ギースにガンプラ   作:いぶりがっこ

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第七話「……ってねえさまが言ってた」

 中国探邦、四日目。

 のっけからとんだケチがついたが、とにかく俺の武者修行はこうしてスタートを切った。

 

 日中は香港がガンプラ小僧のメッカ・超級堂を拠点として、腕試しの傍らコミュ作りに励む。

 元来、俺はあまり口が巧い方ではないのだが、思わぬプチメディア効果の程もあったものか、幸いと対戦相手に事欠く暇も無かった。

 夜になれば間借りしているガレージに戻り、坂崎の改修を進める傍ら、情報の精査を行う。

 

 ヤマダグループから数日置きに上がってくる気功の識者・専門家のリストと、超級堂の馴染みから得た盛り場の情報。

 情報の取捨選択を行い、経路図とにらめっこしながら遠征計画を立て、訪問先へのアポを取る。

 そして、行動。

 

 体調が良かった。

 自分でも驚くほどに行動的になっていた。

 

 福建省の山奥に超能力に詳しい酔拳の達人がいると聞けば、男酒片手に挨拶に行った。

 

 あのルワン・ダラーラ氏がついにGPベース上でのオーラ力の再現に成功したと聞けば、取るものも取らずバンコクへと飛んだ。

 

 タイの孤島にあるサイコパワー研究所にアポ無しで取材に行った所、てんやわんやとなり、あやうくICPOのお姉さんに助けられる一幕もあった。

 

 台湾に程近い小島に歴戦の拳法家が集まると聞いて潜り込んでみたものの、そいつがとんだ戦慄の魔王街で、地獄のガンプラ百人組手に挑むハメになったりもした。

 

 旅の途中、生き別れのお兄ちゃんを探していると言う拳法少女と連絡先を交換し合うと言うデイズオブメモリーめいた一幕もあったが、それは単に自慢したかっただけなので割愛しよう。

 俺の理想の女性は、れんげどん又はアイちゃんだしね。

 

 とにかく、訪問先ではトラブルも多く、幾度と無く空振りを繰り返したが、その度に胆の底からむくむくとエネルギーがこみ上げて来た。

 自分でも不思議だった。

 1995年、ギース・ハワードが鬼籍に入ったあの年。

 あれ以来十数年、俺の中で止まっていた時間が加速を始めたように感じられた。

 

 そして、強敵(とも)――。

 

 広州の双截龍頑駄無(ダブルドラゴンガンダム)、上海のサイコアテネ、天津の虎王(キングラゴゥ)

 重慶のガトウ専用リックドム、哈尓濱の百烈式。

 

 やはり日本よりも未熟で、荒削りで、それゆえに情熱的な戦士たち。

 俺も燃えていた。

 懐かしい匂いがした。

 ワンコインを握り締めゲームセンターに駆け込んで、馴染みの顔を探したあの頃――

 

 年が明け、俺が再び香港の地に舞い戻ったのは、中国来訪から三か月が過ぎた後だった。

 ヤマダくんから一件、信憑性の高い情報が入ったのである。

 八十年前、国内最大の擂台賽を制した伝説的拳法家が、今も香港に暮らしていると言うのだ。

 

 三日後、俺は香港公園の一角で、その拳士と会った。

 その小柄な老人は、しかし背筋をしゃんと伸ばし、矍鑠とした姿を俺に見せた。

 戦前には東西南北中央不敗とまで謳われたと言う男は、強烈なエピソードとは裏腹に温厚な人間で、異邦人の俺に対しても紳士的に応じてくれた。

 当然と言えば当然であるが、彼は概に武術家としては第一線を退いていると自ら語ったが、代わりに一つ、面白い話を聞かせてくれた。

 

 十年前、彼は日本から香港を訪れた拳法家を一人、弟子にとっていたらしい。

 その弟子が師の引退に合わせ香港を引き、今では独立して一流派を興していると言うのだ。

 彼の生涯をかけた気功術の編纂も、今ではその弟子にあたる人物が引き継いでいるのだと言う。

 

 俺は男に礼を言うと香港公園を後にして、急ぎ彼の弟子が修行に籠っていると言うギアナ高地行きの準備を始めた。

 

