科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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ep.14 9月14日-1

 勇斗が通っている高校は、第7学区にある何の変哲もない普通の高校である。

 

 能力開発に秀でているわけでもなし、かといって部活動に力を入れているわけでもない。通っている生徒たちの大部分は無能力者(レベル0)あるいは低能力者(レベル1)である。学校の敷地もこれといって広いわけでは無く、何某の研究所が隣接している、という事も無い。極めて『普通』。

 

 ……1つだけ例外を挙げるとすれば、ある種の『例外』が多い――多すぎる――ことだろうか。あらゆる『異能』を『殺す』右手を持った薄幸少年然り、『科学』と『魔術』両方の世界の『闇』に精通するニャーニャーアロハ然り、ヘビースモーカーな合法ロリ教師然り、統括理事のブレインを努める全てが不詳の先輩然り。

 

 ――――そして、対人口比で言えば超能力者(レベル5)に匹敵するくらい希少な存在である、通称『レベル4.5』が『2人』も在籍しているとか。

 

 そのうちの1人、能力『御使降し(エンゼルフォール)』を持つ勇斗は、Tシャツにハーフパンツという格好で廊下を歩きながら校庭の方へ歩いていた。あと5日もすれば世界最大の体育祭(うんどうかい)である『大覇星祭』が始まるという事で、ここから2時間ぶっ通しで体育の時間なのである。

 

「……いや、暑すぎじゃね?」

 

「……うっだー」

 

 昇降口から外に出たばかり、残暑が厳しすぎて早くもうんざりした表情を浮かべる勇斗の隣には上条の姿もあった。

 

「……いや、でも今日は座学の授業は無いからカミジョーさんはやる気に満ち溢れているんです事よー」

 

「ひでえ棒読みじゃねえか」

 

「……いくらなんでもこの暑さの中で動くのは、うん……」

 

 現在は1時間目がそろそろ終わるかといったところだ。今日は1時間目に能力測定、2-3時間目に体育、それ以降はお昼を挟みつつ大覇星祭の準備、という事で本来なら『退屈な授業ねえぜヒャッハぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』なはずなのだが。周囲を見渡せば勇斗や上条以外にもあまりの暑さにげんなりした様子のクラスメイト達があちらこちらに見受けられる。

 

「まあでも、時間的にそろそろアイツの測定時間だし、少しは涼しくなるんじゃないか?」

 

「……ああ、そういや確かに」

 

 勇斗がそう呟き、上条がそんな反応を返して。その直後の事だった。

 

 ボッ!! と。校庭の一角、ちょうどプールがあるあたりから突然爆発音のようなものが響き渡った。それと同時に、ものすごい量の霧がプールからあふれ出し、校庭全体に広がっていく。

 

「……相変わらず派手だねえ、アイツの能力測定は」

 

 気化熱の原理でだいぶ気温が下がったことで歓声を上げるクラスメイト達を横目に見つつ、ぼんやりとした様子で上条が呟いた。

 

「流石勇斗と同じ『レベル4.5』」

 

「……あそこまでド派手なことは、俺はなかなかできないけどな」

 

 苦笑いしつつ、勇斗はそう返す。

 

「ただ単に『できない』訳じゃなくて『なかなか』できないだけってあたり十分恐ろしい……」

 

 今は溢れ出す霧で全く様子を見ることができないが、プールサイドには彼らのクラスメイトが立っているはずだ。勇斗と同じ『レベル4.5』の俗称を頂戴している、学園都市最上位の『発火能力者(パイロキネシスト)』。その能力測定は、『25メートルプールいっぱいに張った水を、どれだけ早く蒸発させることができるか(考案、監修:月詠小萌)』という途轍もなく豪快なものだ。もちろん勇斗にも該当する話だが、能力測定の度に『金がかかりすぎる』と職員室では切実な、しかしそれでいて嬉しそうな悲鳴が上がっていると聞く。

 

