科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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ep.12 9月10日-1

 時は放課後。場所は第7学区、斜光差し込む夕方の喫茶店。近場の中高生でごった返しているその店の一角に、その少年少女はいた。

 

 1人は高校生。童顔気味のそこそこ整った顔立ちで、短めの黒髪に茶色の目をしている風紀委員(ジャッジメント)の少年だ。どこぞのツンツン頭程ではないにしろ、そして彼の立場上、少なくない回数人助けをしているという事情もあり、恋する乙女そのものの目つきで彼をチラチラと盗み見ている女子中高生が、この喫茶店の中にもそこそこの数で存在している。

 

 もう1人は中学生。栗色の髪に花を模した髪飾りを着け、美少女と言って全く差し支えない顔立ちをしている少女だ。学園都市内部のみならず、世界レベルで有数のお嬢様学校で、同時に能力開発分野での名門、全校生徒が集結すればホワイトハウスすら丸腰で制圧できてしまうと噂される学校の制服を身に纏っている、全人口230万のこの街で7人しか存在しない超能力者(レベル5)の、第3位。

 

 様々な要因で自分たちに向けられる様々な感情のこもった視線を浴びつつ、しかしそれらに全く動揺することなく、2人は座っている。テーブルには湯気を立てるコーヒーのみが置かれ、その他の『余計な』ものは全く注文されていない。長居するつもりなど全く無いのだろう。そしてそんな2人が一体何をしているのかといえば。

 

「で、調べはついたか?」

 

「当然。私を一体誰だと思ってんのよ? 書庫(バンク)にアクセスするくらいわけないわよ」

 

 勇斗の問いかけに御坂が不遜な態度で応じ、キナ臭い会話が始まっていた。しかし、彼らの話声は周囲の喧騒で掻き消され、他の人間に届くことはない。

 

「……学園都市にいる空間移動能力者(テレポーター)は全部で58人。そのうち『複数の物体を同時に、そして自分の手で触れることなく飛ばせる』っていう条件全てに引っかかるのはたった1人。……霧ヶ岡女学院2年、結標淡希」

 

 御坂の口からその情報がもたらされると同時に、ポケットに入れていたスマートフォンタイプの携帯端末が振動した。見れば、御坂が調べ上げたデータが勇斗の端末に転送されている。画面をタップし、画像を表示させる。映し出された少女は髪を後ろで2つに束ねた髪型をしており、勇斗が目撃した姿と一致していた。

 

「……コイツで間違いない。あの日見たのはこの女だ」

 

 勇斗は確信を込めて呟く。

 

「流石この街トップの発電能力者(エレクトロマスター)。仕事が早い」

 

「……ホントだったらこれくらい30分もあれば調べ上げられるわよ」

 

「? ならなんで2日もかかったんだ?」

 

「『書庫(バンク)』に検索(ハッキング)かけたときにどっかのバカが『オメガシークレット』なんてこれまたバカげた代物を持ち出したからよ!」

 

 そこで忌々しげに御坂の口から飛び出した『代物』の名前を耳にして、勇斗の表情が引き攣る。

 

 『オメガシークレット』。定期的に学園都市で開催される、ネット上で用いられる暗号ソフトの開発大会で最優秀賞を勝ち取った代物で、全ての階層の全てのファイルに極めて特殊な、そしてそれぞれ別々な乱数処理が掛けられ、学園都市が世界に誇るスパコン群ですら解読に200年も要すると噂されるほどのとんでもないゲテモノだ。

 

 それに関して愚痴を言い続ける御坂。そして勇斗はその愚痴を聞きつつ、苦笑いを浮かべながらその『バカ』について思い出していた。

 

 ――――2日前。結標達との戦闘の後、勇斗が177支部に戻ると、固法、坂本、白井の3人が初春を取り囲んでいた。当の初春はその真ん中で正座。何度も頭を下げている。すわ何事かとポカンとしていると、勇斗の帰還に気づいた白井が近寄ってきて、事情を説明してくれたのだ。

 

『ハッカー撃退のために初春が書庫(バンク)全体に「オメガシークレット」を使いやがったんですの』

 

 ――――その後は地獄だった。深夜になるまで始末書顛末書書きに追われ、家路に着けた頃にはもう東の空が白み始めていた。

 

「――――ちょっと勇斗、聞いてる?」

 

 だんだんとその時の『地獄』を思い出し、遠い目をしていた勇斗の肩を御坂が揺する。

 

「――――ハッ! ……いや、もうその件は忘れよう。きっとそんな物を使いやがった犯人一味はきっとひどいめにあったよ、うん」

 

