薄暗い裏路地を走ることしばらく。逢魔が時の薄闇に包まれながら、勇斗と少年達は10メートル程の間合いを取って対峙していた。勇斗は息ひとつ上がっていない涼しげな顔で、少年達は苦しげに息を吐き、強張ったような表情を浮かべていた。
「……さってと。いくつか聞きたいことがあるんで質問させてもらってもいいですかね?」
勇斗はその、涼しげな無表情、を努めて意識しつつそう少年達に問いかけた。しかし、少年達は強張った表情のまま勇斗を睨み付けるだけで口を開こうとはしなかった。
「……ま、勝手に始めさせてもらっちゃいますけど。――――『
「……はっ、何の話だよ、それ。
そこで勇斗の言葉に茶髪の方の少年が反応する。しかしそれは、あまりに稚拙なごまかしにすぎなかった。
「今更とぼけんのは無しにしようぜ。さっきのあからさまな対応を見たっていうのと、そっちの黒髪君が言ってたセリフが聞こえました、っていうだけで足りないのか? どうしても必要なら上層部に向けられた報告書を証拠に出してもいいんだぜ?」
ちなみに、入手方法は
その勇斗の言葉に、少年達はそろって苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。
「そうそう。素直になるのが人間一番だ。……で、改めて聞かせてもらうけど、お前たちの目的は何だ? 『
「……そんな簡単に教えてもらえると思ってんのか?」
茶髪の少年がそう言って、その横にいる黒髪の少年がそれに同意を示す。
「いや、別に? まあ、何事も無く聞きだすことができればそれがベストであることには変わらないけど。さっきも言った通り、俺はお前らを叩きのめしてでも聞き出すことをいとわない。……隠すには隠すなりの、何かしらの理由があるんだろうからな」
その言葉と共に、音も無く静かに、勇斗の背中から白い翼が広がっていく。見かけだけで言えば、その姿は『天使』そのもの。『科学』が支配するこの学園都市には馴染まず似つかわしくないその姿。しかし、彼らはそれを見ても驚かない。その姿を、その能力の顕現を、
「はっ!舐めた口きいてんじゃねえぞ!!」
そこで、吹っ切れたのか、開き直ったのか。茶髪の方の少年が今までとは全く違う、野蛮で好戦的な笑みを浮かべて、――――そのまま突然に、右手を振るった。
そこまでを目にした勇斗は『落ち着いた』様子で首を右に傾ける。何かが耳の横を通り抜けて行ったような、勇斗の左耳がそんな感覚や音を拾い上げていく。
後方で、何か重いものが切断され、地面に叩き付けられたかのような音が連続した。
勇斗はそれに目を向けることなく、呟く。
「……
「ハッ! 大当たりだよ!」
その言葉と共に、夥しい、という形容がしっくりくるほどの量の真空の刃が勇斗に迫った。真空で形作られた刃が何重にも折り重なり、陽炎のように景色が揺らめいている。その1つ1つが、人間程度何の苦も無くスッパリ行ってしまうくらいの威力を持っている。
(また面倒くさい真似を……!)
その刃を真っ直ぐに見据えて、勇斗は自らの能力を解き放つ。パパパパパパパッ!! っという連続する音と共に、収束されたAIM拡散力場と真空の刃が衝突した。
その様子を目にしつつ、AIM拡散力場を射出した勢いを利用し、翼をはためかせて勇斗は後方へと飛び退る。
――――と、そこで。
目の前の攻撃をやり過ごし、一瞬気を抜いた勇斗の周囲の地面が円形に陥没した。
勇斗の体が『沈む』。頭上から圧し掛かる重圧に耐えながら顔を上げてみれば、ここまで目立った動きをしてこなかった黒髪の少年が、勇斗の方に向かって右腕を伸ばしている。
(……今度は『重力操作』か!)
そこまで瞬時に把握して、勇斗は雷速の集中で演算を組み上げる。襲い掛かる重力に打ち勝てるだけのAIM拡散力場を収束させ打ち放ち、その『力』を吹き飛ばす。
そんなにあっさりと自分の能力が破られるとは思っていなかったのだろう、驚愕で動きを止める少年(黒)。
勇斗はその隙を見逃さず、再び収束させたAIM拡散力場の弾丸をその少年に叩き付けた。
「がっ……!?」
吹き飛ばされた少年が路地横の壁面に衝突し、意識を失ったのかぐったりとしたその体が地面に転がった。
同時。勇斗は背から伸びるその翼で虚空を薙ぎ払う。その一振りで自分めがけて殺到していた真空の刃を全て消し飛ばし、間髪入れず今度は茶髪の方の少年に『力』の弾丸をぶつける。
黒髪の少年同様、壁に叩き付けられた茶髪の少年は意識を刈り取られ、湿った路地裏の地面に倒れこんだ。
▽▽▽▽
「……さて、後は回収して聞き込みかな」
静けさを取り戻し、夜の帳が降り切った暗闇の中、勇斗のひとり言が静寂に溶けていく。足で少年達を軽く小突き、意識が無いことを確認して、
そこまでやっても気絶しっぱなしの2人を、勇斗はじっくりと観察する。特に武装しているわけでもない、見る限りただの学生。一言謝罪の言葉を口にして彼らのポケットを探ってみるが、学生証などは入っておらず2人の正体につながるような物は見つけられない。舌打ちをして2人の下から離れ、そういえばまだ
唐突に、コツッ、と。
小さな足音が耳に入る。
そしてその音を、勇斗が『足音である』と認識した瞬間、勇斗の足元に転がっていた2人の少年の姿が『消失』した。
(なん……、ッ!!)