 余談ではあるが、7月末に勇斗がステイル=マグヌスと対峙した際に余裕があったのはそのクラスメイトが原因だったりする。『あれこれそろそろプラズマ出来んじゃね?』というレベルに達する程の高温を作り出すことができる能力を近くで見ていれば、『3000度くらい』なんて思ってしまっても仕方ない。もちろんそれに対処する方法を持っている場合に限るが。

 

「……あんた達2人がしっかりやってくれれば、大覇星祭も結構いい所に食い込めるかもね」

 

 唐突に背後からそんな言葉を投げかけられ。振り返って見てみれば、姫神と共に吹寄が昇降口から出てきたところだった。暑さと照り付ける日光に顔をしかめつつ、2人は勇斗と上条のもとに近づいてくる。

 

「頼んだわよ。先生方も期待してるみたいだから」

 

「小萌も。職員会議でいっぱい。自慢してるみたい」

 

「ん、任せてくれ。それにアイツもこういう行事にはノリノリで参加するタイプだし、そこは心配しなくていいと思う。どっちかっていうとその他の奴らがちゃんとやってくれるかどうかだな……おっと、こいつも追い込まれればやる気は出すタイプだぞ吹寄」

 

 ジト目で上条を睨み付けていた吹寄に苦笑いを浮かべつつ釘を刺す勇斗。そんな吹寄の横では心当たりがあるのだろう、真剣な顔つきで姫神が頷いている。

 

「……ま、確かに半年くらい見てればそれくらい何となくわかるけどね。とにもかくにも、しっかり働いてもらうからそのつもりで」

 

 そう言い残して、吹寄は姫神を連れて颯爽と去っていった。いや、クラスメイトの女子の所に向かっただけなのだが。

 

「……大覇星祭も忙しくなりそうです、とカミジョーは自分の予想を口にします」

 

「お前がそう言うと普通の意味で『忙しく』なるわけじゃないような変な事態に巻き込まれそうな気がしてくるからそんなフラグめいたこと言うな」

 

 その言葉に対する上条の反論は、1時間目の終わりを告げるチャイムに掻き消された。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「という訳で今年の大覇星祭は忙しくなるらしいぜ」

 

 デルタフォースやら吹寄やら姫神やらと共に昼食(購買のパン、計400円)にパクつきながら、目の前で自作の弁当を食べている少年に勇斗は話しかける。

 

「それはもう願ったりかなったりだよ。僕としてはね」

 

 そんな勇斗に、その少年は二ヤリという擬音がしっくりくるような笑みを浮かべた。線の細い中性的といってもいいほどの顔立ち。同じく線の細いひょろっとした体形。身長は上条と同じくらい。名前は九重(ここのえ)悟志(さとし)。この学校で主席の勇斗に次ぐ、『レベル4.5』である。

 

 性格面で言えば、カテゴリーに違いはあれどデルタフォースの面々と少なくとも同程度には変人といえるかもしれない。『広く浅く』をモットーとする(とはいえ、大能力者であるからにはそれ相応の知識は当然持っているのだが)彼は、『対応している』範囲が異常に広い。デルタフォースと『萌え』について語っていたと思えば、所属している手芸部の女子と作品について語っていたり、かと思えばミリオタなクラスメイト達とミリタリーグッズについて熱く語っていたりする。そしてまたオカルトについての知識も持ち合わせており、以前上条宅に遊びに行ったときはインデックスから様々な知識を仕入れたらしく、その『外見』故に、以前第12学区(世界のオカルトを最先端心理学的に分析・研究しようという研究施設が多い)の研究所でそんな感じの、今思えば『能力開発にほんとに役に立つのか……?』的な知識を詰め込まれた勇斗を凌ぐほどの知識を持つに至ったらしい。

 

「いやあ、さっしーから小萌センセーを取り返すためにもがんばらんとなあ」

 

「……まあ、やる気になってくれるなら別に構わないんだけどね」

 

 真面目な顔で訳の分からないことをのたまう青髪ピアスに、頭痛を隠しきれないような表情で吹寄が辛うじてツッコミを入れる。

 

