科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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ep.15 9月14日-2

 暗がりの方から能力の行使に伴うAIM拡散力場の揺らぎが漣の様に打ち寄せてくるのを、勇斗は感じ取った。あと数瞬のうちに能力による一斉攻撃が来る。それに呼応して、勇斗は周囲至る所に満ち溢れるAIM拡散力場に干渉し、隷属させ、収束させ、そして前方扇形の範囲に撃ち放った。――――ほぼ同時、飛来した氷柱と真空の刃が放たれた力場に衝突し、氷が砕ける澄んだ音と共に氷柱も風の刃も雲散霧消する。

 

 時と場合は限定されるが、五感に頼るより早く相手の能力行使を察知できるのも『御使降し(エンゼルフォール)』の特徴の1つだ。『学園都市』で能力開発を受けたものなら無能力者(レベル0)だろうと超能力者(レベル5)だろうと、無意識無自覚のうちに発してしまう微弱な力、AIM拡散力場。この力は、能力行使に際して程度こそあれ『必ず』強弱の揺らぎが出る。勇斗はその揺らぎを可視の物として認識し、それによって能力の発動を認識する。後はそれに対して適切な対応を行えばいい。

 

 息つく間もなく、今度はのた打ち回る蛇のような動きで複数の炎が殺到する。勇斗だけでなく、その横にいる絹旗をも巻き込む形で。

 

 しかし勇斗は動揺を欠片も表情に滲ませることは無かった。一瞬の閃光と共に出現したその背の翼を、たった一度だけ振るう。それだけでその場所に暴風が吹き荒れ、炎の蛇が容易く吹き散らされた。

 

 『御使降し(エンゼルフォール)』の最大の特徴、それはこの科学の街に似つかわしくない、オカルトの象徴たる『翼』だ。勇斗自身にも、開発官(デベロッパー)にも、詳しいことはわかっていない。ただいつ頃からか、『AIM拡散力場の操作』という能力の副産物として勇斗に与えられた、無機質な白銀の一対二枚のその翼は、攻撃から防御から移動まで幅広い応用性を兼ね備える。

 

 そして、ここまで受けた攻撃のお返しとばかりに、勇斗は集団に向かって力場の砲弾を撃ち放つ。直撃を受けた何人かがその場から吹っ飛ばされ、地面やあるいは周囲の建物の壁に叩き付けられ、昏倒した。

 

 その勇斗に、暗がりに差し込むわずかな光でギラリと黒光りする何か――――恐らく拳銃――――が向けられた。一瞬の躊躇いの後、その銃口から轟音やマズルフラッシュと共に銃弾が吐きだされる。

 

 ――――しかし、勇斗は動かなかった。動けない(・・・・)のではなく、動かない(・・・・)何もできない(・・・・・・)のではなく、何もしない(・・・・・)。勇斗には、あるいは勇斗にも、というべきか。銃弾によって負うべきだったはずの傷はどこにも無い。そして、勇斗に向けられた射線に割り込むように絹旗が立っている。発砲者からすれば、標的の横に立っていた少女が身を挺して少年を凶弾から守ったように見えただろう。彼女もまた、それ以外に何か目に見えるような動きをしたわけではなかったからだ。しかし、守った少年の身代わりとなってその少女が斃れたのかと言われれば、そうでもない。

 

 ようやく暗がりに目が慣れたか、暗がりに潜む少年少女たちの姿がぼんやりと浮かび上がってきた。まだ詳しくは、例えば表情までは読み取ることはできないが、……それでも、勇斗は雰囲気で発砲した少年が何を思っているかを理解した。その少年は再び構えると、今度は迷いなく発砲する。勇斗ではなく、絹旗に向けて。――――しかし、結果は変わらない。最初に放った銃弾と同じように(・・・・・・)、それは標的に傷1つつけることなく乾いた音と共に地面に転がる。

 

 そんな不可解な現象を引き起こしたのは絹旗の持つ大能力(レベル4)、『窒素装甲(オフェンスアーマー)』だ。空気の主成分たる窒素を自在に操る能力で、効果範囲こそ体表面から数センチ程度と短いが、窒素を圧縮しその塊を操ることで数百キロ単位の物体を持ち上げたり、圧縮した窒素を自分の周囲に展開することで今の様に銃弾から身を守ることができる。他にも空気中の窒素の濃度を操作することにより間接的に風の流れを操る事が出来たりと、勇斗の『御使降し(エンゼルフォール)』に負けず劣らずの幅広い応用性を誇る。

 

「……最初の一発目を躊躇った割に超容赦なく急所を狙ってくるあたり、あなた方の覚悟は超本物なのでしょうが……」

 

