科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

19 / 67
ep.18 9月19日-2

 開始の笛が鳴るや否や、『猛者』達は動き始めていた。

 

 まず初撃は九重。雷速の集中でその能力を解き放つ。グラウンドの半面、敵側の陣地一帯を範囲に指定し、その一帯の水分子の運動を加速させる。試合開始前に砂煙が舞うのを防ぐために水が撒かれていたために、九重の『武器』は地中に大量に存在している。やがて、とはいってもほんのわずかな時間で、だが。地中に含まれていた水が爆発的に気化し、高温の水蒸気が敵陣一帯に吹き荒れた。抑えきれなかった1本の柱がその勢いで吹っ飛ばされる。

 

 九重悟志の能力は発火能力(パイロキネシス)。学園都市の中ではポピュラーな能力であり、しかし彼の能力はただ火を起こすだけにはとどまらない。その本質は、物体の分子運動に干渉し温度を自在に操ること。ある意味では、物体運動に干渉する念動能力(テレキネシス)のミクロな概念への派生形。本人の強い希望で書庫(バンク)に登録されている『発火能力(パイロキネシス)』の能力名より、どちらかといえば『二つ名』の1つである『自在温度(サーマルトランス)』の方が言い得て妙なのではないかと勇斗は個人的に思っている。

 

 ――――余談となるが、この『分子運動操作』という性質を持つ能力(気流操作や水流操作のような群体の操作にも似た傾向があるが)は、干渉範囲を広げるにつれて対象となる分子の数が増えていき、演算の難易度が幾何級数的に増大するため、能力者の強度(レベル)に頭打ちが多い分野であるという事も知られている。しかし、九重悟志はそれでも抜きんでた演算能力を発揮し『レベル4.5』の一角に数えられている。彼にかかればプラズマから絶対零度寸前の極低温まで思いのままだ。

 

 次いで、二撃目を打ち込もうとしているのは勇斗だ。残っている6本の柱の内、両端の2本に狙いを定め、収束させた力場を撃ち放つ。その力場の奔流は柱を支える学生たちの体ごと柱を薙ぎ倒していった。

 

 演算能力に関しては勇斗も負けてはいない。本来AIM拡散力場というものは微弱な力だ。それを戦闘に応用するにはかなりの量の収束を必要とする。しかしその力場には、一定以上の量を収束させると爆発的に『力』が増大する、という性質があり、当然扱いを誤れば真っ先にダメージを喰らうのは自分自身である。そんなリスクを負った中で、戦闘に利用できる量の力場を“素早く”“正確に”収束させるにはかなり高度な演算が要求される。

 

 ――――結局のところ、演算能力だけを見れば彼らは超能力者(レベル5)に匹敵するだけのものを持っているといっても過言ではないのだ。

 

 と、柱が薙ぎ倒されるのとほぼ同時、敵陣のフィールド一帯の地面が炸裂し大量の土砂が巻き上げられた。既に充満していた水蒸気と合いまり、重く湿った不快な土煙が敵陣を覆い尽くし、敵の注意を『棒倒し』から『土煙の対処』へ強引に切り替える。

 

 この攻撃は、『超能力』と言われて恐らく多くの人が真っ先に思い浮かべるだろう、『念動能力(テレキネシス)』によるものだ。学園都市の中でも発火能力(パイロキネシス)を凌ぐ数の能力者が存在し、勇斗達の高校にも多くの念動能力者(テレキネシスト)が在籍している。その多数の念動能力者(テレキネシスト)が、吹寄の号令でタイミングを合わせ、一斉に能力を解き放ったのだった。

 

 そして、そんな隙を『猛者』達は見逃さなかった。

 

 大量に連なる足音が地響きすら生み出し、巨大な壁となって焦燥に駆られる敵陣へと殺到する。自陣から敵陣までの距離はわずか80メートル程。その距離を詰めるのには十分すぎた。念話使い(テレパシスト)達が構築したネットワークで吹寄の指示を受け、そして互いに連携を図りつつ、近接系能力者で構成された部隊が柱に襲い掛かった。

 

 我を取り戻したエリート達も反撃を試みる。しかしその時にはもう手遅れだった。彼らが襲い掛かる『敵』を排除するよりも、上条をはじめとする近接部隊が柱に飛びつく方が早い。相次いで3本の柱が倒れていく。

 

 その時、一矢報いようと敵陣側から3本の閃光が勇斗達の陣地に向かって放たれた。破れかぶれであるとはいえ、その威力は申し分ない。直撃すれば棒倒しの柱程度簡単に吹き飛ばすことが可能だろう。

