ギースにガンプラ   作:いぶりがっこ

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第八話「・・・・凄い漢だ。」

 闘いのゴングが打ち鳴らされた。

 テーブルマウンテンの並び立つ乾いた荒野で、ズッ、と微かに大地が震える。

 薄暗い断崖絶壁の奥底で、今、仄かに蒼い閃光が煌めく。

 

「レップゥケン!!」

 

 切り立った渓谷に、裂帛の咆哮が轟き渡る。

 空間が哭き、たちまち水面を裂いて風が疾る。

 万物を切り裂く殺気の刃、その前には何人たりとも抗える者は無いように思われた……、が。

 

「……ム」

 

 男の口元から、わずかに疑念がこぼれた。

 視界の先、濛々と立ち込める土埃の中に、ちらり、と球形を成して侵食するノイズが見えた。

 

「GN粒子、か……。

 新型とはまた、随分と骨の折れる話だ」

 

『アホか、もう7年以上も前の機体やで。

 おっさんも少しはアップデートせんかい』

 

 通信機より、たちまちビリー・カーンのツッコミが入る。

 だが、旧世紀の亡霊たるこの男が、いちいちそんな死後の物語に気を回す筈も無い。

 

「フゥーアッハッハッハァ――――ッ! 愚か者めェ――――――ッ!!

 CBの科学力は世界一イイィイィィィ――――――ッッ!!

 カイザーウェイブのパワーを基準にィ、このGNフィールドは作られておるうゥ―――ッ」

 

 二人の漫才を遮って、立ちはだかるヴァーチェの男の哄笑が大気を震わせる。

 重装甲が揺れ、高笑いが絶壁を反響する。

 ビリビリと皮膚を叩く大音に、ギース・ハワードは片耳を押さえ苦々しげに吐き捨てた。

 

「フン、よもや準決勝の相手が、こんなブロッケンじみた道化とはな」

 

『いやいやいやいや。

 どう見てもシュトロハイムの方やろ?

 無論、クラウザーさんやないで』

 

 さすがはイロモノに定評のある非公式大会。

 などと下らぬ気を回す間にも、舌好調のブロッケン氏は尚も一方的に捲し立てて来る。

 

「そォしてェ! コイツを喰らえィ、ガチョウ野郎ッッ

 烈風拳の威力! 邪影拳の射程距離! そしてレイジングストームの無敵時間ッ!

 我らのヴェーダは全て研究済みよッ!!」

 

 ジャキリ、と重装甲の巨体が、いかにも重厚で大雑把なバズーカをギースへと向ける。

 合わせ、両肩の砲塔が計四門、同時に正面に目掛けて展開する。

 

『アカン! 一斉砲撃する気や!?

 射程から逃れな一瞬で蒸発させられてまうで!!』

 

 ビリーの悲痛な叫びを受け、ギースがゆるりと辺りを見渡す。

 だが、ここは断崖に阻まれた渓谷の底。

 隠れる場所も逃れる場所も無く、さりとて詰めるには間合いが離れすぎている。

 

「もう遅いわッ!! 脱出は不可能よォ!

 こんなステージで俺とまみえたツキの無さをォ、天にでも嘆くが良いわァ~!」 

 

「天……、成程、これが天の差配か……」

 

 ふっ、とギースが短い自嘲をこぼす。

 そうして、懐手にした両腕を、おもむろにぐっ、と胸元で交差させる。

 

「――ならば、これより先は、己が手で切り開くとしよう」

 

 そう不敵に嘯き、瞬間、ばっ、と鮮やかに胴衣を脱ぎ捨てた。

 ああ! と一斉に観客がどよめく。

 歴戦の爪痕が刻まれた帝王の上体。

 緩やかに開かれた両掌に、ぶわっ、と、蒼炎のような闘気が踊る。

 

『――って、ま、真っ向勝負かいなッ!?

