ep.10 9月8日-1
「……ったく、この街は相変わらず騒動の種ばっかり抱え込んでやがるんだなこんちくしょう」
そんな独り言を毒づきながら、勇斗は1人、暗い裏路地を駆け抜ける。完全下校時刻をとっくに過ぎ、西の空に薄いオレンジ色を残す以外星空に覆われてしまっているくらいの時間、勇斗の視線の先では、茶髪に白Yシャツの少年と黒髪に黒のポロシャツを着た少年が脇目を振らず走っていた。
(
前を行く2人が口走った不穏な単語。『
公式な発表がなされないまま、学園都市が打ち上げたスペースシャトルによって回収されたというそれ。勇斗が知ったのも、上条のお見舞いで例の病院を訪れたときに、話のついでであのカエル顔の医者に聞いたからに過ぎない(口止めあり)。
犯罪行為、ないしそれに準ずる行為、もしくは特殊な情報網でも持たない限りは決してその事実を知ることなどできないというような、かなり深いレベルでの情報の隠蔽がなされている。しかし、そうされたはずの事実を前を走る少年たちは知っていた。――――と、いう事は。
(あいつ等は何らかの形でこの街の『裏』に関わっている可能性がある。それも恐らく、気づかれた瞬間に逃げるなんて分かり易いことをやっちまってることから考えれば、あいつらは半端に足を突っ込んだ素人。つまり『学園都市』の側の人間というよりは、その逆。『
更にペースを上げつつ、勇斗は思考を続け、目の前の少年たちの正体の予測を立てていく。
(この街の暗闇に蠢いている『本物』なんかじゃない。もし『本物』ならこんな雑な仕事はしない。つまりこいつらになら――――――ケンカを売っても問題無い)
そこまで考えて、結論を出してから。
勇斗は更に速度を上げて、少年たちを追い詰めにかかった。
▽▽▽▽
新学期の開始から1週間。「秋って何? おいしいの?」的な感じの暑さがまだまだギラギラ学園都市内を
「……ただひたすらに暑い、とカミジョーさんは苦情を呈してみます」
「お前がその口調使うとただひたすらに鬱陶しいだけだからやめろ」
上条の
「……にしても、一週間で地下街を再建したり『テロリスト』事案が『あー、そんな感じの事もあったねー』的なレベルの話になってしまっていたり、やっぱりこの街って色々おかしいんじゃないかってワタクシめも思ってしまう訳ですよ」
そんな勇斗からの辛辣な一言にもめげず、上条は再び口を開いた。しかし。
「……お前、そんな当たり前の事に今更気づいたのか? いくら記憶無くしてるとはいってもそんなん一瞬で気付くだろう? バカなのかな?」
「お、おう……? 暑さのせいか勇斗がやけに辛辣だ……?」
勇斗から帰ってきた言葉のキャッチボールは容赦のないデッドボール。早い話が罵倒だった。
「……ま、あの『学芸都市』が2-3日前に潰れたからな。そのせいでそっち行った組の広域社会見学が中止になったってニュースもあるし、そっちにみんな食いついてるんだろ」
口調をある程度和らげて、勇斗はつい数日前のニュースを思い出す。
アメリカにある、島1個をまるまる使ったテーマパーク、『学芸都市』に関するものだ。そこは元々は島全体がとあるハリウッド映画を撮るためだけに作られたものらしく、その映画の撮影後に「わざわざ沖合50キロの洋上に苦労して直径10キロにもなる島を作ったんだから処分するのはもったいないし環境によろしくないしいっそテーマパークにしちゃおう」という話になり、全面的な改修が加えられ、結果として島そのものが世界最大のテーマパークとなったのだという。
しかし、つい数日前。アメリカ政府が突然学芸都市の経営破綻と閉鎖を決定したというニュースが全世界に向かって発表された。世界最大のテーマパークが突然潰れてしまったという事で、学園都市の中だけでなく、世界中が今その話題で持ちきりなのだった。
「……なるほど。そういや確かにそんなニュースも見た気がする。確かどっかの空軍同士が街中でドンパチやったんだろ? 最近物騒だよな」
「らしいなー」
そしてその閉鎖の原因となったのが学芸都市の防空部隊『ラヴィーゼ飛行隊』と“所属不明”の空軍による戦闘である、というのもこの話の盛り上がりに拍車をかけている。おまけにその“所属不明”の空軍が擁していた戦闘機が木製だった、なんていう未確認情報が上がった日にはもうなんとやら。昼間のワイドショーではたくさんの(自称)評論家たちが激論をぶつけ合っていることだろう。
