科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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ep.13 9月10日-2

 千乃勇斗は基本的には人当たりのいい少年である。

 

 そりゃあもちろん、怒るようなことも無くは無い。生理的に受け付けないタイプの人間だって存在してはいる。ただ、それはあくまでも極端な例であって、『普通』(この言葉の定義は意外に難しいものではあるが)の人間に対しては(流石に上条程までとは言わないが)お人好しである。

 

 落し物をして困っているような人がいれば、監視カメラその他諸々の風紀委員(ジャッジメント)の権限を駆使してでも探す手伝いをするし、道行く人で重そうな荷物を抱えている人がいればそれを一緒に運んであげたりもする。ガラの悪い兄ちゃん達に絡まれている少年少女を見つければ、物怖じせずとりあえず間に割って入り、多少の実力行使に出るのも辞さない。テスト前、勉強で苦しんでいる奴がいれば(主に上条)、懇切丁寧にそいつの勉強に付き合ってやったりする。

 

 故に勇斗は、多少『行きすぎ』と評される時はあれど基本的には『イイやつ』であり、それ故に他人と打ち解けるのも早い。例えば新学期、クラス替えがあって見知らぬヤツラだらけのクラスに入ることになっても、2~3日もあればほとんどの人間と打ち解けているような。

 

 それはもしかしたら、幼少期に『置き去り(チャイルドエラー)』だった反動なのかもしれない。親の愛情に触れることなく、そして同じような境遇の子どもたちと共に育ってきたことが、今の勇斗のそんな性格を形作っているのかもしれない。

 

 さて。そんな勇斗くんは今どこにいるのだろう。つい先刻、学園都市の暗部に属しているだろう少女とのっぴきならない再会を果たした彼は、その後どうその局面を乗り切ったのか。

 

 あらためて勇斗は周囲を見回した。窓の外はもうほとんど夜の帳が降り、西の空を残して全てが濃い藍色に染め上げられていた。ここは第7学区にあるファミレス、『Joseph’s』。その4人掛けのボックス席の一角。ちょうど食事時、勇斗の周囲には多くの学生達が存在し、喧騒を作り上げている。

 

 そしてそれらにぼんやりと視線を向けた後で、勇斗はさまよわせていた視線を正面に戻した。向かい側に、ふわふわセーター的ワンピースに身を包む栗毛の少女が座っている。そんな少女――――絹旗最愛は真剣な目つきでメニューを眺めつつ、何やら呻いていた。

 

「うわー超お腹すきました。このオムライスにするべきか、はたまたこっちのトマトとカニクリームのパスタにするべきか、超悩みますね。勇斗さんはどうするつもりですか?」

 

「お、だだ被ったな……。じゃあ俺はトマトとカニクリームのパスタにするわ」

 

「む、なら私はオムライスにするしかなさそうですね。……ドリンクバーはどうしますか?」

 

「んー、そんくらい奢るぜ」

 

「あ、ほんとですか? なら超お言葉に甘えさせていただきます」

 

 そこにはさっきまでの張りつめたような雰囲気は無く、流れるのは何の変哲もない穏やかな空気だ。一体、何があったのか。

 

 それを語るには、少しばかり時間を遡る必要がある。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「……………………あなたからはどうも、『同業者』の匂いがしますから」

 

 絹旗のそんな言葉が、夕暮れの学園都市に溶けていく。その言葉に、勇斗はわずかに動きを止めた。ほんの少しだけ、勇斗は過去に思いを馳せる。

 

 幼少期から能力に関する才能を見込まれた『置き去り(チャイルドエラー)』。勇斗の能力開発を担当した科学者が科学者なら、今の自分はここにはいなかったかもしれない。

 

 勇斗がいた研究所は所謂『暗部』とのつながりは確かにあった。一歩間違えれば堕とされていたかもしれない。しかし勇斗は運よく、あるいは何者かの加護によってか、今となっては知るすべはないがそれを逃れた。汚れ仕事ではなく、しかしそれでいて深いレベルでの『裏』へのつながり。『暗部』と言うよりは『深部』。ともかく、勇斗の育った環境はそんな感じの場所だった。

 

 別に居心地自体は悪くは無かった。担当開発官にも、友人にも恵まれた。それでも、所謂『普通』の学生とは圧倒的に違う環境。そんな場所で育った者特有の空気を、目の前の少女は感じ取ったのかもしれない。

