ep.17 9月19日-1
大覇星祭。
それは180万人を超える学園都市の学生たちが学校ごとに別れて競い合う世界最大の体育祭である。
開催期間中は7日間にわたって普段は閉鎖されている学園都市が外部に公開され、しかも学園都市外部ではまだまだ夢物語な『能力者』達が競い合うということで世界的に注目度は非常に高く、まだ午前中(しかも9月の普通の平日であるにもかかわらず)だというのに、校庭の端に作られた即席の観客席は既に多くの観客でほぼ満員に近い状態になっていた。恐らくそのどこかに、インデックスや御坂、柵川中コンビに常盤台トリオ、その他の友人たちといった応援部隊がいるはずだ。
軽く一周見回して、勇斗は目線を選手控え所に戻した。つい先刻までは何だかんだ騒いでいたクラスメイト達が、しかし今は真剣極まりない表情で準備を進めている。上条も戦闘モードに入っていたし、クラス内では種類は違えど笑みがデフォルトの表情である土御門、青髪ピアス、九重の表情からも笑顔は欠片も見当たらなかった。普段からデルタフォースには手を焼かされている吹寄が、思わず「見直した」と呟いてしまう程に。
これから始まるのは、初日最初の種目、『棒倒し』。対戦相手は何処ぞの私立のエリート校。こちら側には飛び抜けた戦力として勇斗や九重を含む数人がいるものの、平均に均して考えてみれば戦力差は圧倒的だ。ちっぽけなモチベーションなど10人分吹っ飛ばしてもまだお釣りがくるような、そんなやる気をなくしてしまいそうな状況である。――――本来であれば。
しかし、彼らには全力で戦わなければならない理由ができた。勇斗や九重のように、統括理事会から能力使用にセーブを掛けるよう通達がされている能力者から、『手加減』や『容赦』、『お遊び』なんて言葉をきれいさっぱり消し去ってしまいかねない程の。
デモンストレーションを兼ねた
それは明らかに友好的なものではなく、険悪なものだった。――――エリート校である。在校する生徒たちが優れているのは当然の事だろうし、そんな生徒たちを自慢したくなる気持ちはわかる。当然プライドはお高いだろうから、鼻に突くような言動をしてしまうのもまあわかる。――――早い話、そのスーツの男は勇斗達を侮辱したのだ。『お前らのような低俗な高校にいるレベル4なんて私が育て上げた生徒たちには通用しないし、そもそもレベル0とかいう失敗作を大量に抱え込んでる時点でそんな猿山の大将が1人か2人いたところでどうにもならない。せいぜいタコ殴りにされて病院送りにならないように気をつけろ』と。
別に侮辱されること自体は気にならなかった。勇斗や九重はそんな戯言ごときで一々腹を立てるなんて幼稚な真似をするような人間では無かったし、上条をはじめとする低レベルの生徒たちはそんなことはわざわざ言われるまでも無く知っていたし、自分の中でうまく割り切っていたからだ。
しかし、それでも。
彼らの愛すべき担任がその侮辱を全て1人で受け止め、涙を必死にこらえようとしている姿を見せられて、それでも『気にならない』なんて言えるような人間はこのクラスには、そしてこの学年には、1人も存在していなかった。
『それではまもなく、第7学区・高等学校の部・第一種目・棒倒し、を開始いたします。選手の皆さんはスタート位置に移動してください』
「……行くぞみんな」
決して大きいとは言えない、しかしそれでもはっきりとした声で、上条は言った。
「先生のためにも、この戦いは負けられない」
引き継いで、勇斗も口を開く。
200人近い生徒たちが、一人残らず頷いた。
▽▽▽▽
祭りの開始早々からそんなシリアスまっしぐらな空気がフィールドを覆っている裏で、観客席では正反対な風景が広がっていた。明らかに周囲とは雰囲気の違う美少女達が一箇所に固まっているのだ。
実際中身は一癖も二癖もある人間だらけなのだが、とりあえず今のところは目立った行動も起こしたりせず、おとなしく座って競技の開始を待っている。
