科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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ep.2 9月1日-2

 

風紀委員(ジャッジメント)です。動かないでください」

 

「あなたを傷害および器物損壊の疑いで拘束させていただきますの」

 

 人通りが絶え、不気味な静寂に包まれる駅前広場。勇斗と白井の前、およそ10メートル程の所に、件の金髪ゴスロリ女が立っていた。

 

 捜索開始から2時間程が過ぎた頃だ。正午を過ぎ、青空からの日差しがさらに強く照り付けるビル街を汗だくになりながら歩き回っていた2人のもとに、学園都市の監視カメラネットワークで捜索を進めていた初春からターゲット発見の知らせが入った。それがつい15分ほど前の事。その知らせを受け、2人は急いで現場に向かい、そして学生が溢れる駅前広場で堂々と歩いているターゲットを発見したのだった。

 

 信号弾による緊急避難命令を出し、学生たちを避難させ、そしてターゲットの女に対峙する2人。対する女は無表情な中に怪訝そうな感情を浮かべながら周囲を見回している。

 

「ちっ……面倒かけさせやがって」

 

 舌打ちをして、今度は明確な苛立ちと敵意を声に乗せて、目の前の女は2人の方に向き直る。勇斗の言葉を無視してドレスの袖に手を差し込み、――――その瞬間、フォン! という風切り音と共に、勇斗の隣に立っていた白井が女の目と鼻の先に出現していた。次の瞬間には女の体が地面に叩き付けられ(たように見え)、ドレスやスカートの余りの部分に大量の金属矢が突き刺さり、まるで昆虫採集か何かのように女を地面に縫い止めていた。

 

「動かないでと申し上げたはずなのですが……? 聞こえていないんですの?」

 

 地面に転がる女を見下ろすようにしながら、白井は言った。

 

(流石の早業だな……)

 

 その一瞬の捕り物を眺めつつ、言葉には出さずに口の中でこっそりと勇斗は呟く。たくさんの能力者がひしめく学園都市の中でも希少な、白井黒子が誇る大能力(レベル4)空間移動(テレポート)。そしてその能力単体の性能のみならず、能力を巧みに織り交ぜた体術を駆使する彼女の戦闘能力は非常に高い。

 

 地面をもぞもぞと動こうとするドレスの女。しかしその動きは完全に封じられている。

 

(……後は確保するだけだな。よし……)

 

 存外あっさりと終わった侵入者の確保に拍子抜けしつつ、勇斗は白井と地面を転がる女の所に近づいて、――――近づこうとして。勇斗は見た。無表情だった女の顔、その一部。薄い唇がさらに薄く横に引き伸ばされて、嫌な笑みを浮かべているのを。

 

 その様子に白井も気付いたのだろう。目を見開いて驚愕の表情を浮かべて、――――そこで勇斗と白井の間の地面が爆発した。

 

「なっ……!?」

 

 爆風と地面の隆起が勇斗に襲い掛かり、後方に吹き飛ばされる。地面を転がされ、痛みをこらえて再び立ち上がった勇斗の目に入ってきたのは――――

 

「なんだ……あれ……」

 

 勇斗の目前に出現していたのは、2メートルを優に超す大きさのアスファルトや土砂、果ては放置してあった自転車やガードレールなどを材料に捏ね上げられた、巨大な腕だった。あんな物体、普通に出現するはずがない。という事はそこには何らかの能力が関わっていることになる。白井の能力は空間移動(テレポート)。勇斗の能力もあんな物体を作り出すようなものではない。必然的に、作成者はあの金髪ゴスロリ女という事になる。

 

(まさかあの女……能力者だったのか……? 外部からの侵入者だってのに? ……念動力者(テレキネシスト)、……いや、違う(・・)。これは……」

 

 と、そこで、勇斗は見た。巨大な腕の根元に白井が座り込んでいる。その頭上では、白井を狙うように、その小さな体を押し潰そうとするように、腕が、そしてその先にある指が形を変え、振り上げられていく。それを見上げながら、しかし白井は動こうと、逃げようとしない。

 