 

 そして『それ』を感じ取ったという事は、恐らく目の前の少女も勇斗の同類なのだ。『深部』なのか、『暗部』なのかの違いはあれど。

 

 別に自分の事を話すだけなら全く構わない。それは今更どうしようもない事実なのだから。しかしそれは同時に、目の前の少女のプライベートを荒らしてしまう事にはならないだろうか。その逡巡が、勇斗の口を重くする。――――さて、どうするか。

 

 沈黙が訪れ、再び空気が重く張りつめてくるような、そんな感じ。ちょっと耐え難いそれに急かされて、とりあえず何かしらは話そうと重い口を開こうとした勇斗。

 

 だったが。

 

 くー、と。

 

 シリアス方向にまっしぐらだったその場の空気を完全にぶち壊しにするタイミングで、辺りに可愛らしい音が響き渡った。そしてそれは、明らかに目の前の少女のお腹辺りから聞こえてきた……ように感じた。

 

「……ん?」

 

 改めて、勇斗は目の前の少女を見つめる。さっきまでの緊張と警戒が等分に表れたような表情は欠片も存在していない。そこにあるのは、羞恥と怒りを9:1くらいでブレンドしたような真っ赤な表情を浮かべ、プルプルと小刻みに震えている女の子だけだ。

 

「……う」

 

「……う?」

 

「…………うにゃーぁぁぁぁぁああああああ! 聞きましたね聞こえましたね今すぐ忘れてください忘れなさいさもなくば超殺しますッ!!!!!」

 

 錯乱の極みでネコ化したのかな? と、かえって勇斗が冷静さを取り戻してしまうような、そんなレベルで、絹旗は取り乱していた。

 

「……ああ、うん。聞こえなかったキコエナカッタ」

 

「なんですかその超棒読み! うわー超恥ずかしい超恥ずかしいうわーぁぁぁぁあああ!!」

 

 顔を真っ赤にしつつ頭をぶんぶん振って呻く少女。…………今更になるが、この少女、かなり可愛い。インデックスや御坂、白井に初春に佐天に固法先輩と、自分の周囲に美少女が多いことを勇斗自身認識してはいるが、その美少女ズに全く引けを取っていない。そんな美少女が顔を真っ赤にしつつ、うにゃうにゃ言っていればそれはもうなんというかかんというかもはや言葉にする必要性すら微塵も感じられない。

 

 ここ最近の懸案事項など全てぶっ飛ぶレベルでの破壊力を秘めたそれを堪能し、それから気を取り直し、コホンと咳払いをして言う。

 

「……まあ、お腹が空いてるんなら、とりあえずファミレスでも行くか? いくらか話すことはあるし、聞きたいこともあるし」

 

 勇斗のその言葉にようやく動きを止める絹旗。ようやく落ち着いてきたのか、冷静さは取り戻してきたようで。

 

「……折角ですし、もうこんな所まで見られたら超ヤケクソです。ご一緒させてもらいます!」

 

 ……冷静さを取り戻したのか?

 

 とりあえずそんなこんなで、突然の夕食会と相成ったのだった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 そんな感じの、説明になっているんだかなっていないんだか第三者からしたらよくわからないような理由で打ち解けることに成功し、2人は夕飯を共にしていた。

 

 食べながら、お互いの抱えている(主に絹旗の)事情に突っ込み過ぎない範囲で、互いの身の上話を交わす。

 

「……ま、と言う訳だね」

 

 あらかた話し終えて、渇いたのどを潤すためにコーラを一口。甘ったるい刺激の強い砂糖水を飲みこむ勇斗に、絹旗は問う。

 

「うーん、さっきのお言葉を超そっくりそのまま返しますけど。そんな話を超ペラペラと喋っちゃって良かったんですか?」

 

「……そんな探せばいくらでも出てくるレベルの話を、しかも『裏』の人間に、ひた隠しにするだけ無意味だろ。つーかさっきの口ぶりからしたら俺と御坂の関係性を知ってたみたいだけど、こんくらいもうとっくに調べられてるもんだと思ってたよ」

 