「で、初日最初の種目は何なんだい吹寄さん?」

 

 苦笑いを浮かべつつも、気を取り直そうと話題の転換を図る空気の読める男、九重君。

 

「確か最初は……棒倒しだったはずよ。まだ抽選してないから、対戦校がどこかとかはまだわかんないけどね」

 

「なるほど。てことは初っ端から、僕と勇斗のスペシャルコンビ大活躍の機会があるわけだね」

 

「お? 久しぶりに大暴れするか? 俺は大賛成なんだが」

 

「『レベル4.5』コンビ大暴れか。……対戦相手も不幸だなー」

 

「いい。すごく。頼もしい」

 

「いやはや全くだにゃー。……おい青髪、お前も本気出さないと余計2人に置いてかれるぞ。勇斗も悟志も小萌先生のお気に入りだからな」

 

「おまけにカミやんも小萌センセーのお気に入りやからなあ。……今からもうメラメラやる気が湧いてきたでー!」

 

(以上、上から 吹寄、悟志(ここのえ)、勇斗、上条、姫神、土御門、青髪)

 

 ……そんな感じの、周囲のクラスメイト達も巻き込んでのにぎやかな空気に囲まれていると、ここ数日の殺伐とした事件なんて頭から吹き飛んでしまうようだった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 しかしそれでも実際に頭から吹き飛ばしてしまう訳にはいかないわけで。携帯に2人の少女からの連絡が入っていることを勇斗は確認した。

 

 1人は御坂美琴。内容は『連中の通信を傍受したら学園都市の内外に協力者がいるのが分かった。放置しとくと危険だからまとめてぶっ潰しておきたい』とのこと。

 

 もう1人は絹旗最愛。内容は『学園都市側は今日「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)残骸(レムナント)」を運搬する。しかし、どうやらその情報はもう既に「案内人」一派には伝わってしまっているらしく、内部でその一派を手引きしている人間がいるようだ』とのこと。

 

 それらに勇斗が独自で調べていた情報を付け足したうえで全員で共有し、残りの休み時間を目一杯使って今日の動きを話し合う。学園都市内部での話はどうにかなるとして、外部組織はどうするかちょっと悩んだが、そこは結局『プロ』に頼むことにした。ただし『表側』のである。職員室へと向かい、お目当ての人物を探すとすぐに見つかった。全身緑色のジャージを着ているので目立つのだ。

 

 勇斗は黄泉川に、今回の件の後ろ暗い部分はなるべくぼかして簡単な概況を説明した。街の外での活動であるため『上』への申請が必要という事だったが、『何が何でも認めさせてやるから安心するじゃん』という頼もしい言葉を頂戴したうえに、申請自体あっさり過ぎるくらい(黄泉川自身不気味に感じてしまうほど)簡単に通ったので、後は黄泉川率いる『警備員(アンチスキル)』の部隊に任せることにする。

 

 内部での活動に関しては、いつ結標達の襲撃があるかわからないため、基本的には対症療法を取ることにした。

 

 『残骸』の運搬中に結標達の襲撃があれば、『襲撃の実行部隊』を『襲撃』するのが御坂、『後方支援部隊』を『襲撃』するのが勇斗の役目だ。そしてどうやら絹旗が所属している暗部組織には、“それに合わせて”内部犯を粛清するよう依頼が出ているらしい。勇斗は思わず、その顔も知らない内部犯達に本気で同情した。御坂や勇斗、警備員(アンチスキル)ならいさ知らず、学園都市暗部に目を着けられたものの末路は1つしかないだろう。そいつ自身が有能なのであればまた違った末路をたどるであろうことも無くは無いだろうが、この街に敵対しようとする時点でその研究者たちは『その程度』にしか過ぎない。本当に能力があるのであれば、この街に反抗するより、この街に従っておいた方が有益なのだから。

 

