科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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ep.23 9月19日-7

 「色々と修羅場だった」――――上条当麻、かく語りき。

 

 魔術師オリアナ=トムソンとの戦いを切り抜けた上条をして修羅場と言わしめる出来事が始まったのは、昼休みということで人でごった返しているとある喫茶店だった。

 

 その一角。6人掛けのテーブル席を3つ占領している集団がいた。1つには、上条当麻、刀夜、詩菜の上条ファミリーに加えチアリーダー姿のインデックスが腰かけ、インデックスをして絶句させるほどの量のライスバーガー(作:詩菜)を消費するのに忙しい。そして2つ目のテーブルには詩菜と双璧をなす年齢不詳ママ御坂美鈴と、そして何故か九重悟志が一緒にチーズフォンデュを楽しんでいる。

 

「わー、詩菜さんのライスバーガー美味しそう!良かったら1ついただけませんかー?」

 

「もちろんですよー。悟志君も是非食べてね。ちょっと張り切りすぎて作りすぎちゃって」

 

「ありがとうございます。ぜひいただきます!」

 

「みすずー!私もチーズフォンデュたべたいんだよー!」

 

「お、よーし私特製ソースで素晴らしい進化を遂げたチーズを楽しむがいい!上条さんたちも、どんどん食べてくださいねー」

 

「あらあら、それじゃあお言葉に甘えちゃおうかしら」

 

 抱えるほどの大きさのバスケットにみっちりと詰まったライスバーガー、そしてカセットコンロにかけられたチーズ鍋を囲みながら和気あいあいと食事を楽しんでいる両家+α。

 

 しかし、その裏で。最後の、もう1つのテーブル席。そこには、凍てつくような空気が流れていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 2人と2人に別れて、互いに向き合って座っていた。1人が厳しい表情で対面の2人を睨み付けている。睨まれている方の片方はいつものようにふわふわした雰囲気のままその視線を受け止めて(受け流して?)、もう片方は少し困ったような表情で睨んでいる側のもう片方に視線を向けていた。その視線を向けられた、睨んでいる側の睨んでいない方も、同じような少し困った引き攣った表情を浮かべていた。

 

「……………………で、説明してもらえるかしら」

 

 沈黙を破ったのは妙に平坦に響く、少女――――御坂美琴の声だった。

 

「……説明っていわれてもなあ」

 

「超困りますよね……」

 

 御坂の声に応じたのは、最近何かとコンビ的な括りにまとめられている勇斗と絹旗の2人だ。この状況を何と説明したものか、微妙な表情で必死に考えて、

 

「「……何を説明すればいいの?」」

 

「アンタらの関係よ! 何でこの女(・・・)がここにいるのかも含めて! 洗いざらいぶちまけなさい!」

 

 立ち上がって叫ぶ御坂が指差す先には、滝壺がいた。チラチラと視線を向ける御坂のその目に、敵意とそして――――微かな恐れが浮かんでいる。

 

(……ああ、なるほどね)

 

 その様子を見て勇斗は大体の事情を察した。『残骸(レムナント)』騒ぎに際して御坂と絹旗の両者から聞いた話で、妹達(シスターズ)の件で研究所の破壊工作を行っていた御坂と上層部から施設防衛の任を受けた『アイテム』が交戦した事は確認済みだ。より正確に言えば、第3位vs第4位。『アイテム』に所属する第4位の超能力者(レベル5)、麦野沈利の能力は原子崩し(メルトダウナー)。壁や天井などの遮蔽物全てを突き破って飛んでくる、触れたら即死確定のレーザービームだ。そして恐らく、その照準役として能力追跡(AIMストーカー)を持つ滝壺が同行していたのだろう。逃げても逃げても、どこに身を隠しても、正確無比に襲い来る死の光線。トラウマを植え付けるには十分すぎる。

 

「……とりあえず座れ御坂。そんでまず一旦落ち着け」

 

