤマダくんが香港に転校する事になった際に、永遠に変わらぬ友情の証にと譲ってくれた、俺の一生の宝物だ。

 青春時代、他の小市民の皆様が、

「十平衛禁止!」「処理落ちし過ぎィ!?」「拡張RAMフーフーして」「猿ェ……」

 など阿鼻叫喚の悲鳴を上げる中、俺はこのスネちゃま専用ハードの存在によって、快適なネオジオライフを続けてこられた訳である。

(なお、三万円もするソフトを購入できるハズも無く、真サム専用機として稼働していた模様)

 

「しっかし、烈風拳と当て身のイメージが強いギースやけど……。

 こうして振り返ってみると、大分戦法も変わっとるモンやね」

 

「そうですね。

 飛び道具の強さ、切り返しの弱さなんてのは共通してますが、それ以外は千差万別。

 KOFに至っては、その飛び道具すらないガン攻め仕様と来てます」

 

 マオさんの指摘に改めて頷く。

 流石に出演作も十数本を数えようと言うSNKの古豪、その歴史の奥深さは伊達ではない。

 

「とりあえず、これで外部出演や3Dの作品を除けば、ギースの参戦しとるシリーズを一通りプレイした事になるんかな?」

 

「……あ、いや、そう言えば一つだけ、肝心なのを忘れてました」

 

 そう言い直し、ダンボールの中から目当てのソフトを探し出す。

 再びハードの電源を入れれば、たちまち居間に、あの日のゲーセンの音が溢れだす。

 

 

 

『――やめて、おにいちゃん! その人は、その人は私たちの……』

 

 

 

「ん? 何や、このちょっと濃い顔した一昔前のベッピンさんは?」

 

「……ユリ・サカザキだよ。

 何でシリーズが進む毎に若返って行くのか、それは俺にも分からん」

 

 若干失礼なことを言うサカイくんを窘めつつ、アーケードスティックを握り直す。

 

「1994年リリース、龍虎の拳2です。

 餓狼伝説より遡る事12年前、サウスタウンが危険な町であった頃の物語が描かれています」

 

 レバーを動かし、ズラリと並んだ濃い顔の中から、極限流総帥、タクマ・サカザキを選択する。

 当たり前だが藤堂はいない。

 

「この、試合前のやりとりって言うのが、なんかちょっと懐かしい感じやね」

 

「……龍虎の拳と言うソフトは、初代ストリートファイターから枝分かれした、もう一つの格闘ゲームの形であったと思います。

 純粋に対戦ツールとしての完成度を高めたスト2に対し、一人プレイ、シナリオ、演出に特化した龍虎シリーズ。

 空手の修行に見立てたミニゲームに、ファンタジーを極力排したキャラクター。

 まるで一本のロードムービーでも追いかけているかのようなトリップ感が堪らんです」

 

 シリーズへの思い入れを語りつつも、タクマの膝小僧が容赦なくミッキーを襲う。

 たちまちボコボコに腫れ上がる顔面。

 パコーン! と言う気持ちの良い拳。

 服が破れ、グラサンが吹き飛び仮面が割れる。

 ああ、良い。

 この濃ゆさ、サウスタウンに還って来たのだと実感する。

 

「……つーかシゲさん、何かパターン入っとらん、コレ?

 さっきからずっと同じ動作しかしとらんで」

 

「このゲームは、CPUの超反応がキツ過ぎて、まともに戦っていてはまず勝てない。

 超反応を持った奴が相手なら、パターンはめを使わざるを得ない」

 

 ハオウシコーケン!

 パコーン! アアー!

 

「などと言いつつも、超必殺技で容赦なく愛娘をひん剥く、さすがやねシゲルはん」

 

「娘の成長著しいあまり、覇王至高拳を使わざるを得なかった」

 

「空手の話だよね?」

 

 和気あいあいと漫談を繰り広げている間にも、極限流の奥義が容赦なくハゲを襲う。

 一作目の借りは返した、これにて龍虎2、完ッ!

 

「そんなワケないやん。

 Mr.BIGがボスだった事なんて一度も無いやん、ボスチームなのに」

 

「ですよね~」

 

 KOF勝者となったタクマ・サカザキ。

 その前に姿を現す謎のコミッショナー。

 全ての陰謀が紐解かれ、ついに噂のあの男が、スクリーンいっぱいに姿を現す。

 

「……!

 コ、コイツはアンディ! アンディ・ボガードやないか!?

 こないな所で何やってんのや!?」

 

「分かりやすいボケをありがとう!