「……ん、ギアナ?」

 

 嫌な予感がした。

 念の為にググってみた。

 

「南米じゃねえかッ!?」

 

 

 ――その日、俺はベネズエラ行きのチケットを購入した。

 

 

 

 シモン・ボリバル国際空港に降り立った俺は、まずは大阪のサカイくんへと国際電話をかけた。

 

 ベネズエラと日本の時差は、13時間半。

 寝ぼけ声のサカイくんに対し、俺はこれまでの大陸修行の成果と、これからの目的、そして旅先で出会った可愛い女の子と連絡先を交換したエピソードなどを、極めて簡潔に伝えた。

 

 サカイくんはしばし無言で、俺の話に耳を傾けていたが、最後に一言、ぽつりと呟いた。

 

『……ん? その拳法家ってもしかして、次元覇王流の事ちゃうの?』

「えっ?」

『えっ?』

 

 ……サカイくんの反応は淡白だった。

 

 サカイくん曰く、去年のガンプラバトル選手権・学生部門を制した『トライ・ファイターズ』の一員、カミキ・セカイ選手は、次元覇王流と言うマイナー拳法の使い手で、聖鳳に転校する前までは、ギアナ高地に修行に出ていたのだと言う。

 拳法でギアナで修行ともなれば、それはもう間違いない。

 次元覇王流とか言うカミキくんの師匠と、俺の探す男は同一人物なのであろう。

 

 つーか、なんだそりゃ!?

 だったら初めからカミキくんにアポとった方が早かったじゃんか!?

 

 ……いやいやいや、短慮は禁物である。

 そもそもが周りの意見も聞かずに道場を飛び出して来たのは俺の方であるし、あの時点ではカミキくんの拳法が大陸由来の技であるなど、誰も知らなかった事なのだ。

 

 それに、自分の足で直に学んでこそ理解できる事もある。

 薄暗い洞窟の片隅で暖をとり、じっとスコールが通り過ぎるのを見つめている今もそう思う。

 

 ――ギアナ高地、探検開始から三日目。

 

 未だ、噂の男とは出会えていなかった。

 香港の拳法家からは、彼が修行の際の拠点にしていると言うテーブルマウンテンの所在地を教わっていたものの、何せこの高地は中心部の国立公園だけでも、日本の中国地方が丸々収まってしまう大きさである。

 

 加えて、時期も良くない。

 今は時ならぬスコールに阻まれてはいるものの、十二月から四月にかけては乾期にあたる。

 水の国の意を持つギアナにおいて、オリノコ川やアマゾン支流を遡るボートは重要な移動手段であるが、川幅が狭まれば稼げる距離も少なくなる。

 数ヶ月の武者修行で多少は鍛えられたとはいえ、やはりド素人に森林部の移動は堪える。

 

 とは言え、何一つが手がかりが無いわけでもない。

 この洞窟に辿り着くまでに続いていた獣道。

 腰を下ろすのに適度な位置に置かれた岩。

 そして、その目線の先に落ちた、薪の跡――。

 

 明らかに、人の手の入った証がある。

 おそらくここは、今日のような荒天に遭った時の為の、『彼』の避難場所の一つなのだ。

 彼の居場所の、すぐ傍にまで肉薄しつつある。

 それだけに今の状況に、どうしても焦れ付いた感情を覚えてしまう。

 

 ふっ、と思い付いたようにシートを広げ、荷物の奥にしまってあったガンプラを取り出す。

 シャイニングガンダム・坂崎カスタム。

 

 既に馴染みとなったガンプラを手に取り、引っくり返し、関節の動きを一つ一つ確かめる。

 初めは簡素であった愛機も、三ヶ月の修行の中で徐々に手が入り、今では内部に独自のフレームを組み込んだ代物に仕上がっている。

 徒手空拳から我道拳、そして、今では拙いながらも、虎煌拳に近い気弾を撃ち出せる。

 

 だが、その骨格にはクリアーパーツを用いず、黒色の地金でまとめてある。

 たとえ粒子貯蔵能力に任せて覇王翔吼拳が撃てたとしても、そこから先が続かないからだ。

 

