科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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ep.22 9月19日-6

 

 灼熱といっても過言ではない日差しに照らされた白い肌に、珠のような汗が浮かんでいた。手に持ったポンポンと、チア姿のスカート、そして白銀に煌めく長髪が美しくたなびく。掛け声が止まり動きを止めて、彼女は「ほぅ」と上気した顔で一つ息をつく。

 

「うん、いいですねー。段々まとまってきましたよシスターちゃん!」

 

「ほぇ? ほんと?」

 

「そうだね。横から見ててもわかるくらい、さっきよりも動きが良くなってたよ」

 

 小萌と九重から相次いで放たれる言葉は、どれもインデックスを褒めるものだった。しかし、当の本人は何処か納得がいかないように、不満げに、

 

「そっかなあ……。振り付けは1回見れば覚えられるけど、何か思ってたのと違ってる気がする……かも」

 

「うーん、ま、そりゃあいくらなんでもカナミンみたくはいかないよ。そのイメージ抜きにして考えてみれば全然イケてると思うよ。……先行しちゃってるイメージ抜きで考える、ってこと自体が一番難しいんだけどね」

 

 笑顔のまま、肩をすくめる九重。

 

「九重ちゃんの言う通りなのです!それにそんなシスターちゃんが慣れないながらもいっしょーけんめー応援してくれてる姿を見れば上条ちゃんとか勇斗ちゃんとか九重ちゃんとか他の生徒さん達もがんばろーって気持ちになるのです!」

 

「うん。がんばろー。より。がんばれー。って感じだけど」

 

「「姫神さん(ちゃん)!?」」「あ、あいさだ」

 

 唐突に彼らに声をかけてきたのは姫神だった。実はさっきからずっと3人の近くにいたのだが、誰も気が付いていなかったのである。それに気づいた姫神はデフォルトの無表情に不満と怒りと諦めをわずかに浮かばせつつ、しかしそのことについて何も言う事無しに続きの言葉を発した。

 

「ウチのクラス。他のクラスみたいに目立つ応援もないし。前に出て踊ってくれれば盛り上がるかもしれない」

 

「……盛り上がる? それ本当!? 私が頑張ったらとうまも喜んでくれる!?」

 

「うん。きっと喜んでくれる。と思う」

 

「……よし! ならもっと頑張る!」

 

「その意気なのですよシスターちゃん! あ、でもやりすぎて熱中症にでもなったら元も子もないのです。一旦休憩を入れるのですよー」

 

「むー、わかったんだよー」

 

「こんなことだろうと思って飲み物持ってきた。はい。あげる」

 

 なんだかんだ結局楽しそうな様子の女性3人組を、少し離れた所から九重は見つめる。女3人寄れば姦しい、なんてことわざはよく言ったものだ。

 

「……で、君らは一体何をしてるんだい? 当麻がいることだし、世界の危機と戦ってたりしてもおかしくはなさそうだけど」

 

 3人に聞こえないような小声で、彼のクラスメイト男3人組(+1)について考えながら空を見上げ、九重は呟く。

 

「……たまには僕を巻き込んでくれても、罰は当たらないと思うんだけどね」

 

 ある意味事件を待ち望んでいるとも取れる不謹慎なその一言に、彼は苦笑いを浮かべつつ、そんな呟きは青空に溶けていった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 ――――所変わって。

 

「それにしても……まさかここで使徒十字(クローチェディピエトロ)なんて物が出てくるとはね……。全く、厄介な話だ」

 

「……わざわざ『聖霊十式』なんて持ち出してきて、あちらさんも相当焦ってるんだろうにゃー」

 

 紫煙を(くゆ)らせる深いため息と共に、疲れの滲む小さな声でステイル=マグヌスは呟いた。そしてそれに応える土御門も疲労感に塗れた顔を皮肉気に歪めている。

 

「クローチェディピエトロ……聖ペテロの十字、か。で、その『逆十字』が霊装になるとどんな効果があるんだ? 『聖霊十式』ってのも詳しく教えてくれよ」

 

 チョコソースがたっぷりかかった大きなアイスパフェをつつきながら、勇斗はステイルと土御門に問いかける。

 