 

 ――――しかし、その攻撃は無駄に終わることとなる。1つは勇斗、1つは九重が迎撃し、閃光を掻き消す。もう1つは敵陣を超えることすらできなかった。砂煙に吸い込まれたその閃光は、そのまま不自然に(・・・・)掻き消える。それが最後の抵抗だった。それ以上の反撃を許す前に、近接部隊が最後の1本を引き倒す。

 

 終わってみれば、決着がつくまで30秒とかかったかどうか。まさしく電光石火の決着だった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 あまりにも圧倒的で、あまりにも一方的な展開が繰り広げられた試合会場は、押し殺すような沈黙に包まれていた。だがその沈黙も長くは続かない。どこからか始まった拍手と歓声があっという間に会場全体に広がっていく。

 

「鬼気迫るといいますか……すごい迫力でしたわね」

 

 そんな中、少女たちの中で真っ先に口を開いたのは泡浮だった。その横では、はー、と湾内が感嘆のため息をついている。

 

「完全に相手チームが呑まれちゃってましたからね……」

 

「そんなところにあのような波状攻撃を叩き込まれては足を止めてしまっても仕方がありませんの」

 

「勇斗さんと上条さんの高校には相当有能な指揮官がいるんですねー」

 

 その言葉を引き継いで、初春白井佐天の3人が試合の感想を口にした。

 

「とーーーーまぁぁぁぁぁーーーー!! かっこよかったんだよぉぉぉぉぉーーー!!」

 

 観客席最前列ギリギリまで出ていって、インデックスはそんなことを大声で叫んだ。この騒がしい会場に居ながらよく気付いたものだ、上条は振り返り、力いっぱい手を振るインデックスに手を振りかえす(さわやかスマイル付き)。

 

 そんな後ろ姿を羨ましそうに見つめながら、それでも意地を張って座ったままでいる御坂。その横では、婚后がニヤニヤしながら手に持った扇子で御坂をつついている。

 

「……いやー、若いっていいですねー」

 

「ですねえ。ね、白井さん?」

 

「あ、あああああああああ類人猿がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! お、おねえさまは渡しませんわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 そんな青春の1ページ的展開を見ながらしみじみと呟く佐天に、明らかに面白がって煽りにかかる初春。そして再び召喚された『黒井』。そんな彼女を、若干引いたような苦笑いと共に眺める泡浮。

 

「……初春さんって、顔に似合わず腹黒かったのですわね……」

 

 そして、とある少女の見た目と中身のギャップに、湾内は1人戦慄の表情を浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 エリート校の生徒たちをコテンパンに叩きのめした後(生徒たち自体には何の恨みも無いのだが)、『猛者』たちは三々五々散っていく。この騒ぎの中心だった小萌先生は涙目になって何やら騒いでいたようだが、あるものは微笑みを向け、またあるものは頭を撫で、そして何も言わず去っていった。

 

 それは勇斗達も例外では無く。土御門は気付いた時には姿を消していたし、青髪ピアスもまだ見ぬ美少女を探しに行くんやとかなんとか言って喧騒の中に消えていった。上条は目をキラッキラに輝かせて上機嫌なインデックスに腕を引かれて屋台街に吸い込まれていったし、九重はその上条に涙目で頼みこまれ(主に財政的な理由)、腕を引かれて同じく喧騒に紛れていった。

 

 ――――で、勇斗はと言えば。

 

「さて、そんじゃー見回るとしますかねえ」

 

 体操服の右袖におなじみとなった緑の腕章をつけ、初春たちと同様に街中の見回りを始めていた。外部からの入場者が非常に多く、場所取りなどでのトラブルや迷子の捜索、道案内、果ては産業スパイへの対応まで。事態が深刻化する前に早急に対応するため、風紀委員(ジャッジメント)には競技時間以外における見回りが原則義務付けられているのだった。

 

 勇斗はぐるりと周囲を見回す。依然変わらず、視界には人、人、人。かなりの混雑具合だ。これは気合い入れて見回りしないとなあ、なんてことを考えた勇斗だったが、そんな時、彼の目が見覚えのある人物の姿を捉える。

 

「…………ステイル?」

 

 その言葉が口から零れ落ちたときには、もうその特徴的な姿は視界から消えていた。日本人離れした(人間離れした、でもあながち間違っていないとは思うが)長身を真っ黒の修道服に包み、燃えるような紅の髪にタバコと香水の匂いを纏わせる、イギリス清教第零聖堂区、必要悪の教会(ネセサリウス)所属の魔術師の姿は。