 しかしすぐに、ただの自業自得か、という結論に至り、あっさりと気持ちを切り替えられる勇斗もどこか歪んでいると言われれば確かにそうなのだろう。そのあたり、勇斗もある種の『変人』であることに間違いではない。本人にも自覚はある。

 

「ちょっと千乃、そろそろお昼休み終わるわよ?」

 

「ああ、……ごめん、今戻るわ」

 

 席を外し、廊下で窓の外を眺めつつ手筈を整えていた勇斗に吹寄が声を掛ける。携帯端末をポケットにしまいながら教室に入っていく勇斗。

 

 ――――何はともあれ、実際に動けるのは放課後になってから。それまであと2コマ、大覇星祭の準備(主に作戦だて)をしなければ。今回の件でたまったストレスは大覇星祭で思う存分晴らしてやろう、とかそんなことを考えつつ人知れず悪い笑みを浮かべる勇斗だった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「……で、何で絹旗がここにいるんだ?」

 

「そんなの超お手伝いに決まってるじゃないですか。わざわざ聞かないで下さいよ」

 

 時間は夜。事態は既に動き出していた。

 

 勇斗と絹旗の前方、暗がりの中から複数――恐らく20人はくだらない――の気配がする。それら全てが2人に対して明確な敵意を見せている。

 

――――勇斗としては有能な(有能過ぎる)後輩達の存在を喜ぶべきなのか否か、御坂という超能力者(レベル5)、絹旗という暗部組織の一員、そんな彼女らから情報がもたらされるとほぼ同時刻に、白井と初春という177支部が誇る名コンビが動き出してしまって(・・・・)いたのだ。空間移動(テレポート)を持つ白井から先手を取れるはずもなく、出遅れてしまった勇斗達。その結果、つい先程177支部で情報収集にあたっていた初春から、白井が重傷を負ってしまった、という連絡が入った。

 

 ――――あそこまで御坂が怒り狂っていたのは久しぶりに見たかもしれない。かくいう勇斗だって、大切に可愛がっている後輩が傷つけられて黙っちゃいられないわけなのだが。

 

 そんなこんなで、容赦してやろうという考えなんてもう欠片も無くなっていた勇斗の前に表れたのが絹旗だった。……いや、現れたというより、打ち合わせたポイントに勇斗が到着した時には既に彼女がいたのだ。

 

「――――たかだか内部犯を粛清するのに『ウチ』は超オーバーキル過ぎるくらい戦力過剰ですから。それだったら高位能力者相手に1人で突っ込もうとしてる人の手伝いに行く方が超有益だと判断した訳です」

 

 向けられる敵意を完全に無視して、フフン、と(そんなに無い)胸を張って、ドヤ顔でいう小柄な少女(生足つき)。こんなシリアスな状況にもかかわらずそんな姿に不覚にも萌えてしまった彼を責めることが一体誰にできようか。

 

 ――――閑話休題。

 

 手伝ってくれるというのなら勇斗に断る理由など欠片も無い。流石の勇斗でも高位能力者相手に1対20という超圧倒的数的不利は避けたい。

 

「……ならよろしく頼む。こちらとしては大事な大事な後輩が怪我させられてるからな。殺したり再起不能な怪我さえ負わせなけりゃ遠慮なくやって問題無い」

 

「手加減の具合が超微妙ですね。……まあその容赦の無さ、嫌いじゃありません」

 

 そう言って今日何度目かの悪い笑顔を浮かべあって、勇斗と絹旗はそろって『敵意』に向かい合った。こちらからも明確な『戦意』を向けたからか、場の空気が一層張り詰める。

 

「……そういえば勇斗さんの翼以外の能力を実際に見るのは今日が初めてですね。超期待してますよ」

 

「『窒素装甲(オフェンスアーマー)』を使った状態の怪力少女絹旗ちゃんを見るのも初めてだよ。こちらこそ見るのが楽しみだ」

 

 そう言って。2人の『大能力者(レベル4)』は、真っ向から小細工無しに、集団に突っ込んでいった。

 

 

 

 


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