そこで体が動いたのは、偶然と言って差し支えないだろう。
勇斗の能力がAIM拡散力場を操るというものだったのが幸いした。その性質上、勇斗は五感に加えてAIM拡散力場の流れを知覚することができる。その力の流れに『揺らぎ』が生じた。能力の行使によって生み出される『力場の揺らぎ』、それが最も強かったのが、勇斗が立っていた座標だったのだ。
とっさに飛び退いた勇斗が見たものは、つい先刻まで勇斗の右肩があった場所に出現していた、何やら街灯の光を反射してギラリと怪しく光る――――ワインのコルク抜きだった。
(――――今度は『空間移動』か!)
連続して発生した現象から勇斗はそう推測する。そんな勇斗の前に、その推測を裏づけするように、突如新たな人影が出現する。
街灯に後ろから照らされたシルエットは、髪を頭の後ろで2つに束ねてまとめてある、少女のそれだった。
「あなたには見つかりたくは無かったのだけれど」
その人影が言葉を発する。それはやはり、高校生くらいの少女の物だ。
「見つかってしまったなら仕方ないし、大事になる前に撤退させてもらうわね。私の攻撃を回避してしまうような人と真っ向勝負なんてしたくないから。……じゃあね、千乃勇斗君。もしかしたら、またどこかで会うかもね」
気づくと、地面に転がっていたコルク抜きはその人影の手に握られていた。そしてその人影はくるりと背を向けて、その場から一瞬で掻き消えた。
「…………」
路地裏が再び静寂を取り戻す。勇斗はぐるりと辺りを見回し、それから周囲のAIM拡散力場を操作し、アクティブソナーの原理で周囲の様子を探る。周囲半径約50メートル程に人影が無い(無く
「……
あくまで個人の感想ではあるが、先程交戦した2人の少年達は恐らく最低でも
「……とはいえ、
――――と、なると。
「……手伝いを頼むしかない、か」
確固たる証拠を掴まなければ、
そこまで考えて、勇斗の頭が1人の人物を思い浮かべた。
というかむしろ、今回の件はもろに彼女に関わってくる可能性がある。何も言わなくてもそのうち事件の匂いを嗅ぎつけて飛び込んできそうではあるが、なるべく早いうちに引き込んでおいて双方にとって損には決してならない。
……そんなこんなで、ちょっぴり浮かんでくる罪悪感を正当化しつつ、勇斗は1人の少女に電話を掛ける。
その少女は、ワンコール目ですぐに電話に出た。
『もしもし? 勇斗の方から私に電話をかけてくるなんて珍しいわね。何かあったの?』
電話口からまくしたてるように聞こえてきたのは、御坂美琴の声だ。学芸都市での一件で課せられた補習帰りなのか、ちょっと疲れたような声色も感じられなくはない。
「あーっと、……近くに白井はいるか?」
『? いないけど。177支部に行かないといけないんですのー、って言って跳んでいっちゃったわよ。あの子になんか用事でもあったの?』
「いや、いないならそれがベストだ。アイツにはバラす訳にはいかない話だからな」
『……? あの子に言えないような話? 何よそれ』
「うーん……。……『
耳元で息を呑むような音が聞こえてきた。電話越しでもわかるほどに、会話の雰囲気が一変する。
「……ついさっきのことだ。路地裏で、その『
勇斗はゆっくりと歩き、大通りに出る。既に日は完全に暮れ、完全下校時刻を回ってしまっている。遠くの方を歩いている見回りの
そんな風景を目で捉えつつ、勇斗は言った。その声は、それまで以上の真剣味を帯びていた。
『……まさか、またあんな実験を始めようってやつらがいるっていうの?』
低い、何かを抑え込むかのような御坂の声がする。
『あんなクソみたいな実験を、また?』
「……その辺の詳しい事情は調べてみないことには何とも言えない。という訳で、御坂の力を借りたい。……さっき戦ったのは3人。内1人は
『考える間もなく良いに決まってるでしょ。私はあの子たちを守るためならいくらでも戦うわよ』
言葉通りノータイムでの返事だった。
「そりゃ頼もしい」
『で、何か犯人を特定できるような手がかりとかは無いの?』
「無いわけじゃない。そいつらの1人が空間移動系統の能力者だったんだけど、確かこの街にその類の能力者は60人といなかったはず。おまけに、手を触れずに離れた所にある物体を、恐らく複数同時に転移させることができる程の高位能力者――――そんだけあれば絞り込むのも容易いはずだ」
『何よ、そんだけあれば
「……一応犯罪だからやるなら気を付けてやれよ」
御坂の発言に呆れ声で返し、その後いくつか今後の打ち合わせをしてから、勇斗達は通話を終えた。
立ち止まって、空を見上げる。きれいな星空を覆い隠すように、西の空から雲が広がり始めていた。天気予報では、雲一つない快晴の予報だったのに。
「……まーた忙しくなりそう」
そうボソッと呟いて、勇斗は帰路に就く。