「……? まあ、確かにそんなバカの話はどうでもいいから本題に戻るけど」

 

 愚痴り終えてある程度はすっきりしたのか、精神的疲労にさいなまれた勇斗とは対照的なすっきりとした顔で、御坂は再び調査結果について話し出した。

 

「ちなみに能力名は座標移動(ムーブポイント)。黒子の空間移動(テレポート)みたいに『自分の体』っていう原点からA点に物体を飛ばすんじゃなくて、A点の物体をB点まで飛ばす……つまり、転移の始点が定まっていない空間移動(テレポート)よ。演算の複雑さは増すけど、その分使い勝手は段違い。恐らくこの街でも最高位の空間移動能力者(テレポーター)ってところね」

 

「なるほど……。下手したら超能力者(レベル5)認定されてもおかしくないわな」

 

 必死に全精神力を動員し、『地獄』の記憶を脇に追いやって、勇斗も本題に復帰する。

 

「……でも、されてない。きっとそこには何かしらの理由がある。引き続きコイツについて調べてみるわ。手がかりが見つかるかもしれないし」

 

「頼む。俺も風紀委員(ジャッジメント)の普段の仕事と並行してできることはやっておく。……同じクラスに霧ヶ丘からの転校生がいるからな。こいつについて何か知ってることが無いか聞いてみるよ」

 

「わかったわ。じゃあ何か新しいことがわかったら報告して。私もそうする」

 

「了解」

 

 時間にしておよそ10分程だったか。放課後の短い報告会はひとまずそれで終わりを迎え、再び各々の調査に戻っていく。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「あ、勇斗さんじゃないですか! 勉強教えてください勉強! 今度実力テストがあるんです!」

 

「……別にそんくらいいくらでも教えてやるからとりあえず荷物くらい置かせてくれ」

 

 御坂と別れ、真っ直ぐに177支部に向かった勇斗を出迎えたのは、柵川中学コンビの片割れ、佐天涙子だった。風紀委員(ジャッジメント)の一員では無いにもかかわらず、何故か177支部の入り口のセキュリティには登録されている。以前はただ遊びに来ているだけのようにも見えたが、最近になってよく事務処理などの手伝いをするようになった。先輩達は支部のメンバーに引き込もうと色々と裏で画策しているらしい。ちなみに勇斗としては大賛成だ。

 

 そんな風紀委員見習い?黒髪美少女佐天の相手をしていると、コンビのもう一方、初春が奥の方からトレーを持ってやってきた。何やら紅茶のいい香りが漂ってくる。

 

「お疲れ様です勇斗先輩。ちょうど紅茶淹れてたんで、持ってきました」

 

 その表情は疲れ切っており、心なし目元には隈が浮かんでいた。当事者としてデータ復旧に夜を徹してあたっているらしく、寝不足気味なようだ。その紅茶も、眠気覚ましのために淹れていたのかもしれない。

 

「お。サンキュー初春」

 

「いいえー。この前佐天さんと一緒に買いに行ったんですよ。せっかくいっぱい勉強したんで、ほんとはもっと味わって飲みたかったんですけどね……」

 

 そう言って初春は用意した3人分のカップをそれぞれの前に置き、ふらついた足取りでデスクの方に戻っていった。あんなにフラフラしていて、紅茶をパソコンにぶちまけたりしなければいいのだが。そんなことを考えた勇斗の鼻を、いっそう強く紅茶の香りがくすぐる。飲んでみると、紅茶には(というかお茶とかコーヒーとか、その辺全般には)全く詳しくない勇斗でもわかるくらいのレベルで味がいつも以上であるように感じられた。

 

「お、うまいなこれ」

 

「それはよかったです。勉強した甲斐がありましたよー」

 

 そう言って、顔だけこっちに向けて疲れを滲ませつつも微笑む初春。勇斗の横でウンウンと頷く佐天。

 

「……おい佐天。初春はともかく、お前は紅茶の勉強の前に学校の勉強ももっとしっかりやれよ……?」

 

 その一声で、佐天の笑顔が引きつった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 その後、遅れてやってきた坂本固法の先輩ペアに初春と佐天を引き渡し、勇斗は見回りに出た。夕暮れの街並みを眺めつつ、今日からは本来定められた巡回ルートからは外れた道を歩くことにする。

 

 ――――風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)の巡回ルートは効率的に、なるべく広範囲を見回りできるように設定されている。しかしそれでも、どうしても限界というものは存在する。普通の人間はそれに気づかない。だが、もし『何らかの方法』でそれを知ることができれば、その『死角』を利用することが可能になる。

