大玉転がしも勇斗達が記録的に圧倒的な勝利を収めることになった。
皆が満足げな笑みを浮かべつつバラバラに散らばっている中、一塊になって移動しているのは勇斗、上条、土御門、そしてタイミング的に同席することになった(羽目になってしまった?)九重の4人だ。
「……今は大覇星祭のおかげで、どうしても外部からの人の出入りの監視ってのが甘くなっちまうってのは仕方のないことではあるんだが」
笑いながら歩きつつ、土御門はそう言って口火を切った。
「それに便乗して、この街の中に魔術師が入り込んだって訳ですたい」
「……目的は?」
「まさかとは思うけど、インデックスちゃんかい?」
土御門の言葉に焦った上条が慌てて口を開こうとするその前に、勇斗と九重は落ち着いた様子で問いかける。
「……ま、最近そんな事件が多かったからカミやんがそこまで慌ててしまう気持ちもわからんではないし、勇斗と悟志がかえって落ち着いてしまうのもわからんではないけどにゃー」
そんな3人の様子に、土御門はいつもの笑顔を崩すことなく、
「
そして土御門は、そこで一旦言葉を切った。
「……敵さんの目的は、この学園都市の中でとある霊装の取引をすることだ」
「……は?」「……え?」「……!?」
三者三様の表情で、しかしいずれも『驚き』の感情を露わにする勇斗、九重、上条。
「……でも、前に僕がインデックスちゃんに話を聞きに行ったとき、科学サイドと魔術サイドは原則互いに
思い出したような表情を浮かべ、真っ先に土御門に問うたのは九重だった。
「……今の所、学園都市内部への侵入が確認されている魔術師は2人いる。ローマ正教所属のリドヴィア=ロレンツェッティっていう
『聴衆』の反応を確認しつつ、土御門は解説を続ける。
「悟志が言った通り、原則的に科学と魔術は
そう言った土御門を先頭に4人は競技場を出た。そこにはステイル=マグヌスの姿があった。
「……知っての通り、コイツだって魔術サイドの人間だ。それなのに、何故学園都市内部への『侵入』を許されているのか」
「それは僕が、『上条当麻とその周辺の人間たちの個人的な知り合いだから、大覇星祭に合わせて遊びに来た』っていう大義名分を持っているからだね」
魔術的な物か、はたまた科学的な物か、とにかく何らかの手段で話の内容は確認していたのだろう。自然な流れでステイルは話を引き取る。
「ただ残念ながら、これ以上はイギリス清教の援軍は期待できない。それを許せば、他の魔術組織の侵入を許さなければならなくなる。イギリス清教という組織にだけ例外を認めるわけにはいかないからね」
「つーこって、少数精鋭の攻め方でどうにかするしかないんだにゃー」
事態の深刻さを全く感じさせない気楽な声で、土御門はそう締めくくった。
「……当麻の知り合いってんなら、何で神裂を連れてこなかったんだ? 確かアイツって『聖人』で、ロンドンで十指に入る実力を持った魔術師なんだろ?」
そんな土御門に勇斗は素朴な疑問をぶつける。少数精鋭であるなら余計に、個としてずば抜けた力を持つ存在は不可欠なはずなのだが。
「……残念だが、今回ねーちんは使えない。ちょいっとばかり、取り引きされる霊装が特殊なんですたい」
その質問にも、土御門はデフォルトの笑みを途切れさせることは無い。
「霊装の名前は、『
そんな土御門のセリフは、曲がりなりにも『聖人』についての知識を持つ3人を沈黙させるのには十分だった。
「……魔術理論、『偶像の理論』の影響下にあり、『神の子』やそれに連なる天使たちが振るう力の一端を宿す特別な人間、それが聖人だにゃー。だが同時に、『神の子』の力を宿すが故に、『神の子』の弱点も受け継いでしまってるんですたい」