 勇斗は、はたと思い出した。白井の能力(テレポート)は能力行使に際する演算の量、複雑さが通常の能力の比ではない。それ故に、何らかの要因で集中力を乱されれば、まともに能力を発動させることができなくなってしまうのだ。アスファルトで組み上げられた腕が限界まで引き上げられ、引き絞られていく。振り下ろされるまでもう猶予は無い。あれこれと考えている猶予も無い。後輩の命を救うため、勇斗は飛び出した。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 白井黒子の目前にはアスファルトで作られた巨大な腕があった。その腕は振り上げられ、今にも振り下ろされようとしている。

 

 彼女は逃げられなかった。右足がひび割れたアスファルトにがっちりと挟まれてしまっている。激痛と、そして迫りくる死への予感が、彼女から空間移動(テレポート)を使わせる余裕を奪い去っていた。

 

 振り上げられたアスファルトの腕が動きを止めた。カタカタと体が震え、無意識に目じりから涙がこぼれる。

 

 そして、一瞬の猶予の後、重みで落下するような勢いで巨大な腕が振り下ろされた。そこまでを視界に捉えて、白井はきつく目を閉じた。

 

 ――――その時。

 

 突然足首がアスファルトによる縛めから解放された。そのことに驚く間もなく体に猛烈な加速度がかかる。白井の耳が破砕音を捉えた。アスファルトの腕が地面を粉砕したのだろう。

 

しかし、白井の体に痛みが走ることは無かった。本来なら下敷きになってぐしゃぐしゃに潰されているはずだというのに。

 

 白井は目を開く。視界に飛び込んできたのは、青空と、自分を見下ろす少年の顔、そしてその背から延びる、白い翼(・・・)だった。

 

「白井、大丈夫か?」

 

「……ええ、大丈夫ですわ、勇斗先輩」

 

 鼻をすすりながら、彼女は自分を抱えて空に浮いている少年――勇斗に言った。

 

 下を――地上を見る。いつの間にか金属矢の縛めから抜け出していたゴスロリ女が、驚愕の表情を浮かべて2人を見上げていた。が、ゴスロリ女はすぐに軽薄な笑みを顔に張り付けると、右手を、正確に言えばその手に握られたチョークのような物体を振るった。

 

 地面に叩き付けられていたアスファルトの腕が跳ね上がり、2人を握りつぶそうと迫ってくる。

 

「……っ、先輩!」

 

「わかってる」

 

 その言葉と同時、何らかの不可視の力が伸ばされたアスファルトの腕に叩き付けられた。手のひらにあたる位置のアスファルトが砕け、その衝撃で腕全体にひびが入り、腕の動きが停止する。再び驚愕の表情を浮かべるゴスロリ女。しかし勇斗は、その女から視線を外して、明後日の方を向きながらこう言った。

 

「とどめは任せる、……御坂」

 

 その言葉にハッとなって、白井は急いで勇斗の視線を追う。その先に、彼女が敬愛してやまない『お姉様』の姿があった。

 

 自分と同じ制服を着た、茶色のショートヘアの少女。その周囲の空気は既にバチバチと帯電しており、その事実はただ端的に、既に少女が激怒していることを示していた。こうして見ている一瞬の間にも、右肩上がりに電圧が上がっていく。

 

 突然の闖入者に、そしてその人間の様子に、流石のゴスロリ女も三度表情を驚愕に歪めた。

 

 少女――――御坂美琴は親指を弾いた。弾かれた1枚のコインが、放物線を描いて彼女の頭上を舞う。

 

「人の知り合いに――――手ぇ出してんじゃないわよ!」

 

 舞い降りたコインが、再び彼女の親指に触れた。

 

 ――――閃光。遅れて、轟音。

 

 学園都市超能力者(レベル5)の第3位、発電能力者(エレクトロマスター)の最高峰、彼女の能力の象徴たる超電磁砲(レールガン)が、炸裂した。寸分の狂いもなくアスファルトの腕に直撃した閃光は、巨大な腕のすべてを一瞬で吹き飛ばす。

 

 そして、加熱膨張した空気が烈風となって吹き荒れ、立ち込めた粉塵があっという間に掻き消された。

 

