科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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ep.24 9月19日-8

 体操服に身を包む大柄な体が宙を舞い、硬い通路の上でバウンドして、転がった。用意していた2台の携帯電話は手を離れ、更に大きな放物線を描いて通路の向こうに消えて行く。鍛え抜かれた土御門の肉体をして呻き声すら挙げることを許されない程の衝撃が、突如として彼に襲い掛かったのだ。

 

「ご………ッ!?」

 

 わずかに口から洩れるのは、衝撃に押し出された肺の中の空気だけか。

 

「甘いわよー坊や。ついさっき、同じ追跡術式を使って痛い目にあったのを忘れちゃった? こんなすぐにマンネリだなんて、もうちょっと男の子には頑張ってもらいたかったんだけどなあ」

 

 甘く妖艶な声と、そして何かを踏みつぶす、ぐしゃりという音。視線を向けるまでもない。オリアナ=トムソンが、追跡魔術『理派四陣』の陣を踏みつぶしたのだろう。そこまで理解が追い付いたところで、土御門は地下街の冷たい通路に爪を立て、よろけながらも立ち上がる。

 

 目を向けた先にいるオリアナの姿はさっきまでの作業服姿では無かった。露出多めの、キャミソールとロングスカート。スリットだらけでスカートとしての意味を為していないためか、パレオを腰に巻いている。なるほどこんな服装なら、青髪ピアスが目を奪われるのも仕方ない。健全な青少年たちにとっては目の毒だ。間違いない。

 

 そんなことを思う土御門に対峙して、オリアナは単語帳――――『速記原典(ショートハンド)』と便宜上呼んでいる、魔道書の原典を手の中で遊ばせて、

 

「とはいえ、お姉さんも頼まれた分のお仕事はちゃーんとこなさないといけないからねえ。とりあえず邪魔になりそうなオオカミさんの退治に来ちゃいましたー♪」

 

 告げて、カードを破り取る。

 

 吐き捨てられたカードに浮かぶ、『青』の[Wind Symbol]。『水』の影響を受けた『風』の象徴。カマイタチを纏う氷の鎖が、オリアナの周囲に虚空から出現する。

 

 虚空を舞い、殺到する鎖。複数の角度から一斉に、そしてあるいは絶妙な時間差で蛇のごとく絡み付いてくるそれらの縛めを受ければ、出血と凍傷で意識を刈り取られるまで拘束されるだろう。動きの鈍る身体に鞭を打ち、紙一重のタイミングを見極め、安全地帯に身を置いていく。

 

 ――――カマイタチによる微細な切り傷を全身に負いながらもその全てをやり過ごし、しかしなおも獲物を求めてのた打ち回るその『蛇』を、歯を食いしばり、魔術で以って叩き落とす。微かな賞賛の微笑みを浮かべるオリアナに、彼女の一撃やカマイタチによる切り傷からのものではない、体の奥から滲み出る血の珠が彩る凄惨な表情を向ける。

 

「……『背中刺す刃(Fallere825)』。教えてやるよ、こいつがオレの魔法名さ」

 

 その一言に、オリアナの表情が一瞬固まって、そしてわずかに口の端を歪めて、笑った。

 

「……それを言ってしまった、言わせてしまったからには、もう言葉は必要ないわね。お姉さんの名前は、『礎を担いし者(Basis104)』。熱い戦いがお好みなら、好きなだけ付き合うわよん……!」

 

 トッ、と。言葉の直後に、床を蹴る軽快な音が連続した。

 

 魔術を自由に扱う事が出来ず遠距離攻撃の手段を封じられている土御門が、一気にケリをつけるために飛び出したのだ。対してオリアナは再び単語帳のページを咥え、魔道書の原典を噛み千切り、吐き捨てる。

 

 オリアナの目前ギリギリまで迫っていた土御門の目の前で、ひらひらと宙を舞ったページが地面に舞い降りた。瞬間、地面が爆発し、ゴツゴツした土砂の槍が土御門目がけて跳ね上がる。

 

 それを予想していたのか、槍が完全に出現するそれよりも早く、土御門は体を捩り槍による一撃を回避する。そしてその勢いを乗せて、拳を叩き付けた。

 

 首元に叩き付けられた一撃を受けて、オリアナの体が()()()()

 

 目を見開く土御門の視界の隅。ひらりと舞う、噛み取られたもう1枚のページ。それを頭が情報として認識したところで、――――横合いから飛んでくる『何か』を、土御門の魔術師としての第六感が捉えた。

 

 万全の状態なら、せめて先制攻撃やカマイタチ、魔術による拒絶反応のダメージが無ければ、それを躱すこともできたかもしれない。しかし積み重なったダメージで鈍った身体がそんな機敏な動きに追いつけるはずもなく。間に合ったのは、申し訳程度の腕によるガードだけ。しかしそんな矮小な防御で、土御門に叩き付けられた不可視の壁は止められない。為す術もなく、土御門の体が吹き飛ばされた。

 

 追撃が襲う。オリアナの周囲に白い光点が複数浮かび上がったかと思うと、それらは彼女の周囲を速度を上げつつ旋回し、同時に体積を増していく。そしてあっという間にバスケットボール大の大きさにまで膨らむと、次々に土御門の元へ殺到した。

 

 それを確認した土御門は瞬時に体制を整え、横っ飛びで直撃だけは避けるが、壁にぶつかったり、あるいは球体同士でぶつかったりして爆発を起こし、その爆風が不安定な体制のままの土御門に襲い掛かり、彼を床に叩き付ける。

 