「……なるほど。だから『ソード』なんだね」
土御門がそこまで言ったところで九重がそう声を上げた。その九重の言葉に気づかされたように勇斗も小さく首を振る。
「……たったそれだけの情報で言い当ててしまえるなんて、やっぱり君たちはすごいね。ほんのわずかでもいいから上条当麻にも見習ってほしいものだ」
ステイルのその言い方には上条も苦言を上げるが、その声色には確かに純粋な驚きが含まれていた。
「いやー、インデックスちゃんの魔術講座、ケテル編からマルクト編までに加えて、番外編のダアト編まで、全11編を完全履修したからね。そこら辺の解釈は何となくわかるよ」
「俺もなんだかんだ言ってオカルトめいたこと勉強させられたからな。当麻よりかは予備知識があるんだよ」
こともなげにいう九重と勇斗。その横では複雑な表情を浮かべた上条が必死に九重の言葉の意味を理解しようと唸っている。
「……数多くの奇跡を起こした『神の子』を、一度とはいえ葬った釘や槍による刺突。その刺突、すなわち『刺殺』のイメージを抽出し、作り上げられたのが
土御門はそんな上条を見て、ニヤっ、と笑った。
「言葉で言うだけなら簡単だが、その効果は絶大だ」
『平らな』声でステイルが土御門の説明に続く。
「普通の人間には、例えばここにいる5人には、何の効果もない。でも相手が聖人なら、距離に関係なく、切っ先を向けられただけで、“終わる”」
「聖人は、魔術業界じゃあ核兵器に匹敵するほどの戦略兵器だ。ある意味、それは宗教世界に武力による世界の均衡をもたらすんだにゃー。けど、一部の勢力の意向で恣意的に聖人が殺されるなんてことがあれば、均衡を狂わされた国々や組織はそう長い時間を掛けずに崩壊していくんですたい。そうなれば? 世界が戦火に包まれるだろうことは歴史を紐解けば想像に難くない。……で、我ら『
「……なら、土御門。インデックスに協力を仰ぐのはダメなのか? 『魔術』に関してアイツ以上に詳しい奴なんて俺は思いつかねーし、神裂が無理でも補って余りある戦力になるんじゃねーのか?」
「悪いがカミやん、それはダメなんだ。この件に関しては、『禁書目録』を使っちゃいけない。事件現場に近づけるのも、事件の情報を伝えるのも、一切な。……ああ、カミやんも勇斗も悟志も疑問に思うのはわかる。オレ自身もできることなら協力してほしいと思っている。でも、ダメなものはダメだ」
土御門は面倒臭さを前面に押し出した苦笑いのまま、言う。
「ざっくり言えば、カミやんとインデックスの周りで起こったここ数か月の様々な魔術的事件のせいで、『禁書目録』の名前が必要以上に売れすぎちまってるんですたい。で、何としてでも学園都市へ潜入したいと考えている組織が『何かが起きるとすればその渦中には禁書目録がいる』って言って、インデックスの周囲の魔力の流れを重点的にサーチしてるらしいんだにゃー。……故に、インデックスを事件と近づけてしまうとほぼ確実にアウト。霊装を探して駆け回りつつ、イチャモン難癖その他理不尽だらけの理由を振りかざして街中に入ってきた更に別な組織にも対処しなきゃいけなくなるんですたい」
さらっと、高難度のミッションを土御門は宣告して。
「てなわけで、効率的に動くために役割分担でもしようと思うんだにゃー。とりあえず実働部隊はオレとステイル、そしてカミやんで行かせてもらう」
「!? 待てよ土御門! 何で俺がさらっと実働部隊の頭数に入ってるんだ!?」
「良い質問だにゃーカミやん。まず勇斗は
「顔パス……だと……」
予想外に大げさとなっていた自分の身の回りの事態に、上条はorzよろしくへたり込む。
「で、悟志」
「なんだい?」
「悟志にはインデックスの『子守り』を頼みたいんだが、頼めるかにゃー?」