 

 そしてこの街の『闇』に生きる者達は、そういった『死角』を好んで利用するという事を、勇斗は『知識』として知っている。

 

 ――――かくして、勇斗はその『死角』に潜り込み、そしてそこでとある少女に遭遇した。しかしそれは、探していた座標移動(ムーブポイント)の少女ではなく。

 

「……あれ、あなたは確か、……この前確か地下街で超お世話になった……勇斗さん?」

 

「ん……? あれ? 絹旗さん?」

 

 学園都市のセキュリティ網の『死角』に潜り込んだ勇斗の前に姿を現したのは、ふわふわなウール地のワンピースに身を包む小柄な栗毛の少女、絹旗最愛だった。

 

こんなところ(・・・・・・)で1人で何やってんだ?」

 

 こんなところ、に強調をおいて、勇斗は絹旗に問いかけた。それを敏感に感じ取ったのか、驚愕でいっぱいだった絹旗の顔に警戒が浮かぶのを、勇斗は見逃さない。

 

「……勇斗さんこそ、風紀委員(ジャッジメント)なのにこんなところ(・・・・・・)で超何をしてるんですか?」

 

 そして、込められたニュアンスを十二分に理解したうえで、絹旗は勇斗に問い返す。空気が張り詰めていくのが感じられた。

 

「……言って通じるかはわからないけど、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の件だよ」

 

 少しだけ考えてから、勇斗は正直に言う事にした。もし少しでも怪しいそぶりを見せたのなら、叩きのめして捕まえればいいだけだ、――――そう考えたからだ。

 

 そして勇斗の前で、絹旗は焦るわけでもなく、憤るわけでもなく、何かに納得するようなそぶりを見せた。

 

「……なるほど。確かにあなたは超電磁砲(レールガン)の超知り合いですから、彼女を助けるために動くというのは超納得できますね。つまり利害は超一致する、という訳ですか」

 

「……なんだって?」

 

 勇斗は目の前の少女が言った言葉を一つ一つ噛み砕き、確かめる。

 

 目の前の少女は勇斗と御坂が友人であることを知っている。

 

 目の前の少女は樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)が御坂に与えうる影響について理解している。

 

 (言葉をそのまま信じるのであれば)目の前の少女は勇斗達と利害が一致する。

 

 それらと、彼女がこの『死角』にいたことを、合わせて考えてみれば――――。

 

「……なるほど、学園都市側の『暗部』の一員って訳か」

 

 最も自然な推測を上げるとすれば、その結論に辿り着く。学園都市側から『残骸(レムナント)』を奪取しようとする集団と敵対している勇斗を、『利害が一致する』と言った。という事は、つまり目の前のふわふわワンピース少女は学園都市側の人間。そしてこの『死角』を活用し、様々な『裏』の事情、例えば絶対能力進化(レベル6シフト)計画について知っているのだ。そう考えるなと言う方が難しい。

 

「……超ご名答です。まあ、隠すつもりはありませんでしたけど」

 

 かくして、勇斗の推測は的中していたようだった。絹旗がふう、と息を吐き、張り詰めた雰囲気が若干弛緩する。

 

「全く……。『案内人』の分際で学園都市に楯突こうなんて100年早いってんですよ。そのくせ逃げ回るのは超達者で……、超面倒なことになってますよ全く」

 

 そう言って絹旗は愚痴をこぼす。暗部の情報網を駆使しても事はうまく進んでいないのか。何か今日は愚痴をよく聞くなあ、と思いつつ、勇斗は言った。

 

「おいおい。暗部にいる人間がそんなにペラペラと喋っちゃっていいのかよ。勝手にペラペラ話されて、あげく『お前は知りすぎた。消えてもらう』じゃ理不尽すぎるぞオイ」

 

 若干不機嫌そうな、そんな感じのあれやこれを言外に漂わせつつ。

 

「……あなたに話す分なら問題ないでしょう」

 

 しかし絹旗はニヤリと笑って。

 

「どうやら『案内人』一派とは超敵対しているようですし、あなたが超電磁砲(レールガン)に敵対するとは超考えにくいです。それに……」

 

 そこまで言って、笑みを消し、絹旗はちょっと押し黙った。言うべきか、言わざるべきか、迷っているような。――――わずかな逡巡の後、絹旗は再び口を開く。

 

「……………………あなたからはどうも、『同業者』の匂いがしますから」

 

 


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