「……ねえみこと、とうまたちは勝てそうなの?」
「うーん……。正直な話、スポーツではかなりの名門私立が相手だから厳しいと思うわよ。一応勇斗を含めて学園都市で十指に入るくらいの『尖った』メンツもいるんだけど。……やっぱり平均的な戦力差で考えると厳しいかもね……」
「むー、そうなんだ。……とうまがんばれー!負けてもいいけど頑張らないと後でお仕置きなんだよー!!!」
「……相変わらず仲がよろしいというか、この後も一緒に回るのが前提だと……?」
ぼそっと、小声でツッコミを入れる御坂。その様子を見ていた車イス白井が怒りと羨望で『黒井』状態になるのもある意味様式美であろう。
そんな状態の白井をなだめる初春を横目に、佐天はニヤニヤしながら婚后と、御坂の反応について話し合っていた。年頃の女の子である。そんな感じの話は大好物だ。こうして、御坂の気付かないうちに『上条、インデックス、御坂』の三角関係ネタがじわじわと広がっていく。
「そういえば泡浮さんは勇斗さんの応援がしたいと言っておられましたよね。御坂さんにしても泡浮さんにしても、年上の殿方が気になるという方が多いですわよねえ」
「ぶっ!! わ、湾内さんっ!? と、突然何を……!?」
「いえー、だって泡浮さん、勇斗さんの話をしていられる時がとっても楽しそうですから」
更にその横では、泡浮と湾内によるまた別口の恋バナが始まっていた。泡浮は顔を真っ赤にして、湾内はいつも以上にニコニコしている。目敏く(耳敏く?)その話題を聞きつけ、白井を抑え込みつつも興味津々といった表情を2人に向ける初春。
シリアスな空気の裏で、こんなピンク色な(エロい話には非ず)空気が広がっていることを、勇斗や上条は知らない。
▽▽▽▽
そんな少女達から少し離れた所に、気候に合わせ夏服に身を包んだ栗毛の少女、絹旗最愛が座っていた。彼女は彼女にとって目下興味の対象である人物(たち)の名前を挙げつつ、だんだんと騒がしさを増してくる集団を見つめていた。別にどうということは無いはずなのだが、なんだかむしゃくしゃするようなそんな気がしないでもない。
とりあえず照り付ける暑さのせいだろう、と結論付け、熱中症対策に持ってきていたスポーツドリンクを口に含んで、
「あら絹旗。こんな所で会うなんて奇遇ね」
「結局こっそり出てっても滝壺がいればすぐ見つけられるって訳よ」
「……前の席から信号が来てる」
背中越しに聞こえてきた声のせいで、それを噴き出しそうになった。
「な……なん……?」
げほげほ
「……なんで麦野たちがこんなところにいるんですか」
絹旗と同じ、学園都市に複数存在する暗部組織の1つ、『アイテム』のメンバーだった。
「いやー、だってウチの可愛い絹旗ちゃんに気になる男子が出来たってなったらそれは見に行くしかないでしょ」
そう言ったのは、学園都市の第4位、『アイテム』のリーダー、麦野沈利だ。
「あんなにこそこそ出掛けていったら、結局自分から『着いてきてください』って言ってるのと変わらないってわけよ」
続けてそう言ったのは、金髪碧眼の少女フレンダ=セイヴェルン。
「……だいじょうぶ。私はそんな
そう締めくくったのは、ある意味最もこの大覇星祭らしい格好(ピンクジャージ)の滝壺理后だ。
3人の表情は共通している。正確に言えば前2人と後1人では若干含んでいるニュアンスに違いはあるが、それでも『笑顔』を浮かべていることには変わりはない。
「き、気になるなんて、あの人は超ちが……!!」
「えー? 何か一昨日あたりにメール来てからあんた超ウキウキしてなかった?」
「な、なんでそれを……」
「いや、私だって一応
「!? 超プライバシーの侵害じゃないですか!」
「でもそんなの無くてもここ最近の絹旗の行動見てれば結局何となくわかるって訳よ」
「……女の勘」
フレンダはピースサイン、滝壺はサムズアップでそんな事実を告げる。