 ハッとした表情を浮かべて周囲を見回して、しかしすぐにムッとした表情に変えて、御坂は着席した。

 

「そうだなあ、まず何から話したもんか…………。なあ御坂」

 

「何よ」

 

「お前の言わんとしてることは大体わかった。お前、滝壺と何かあったんだろ、8月のあの件(・・・)で」

 

「……よくわかったわね」

 

「まあな。で、その滝壺といっしょにいる絹旗と、俺が一緒に居たと。あの件(・・・)で敵対していた学園都市の暗部にいるような人間と、自分の友人が何故か一緒に居ると。なんのこっちゃ、ってことだろ?」

 

「そうよ!さあ、早く説明しなさい!」

 

「はいはい。実はな――――」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「あらあら、勇斗君ったらいつの間に刀夜さんに似てきちゃったのかしら。女の子が女の子に『あんたはアイツの何なのよ!』的なセリフを吐いちゃうような修羅場を作り出しちゃうなんて、男の子はしばらく見ない間に変わってしまうものなのねえ」

 

「おい当麻、悟志君、いったい勇斗君はどうしたんだ? まさか3股か? 3股だったのか?」

 

「えー? うちの美琴ちゃんも実は勇斗君狙いだったの? マジで?」

 

「いやいや美鈴さん、御坂ちゃんの狙いはここにいる朴念仁(かみじょう)ですよ」

 

「悟志、『狙い』とか縁起でもないこと言うのはやめてくれ……。ワタクシはこれから先常に背後からの超電磁砲(レールガン)に警戒をしなければならなくなってしまいます……。……ん? どうしたインデックス、何で急に不機嫌になってんだ?」

 

「……何でもないもん」

 

「ははは、相変わらずだね当麻は。いや、今のは僕が原因か。ごめんごめん」

 

「?? まあ別にいいけど。それよりあれだろ、勇斗の本命ってあの栗毛の子じゃなかったか?」

 

「ああ、やっぱりそうなんだ。ファミレスでバイトしてる手芸部の友達が言ってたのは本当の事だったんだね」

 

「俺は血の涙を流さんばかりにハンカチを噛みしめた青髪から聞いたけどな……」

 

「え、でもとうまとうま。私が言うのはちょっとアレかもしれないけど、あの子だいぶ『若』いと思うんだよ」

 

「お、勇斗君って何も知らない無垢な少女を自分好みに染めていくようなそんな趣味があったの?」

 

「いやいや美鈴さん、勇斗に限ってそんなことは…………」

 

「……どうしたんだよ当麻。そこで黙ったらフォローにならないんじゃない?」

 

「いや、……でも悟志。思い返してみたらアイツの周りって、大半を年下の女の子が占めてなかったか?」

 

「………………擁護材料が跡形もなく時空の彼方に消えて行ったね………………」

 

「……ま、まあまあ。自分であー言っといてなんだけど、恋ってのは年齢なんて関係ないのよ。私も大学に通ってるけど、オジサマと付き合ってる女子大生って意外と多いわよー?」

 

「えっと、それはまた別の問題じゃ……」

 

「まあ要するに、犯罪さえ起こさないんなら男女関係はほっとくのが良いってことよ。当人たちに任せておけば大丈夫よ」

 

「……母さんまで頷いてるけど、本当にいいのだろうか……」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「――――という訳だ。なんだかんだ言って絹旗も滝壺も俺たちには協力してくれたんだよ」

 

「……納得はできないけど、協力してくれてたってのはよくわかったわよ」

 

 足を組んで、難しい表情を浮かべながら眉間の辺りをつまむ御坂。

 

「……ああもう、何でこう私の周りの人間関係はこんなにややこしいことになってんのよ。折角だからあの銀髪シスター(インデックス)についてアイツを問い詰めてやろうと思ってたっていうのに……!」

 

 そのまま何やらぶつぶつと言い続けながら思考に沈んでいく。

 