 今、勇斗に上条、土御門とステイルの4人がいるのは大通り脇にあるカフェのテラス席(喫煙可)だ。オリアナに逃げられ、おまけに刺突杭剣(スタブソード)だと思っていた物体がただの看板だったりと散々な事になったため、一度集まって話し合いをすることになったのである。そして勇斗が上条と、そして昏倒から復帰した土御門を伴ってステイルの元に着くと、開口一番ステイルは突如こう切り出したのだった。

 

 ――――刺突杭剣(スタブソード)などという霊装は存在しない。今オリアナ達が持ち歩いている霊装の正体は使徒十字(クローチェディピエトロ)である、と。

 

 イギリス、大英博物館からもたらされたというその情報は、その言葉の意味を知る魔術師2人に大きな衝撃を与えた。百戦錬磨、一騎当千の魔術師である2人をして、しばらく言葉を失ってしまう程に。そしてようやくその状態から復帰した2人が放ったのが、先程の言葉だった。

 

「……そうだにゃー。まず『聖霊十式』ってやつの話からするか。とは言え、説明することなんてほとんど無い。名前の通り、ローマ正教に代々伝わる全部で10個存在する高位霊装、ってだけだにゃー」

 

「……日本で言う『三種の神器』的な?」

 

 ちょっと考えてから口を開いた上条の言葉に、土御門だけでなくステイルも頷く。予想していた通りだったのか、勇斗は特に反応を見せなかった。

 

「それくらいわかっておけば理解としては十分だよ。……で、問題になってくるのはこの中の1つ、『使徒十字(クローチェディピエトロ)』についてだね」

 

 そのステイルの一言に、場が一気に引き締まる。

 

「その『ペテロの十字架』――――『逆十字』と呼ばれることもあるその十字架のいわば元ネタとなったのは、十二使徒の1人ペテロだ」

 

「時代を遡る事2000年……は少し遡りすぎか。ともかくずっと昔、そのペテロさんは広大な土地を持っていたんだにゃー。それが後の教皇領バチカン、今で言う『バチカン市国』、つまりローマ正教の総本山になったんだぜい」

 

「詳しい歴史の紹介は省かせてもらうよ」

 

 ステイルはそう言って、勇斗に視線を向け、そして口元を歪めながら上条に視線を移す。

 

「……千乃勇斗にとっては聞き飽きたレベルの話だろうし、君には説明したところで記憶していられないだろうし、それは時間の無駄だからね。……ともかく、元々は十二使徒の1人とはいえあくまで『個人の土地』にすぎなかった場所が、いつしか全世界に20億の信徒を抱える大宗派の総本山にまで『拡大』をしていったわけだ」

 

「……で、そこで問題なのが『どうやって教皇領を作りあげたのか』ってトコだにゃー。つまり、ペテロさんの持っていた広大な土地に、ローマ正教の信者たちはまず最初に何をやったのかという部分ですたい。……勇斗、わかるかにゃー?」

 

「……特定の場所に、宗教的に大きな『意味』と『権威』を与えたって訳か。知ってる限りで言えば……ピラミッド然り、日本の古墳然り、『墓所』の建立ってとこか?」

 

 その勇斗の返答に、ステイルは感嘆の息をつき、土御門は満足げに二ヤリと笑みを浮かべる。――――ちなみに上条は、言うまでもなくお手上げ侍状態だ。

 

「……ビンゴだよ勇斗。土地にペテロの遺体を埋めて、十字架を立てたんだ」

 

 その言葉に、人の『死』というものを感じ取った上条がギョッとした様子で動きを止めた。若干表情がこわばったようにも見える上条だったが、しかし土御門の言葉は続く。

 

「ま、実際にペテロさんが死んだ時代、その場所に大聖堂が建てられた時代、そして時の皇帝から正式に(・・・)その土地を教皇領として認められた時代、いずれもかなりの差があるんだがにゃー。今になって歴史を振り返れば、やはり全ての始まりはペテロさんの墓を作った時ってことになるんだぜい。……聖人の眠る場所ってのは、それだけでデカイ効果があるってことだにゃー」

 

「『教皇領』――――ローマ正教の総本山は、十字架を立てた場所から始まった。……それはつまり、その十字架が、その空間を作り上げていったと言っても良いという事になるだろう?」

 

 今日何度目か。皮肉気にステイルは口元を歪めて。

 