 スプーンを使いつつ、ソースとパスタを絡めつつクルクルと巻いていく。本場ではスプーンを使って食べるのはお子様だけだとかなんとかいう話も聞くが、ここは日本である。つまりそんなことは全く気にしない。ライスをフォークの背に乗せて食べるか腹に乗せて食べるかくらいどうでもいい。あれだってわざわざ背に乗せる必要なんてないのにわざわざ乗せてまで食ってる人がいるくらいだ。綺麗に食べれれば問題ないだろう。ここが超高級料理屋とかならともかく。

 

 閑話休題。

 

「調べたのなんて書庫(バンク)に乗ってる情報プラスアルファくらいですよ。名前と通ってる高校。能力の特徴と交友関係くらいです。個人のプライバシーは超大切にする主義ですので」

 

 前半はまあ置いておくとして。後半が胡散臭いことこの上なかった。

 

「…………まあそれはいいとして。絹旗こそそこまで話してよかったのか? 『暗闇の五月計画』の件とかな?」

 

「んー、まあそれこそ調べればそんな名前くらい超すぐ出てきますし。……多少深い所まで潜る必要はありますけどね。まあこの街の『裏』に少しでも接点があれば、それくらい超簡単に調べられますよ」

 

 ――――暗闇の五月計画。学園都市最強の能力者、一方通行(アクセラレータ)の演算パターンを他人に植え付け、第1位の能力を量産する目的で行われた実験だった。思い返せば、勇斗がいた研究所からも何人か被験者として実験に参加していたような気がする。その後そいつらがどうなったのかは全く分からない。被験者たちはその被験者たちでまとまって新たな研究所に移籍していったため、全く接点が無くなってしまったのだ。今もどこかで健やかな生活を送っていることを願うが、どうやらそれは難しそうだ。

 

 まあそんななんやかんやの話をすることしばらく。そろそろ良い時間になってきたので、解散することと相成った。レジでの精算を待っている間、勇斗はふと、自分の携帯端末の電話帳の部分を見る。『か行』の所に1人、新たな人間が追加されていた。待合室の椅子に座って足をプラプラ揺らしている少女の携帯の電話帳には、恐らく『さ行』の所に1人、新たな人間が追加されているだろう。

 

「……では、お互いに何か手がかりがあれば超連絡をするという事で」

 

「おう。そうしてくれるとこっちとしても助かる。何せ間接的にとはいえ暗部の情報網を使えるんだからな」

 

「こちらとしてもあの(・・)第3位からの情報を得られるんですからもうけものですよ」

 

 そう互いに言って、互いにフフフと黒い笑みを交わし合う。時代劇とかでよくある、越後屋と悪代官みたいな感じのあれを思い浮かべてもらえば早いかもしれない。

 

「……それでは私はこの辺で失礼します。早めに戻らないと麦野に超怒られそうですからね」

 

「まあ深くは突っ込まないから気を付けて帰れよ。……っても、窒素装甲(オフェンスアーマー)があれば大丈夫だろうけど」

 

「拳銃すら止めれるんですから超大丈夫ですよ。……じゃあ、勇斗さん。今日は超ありがとうございました。願わくば、『敵』として会う事の無いことを超祈りますよ」

 

「とりあえず今の所この街にケンカ売るつもりはないから安心してくれ。じゃーな」

 

「はい。それでは」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 帰り道。死角を通りつつ帰路に就きながら、勇斗は考える。

 

 圧倒的に情報が足りておらず、後手後手に回らざるを得ないこの状況を打破するには、使える物は何でも使うしかない。

 

 ――――例えそれが、ちょっと(?)ばかり非合法なルートから仕入れたものであったとしても。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 『アイテム』の隠れ家に向かいつつ、絹旗最愛は考えていた。

 

 この街の暗闇の中で生き抜いていくためには、少しでも使える人脈は持っておくに限る。その点あの『御使降し(エンゼルフォール)』という能力を持つ『レベル4.5』なんて呼ばれ方すらされている少年は優秀すぎる程だ。半ば諦めかけてはいるが、それでも捨てきれない。こんなクソみたいな暗部の暮らしから抜け出すために。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「なあ美偉、白井」

 

「あら、何かしら大地」「何ですの、坂本先輩」

 

「いや、脈絡がないのは重々承知してはいるんだが」

 

「うん」「はい」

 

「勇斗って友人の1級フラグ建築士があーだこーだと言ってる割に」

 

「……」「……」

 

「アイツも大概可愛い女の子侍らせてるよな」

 

「……そうね」「……ですの」

 

 

 

 

 


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