「木製の戦闘機。普通ならそんなもんあり得ないけど……何となく、最近の諸々の魔術関連の事件のことを考えるとあり得ないとも言い切れないんだよなー。そんで、もしそこに本当に魔術師が関わってるのであれば、お前が原因の可能性が微粒子レベルで存在する……?」
「……いやいやいやいや。流石にそれは飛躍しすぎだぜ勇斗。流石のカミジョーさんでもそんな一大テーマパーク潰すレベルの不幸だなんて、持って……ない……、といいなあ……」
「……自分から話ふっといてあれだけど、うんスマン。……泣くな」
「……はい」
とまあそんなこんなで猛暑の通学路を乗り切った2人は、涼しさを求めて教室に突撃したのだった。
▽▽▽▽
朝のホームルームではニコニコとした笑顔を浮かべた小萌先生に2学期の行事についての説明(『いいですかーみなさん。
午後一発目の授業で土御門の姿が消えていることに気が付いたが、その事自体はよくある(?)ことだし深くは突っ込まず、結局その日は『平凡』に放課後を迎えた。ラッキースケベを起こした上条が吹寄に制裁を喰らったり、休み時間に騒ぎ出したデルタフォースがやはり吹寄に叩きのめされるのは『平凡』と見なして差し支えないだろう。
その後帰り道で土御門舞夏と遭遇し、なにやら慌てる彼女から魔術事件への『招待状』を受け取った上条。項垂れながらとぼとぼと歩いていく上条に心の中で合掌し、勇斗は風紀委員第177支部へと急いだのだった。
▽▽▽▽
「……スキルアウトの襲撃事件ねえ」
「そうなんです。ここ2-3日連続で起こってまして。被害者への方たちに事情を聴いてみたところ恐らく同一犯の仕業かと」
到着して早々、パソコンの前に座ってデスクワークをこなしていた初春からそんな報告を受けた。
「本来であれば白井さんの巡回コース上にある地点なんですが、今回の広域社会見学の打ち切りで常盤台はその分の補習があるそうなんです。そのせいでちょっと見回りの人出が足りていないんですよ」
「……あれ? 初春と、あと佐天も広域社会見学は学芸都市に行ったんじゃなかったっけ?」
「うちの中学はあの行事そこまで重視してないんですよ。まあそれ相応のレポート課題は出てますけどねー。流石常盤台はやっぱり意識が違います」
からからと笑いながらさらりとそんなことを言う初春。
「という訳なので、勇斗先輩に巡回をお願いしても大丈夫ですか?」
「ん、かまわんよ。あれだろ、ボッコボコにして痛い目に合わせて、二度とそんなことができないようにしてやればいいんだろ?」
「……先輩。やりすぎはダメです」
さわやかな笑顔でそんなことを言ってのける勇斗を、苦笑いの初春がいさめて。そしてそんな流れの後で、勇斗は夕暮れの街に出た。夕焼けの街は下校する学生たちで溢れかえっている。その中に混じって緑の腕章を巻いた勇斗がのんびりと歩く。報告では、事件がよく起こるのは日暮れ間近の薄暗闇に包まれた逢魔が時。その時間までの
――――そして、報告された時間。報告された場所。
薄暗闇に包まれた第7学区の裏路地への入り口。学生たちの間では通称『ケンカ通り』とまで呼ばれている場所に、勇斗は立っていた。
(この時間にわざわざこんな所を通るとか、被害者も被害者で何やってんだ。半分くらい自己責任じゃねえか)
とかなんとかそんなことを考えながら勇斗は裏路地へと歩を進める。ぼんやりとした薄明りの中、何人かの人影が目に映った。押し殺したような笑い声すら聞こえてくる。
「……お前らもいつまでも暗いとこ隠れてないでさっさとお日様の下に出てこいよ。あれか、じめっとしたところが好きな苔か何か? それともカビ?」
その暗がりの下、何やら蠢いている集団に向かって勇斗は敵意丸出しの罵声を浴びせる。瞬間、周囲の雰囲気が一変した。人を小馬鹿にするような笑いはもう聞こえてこない。辺りに広がるのは、勇斗に対する怒りと憎悪だ。
「おーおー能力者サマ。随分とまあ偉そうなお言葉じゃないですかぁ」
今回の事件の主犯格であろう男の声と共に、
「やっぱり能力者サマくらいになると言う事も違うんですってかぁ? よくもまあこんだけの人数相手にそこまで言えんなあ。あぁ?」