 おっさん! アンタ、とうとう狂いよったか!!??』

 

「黙ってその眼に焼き付けるが良い!」

 

「……? 何だァ、下らぬ悪足掻きを。

 生身だか悪霊だか分からんが、この一撃で魂まで吹っ飛ばしてくれるわッ!!」

 

 バチバチと、五門の砲口から白色の光球が溢れだす。

 迎え撃つギースの周囲で、空間を成す粒子が一斉に震え、ぐにゃり、と視界が歪む。

 

「さあ逝けェイッ! 悪夢(ナイトメア)よ!!

 一分間に六百人のコーラサワーを瞬殺可能ッ GNバズーカキャノンの一斉射撃よォッ!!

 全国のガンプラビルダーを侮辱した貴様の罪はッ

 ヴぅわン死に値するうウゥゥ―――――――――ッッッ!!!!」

 

「ウィンドストオォ―――――ム!!」

 

 互いの絶叫が重なりあい、瞬間、会場全体が閃光に包まれた。

 

 右閃!

 左閃!

 右閃!

 左閃!

 右閃!

 左閃!

 右閃!

 左閃!

 右閃!

 左閃!

 右閃!

 左閃!

 右閃!

 左閃!

 右閃!

 左閃!

 右閃!

 左閃!

 

 ギース・ハワードの両掌が燃え上がり、右に左に煌めき放つ。

 矢継ぎ早に繰り出された烈風拳の連ね撃ちが、白色の光放つGN粒子の群れに飛び込んでいく。

 渓谷が震え、更なる閃光がフィールドを埋め尽くし、しかし……、釣り合わない!

 

 破壊の光を前に烈風の刃は一直線に交錯し、そして、儚く呑まれて消え失せる。

 減ずれはすれど、押し戻す事叶わず。

 渓谷を一杯に埋め尽くした閃光が、死ぬ物狂いで交互に両腕を振るうギースの前に、じわり、じわりと迫り来る。

 

「ハアァアアァァァ――――ッッ!!!!」

 

「ぶわァかものがァーっ! 烈風拳の威力は計算済みだと言ったであろうがァー!

 そんなヤケクソが何になるゥ!?」

 

「オオォオオオオォオオォォ――――ッ!!」

 

「見苦しいぞッ こちとら単独で拠点を陥とすヴァーチェの全力だぞッッ

 下らん悪足掻きでこの世にしがみついてるンじゃあないッ!!」

 

「レップゥケン!レップゥケン!レップゥケン!レップゥケン!レップゥケン!――」

 

「ほうれィ! あと一歩だッ!

 この閃光が貴様の体を一舐め、一舐め……、一舐め、すれ……!

 すれレレレレレレレッ!?」

 

 ブロッケン氏の語調が変わった。

 いや、彼だけでは無い。

 会場中を埋め尽くしていた、歓喜と狂気と絶望の悲鳴、そのいずれもが掻き消えている。

 言葉を失っていた。

 その場に居合わせた誰もかもが、目の前で起きている異常事態を前に。

 

「ダーボゥ!ダーボゥ!ダーボゥ!ダーボゥ!ダーボゥ!ダーボゥ!ダーボゥ!ダーボゥ!」

 

 ぶっ壊れたオリコンのような絶叫が轟き、ギース・ハワードの肉体が限界まで加速するッ!

 立ち昇る蒼き閃光の盾が、破滅の光を土俵際一杯で喰い止めている。

 否、それは最早、盾などでは無い。

 

 これは、壁だ。

 むしろ山だ!

 両掌から放たれた闘気が幾重にも重なり合い、光を呑み込み、ついには岸壁を削り取りながら際限なく膨れ上がっていくではないか。

 

 所詮、一個の機体の粒子貯蔵能力には限りがあり、いずれはバズーカの光に呑まれて消える。

 そんな当然の前提が、いつしか変わっていた。

 ギース・ハワードの烈風拳には際限が無い。

 ならば、この斉射による均衡が途絶えた時、何が起こる?