「くっ……!」

 

 なまじ空中に浮かぶが故に、白井を抱える勇斗の体がその烈風に吹き飛ばされそうになるが、背から伸びる翼を巧みに振るって体勢を取り戻す。

 

「相変わらず……とんでもない出力だな……!」

 

「……全くですわ。敵いませんわね、お姉様には」

 

「今の超電磁砲(レールガン)の余波だけで半端な風力使い(エアロシューター)が涙目になるレベルだよ。……全く末恐ろしい中学生だな」

 

 白井と勇斗が各々、御坂への賞賛の言葉を口にしていると、下の方で御坂がこう叫んだ。

 

「とりあえず降りてきなさーい。今のどさくさであの女逃げちゃったみたいだし、もう安全なんじゃなーい?」

 

 その言葉にハッとなって、勇斗と白井は周囲を見回した。視界のどこにも、金髪でゴスロリな女の姿は無かった。

 

「逃がしたか……」

 

「その……ようですわね」

 

 そう言って舌打ちをしつつも、勇斗は白井を抱えて地上に降り立った。翼を操って、重力を感じさせない舞い降りる羽のようにふわりとした着地だ。勇斗の背中から、その翼が溶けるように消えていく。

 

 地面に降り立った勇斗は、抱えたままの白井を地面に降ろした。白井は自分の足で立とうとするが、しかしすぐにへたり込んでしまう。そんな後輩の姿を見た御坂が、たまらず白井のもとに駆け寄った。

 

「ああもうアンタはすぐこうやって無茶するんだから!」

 

 うんたらかんたら。

 

 くどくどくどくどと白井に説教を重ねていく御坂。その様子をわき目に捉えつつ、勇斗はぼんやりと思考を再開していた。

 

(あのゴスロリ女……何かの能力を使ってたみたいだけど)

 

 勇斗の目前には粉々の瓦礫と化したアスファルトで出来た腕だったものが転がっている。あの女は、手に持った――――チョークのような何かを振るう事でその腕を操っていたように思える。

 

(基本的に……能力は演算さえできれば発動するからあんなわかりやすい身振り手振りなんかいらないはずなんだけど、ね)

 

 本来学園都市で開発される『超能力』という名の異能はノーモーションで発動する。特別な例として、その動作ないし何らかの道具が自分だけの現実(パーソナルリアリティ)と深く結びついている場合、能力発動に何らかのトリガーが必要になることはあるにはあるのだが。

 

(まあ……、あの女が能力っぽいものを使ってた時にAIM拡散力場の揺らぎ(・・・・・・・・・・・)全く感じられなかった(・・・・・・・・・・)し、そもそも学園都市以外で能力開発が行われてる話なんて聞いた事もない)

 

 正確には無いわけでは無いのだが、いずれの話もあくまで都市伝説レベルの域を出ないレベルのもので信憑性は全く無い。

 

「……ちょっと勇斗! 聞いてるの!? アンタも大能力者(レベル4)だからって無茶しないでよ。私の大事な後輩に何かあったらどう責任とってくれるのよ!」

 

「うお! ……あ、すまん。次から気を付ける」

 

「全く……。先輩なんだからしっかり手綱握っておきなさいよ」

 

「手綱って……ひどいですわ、お姉様……」

 

 どうやら粗方お説教も終わっていたらしい。口ではあれこれ言いつつも、御坂は心配そうな表情をしながら白井をおぶっていた。

 

「ま、ここであれこれ言い合ってても仕方ないし、一旦戻りましょ」

 

「……そうだな」

 

 御坂の言葉に同意を返し、歩き出した御坂の後ろについて勇斗も歩き出す。

 

 歩きながら再びぼんやりと思考の渦に沈む勇斗。

 

(能力行使に際するAIMの揺らぎが感じられないのはあの時(・・・)と同じ……。と、いう事は。あのゴスロリ女は――――) 

 

 勇斗が導き出した結論は実にシンプルなものだった。

 

(あの女の正体は――――魔術師だ)

 

 どうやらこの騒ぎは、ただで終わりそうもなかった。

 


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