暗闇に慣れてきた目を、勇斗は周囲に走らせる。人数は6人。パッと見たところ、鉄パイプ、チェーン、スタンガン、折り畳み式ナイフといった思い思いの武器で武装している。
「今更後悔しても遅えぞ。あそこまで啖呵切られといて逃がすとでも思ってんですかぁ?」
「……能力者に対して劣等感を抱くのは仕方ないとは思うけどさ。俺はお前らみたいな奴らが一番嫌いなんだよ。……
「チッ!テメェ調子乗ってんなよ!?」
そう言って、
「な……!テメェ!能力者じゃ……!」
「能力者、っても能力バカばっかりとは限らないぜ」
勇斗はニッ、と笑った。
――――数分も経たないうちにスキルアウト達は全員意識を刈り取られ地面に転がっていた。言い訳を許さないよう、能力を全く使わずに純粋な体術で叩きのめした。勇斗は地面に転がる男たちの顔を見下ろす。見下ろしたところにあるその顔には驚愕と恐怖が等分に入り混じったような表情が浮かんでいた。ちょっと『お仕置き』がキツ過ぎたか、とも思ったがその点は完全に
▽▽▽▽
その帰り道の事だ。事後処理を終え、177支部に帰るために歩く勇斗の前方から、2人の少年が歩いてくるのが視界に飛び込んでくる。茶髪に白Yシャツの少年と黒髪に黒のポロシャツを着た少年。パッと見たところ、彼らには何一つ変な所は無かった。其処ら中にいる普通の学生たちと何ら変わったところは無い。
片方の、黒髪の方の少年が携帯電話を耳に当て誰かと話をしているようだった。もう一方の、茶髪の少年がその横に並んで歩いていた。それも別に、おかしくも何ともない、よくある様子だ。
しかし、注意深く観察してみると茶髪の少年の様子に不自然な所があるのに勇斗は気が付いた。笑いながら歩いているだけのように見えて、その目線がせわしなく動いている。それに、そこに気が付けばどこかそわそわしているような、そんな様子が感じられなくもない。
こっそりと、悟られない程度に様子を観察する。そして近づくにつれて、話し声もとぎれとぎれながら聞こえてくる。声自体は小さいが、何やら興奮してしゃべっているのがわかる。
そして、すれ違う瞬間。こんな言葉が聞こえてきたのだった。運が良かったのか、はたまた悪かったのか。おそらく勇斗にとっては前者で、少年たちにとっては後者だっただろう。
「……だから!学芸都市が潰れちまった後処理のせいで
その一言が耳に飛び込んできた瞬間、勇斗の動きが一瞬だが硬直する。それからポツリと言葉を吐き出した。
「……
そんな勇斗の様子に、茶髪の少年が目敏く気付いたようだった。隣を歩く黒髪の少年に合図をし、慌てて通話を切ったその少年と共に脱兎のごとくその場から逃げ出す。
「チッ……!!」
そのあからさまな様子に、勇斗もその場から走り出す。
そして話は、冒頭へと合流する。
先行する2人組は裏路地に入っては右へ左へとくねくねと進路を変え、必死に勇斗から逃れようとしていた。
しかし勇斗は、それを的確に追いかけ、更に距離をも詰めていく。そうしながら、勇斗はぼんやりと考える。
(――――
(――――まず考えられるのは、
そして追いつく寸前、勇斗の頭にとある記憶がフラッシュバックする。8月の下旬、その直前に起こっていたとある事件の反省会をしていた時に、第3位の少女が言っていたとあるセリフ。
『「こんな実験はエラーだらけでうまくいかない」とかなんとか
悔しそうな表情でジュースをすする御坂の顔をはっきりと思い出す。
そう。勇斗の記憶が正しければ、
(まさかあいつら……、
レベル6。絶対能力者。神ならぬ身にて天上の意志に辿り着くもの。SYSTEM。
様々な名で呼ばれるそれは、この街の研究者たちの悲願だ。それを作り上げるために、意識不明にさせられたたくさんの少年少女がいる。1万人以上の命が奪われた。そんな人の道を外れたような実験を、研究者に正当化させてしまうほどの、そんな領域なのだ。富や名声と言った欲に駆られた、あるいはただ純粋に
(……もしそうなら全力で潰さなきゃいけない。そうで無くても、『実験』が再開されるような可能性は全て摘み取る必要がある)
そんな考えが浮かんでくるがまだ確証はない。
とにもかくにも、今勇斗がすべきなのは。
(とりあえず、ぶん殴ってでも吐かせるか)
少年たちに早急に追いついて、洗いざらい『尋問』することだ。