 

 

 

「――虚空烈風斬、それもよりによってナイトメア版かよ。

 また、マニアックな技を使いやがって……」

 

 オーロラヴィジョンいっぱいに映し出された超常現象を尻目に、面長少年、スガ・アキラが呆れたように溜息を吐いた。

 

「こくう……? なんだ、それは?」

 

「ザ・キング・オブ・ファイターズ2002UMで実装された、ナイトメアギースのMAX2だ。

 本来はレイジングデッドエンド成功時の演出に過ぎないハズだが……。

 見ての通り、烈風拳の連打で巨大な気の塊を作り出し、一気に叩き付ける荒技だよ」

 

 と、そこまで説明した所で、スガはいかにも忌々しげに、ちぇっ、と一つ舌打ちした。

 

「気に入らないねぇ。

 ナイトメアギースなんてのは、そもそも存在自体がチートなんだよ。

 腕に覚えのあるゲーマーが使っていいようなキャラじゃない」

 

チート(ずる)、か、だが言い得て妙だな」

 

 スガ・アキラの言葉を受け、傍らの少年がぽつりと呟く。

 

「単に粒子貯蔵量が多いってだけなら驚きもしないが……。

 何だアレは?

 両手から放出されたプラフスキー粒子が、明らかに機体の外で膨れ上がっているじゃないか?」

 

「さあて、ね。

 ジュンヤ、そう言うのって、お前の方が詳しいんじゃないの?」

 

「あん? 何だって俺が……?」

 

「拳法、格闘技はお前らの十八番、だろ?」

 

「ふざけるな。

 次元覇王流とそこいらの格闘ゲームを一緒に――」

 

 そう言いかけた所で、不意にジュンヤと呼ばれた少年の台詞が止まった。

 口元を押さえ、改めてまじまじとオーロラビジョンを凝視する。

 

「おい、どうした?

 本当に何か知ってんのか?」

 

「……知っているってワケじゃないが、前に師匠から、似たような話を聞いた事がある。

 気功って世界は大別すると、内気功と外気功の二種類に分類できる、てな」

 

「気功ぅ?

 ……んで、その二つはどう違うんだ」

 

「内気功って言うのは文字通り、自分の体内の気をコントロールする方法論だ。

 体内の気を放出すれば、当然、肉体は消耗し、その回復を待たねばならない。

 一方、外気功は肉体の外にある気を利用する術。

 もしも気功のコントロールが為ったなら、より膨大なエネルギーを連続的に運用できる」

 

「……なんか、随分ふわっとした話だな。

 そんなオカルトを信じろって言うのかよ?」

 

「師匠の言葉が正しいかどうかなんて、未熟な俺には分からんさ。

 けど、少なくともあちらの戦場には、お前の言う,()()()()とやらが、確実に存在する」

 

「――!」

 

 思わずスガが、はっ、と顔を上げる。

 身を乗り出してフィールドを睨み据え、そして、呻くように言った。

 

「……フィールドを構成しているプラフスキー粒子の流れを、外気功の概念に見立ててるって?

 馬鹿な、そんな事できちゃったら、電影弾とか撃ち放題じゃないの」

 

「俺が言ってるのは、あくまで当てずっぽうの推論だよ。

 けど、少なくとも、この光景だけは現実だぜ」

 

 ぶっきらぼうにジュンヤが言い放つ。

 そうして二人、あとは押し黙ってオーロラビジョンを見つめ続けた。

 GNバズーカから、キャノンから放たれる光の帯が、徐々にか細くなって行く。

 戦いの終わりが近付いていた。

 

 ふっ、と、とうとうヴァーチェの視界が晴れた。

 焼き付き停止した砲身の先に、渓谷を埋め尽くす巨大な蒼壁が立ち塞がる。

 

「ああ……、あ、悪夢だ。

 まだ勝てぬ、現代の粒子変容技術では、この亡霊に……」

 

 

「Die!!」

 

 

 ブロッケン氏の絶望が届いたかどうか。

 高らかと掲げたギースの両手に、バスケットボール大の太陽が現出する。

 

 

「―― Forever!!」

 

 

 そして、撃ち込まれる。

 山と為した巨大な闘気、『超』烈風拳が加速する。

 暴虐の嵐が吹き荒れる。

 轟音と雷光、烈風と衝撃の渦に仮初のフィールドが激動する!