土御門がその言葉を発した瞬間、ステイルの眉がわずかに吊り上ったのを勇斗は見た、ような気がした。
「別に構わないけど。どうして僕なんだい?」
「……インデックスの魔術話を、満足するまで顔を輝かせて聞いてくれそうなのは悟志くらいしか思いつかないからな」
「なるほどね。……いいよ。僕としても、更に知見を広げられるだろうからね」
あっさりと、笑顔で九重はその役割を承諾した。
「そして勇斗なんだが……、
「そんくらいお安い御用だ。任せてくれ」
勇斗もまた、ノータイムで肯定の意を返す。
「頼むぜい。……ま、勇斗にしろ悟志にしろ、緊急事態だと思ったらどんどん介入してくれて構わないからにゃー。例えば、“オレらの内の誰かが怪我をさせられたりした時”とかな。そこまでいけば、『正当防衛』をアピールすれば後は『上』の方が話をつけてくれるからにゃー。ド派手に行ってくれて構わないんだぜい」
そう言って、土御門は悪い笑みを浮かべた。無言で頷いた勇斗や悟志も、同じような表情をしていたのかもしれない。珍しく上条とステイルが揃って、引き気味の視線を注いでいた。
▽▽▽▽
「とりあえず手がかりを見つけるまではオレらプロがどうにかするからテキトーにその辺で楽しんでるといいんだにゃー」というありがたいお言葉を頂戴した勇斗は、再び
こんだけクソみたいに広い学園都市の中からどうやってたった数人しかいない魔術師を探り出すのだろうか、なんてことを考えつつ、勇斗は口にくわえたホイッスルを吹きつつ、区画の外に人混みを誘導していた。
次の種目は『バルーンハンター』。各校から選抜された30人が、頭の上に取り付けた紙風船を指定された玉で割りあうゲームだ。競技範囲が広く、一般開放エリアの一部も使用するという事で、こうして交通整理を行う必要に駆られている。
と、そんな勇斗に横合いから声が掛けられた。
「……もしかして、勇斗君かい?」
それは普段はあまり聞くことの無い壮年の男性の声で。しかし勇斗にとって、それは聞き覚えのある声だった。
「あ、刀夜さん。それに、詩菜さんも。お久しぶりです」
「久しぶりだね」「久しぶりね、勇斗君。また随分と、凛々しくなったみたい」
勇斗が振り向いた先にいたのは、予想に違わず上条刀夜と上条詩菜――――上条当麻の両親――――だった。勇斗は、彼らとは上条当麻という人間と知り合って以来の仲であり、
「勇斗君は今年も風紀委員として頑張っているんだね。働きすぎて倒れました、なんてことにならないように気を付けるんだよ」
「その辺はちゃんとうまくやってますし、大丈夫ですよ」
刀夜のそんな言葉に笑顔で返し、勇斗はその2人の後ろに立っている女性に目を向けた。見た目は大学生ぐらいか。グレーのワイシャツに、黒の細身のパンツという出で立ちで。体のある一部分を除けば、所々に勇斗の知り合いの少女の面影が見え隠れする。そんな女性が、勇斗と刀夜と詩菜の方に目を向けながら、ニコニコと人のよさそうな笑みを浮かべていた。まさかここに親戚関係でもあったのだろうか。偶然と言うものに驚愕しつつ、勇斗は口を開く。
「……もしかして、御坂美琴さんのお姉さんとかですか?」
勇斗は今まで、御坂に姉妹がいたという話は全く聞かなかった(
「ん、惜しい!」
しかし勇斗のその言葉は、その女性の一言で却下となった。
「……そっか、君がウチの美琴が言ってた千乃勇斗君ね」
そう言って、その女性は微笑みを更に柔らかい物に変化させて、
「こんにちは、勇斗君。私は美琴の“母”の美鈴です。よろしくね!」
「……」
「「「HAHAァ !!??」」」
その驚愕の発言に、勇斗のみならず刀夜や詩菜までもが、素っ頓狂な声を上げることになったのだった。