「……まあ何はともあれ絹旗。あんたが目を付けた『
と、麦野に先程まで彼女が視線を向けていた方を指し示されながら、いっそ清々しいほどの笑顔で念を押されて。
絹旗最愛は観客たちのど真ん中で、顔を真っ赤に染めて頭を抱える羽目になった。
▽▽▽▽
そんな感じで、結局当事者(しかも片方のみ)以外は皆なんだかんだお祭り騒ぎな感じのテンションになってしまっている競技場に、ようやく選手の入場がアナウンスされる。
先に入場してきたのは勇斗達の対戦相手であるエリート校の生徒たちだった。テキパキと柱を立て、攻撃役であろうメンバーたちがその周りで最後の準備体操を行っていた。
「……なんていうか、ここから見ただけで動きが違うのが分かりますね……」
はあー、という感嘆のため息を漏らしつつ初春は言った。運動に関してはずぶの素人である初春ですら、その動きに『違い』というものを感じ取っていた。
「それに緊張をなさっている様子もありません。……全世界にその様子が配信されるだなんて、考えるだけで緊張してしまいますのに……」
湾内も同様のため息をつく。純粋培養お嬢様である彼女も一応はこういった大人数の前に出るような経験もあるにはあったのだが、世界に関わるレベルで公開されるとなるとやはり緊張が付きまとう。
「やっぱり場馴れしてるんでしょうねー」
佐天は腕を組んでその様子を眺めている。表情は決して晴れているとは言えないものだった。
「むー、なんだか余計にとうまたちが勝てる気がしなくなってきたんだよ……」
ぼやくインデックス。――――と、そこで。
「あ、上条さんと勇斗さんの学校も入場してきたようで、……え?」
エリート校とはグラウンドを挟んで反対側、勇斗達のチームの入場口を見ていた婚后が驚きの声を上げた。
もはやお嬢様にあるまじきレベルの声につられて、視線を向けた御坂を始めとする少女たち。そんな彼女らの目に飛び込んできたのは、
「……何、あれ……」
一糸乱れぬ動きで統率された、本物の『猛者』達だった。
声を荒げ相手を野次ることも無く。興奮して騒ぎ立てることも無く。ただひたすらに無言のまま。強烈な威圧感を相手に向けて放ちつつ、その『猛者』達は校庭に綺麗な一直線を描いていく。緊張しているとかしていないとか、そんなレベルの話ではない。恐らくあの集団は自軍と敵軍以外の何者も視界に入っていないだろう。抑えきれていない能力の余波が激突しあい、空気を震わせる不気味な効果音すら鳴り響いている。
「あ、あれを見てくださいですの!」
と、少女たちが言葉を失っていた中、突然その沈黙から復帰した白井が一点を指しながら叫ぶ。その指差す先、集団の中央。そこに少女たちがよく見知った2人の少年がいた。すなわち、上条当麻と千乃勇斗。その2人を中心にして、その一団は形成されていた。
「……とうまってこんな大人数をまとめ上げるくらいすごかったんだ……」
インデックスの呟きは、しかしそんな異様な雰囲気に呑み込まれ、消えていった。
▽▽▽▽
『それじゃあみんな、準備はいいか』
勇斗の学年に3人程いる
声に出さず、ほぼ同時に頷く200人程の集団。そんな様子は更に対戦相手に威圧感を与えることとなる。しかしそんなことなど勇斗は露知らず。
『……作戦の指揮統括は吹寄に任せる。指示のタイミングは吹寄の判断で入れてくれ』
『任せて。キツイ一撃お見舞いしてやるわよ。……あんたら「レベル4.5」も、遠慮はいらないからね』
『元から情け容赦なんて掛けるつもりはない。なあ悟志』
『全くだね。最初から全力で行かせてもらうよ』
『……頼もしいわね。他のみんなも頼むわよ! あなた達が頑張らないとこの作戦は成功しないからね!』
『『『『『『おう!(はい!)』』』』』』
吹寄の呼びかけに、意識を揺らしかねない程強い意志が込められた思念波が返答として送られてきて。
――――そこで競技開始を告げる笛が鳴り響く。
世界最大の体育祭は、こうして今年も幕を開けたのだった。