 

 

 

 ――そして渓谷は、消滅した。

 

 

 

『 Battle End 』

 

 

 

 凍りついた時間の中、ただバトルシステムだけが、淡々と忠実に任務をこなす。

 誰一人として動けなかった。

 物音一つ立てる事が叶わなかった。

 敵も、味方も、野次馬たちも――

 会場を埋め尽くす満員の観衆全てが、完全に時間から取り残されていた。

 

 

「ハァーッハッハッハッハッ! ……Die yobbo!!」

 

 

 いや、違う。

 無常の荒野にただ一人、ギース・ハワードだけが平常運転であった。

 たちまちフィールドが解け、テーブルの上にニッカリご満悦のギース様フィギュアが残される。

 

『……ハッ!?

 なッ、なナな何と言う悪夢でありましょうかァ―――――ッ!?

 邪魔する敵をフィールドごと薙ぎ払い、とうとうこの男が決勝にコマを進めてしまったァ―ッ』

 

 ようやく我に返った実況が、陣羽織を振り乱して力の限りに叫ぶ。

 それを契機にたちまちわっ、と歓声が上がり、凍りついた時が動きだす。

 

「な、何と言う烈風拳ッ! 復活だ、サウスタウンの帝王の完全復活だ!!」

「自ら窮地に立って、相手の最大の武器を真っ向から叩き潰すとは」

「ギース様は始めから、この心理効果を狙っておられたのだ!」

「我々も、ブロッケン氏も、この大観衆すらもギース様の掌の上ッ」

「ギース様こそが、真の支配者ですッッ」

 

 そして、混迷する会場で一際やかましいのが、南側スタンドを占拠した黒服の皆さんだった。

 戦慄のデビュー戦以来、ぽつらぽつらと増え続けたハワードコネクション社員は、とうとう今日では、会場の一角にサウスタウンエリアを形成するまでの一大勢力に至っていた。

 旧世紀以来、じっと国内各地に雌伏し続けていたネオジオファンたち。

 誰もかれもが待ち侘びていた。

 サウスタウンの帝王、ギース・ハワードの復活を!

 ネオジオフリークの復刊を!!

 餓狼MOWの続編を!!!

 

 S・N・K! S・N・K!

 

 取り分けこの軍団の中核を為したのが、北関東からの遠征組である。

 名物ゲーセン店員『サウスタウンのシゲ』が謎の失踪を遂げてから早半年。

 ガンプラ界に突如として現れた謎の超新星『ナイトメア』氏の正体は、ネットの大型掲示板を通じてあっさり身バレし、瞬く間に全国各地へ広がった。

 怖えな情報化社会!

 

「なんでガンプラバトルやねん!」「なんで若ギースやねん!」

「お前もう新人って年やないやろ!」

 

 言いたい事は山ほどあったが、しかし彼らは何も言わなかった。

 何も言わず、ただ無言でバンダナを巻いた。

 あるいはユニオンジャックを身に纏い、あるいは禁煙皮ジャンを自作し、あるいは梅田駅に三節棍を持ち込んで職質を受けたりしながら、とにかく彼らは会場へ辿り着いた。

 ありがた迷惑な友情の唄があった。

 ギース様ごっこを続けるシゲル氏もいっぱいいっぱいであった。

 

『さあっ! 兎にも角にも、東西の両雄が出揃いました。

 第七回サクラザク・スプリングガンプラフェスティバル!

 

 激戦のBブロックを制し、とうとう決勝まで駒を進めて来たゲーム界の刺客ッ!