 日中と香港と違い、ヤマダくんのガレージの近辺は、夜になると寂しい場所であった。

 閑散とした異郷の静寂を、俺はガンプラの改修に没頭することでやり過ごしていた。

 今もそうだ。

 ほんの三日前までは、中国大陸で人に塗れて暮らしていた。

 たった三日ばかりの話なのに、あの喧騒がもう懐かしい。

 

 ギース・ハワードの肉体には、大小さまざまな痕が刻まれている。

 若かりし日に、天才、ヴォルフガング・クラウザーによって付けられた痕。

 サウスタウンを征服する過程で、極限流との戦いによって負った痕。

 生涯の宿敵となるテリーとの闘いの中、タワーより転落して受けた痕。

 

 彼の傷痕は、サウスタウンの歴史、そのものである。

 傷の一つ一つに由来があり、それが新たな力になる。

 絶えず手を加え続けたこの機体もそうだ。

 

 久方ぶりに再会したヤマダくんは、年相応の外見の内に、未だガルフォードのような純朴さを隠した青年であった。

 道中であった様々な強敵たちは、今はどこまでのレベルに達しているのだろうか。

 フタバさん(仮名)は無事に兄妹再会を果たせたであろうか?

 

 機体にメスが入る度に、旅先での出会いと別れが、情念が力となって彫り込まれていく。

 かつて、この機体で覇王翔吼拳が撃てた時、それが自分の新たな始まりになると思っていた。

 その機体も既に、九分九厘完成している。

 

 何故だか不意に、今だったら撃てる気がした。

 もしも、今、ここに、GPベースがあったならば……。

 

「……え」

 

 ふっ、と入口に影が差した。

 驚き顔を上げた先に、捜し求めた『彼』が立っていた。

 

 黒のジーンズにジャケットを覆う、年季の入った使い古されたマント。

 雨に塗れた黒髪の下に、赤い額の鉢巻が揺れる。

 全身濡れ鼠なのに、その存在だけで、室内にふっ、と新たな灯が点ったかのように感じる。

 年齢は俺よりも若い、しかし、その佇まいには一流を為した人間の自信が骨子に宿っていた。

 

 燃え盛る炎を、穏やかな瞳の色で包み込んだかのような青年だった……。 

 

 

 

 ――そして、二月。

 

 帰国から三週間が経ち、俺は再び大阪はガンプラ心形流の道場をくぐっていた。

 

『――Please set your Gunpla』

 

 GPベースを取り囲んで、珍庵和尚が、サカイくんが、マオさんが無言で視線を送る。

 機械的なアナウンスに促され、手にした『ガンプラ』をベース上へとセットする。

 

 坂崎カスタム、ではない。

 ブロンドのオールバックに肌色の筋肉、白の胴衣と赤袴を穿いた、純然たる人間である。

 青白いプラフスキーの輝きが肉体を投下し、プラスチックの肌にハリが溢れ、やがて、ゆっくりと瞼が開かれていく。

 

『――Battle start』

 

 男の前で、たちまちプラフスキーの世界が満ち溢れ、広大なる平原が現出する。

 ブルリ、と、知らず体が震える。

 

 出来た。

 叶った、動く、のか……?

 

「おいおい、何を呆けとるんや、シゲさん?」

 

 後背から、呆れたようなサカイくんの声が耳に届く。

 

「最初にアンタに会った時に言うたやんか?

 プラフスキー粒子は、プラスチックに宿る人の情念、機体を通して出る力をよう見よる、てな」

 

「……ああ、そうだったな」

 

 わずかに頷き、改めてコントロールスフィアを握り直す。

 ゆったりと脱力していたギースの体に、くっ、とわずかな力が灯る。

 

 指先、手首、肘、肩、首、腰――。

 間接部をゆっくりと動かしながら、機体の反応を確認していく。

 

 足先、しかし予想通り、下半身の動きがわずかに重い。

 全身を人間らしく造形した中で、唯一脹脛の部分だけが、過去の改造の名残を残している。

 コンパクトに作り直したホバー用の脚部スカート

 その上から正絹を仕立てた赤袴で、足先を覆い隠している。

 多彩な足技と小回りの軽さ、それに短時間ながら邪影拳と言う秘策を両立させた形である。

 