「……勇斗さん、『インデックス』とか『アイツ』って誰の事なんですか?」

 

「んー、簡単に言えば『恋のライバル』と『好きな年上の先輩』かなあ。ああ、その『アイツ』って俺の友達の事っつーか、2人ともあっちのテーブルにいるんだけどな」

 

 そう言って勇斗は、そちらの方に視線を向ける。

 

「ほら、あのツンツン頭が『アイツ』でチアの格好の銀髪碧眼の女の子が『インデックス』だよ。ちなみにあの茶髪はまた別の俺らの友達」

 

 それにつられて、絹旗と滝壺もそのテーブルに目をやって、

 

「……家族ぐるみの、三角関係?」

 

「意外と超ドロドロしてるんですね……」

 

 思い思いの感想を口にした。あながち間違ってない辺り、勇斗としてもコメントは差し控えたい。

 

 と、何かしらの結論が出たのだろう、難しい表情のままではあるが御坂はやおら立ち上がる。

 

「……アンタらのおかげで助けられたのも事実だから、感謝はしておくわ。ありがとう。……でももし、次に敵対した時は、全力で叩き潰すから」

 

 そして返答も待たずに、言葉少なに家族のいるテーブルに戻っていった。

 

「……何というか、超気難しいですね」

 

 その後ろ姿を目で追いながらそう評する絹旗。

 

「複雑なんだろ。敵対したかと思ったら実は助けられてたわけだからな。……さてと、俺らもそろそろ飯にしよう。腹が減っては何とやらって言うし」

 

「「(超)賛成(です)」」

 

 とりあえず修羅場は乗り切った。今は午後から再開されるだろうオリアナとの追いかけっこのために、少しでもエネルギーを補給しておかなければならない。騒ぎ出す上条と御坂の横、優しい笑顔で詩菜が手招きしている。

 

「……俺ら3人の分もあるみたいだし、行こう」

 

 こうして勇斗は2人の少女を引き連れて、詩菜たちのテーブルに向かうことにしたのだった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「さて、と。……準備できたぞ土御門」

 

 遠くから聞こえてくる喧騒以外、静寂に包まれる風紀委員第177支部。その一角に設置されたパソコン(初春によるカスタム済み)デスクの前に、勇斗は座っていた。

 

『可愛い彼女との食事中に悪いにゃー勇斗。申し訳ないけど頼むぜい』

 

 通信状態のイヤホンからは聞き慣れた金髪アロハな友人の声が聞こえてくる。その内容に、勇斗は顔をしかめて、

 

「……一言余計だよ」

 

 大所帯での食事中、突然かかってきた土御門からの電話の指示に乗り、勇斗はあの場所を抜け出していた。幸いなことに上条ファミリー+御坂ファミリー+αは絹旗滝壺の2人のことも快く受け入れてくれたので、安心して抜け出すことができたのだった。

 

「本当に範囲は第5と第7学区だけで良いのか?」

 

 軽快なタイピングを続けながら、土御門にそう問いかける。

 

『ああ。5分前に青ピが、第5学区に向かうモノレールに「おっぱいが零れそうなほど巨乳なのに超露出が多い金髪碧眼のお姉様」が乗りこむのを見たらしい。いくら今大覇星祭が行われているからって、そんな際どい衣装を着てる人間なんてそうそういないだろ。賭けてみる価値はある』

 

「……確かに、色々目立つだろうからなあ、あんなスタイルじゃ」

 

『アイツが敵対してる魔術師じゃなかったら穴が開くほど眺めたいところなんだがにゃー』

 

「同感だな」

 

 そう返した勇斗の目の前のディスプレーに、第7学区から第5学区に向かうモノレールの沿線の駅の監視カメラの、その中でも『金髪』の人間が映り込んでいるカメラの映像が映し出された。思ったほど数は多くない。数は全部で5つ――――いや、6つ。勇斗はその1つ1つに目を通していく。

 

『どうだ勇斗。見つかりそうか?』

 