 

「……気のせいか?」

 

 あまりにも一瞬過ぎて、勇斗にはそれが本物だったのか、あるいは大覇星祭参加者のコスプレがたまたまそう見えてしまっただけの偽物だったのか判別ができなかった。偽物であってほしい、と勇斗は思う。もし本物だとしたら、勇斗が記憶する範囲でのステイルという人間はのんきに学園都市に観光にやってくるような人間ではない。十中八九、魔術絡みのトラブルを持ってきたに決まってる。そうなればほぼ確実に上条は巻き込まれるだろうし、そうなればこれまたほぼ確実に勇斗も何らかの形で巻き込まれるだろう。上条に対して「お前はトラブルに愛されてる」という評価を下す勇斗だが、自分自身も客観的に見れば十分「トラブルに愛されている」、あるいは「トラブルを愛している」側の人間であるという自覚は持っている。7月頃から上条の周囲で起こっている数々の事件のそのほとんどに、勇斗も何らかの形で関わっていたのだから。

 

 と、まあここでグダグダ考えていても仕方がない。本物であれば手伝うのもやぶさかではないし、偽物であればそれで結構。なるようになるだろう。

 

 そう、あっさりと結論付けて。勇斗は再び歩き始めた。

 

 ――――――――勇斗が見たのは本物のステイル=マグヌスであること。彼は移動中、一種の認識阻害魔術を掛けており、周囲に完璧に溶け込み、本来なら勇斗に(・・・・・・・)気づかれる(・・・・・)はずが無かった(・・・・・・・)こと。今頃土御門と合流したステイルが、まさに不穏な会話を始めていること。

 

 そんなことを、勇斗は知る由も無かった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 見回りの道中場所取りで揉めている学生たちのケンカを(積極的に)仲裁し、道案内を頼まれ、送り届けた先の公園から見えるスクリーンで借り物競争で御坂(with 上条)が圧勝する様子を確認し、その公園で見つけた金髪碧眼幼女を保護してその保護者に送り届け、途中その子の手を引っ張って屋台を巡っていた様子をピンクジャージな少女滝壺と共に出歩いていた絹旗に見られあらぬロリコン(あるいはペドフィリア)疑惑を掛けられ、たまたま遭遇した青髪ピアスに「ついにゆーやんもこっちの道に……!」とか感激され、スクリーンに映る御坂と婚后の二人三脚を背景に絹旗と滝壺にどぎつい視線を浴びつつもがんばって誤解を解き、テンションが上がった青髪を絹旗がタコ殴りにしようとするのを必死で止め、とりあえず青髪を回収しその場を去って――――

 

「――――という事があったんだ」

 

「ああ、うん。大変だったんだね……」

 

「……だから青髪はそこでぶっ倒れて気絶してんのか」

 

「まださっきの種目から1時間も経ってないんだけどにゃー……」

 

 間もなく第二種目、大玉転がし。めいめい集合場所に集まってきた友人たちに勇斗が見回り中の出来事を報告すると、彼らはおのおの微妙な苦笑いの表情を浮かべて勇斗を出迎えた。

 

「全くだ……。まさか初日からここまで疲れることになるとは思わなかったぜ」

 

 そう一言ぼやき、勇斗はため息をつく。そして勇斗はふと、先程浮かんだ疑問を土御門にぶつけてみようと考えた。

 

「…………なあ、土御門。1つ確認したいことがある」

 

「……なにかにゃー?」

 

 勇斗の言葉に、土御門の表情がほんのわずかに引き攣り、返答にもわずかに間が開く。常人は全く気付くことなどないようなほんのわずかな物ではあったが、勇斗と、そして九重が眉をひそめる。

 

「……さっき、ステイルらしき人影を見つけたんだが。もしかして今、何か面倒なことでも起こってるんじゃないか?」

 

「…………一応後から説明はするつもりだったんだがにゃー」

 

 勇斗の言葉に観念したような笑みを浮かべ、土御門はあっさりと首肯する。

 

「……詳しいことは大玉転がしが終わったらでも話すが」

 

 集合した同級生たちの前に出て今回の作戦を話し出す吹寄にちらりと横目を向けて、

 

「……学園都市に魔術師が潜入した。今もこの街のどこかをうろついてるらしい」

 

 余計な修飾も無い、シンプルな一言を土御門は告げる。

 

 奇しくもそれは、勇斗の想定した悪い方のシナリオ通りの物で。

 

 かくしてこの時、科学と魔術が複雑に入り混じり織りなす本当の『祭り』が、勇斗たちを巻き込んで始まったのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。