 サウスタウンの帝王ギー……、失礼! 謎の人間型MS・ナイトメア!

 対するは昨年度のガンプラバトル選手権・学生部門の覇者! トライファイターズ!

 

 史上稀に見る大型新人達を迎え、三日後、ここ大阪の地で決戦の火蓋が切られるのです!

 ウオオこうなったらもうッ アレ! 行っちゃいましょう!!

 それでは皆さんッ! ご一緒にイィ―――――ッ!!』

 

 

「 ガ ン プ ラ フ ァ イ ト ォ ッ !! 」

 

 

「 レ デ イ ィ ィ ィ…… 」

 

 

「「「 ゴ オ オ オ ォ オ オ ォ オ ォ ォ ―――ッッ!!!! 」」」

 

 

「アリガトォ~」「アリガトォ~」「アイラビュ~」

 

 

 ヤケクソ気味な実況に、とうとう会場全体がおかしなテンションに包まれる。

 混乱の中、客席を見上げた若ギースの瞳と、舞台を見下ろすカミキ・セカイの瞳が交錯する。

 セカイの肩が一瞬、ぴくん、と震えたが、すぐについと視線は逸れ、そのまま男は無言で会場を後にした。

 

「アイツ……」

 

「やれやれ、どうやらとんだ大会に巻き込まれてしまったようだな」

 

「ユウマ」

 

 傍らで席を立った眼鏡の少年、コウサカ・ユウマの言葉に声も無く頷く。

 本来ならば彼らトラファイターズにとって、本番は四月に始まるガンプラバトル選手権である。

 だが、例年ならばほんの春祭りに過ぎないこのエキシビジョンは、何やら随分とおかしな方向に旗色を変えつつあった。

 

 サクラザク・スプリングガンプラフェスティバル

 

 七年前に、ガンプラバトル再開を祝し、有志を募って始まった非公式大会である。

 ガンプラバトル本予選を一月後に控えた調整期間中の大会のため、本戦出場予定者、いわゆるガチ勢の参加者はあまり多くない。

 一方、運営側でも競技選手の参加に制限を設けており、選手権との棲み分けがなされている。

 良くも悪くもお祭り騒ぎと言った風情の大会である、例年通りなら。

 

 だが、本選出場予定者の中でも、機体の最終調整が遅れている選手などは、実戦運用のテストを兼ねて参加するケースがある。

 前年度学生部門の覇者、聖鳳学園のカミキ・セカイ選手もその一人だ。

 結果、少年は図らずも「ガンプラバトルの誇りと存亡を賭けた」などと大袈裟に銘打たれた、アングルの真っ只中に放り込まれてしまったワケだ。

 

「それにしても、なんだかみんな、凄いわね。

 まるで、いつものガンプラバトル大会じゃないみたい……」

 

 トライファイターズの紅一点、ホシノ・フミナの不安げな声に、ユウマが周囲を見渡す。

 

「まあ、こうなるのも仕方がないと思います。

 あんな、ガンプラである事を頭から否定したかのようなガンプラ……。

 しかもそれが、途轍もない高性能機と来てる。

 こうまで騒ぎになったんじゃ、僕ら当事者がどうであれ、世間が放っておいてはくれませんよ」

 

「――まったく、厭になるわなあ。

 ガンプラの事を知らんトーシロが、たった半年であんなけったいな機体を作り上げたなんてな」

 

「――え?」

 

 聞き覚えのある関西弁に、思わず三人が振り返る。

 視線の先には、いかにも気取った腕組みで会場を見据える、パーカー少年の姿があった。

 

「お前、サカイ・ミナト、こんな所で何やってんだ?」

 

「何って、そりゃあガンプラバトルの大会やで?