 そう言って、やれやれ、といった感じで首を振って、窒素を操る少女は腰に巻いていたホルスターから拳銃を抜く。

 

「……私の『窒素装甲(オフェンスアーマー)』は拳銃如きでは貫けませんので。お返ししますね、これ(・・)

 

 ズドン!という轟音と共に銃弾が呆然と動きを止めていた少年に突き刺さる。血を辺りに飛び散らせながら少年は倒れた。

 

「……まあ、命を取るなというご注文を受けていますので命だけは取りませんけど。超命拾いですね」

 

 肩を押さえうめきながらのたうち回る少年にそう冷酷に告げて。それから絹旗はこの場には不釣り合いに思える得意げな笑顔で勇斗の方に向き直った。

 

「対物防御、対能力防御、どちらを取っても超バランスが良いですね私達」

 

「それな。『便利屋』かなんかでも始めればガッポリ稼げそうだ」

 

 勇斗もニヤリと笑って、そして不可視の弾丸を撃ち放つ。その弾丸は絹旗に背後から襲いかかろうとしていた電撃ごと、2-3人の人影を吹き飛ばした。

 

「油断さえしなけりゃな」

 

「超安心して背中を任せられる信頼感ゆえですよ」

 

「……否定はしないでおく」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 その少女は、焦りに恐怖や驚愕の入り混じったような表情を浮かべていた。こんなはずではなかったのだ。この件の仲間であり、小さいころからの親友でもあった結標淡希はこんなことになるとは言っていなかった。そして彼女自身もこんなことになるなんて予想はしていなかった。まさか『敵』が、こんな後方支援のチームにまで襲撃をしてくるとは思わなかったのだ。どうして居場所がばれたのか。ここからどう立て直すべきか。焦りに囚われながら必死に少女は思考を巡らせる。

 

 そうしている間にも、彼女の『仲間』はどんどんと倒されていく。能力による攻撃はあの(・・)『御使降し』が完全に無効化し、お返しとばかりに放たれる不可視の弾丸や翼による打撃で意識を刈り取られる。銃器による攻撃はその隣に立っている栗毛の少女によってこれも完全に防がれる。そしてその小柄な容姿では考えられないことに、1発のパンチだけで次々と意識を奪っていく。

 

 もう猶予は無い。残っているのは自分を含めてあと3……いや、2人。意を決して、彼女は腰に佩いていた竹刀を抜く。――竹刀とはいえ、それはコンクリート詰めされたドラム缶並に重い特別製だ。彼女の能力を使えば、それを自在に振るう事が出来る。

 

 そして、小柄な栗毛の少女が彼女以外に残っていた1人の少年を殴り飛ばしたところへ、彼女は飛び込んだ。一瞬の事で、その栗毛の少女の反応が遅れる。その隙をついて、彼女は竹刀を思い切り叩き込む。銃弾を防ぐほどの能力を打ち破ることはできなくても、その能力者ごと吹っ飛ばせばいい。かくしてその目論みは成功した。竹刀による打撃そのものは防がれたが、その一撃は軽い(であろう)少女を容易く吹き飛ばした。例え外傷が残るようなダメージは無くても、今のは確実に脳を揺さぶったはずだ。すぐに復帰するのは無理。そう判断して、彼女は壁にめり込んだ少女から『御使降し』の少年に標的を変更する。

 

 彼女にとってここでの襲撃は予想外だったが、千乃勇斗の介入は予想していたことではあった。その能力は予想を超えていたが。しかしそれでも、AIM拡散力場を収束させた弾丸やあの翼『程度』ではこの竹刀による一撃を防ぐのは不可能なはず。小手先の回りくどい技ではなく、ただ真っ直ぐな力押し。たとえもし、それで少年を傷つけることになったとしても、止まれない。止まらない。彼女にはまだ、すべきことがある。

 

 そして、矢のようなスピードで飛び込みながら、彼女は竹刀を振りかぶった。

 

 と、そこで。

 

 目の前にいる少年から『何か』が放たれた。攻撃か、と彼女が身構えるより早く、それは彼女の体を通り抜けていく。――――しかし、ダメージは無い。彼女の仲間の様に吹き飛ばされることも無く、意識を奪われることも無かった。不発だったのか、外したのか、収束させる力場の量を誤ったのか。一体何が起こったのか彼女には判別することはできなかったが、それでもこの攻撃をやり過ごした。これで、一矢報いることができる――――。

 

 そんな少女の思考は、しかし容易く裏切られた。

 

 全身を急な脱力感が襲った。それは一瞬の事で、すぐに脱力感は消えたのだがこの場ではその一瞬は致命的だった。手から竹刀がすっぽ抜けて飛んで行く。不自然に時間がゆっくりと流れていくように感じられた。幸いなことに(・・・・・・)その方向には誰もいない。頭の片隅でそんな感じの安堵を感じて、――そこで目と鼻の距離に少年が接近していることに気が付いた。