「……『使徒十字(クローチェディピエトロ)』が立てられた場所は、それだけで『ローマ正教』のための空間に作り替えられ、ローマ正教の支配の下に置かれることになる。その支配に例外は無い。科学の中枢たるこの街も、抗う事は不可能だ」

 

 その決定的な言葉に、上条だけでなく勇斗までが凍りつく。目を見開き、何かを言おうと口を空しく開閉させるが、上条も勇斗も言葉を失ったまま立ち尽くすだけだ。

 

「……まあ、『使徒十字(クローチェディピエトロ)』の効果が本当に伝承通りの物であるなら、何も『悪い』ことばかりが起こるわけじゃない」

 

「恐らく……『不都合な』事にはなるだろうがにゃー」

 

「それは間違いない」

 

 そして、2人の魔術師は、『不都合』の正体について話し始めた。

 

「『使徒十字(クローチェディピエトロ)』が作り上げる空間の内部では、主観客観を問わずして『幸運』や『不幸』といった物のバランスが崩れてしまう。……全て、ローマ正教にとって都合よく話が進んでいくように」

 

「かと言ってローマ正教徒以外の人間が切り捨てられるって訳でもないぜい。むしろその十字架は、『隣人愛』なんて言葉に象徴されるように、全ての人間にとって『幸せ』な状況を作り上げるんだにゃー」

 

「……それだけ聞くと、何にも問題が無いように思えるんだけどな。『幸運や不幸のバランスが崩れる』、ってのはどういう意味なんだ?」

 

 2人の言葉に眉をひそめつつ、勇斗はそう問い掛ける。

 

「そうだにゃー……。良いことがあればそれは『ローマ正教のおかげ』ってことになるし、悪いことがあっても『ローマ正教のおかげで助かった』ってことになる。例えばローマ正教がとある地域を『使徒十字(クローチェディピエトロ)』の支配下に置いたとするにゃー。そしたらローマ正教と敵対する側の勢力が、それに反発して(・・・・・・・)その地域でテロを起こしました。辛うじて死者こそ出なかったものの、非常に多くの負傷者が出てしまいました。はい、それではその地域にいた人たちはどんなことを考えるでしょうか?」

 

 途中から芝居がかった口調になった土御門は、そこで一旦言葉を切って勇斗と上条を見た。

 

「――――答えは、『ローマ正教のおかげで死者が出ずに済みました』ですたい。そのテロが、ローマ正教が(・・・・・・)支配を行わなければ(・・・・・・・・・)発生しなかった(・・・・・・・)はずなのににゃー」

 

 その言葉に、勇斗も上条もそろって信じられないものでも見たかのような表情を浮かべた。

 

「……そう、これっておかしいよにゃー? 普通の感性の人間なら、望んで支配された、なんて場合を除けば、キレるのが普通の話だぜい。なのに、何でローマ正教は感謝されてんの……?」

 

「これこそが、使徒十字(クローチェディピエトロ)がもたらす『不都合』だよ。確かに幸福は与えられているけれども、『何かが起きたから幸せ』なのではなく、『たとえ何が起きても幸せだと感じるように』なってしまう。まさしく、ローマ正教にとって快適な『聖地』の出来上がりだ」

 

「そしてそんな『十字架』を持ち歩いて、オリアナ=トムソンとリドヴィア=ロレンツェッティ――――引いてはローマ正教のヤツらは、一体何をしようとしているのか」

 

 そこまでヒントを出されれば、その程度の問いの答えなど明らかだ。苦々しく、勇斗はその答えを呟く。

 

「……学園都市そのものの、支配か」

 

「そうだぜい勇斗。そしてローマ正教の(・・・・・・)都合の良いように(・・・・・・・・)支配された学園都市を足掛かりに、科学サイドごと世界を自分たちの物にするつもりなんだろうにゃー。魔術サイド最大勢力であるローマ正教が、科学サイド最大勢力である学園都市を支配するっていうのは、つまりはそういうことですたい」

 

「……こんなバカげた『取り引き』、絶対に成功させるわけにはいかない。止めるよ」

 

 話を締めくくるそんなステイルの声に、勇斗と上条は頷く。

 

 そんな事、言われるまでも無かった。

 


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