 わいのとっておきの新作『すーぱーふみなDX』で会場中のド胆を抜いてやろう……」

 

「真剣にやめて!」

 

「……と、思うとったんやが、後輩からのたっての頼みでな。

 残念ながら、今回わいは裏方や」

 

「後輩……、って? まさか!?」

 

 はっ、と目を丸くしたライバルの顔を前に、にっ、とサカイ少年の口端が吊り上がる。

 

「そう、そのまさか、やッ!

 あの『ナイトメア』ギース・ハワードのビルダーは、わいらガンプラ心形流が新入生!

 ミナミマチ・シゲル32歳! 通称『サウスタウンのシゲ』やッ!!」

 

 得意満面、まるで自分の事でも誇るかのように、サカイ・ミナトが高らかと謳う。

 そしてこんな所からも、ミナミマチ氏の個人情報は脅かされて行く。

 

「ガンプラ心形流……! ああ、どうりで」

「どうりで、だな」

「ええ、どうりで」

 

「えっ? ちょい待ち、なに、そのリアクション何なん!?」

 

 得心が言った風に頷き合う三人を前に、大阪少年のノリが空転する。

 ふう、と一つ溜息を吐いて、ユウマが再び顔を上げる。

 

「……それで、ご自慢の魔改造ガンプラで大会を滅茶苦茶にして。

 それでお前らはご満悦ってわけか?」

 

「なんやとッ!」

 

 ちくりと棘のあるユウマの言葉に、たちまち西のロバート・ガルシアが喰ってかかる。

 

「アホぬかせ!

 わいかてガンダムシリーズファンの端くれや。

 あんなけったいな機体に好き勝手されて、気分いい筈あるかい」

 

「な、なんだよ、それは……?」

 

「だいたい何や!

 いかにアマチュアの大会や言うて、居並ぶベテランが挑戦者一人にしてやられよってからに。

 揃いも揃って、ガンプラビルダーの意地はどこに行ったんや?」

 

「おま、お前はどっちの味方だよ?」

 

 困惑するユウマの問い掛けに対し、ミナトは声のトーンを落とし、心持ち真剣な口調で答えた。

 

「どっち、言うたら、そりゃあ今回ばかりはシゲさん側や。

 あん人の機体に賭ける執念を、わいは間近で見とるさかいな。

 ……けど、一つだけ、あの人とわいの見解は違うとる思うわ」

 

「見解、何の話だ……?」

 

「ギース・ハワードは、その死に際によって伝説になったキャラクターや。

 ……少なくともわいは、そう思うとる」

 

「お前……」

 

 と、そこで戸惑うユウマの二の句を遮って、すっ、とセカイが前に出た。

 

「その、シゲルさんに伝えといてくれよ。

 三日後の決勝戦では、本気のガンプラバトルをさせてやる、ってね」

 

「――ハッ、そうかい、せいぜい気張るんやな」

 

「ああ、わざわざありがとな」

 

「アホンダラァ、敵に感謝する奴があるかい」

 

 謎の自信に満ちたセカイにそう毒づいて、ミナトがくるりと背を向ける。

 徐々に遠ざかっていく背中を見ながら、ホシノ先輩がぽつりと呟く。

 

「サカイくん、結局、何しに来たのかしら?」

 

「何って、ハッパをかけに来てくれたんでしょ?

 結構いいヤツですよ、アイツ」

 

「う~ん、そうなのかしら?」

 

 と、そこでセカイはふっ、と思い出したようにユウマの方を振り向いた。

 

「……ところでユウマ。

 ギース・ハワードって、誰だ? ガンダムのキャラか?」

 

「……は? お前、そんな事も知らずに話に入って来たのか?」

 

「いっや~、何か、テイワズ辺りの幹部か何か、なのかなあって……」

 

「烈風拳を素手で撃つようなヤ○ザがP.D.に居て堪るか!

 もういい、宿に帰ってからちゃんと教えてやる」

 

 喧々囂々といつものやり取りを始めた後輩たちを尻目に、フミナが一つ溜息を吐く。

 大阪の夜は、どこまでも熱狂の内に更けていくようであった。

 

 

 

 

 


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