 

 しかし彼女がそのことに対して何かしらの行動を起こすより早く。

 

 顎に一撃を入れられ、脳が揺さぶられる。

 

 訳も分からないままに、彼女の意識は闇に沈んでいった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「絹旗、大丈夫か?」

 

 動くものがいなくなった路地裏で、勇斗の声だけが響く。

 

「……ええ、なんとか。まだ世界が超揺れてますけどね」

 

 その言葉に普段より弱々しい調子の返答をし、まだふらついたような様子で絹旗が勇斗の方に向かって歩いてきた。

 

「うう。最後の最後で超情けないことしてしまいました。超恥ずいです」

 

「つらいなら少し休んでな。警備員(アンチスキル)に通報しとくから」

 

「うー、おねがいしますー」

 

 そう言う絹旗に背を向けて、そして死屍累々辺りに転がる20人程を眺めつつ、勇斗は最寄りの警備員(アンチスキル)の詰所に電話を入れる。場所と人数と状況を簡単に伝え、通話を切ってから到着を待つまで1人1人に手錠をかけていく。何人かに手錠をかけたところで警備員(アンチスキル)が到着したので、その場を引き継ぎ、離れることにする。

 

「落ち着いた?」

 

 依然として地面に座ったままの絹旗に声をかける。それを聞いて顔を上げるが、まだ少し顔色が悪い。

 

「さっきよりは超マシですけど……まだ地球が回ってます」

 

「どうする?おぶってこうか?」

 

「あ、じゃあお言葉に甘えます……」

 

「おっけー」

 

 そう言って、勇斗は絹旗を背負う。銃弾を防ぎ人を殴り飛ばした人間とは思えない程軽く、柔らかい。そしておまけにいい匂いもする。

 

「……どうです、超柔らかいでしょう? 実は私スタイル超良いんです」

 

「寝言は寝て言え。柔らかいのは否定しないけどよ」

 

「チクショウ」

 

 そんなこんなで、勇斗は歩く。とりあえず、目的地は勇斗がいつも使っている(絹旗達もよくいるらしい)ファミレスだ。

 

「……そういえば勇斗さん」

 

 その道中、勇斗の背中に背負われたままの絹旗がふと口を開いた。

 

「ん?」

 

「確信は無いんですが……最後の最後、『何』をしたんですか?」

 

「……別に何も。ただ普通にAIM拡散力場をぶっ放しただけだよ」

 

 絹旗の言葉に込められたニュアンスを正確に理解しつつ、とりあえず勇斗はとぼけてみる。

 

「超嘘ですね」

 

 あっさりとバッサリ。ノータイムで否定。

 

「そこまでは私の能力に何の影響も無かったのに、『あの時』だけは私の能力が揺らいだんです。何かあると考えても超おかしくは無いでしょう」

 

「……制御をミスったか。……説明はするけど、一応これ皆に内緒にしてるから秘密な」

 

「はい」

 

「あれは……なんて言ったらいいか。ちょっと性質をいじったAIM拡散力場を相手にぶつけて、相手の能力発動をちょっと邪魔してる、って感じかなあ。自作AIMジャマーというか、キャストジャミングというか」

 

「……まあいろいろ置いておきますけど、ほんとにそんなこと可能なんですか?」

 

「いろいろ条件はあるけどね。まだ練習中だから相手の能力制御をちょこっといじってやるくらいしかできないし、その都合でどっちかっていうと力押しタイプの能力者くらいにしか効かないし」

 

「でもそれなら……今回のあれはちょうどよかったわけですね」

 

「そうそう。そういうわけだ」

 

 と、そこでとりあえずの目的地、ファミレス『Joseph's』に到着した。その話をいったん中断し、勇斗は絹旗に改めて問う。

 

「さっくり終わっちゃったせいで多分俺らが一番乗りだし、御坂には『巻き込んじゃうと悪いから私の方には手出し無用よ!』とか言われてるし、色々気になるけどとりあえずここで待ってようぜ」

 

「はい。超賛成です!」

 

 そんな絹旗の言葉が、勇斗の耳をくすぐった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――統括理事長へ報告

 

 9月14日 PM9:04 学園都市外部の敵対組織、『科学結社』の壊滅を確認。同日 PM9:05 学園都市内部において、『残骸(レムナント)』の完全破損を確認。これによって、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の演算機能の復活可能性は0%に。

 

 以上より、絶対能力進化(レベル6シフト)実験の再開可能性は消滅。量産型能力者、通称『妹達(シスターズ)』欠員の可能性も消滅した。

 


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