「……………………青ピには今度何か奢るべきだな。焼肉食い放題でもいいんじゃないか」

 

 笑い出しそうになるのを抑えて、半ば投げやりに勇斗は言う。

 

『……マジか。どこだ?』

 

「ここは…………、第5学区の『西部山駅』、A1出入り口だ。とりあえずカメラで追跡してみる」

 

『わかったにゃー。頼むぜい。俺はカミやんとステイルに「待て土御門」……どうした?』

 

「カメラからオリアナが消えた」

 

『……なんだって?』

 

「監視カメラの追跡システムを振り切られた」

 

 無駄にも思える言い換えをしつつ高速タイピングを再開し、再び周囲のカメラに検索を掛けるが反応は無い。不自然に、オリアナの姿はそこから消えていた。

 

「……カメラの死角にでも入ったか、あるいは」

 

『……視覚情報を遮断する術式でも使ったかにゃー。勇斗、そこのカメラには熱源探知機能(サーモカメラ)はついてないのか?』

 

「悪いが非対応ゾーンだ」

 

『ちっ……。わかった。とりあえず追跡を続けてくれ。俺はカミやんステイルと連絡を取る』

 

「了解」

 

 その一言で通話が切れる。もどかしさと苛立ちを覚えながらも、勇斗は周囲の捜索を続ける。

 

 そして、しばらくして、土御門から再びの通話。しかし今回は、位置情報を示すデータ付きだった。

 

「……どうした?何かあったのか?」

 

『いや、万策尽きてにゃー。一応聞いておくが、そっちはどうなんだにゃー?』

 

「……想像通り、出てないな」

 

 その言葉に、溜息。

 

『やっぱりにゃー。てことはいよいよ、俺が追跡魔術を使わないといけないわけだ』

 

「……大丈夫なのか?」

 

『大丈夫、とは言い切れないのが正直なところだにゃー。反動次第じゃ碌に動けなくもなっちまうし、そんな状況でオリアナに逆探知(カウンター)でもされたらぶっ倒れちまう。だから勇斗、もしなんかありそうなら一っ飛び助けに来てほしいんだにゃー』

 

「そう言う事なら任せてくれ。この位置なら……飛ばせば2-3分ってとこか。そんくらいは自分でもたせてくれよ」

 

『そんくらいなら何とかなるぜい。そんじゃ、早速始めるとするか……』

 

 その言葉と、そして何か二三物音があって、何かが発動したのだろうノイズのような音と湿っぽい音、咽たような咳の音、荒い吐息が続いた。

 

 ――――しばらくして、途切れがちな声で上条とステイルに指示を出す土御門の声が聞こえてくる。全身を血まみれにしながら、それでも魔術を使い続ける土御門の姿が勇斗の目に浮かぶ。そんな時に、何もしていないわけにはいかない。範囲をさらに広げて検索を掛けようとした。

 

 と、そんな時に、

 

『いや、待て。……オリアナが急に向きを変えた』

 

 という土御門の一言が、勇斗の手を止めた。土御門の言葉は止まらない。

 

『カミやんが、言っていたモノレールの駅に、向かうルートから……直角に曲がってる……? オリアナの行き先は、発車駅じゃないのか―――、ッ!! なんだ、コイツ、いきなり速く……ッ!?』

 

 焦りに彩られた土御門の言葉が、勇斗の胸に漠然とした不安をもたらす。

 

『野郎、どこを目指して……っ痛! くそ、こんな時に……、いや、大丈夫だ、カミやん。……アイツの位置なら、すぐに特定してや―――オイ、嘘だろ……くそ、そういう事か! 勇斗!! たの――――』

 

 勇斗の名前と共に何かを言いかけて、――――耳障りな雑音がイヤホン越しに勇斗の耳を貫く。そして半ば強引に、通信が遮断される。

 

 ――――同時、弾かれたように、勇斗は支部を飛び出した。

 


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