 通常の脚部パーツも差し替え式で作ってはいるが、そちらを使用した場合は、当然ながら邪影拳とライン移動攻撃(通称ブーン)はオミットされてしまう。

 少々メカギース的で自分でも納得のいっていない部分ではあるのだが、ここから先は今後の課題と言う事であろう。

 

 さて。

 ようやっと実現にこぎつけた、ギース・ハワード。

 その試金石となるのが、この先である。

 

 傍らの映像を見ながら、機体の状態を確認する。

 機体内部、臍下辺りに一際大きな粒子の蓄積が見られる。

 ふうっ、と胸を撫で下ろす。

 丹田に埋め込んだ小型のクリアーパーツが、期待通り効力を発揮しているようであった。

 

 改めて、あの日の洞窟での『彼』との会話を思い出す。

 会話と言っても、彼の服が乾くまでの間、俺の方から一方的に捲くし立てていただけなのだが。

 それでも彼は、俺の素人知識を辛抱強く聞き、時に拙いながらも丁寧な回答をくれた。

 

 曰く、気功とは、調和である。

 気、すなわち体内に宿るエネルギーの奔流を感知し、その巡りを整え、あるいは集合させる。

 格ゲーにおける攻撃的な気も、生命力の制御法を武に交えて転化したに過ぎないと言う。

 改めてイメージを重ね、徐々に内部の粒子を開放していく。

 気が経路を巡るように、丹田に集めた粒子が骨格を伝わり、ゆっくりと末端へ伝播していく。

 やがて、ぶわり、と蒼き炎のような闘気が左の掌から溢れ出す。

 

 ここまでは想定通り。

 かつての相棒、坂崎カスタムでもここまでは出来た。

 問題はこの後である。

 

 気とは、森羅万象に遍くエネルギーの総称である。

 

 己一人で完結する世界ではない。

 肉体の外に満ちた気……、他のエネルギーの干渉を受け、絶えず揺らぐ。

 体内に満ちた気に制御が必要なのと同様に、体外に存在する気に対しても調和は必要なのだ。

 

 

『――ええ、非常にレアなケースですが、そう言った人間の存在は確認されています。

 アイラ・ユルキアイネンは、生来、粒子の流れを察知できる人間だったと推測されます』

 

 

 今月の頭に訪れたニールセン・ラボで、所長のヤジマ氏は俺の質問に対し、そう答えた。

 

 今、ギース・ハワードの肉体の外に広がる広大な平原。

 これら全てが、目に見えざるプラフスキー粒子の働きで形どられている。

 岩も、木も、水も、大気にも、すべからく膨大な粒子が宿る。

 

 もしも今、この機体の指先を微かにでも動かそうとしたならば、それだけで内外の粒子は干渉しあい、空間に微弱なプラフスキー粒子の流れが生じる事となる。

 

 一般に、往年のアイラ選手には、その粒子の世界が見えていた、と言われている。

 粒子の動きを読み、それによって相手の動きを先読みできる、と言うのだ。

 その特性は精神状態によって移ろい易く、彼女は決して無敵のファイターでは無かったのだが、上記の理由から、フィンランド予選決勝時点の彼女を、歴代最強のファイターと評するマニアも多いと言う。

 

 何と言うニュータイプである事か。

 もしも彼女が現役復帰を果たすなら、俺は一も二も無く彼女の元へ駆け付け、拝み倒してでもこのギース・ハワードを託すであろう。

 上中下段、何が来ても、否、来る前に当身が仕掛けられる。

 ぶっぱのレイジングストームが100%当たる。

 夢の、いや、悪夢の中に存在しなかったギース様の完成である。

 

 チーム・ネメシスはバカだ。

 クリア・ファンネルなどと言う誰が使っても強い武器を、彼女に託すバカがあるか?

 相手の動きが読めるなら、はじめから普通のファンネルで良い。

 魅せプレイと言うものを何一つ理解していないサルロットだ。

 

 話が脇道に逸れた。

 重要なのはここからである。

 

 機体の動きが外部の粒子に干渉すると言うのであれば、その『先』があるのではないか?