 無論、このスーツの男はアンディではない。

 ギース・ハワード26歳、Mr.BIG失脚後のサウスタウンに君臨する若き帝王だ」

 

「な、なんやて~っ!?」

 

「うん、知ってた」

 

 ともかく、特別支部の最上階において、極限流と若き日のギースの死闘が幕を開ける。

 伝説的BGM『ギースにキッス-CYBER EDIT-』が、否が応にもボルテージを引き上げていく。

 

『Buzz SAW!』

 

 コング氏とも生瀬氏とも違うネイティヴな咆哮がタクマを襲う。

 スライディング、飛翔日輪斬、エクスプロージョンボール。

 我々の知らぬ若き帝王の拳が、とうとう白日の許へと曝される。

 

「……ギース・ハワードって、年齢でこんなにファイトスタイルが違うもんなんか」

 

「龍虎2での闘いを経て、ギースは極限流の強さを知るに至り、日本での修行を決意します。

 その結果、古武術をベースとした袴姿の戦闘スタイルが完成するワケです。

 つまり、未来のギースのためにも、この戦いだけは負けられねえ!」

 

 歳の功の飛燕疾風脚で活路を開く。

 しかし、強い。

 パターンハメを封印しては、この戦力差は絶望的とすら言える。

 

『HAA!』

 

 ギース・ハワードの代名詞、烈風拳が吹き荒れる。

 必殺技の撃ち合いに気力を伴うこのゲームにおいては、実にインチキ臭い性能――

 

「……ってチョイ待ち!

 コイツ今、気力も無いのに烈風拳を撃ちよったで!」

 

「そう、これこそが本作におけるギース最大の強み。

 全ての技に気力を消費するこのゲームにおいて、ただ一人、ギース・ハワードだけが――!」

 

 瞬間、不意に脳味噌に電撃が走った。

 思わず指先がレバーからスッポ抜ける。

 何だと?

 俺は今、何を言おうとした?

 ギース・ハワード、だけが……?

 

「ちょ、シゲさん、何やっとんのや、負けてまうで!?」

 

 傍らでサカイくんの声が響くも、体が動いてくれない。

 見つめる視線の先で、ギースが走る。

 デッドリーレイブ。

 若き狼の拳が、脚が、容赦なくタクマを打ち抜き、傷つけていく。

 

『Die yobbo!』

 

 画面上で、高らかとギースが勝ち名乗りを上げる。

 はあ、とサカイくんが一つ、溜息を吐く。

 

「あ~あ、負けてもうたやんか……、って、どうかしたんか?」

 

「ば、馬鹿な、なぜギースは、気力を消費せずに烈風拳が撃てる……?」

 

「はあ? いや、それは……、ボスだから、やろ?」

 

「サカイくん」

 

 傍らで見ていたマオさんには、俺の動揺の意味が伝わったのであろう。

 気持ち真剣な面持ちで、サカイくんの肩をポン、と叩いた。

 

「ギース・ハワードはボスやから、他のキャラとは仕様が違う……、確かにそうかもしれへん」

 

「それが、どないしたって言うんです?」

 

「けれど、せやったら……。

 ビームサーベルで鍔迫り合いが出来るんも、宇宙戦争に人型のMSが必要なんも、そう言う仕様だから、なんやろか?」

 

「……! いや、違う、違いますッ!

 サーベルがすり抜けないんはIフィールド同士の磁界が反発し合うから。

 それにMSが宙域戦闘に必要なんは、AMBACによる姿勢制御が有効やからです!」

 

 力強いサカイくんの声に対し、マオさんが静かに頷く。

 

「そうや。

 物語上の制約(ルール)と、ワイらが考える真実(リアル)は違う。

 自由な想像と適当な想像の間には、絶対に埋まらない溝がある。

 解釈へのこだわりが、積み重ねられた説得力が、作り上げたガンプラに確かな力をくれんや」

 

「けど、せやったら……!

 この『気力を消費しない烈風拳』を、ガンプラの特性として盛り込む事ができたなら」

 

「さて、どうなんやろな?