 反応する外部粒子の流れに指向性を持たせ、より強い影響をもたらす事が可能なのではないか?

 微弱な波紋が重なり合って強大な津波となるように。

 始まりの一指が、壮大なドミノの崩壊を生み出すように。

 何気なくそこに存在する粒子の群れを、ビリヤードのように一点で打ち抜いて破裂させる事が出来たならば……。

 

 イメージする。

 大切なのは、同調と解放。

 この足元、大地に眠る膨大な粒子の貯蔵庫を、蟻の一穴で決壊させる。

 

 

「レップゥケーンッ!!」

 

 

 俺は叫び、そして、叩き付けた。

 高らかと掲げた左の手を、そこに宿るプラフスキーの波動を、足元目掛け思い切り撃ち抜いた。

 

 

 バシュゥッ! と――

 

 

「――!」

 

 蒼い炎が足元で膨れ上がり、瞬間、爆裂した!

 烈風のように、疾風のように。

 さながら地擦りの斬撃のように一直線に大地を切り裂き、4、5メートル先で霧散した。

 

「おお!?」

「やりおったか、シゲ!」

 

 後方から歓喜の声が立ち上がり、ついで珍庵和尚が呻くように言った。

 スフィアを握り締めた左手の指が、小刻みに震えていた。

 

「……いや」

 

 大きく深呼吸を繰り返し、ようやく感想を吐き出した。

 

「機体内部の粒子消耗が思いのほか激しい……。

 それに、飛距離も全然足りてない。

 実践に使おうと思ったら、まだまだ改良が必要だ」

 

「なんやなんや~、シマリの無い台詞を吐きよってからに?

 ようやっとナイトメア計画の第一歩を踏んだんやで、もっと全身で喜ばんかい」

 

 下らない強がりを言った俺の背を、喜色満面のサカイくんがバシバシと叩く。

 コホン、と一つ咳払いをして、マオさんが俺たちの傍らへと寄ってくる。

 

「おめでとう、シゲルはん。

 長らくの念願が、ようやっと叶いましたな」

 

「マオさん……、あ、ありがとうございます」

 

「これ、ワイと師匠からの餞別ですわ」

 

「え? 俺に、ですか……?」

 

 思わぬ言葉にうろたえつつ、渡された二つの紙袋の中を見る。

 大きな袋に入っていたのは、いかにも上等そうな、紫のスーツに淡いベスト。

 そして小さな袋には、ブロンドのウィッグにカラーコンタクト。

 

「あ…? マ、マオさん、これって……!」

 

 戸惑い上ずる俺の声に対し、マオさんは元より細い糸目をにい、と細めて笑った。

 

「ご名答、特注の若ギース様のコスチュームです。

 ギース・ハワードのデビュー戦は、それを着て参戦したらどないやろ?」

 

「ヴァー!? ム、ムムムムリムリムリムリムリ!!

 お、おオオ俺がギース様の御姿なんて恐れ多くて……」

 

「こりゃあ! シゲ!」

 

 どん! と、ひときわ大きな和尚の一喝が、狼狽する俺の二の句を遮る。

 

「シャア・アズナブル、東方不敗、ギム・ギンガナム。

 悪役っちゅうんはガンダムシリーズの華やっ!

 こないに凄い機体を作っときながら、そんな小汚い格好で大会に出ようなんざワシが許さへんで!!」

 

「師匠、し、しかし……」

 

「しかしもヘチマもあるかい!

 お前の性格じゃあ悪役は無理やろ?

 せやからなっちまえばエエんや。

 お前さんが誰よりも崇拝する、ギース・ハワードそのものにの?」

 

「は、はあ……」

 

 呆然と、乾いた笑いが喉元からこぼれた。

 ちらりとベース上のギース様を見つめ、あらためて袋の中の衣装を見直す。

 大会で暴れ回るギース・ハワードの姿を妄想しながら、それも悪くないかもしれないと、ヤケクソ気味に気持ちを切り替えた。

 

 

 

 雪解けの庭先に、一足早い春の陽光が差し込んでいた。

 

『サクラザク・スプリングガンプラフェスティバル』

 

 大会の開幕まで、残り一ヶ月を切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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