 シゲルはん、この若ギースと、他の龍虎ファイターたちとの違い、何なんやろか?」

 

「……八極正拳、です」

 

 マオさんの問いかけに対し、俺は静かに顔を上げ、ある種の確信をもって答えた。

 

「この時期のギース・ハワードは、八極正拳の創始者、タン・フー・ルーに師事していました。

 彼の使う拳法には、おそらく気の使い方において、極限流とは何か異なる秘密があるんです」

 

「けれど、中国拳法なら、サウスタウンのリー一族だって使いよるで。

 彼らの技と八極正拳の間に、どんな違いがあるって言うんや?」

 

「それも、秦の秘伝書の存在で説明が付くと思います。

 タン老師は、2200年前の武人、秦王龍が記したと言う秘伝書の一巻を所持しています。

 彼の編み出した八極正拳には、そのエッセンスが盛り込まれているんじゃないでしょうか?」

 

「……そしてタン本人や、彼の弟子であるボガード兄弟も気力を使わずに技を撃てる。

 故に後年の餓狼シリーズにおいては、気力ゲージと言う概念自体が無くなったワケか。

 理屈としては分かるなあ」

 

「ん? い、いやシゲさん、そりゃちょっとおかしいで?」

 

 そんな俺の完璧な推論に対し、傍らのサカイくんが疑念をこぼす。

 何だ、一体何の不満があるって言うんだ?

 

「ジョーや、ジョー東の事はどう説明するんや!

 あいつ別に、タンの弟子やないで。

 なんだってアイツは気力を使わず、ハリケーンアッパーを撃ちよるんや?」

 

「何だ、そんな事か……」

 

 俺は呆れ、大きくため息を吐いた。

 ここまでの推論をまとめたならば、答えは明白であろうに。

 

「ハリケーンアッパーが気力を消費しない理由は簡単だ。

 あれは気を練って撃ちだす技じゃない。

 凄まじいアッパーの風圧で、本当にハリケーンが巻き起こっているんだ」

 

「な、なんやてェッ!? んなアホな!」

 

「ああ、本当にとんでもない必殺技だ。

 そんな凄いパンチを撃てるのは、ボクシング次期ヘビー級王者の称号を持つ、マイケル・マックスくらいのものだと考えられていた。

 それを中量級に過ぎないジャップがやったんだから、さすがのギース・ハワードも驚愕した。

 『 ハ リ ケ ー ン ア ッ パ ー の ジ ョ ー か っ !! 』ってね」

 

「ハッ!? つ、繋がった!

 確かにあん時のギース、めっちゃビビッとった!」

 

「ジョー東はボガード兄弟と違い、その才気を以てギースの目に留まり、主人公となった。

 本当の天才だよ、奴は……」

 

「し、知らんかった……。

 ワイはてっきり、単なる数合わせのパンツやと思っとった」

 

「ジョー東を舐めちゃいかんよ。

 ああ見えてネオジオフリーク創刊号の表紙を飾った凄い漢だぞ」

 

 こうしてしばし、三人でジョー東の偉大さについて語り合った。

 だが今は、あんなパンツ男の話などどうだっていい。

 ふう、と一息ついて、サカイくんが続きを切り出した。

 

「しっかし、理屈はとにかくとして、それで一体、どないするつもりなんや?

 架空の拳法が力の秘密じゃ、実際の改造プランには活かせへんで」

 

「龍虎-餓狼の開発スタッフは、超が付くほどの格闘技オタクだ。

 スト2の同時期に、カポエラや古武術、骨法の使い手をゲームに出しちゃうくらいだからな。

 タイトルだって夢枕的だし。

 きっとタン老師の使う気功術も、現実の中国拳法からヒントを得ているんじゃないかと思う」

 

「シゲルはんの着想は、結構イイ線いってるんやないか思います。

 あのプラフスキー粒子研究の第一人者であるニルス・ニールセン氏も、競技選手時代には、粒子の働きを気の概念に見立てた必殺技を開発しとったもんですわ」

 

「中国拳法、プラフスキーと気の融合か……、よし!」

 

 マオさんの太鼓判を受け、俺の中でむくむくとやる気が立ち上がってくる。

 電源を切ってハードを片付け、ついでダンボールの中から、必要な荷物を取り出していく。

 

 財布OK、着替えOK、パスポートOK、ガンプラOK、ネオジオポケット、オッケーイッ!

 

「ん、なんやシゲさん、どっか行くんか?」

 

「ああ、ちょっくらチャイナ行ってくる。

 専門家に話聞いてくるわ」

 

 そう一言断って、俺はいかにもホエホエが入ってそうな荷物袋を肩に背負った。

 

「えっ?」

「んいっ?」

 

 

「「 な ん や て え ぇ ー っ !? 」」

 

 

 後方から、気持の良い二重奏が響いてくる。

 実にすがすがしい気持ちで、俺は心形流の道場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 


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