「んー……、魔法名を名乗った割に、魔術を使わないつもりなのかな? 今の『壁』も『球体』も、威力はあるけど耐久性に難があるのがネックだったんだけど」

 

 口に溜まった血を吐き捨て、ふらつきながら立ち上がる土御門にオリアナは不思議そうな表情を浮かべて、

 

「……ま、それがあなたの流儀であるというのなら、お姉さんとやかく言うつもりはないけど、ねっ!」

 

 予備動作を見せること無く再び一瞬で距離を詰めた土御門の拳を受け流し、同時に振り下ろされた踵も足を引いて回避するオリアナ。拳の勢いも借りて後ろに倒れ、そのままバク転の要領で土御門の顎を蹴り上げた。

 

 鈍い呻き声を上げて倒れ込み、それでもまた魔術師は立ち上がる。しかし対する魔術師は、そんな姿を不満と失望の入り混じった視線で見下ろしていた。

 

「……とはいっても、ね。そんな若さを持て余したようなただの突撃に、いつまでも付き合っていられないのよね」

 

 はあ、と残念そうに溜息をついて、オリアナは単語帳のページを口元に運ぶ。

 

「……魔法名を名乗るだけの覚悟が本当にあったのなら、この攻撃に耐えてみなさい。それができないなら、魔法名を安売りしてしまった自分の軽率さを恨みながら、勝手に埋まってしまうといいわ。お姉さんの魔法名には、それだけの覚悟が込められているから」

 

 咥えて、噛み千切ったのは、『青』の[Soil Symbol]。魔術が発動し、オリアナより前方の『地面』が、物理法則を無視して一瞬『液体』に変わり、バランスを失った天井が、壁が、周囲の土砂が、一体となって崩落を生み出す。

 

 それを見て、土御門は血まみれでズタズタに切り裂かれた体操服から一枚の折り紙を取り出し、恐るべき早さで何かを織り上げて、

 

全テヲ始メシ合図ヲ此処ニ(へいわボケしたクソッたれども)眩キ光ト鋭キ音ト(しにたくなければ)……」

 

「遅いわよ」

 

 詠唱を遮るように放たれたオリアナの言葉と同時、崩落の波が土御門に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「やりすぎ……よねえ……」

 

 崩落がおさまり、静けさが周囲を包む中、オリアナは目の前の惨状を眺め、困ったような苦笑を浮かべて、呟いた。

 

 通路は完全に崩壊したと言ってもいいだろう。土煙がもうもうと立ち込め、視界は途絶えている。破壊された水道管からか、派手な音を立てて水が地下街に流れ込み、オリアナの足を濡らしていた。

 

 それでも、ひどい破壊状況ではあるが、一般人への被害は無いと胸を張って言える。地下街突入前に周囲に『人払い』は掛けてあるし、突入直後には認識阻害に加えて魔力遮断効果を持っている結界を地下街の範囲に合わせて張っている。一般人はなおの事、手練れの魔術師すらも欺く程の結界だ。今戦っていた魔術師以外で、この崩落に巻き込まれた人間はいないはず。彼女は犠牲を可能な限り減らすための配慮は怠らないのだ。

 

 ――――が、しかし。

 

「そうだな。やりすぎだ。俺がこんなことしたらどんだけ始末書を書かされる羽目になるか、……考えるだけで恐ろしい」

 

 彼女の予想をことごとく裏切って、独り言に律儀に反応する、この場にいるはずの無い人間の声がした。

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間、強風が吹き荒れ土煙が吹き散らされる。

 

 そこにいたのは、

 

「――――ギリギリじゃねーかよ。遅れてたらどうするつもりだったんだ?」

 

「……運を天に任せるしかなかったな。それくらい追い詰められてた」

 

 魔術師をその背に庇うようにして立つ、翼を持つ能力者――――。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「…………あらあら、男女の情事の現場に押し入るなんて、マナーもへったくれもないのね」

 

 言いながら、オリアナは自分の表情がわずかに強張るのを自覚していた。結界が破られている。不安定で、すぐに自己崩壊してしまうとはいえ、曲がりなりにも魔道書の『原典』を用いた結界が。

 

 魔術の解除。普通に考えれば、それを行ったのは魔術師である金髪の少年――――土御門のはず。しかし今、オリアナの目の前に立ちふさがる翼の少年――――勇斗も底が知れない。先の戦闘で、彼女は勇斗に切り札として用意していた魔術を破られている。まさか、今回もそう(・・)なのか? まさか、この少年は魔力を探し出すことすらできるのか? 手練れの魔術師ですら手こずる、その作業を? この街の、能力者が?

 

 その道のプロフェッショナルであるが故に、オリアナの思考はどんどんと深みにはまっていく。行動が、停止する。

 

「……これで、準備は完了だ」

 

 唐突に、土御門が呟いた。

 

 強引に現実に引き戻されたオリアナの視線が、土御門の手元の、血まみれの折り紙で作られた鳥のようなものと、何か文字のようなものが刻印された四角い紙を捉える。

 

「……何なのかしら、それ。結界を壊して、その翼の子を中に入れるための術式?」

 

 攻撃の直前、何らかの術式を詠唱していたが。それに用いた霊装なのだろうか。

 

「残念ながら、違う。使おうとはしたがな。……結界を壊したのは俺じゃないぞ」

 

 そう言って、折り上げられた鳥を土御門は何のためらいもなく破り捨てる。そして、もう一方の『霊装』を、ひらひらと見せつけるように遊ばせて、

 

「……こっちはただの通信術式さ。仲間に連絡を入れるための、な」

 

「……その仲間って言うのは、結界を破ったこの翼の子の事ではないというのなら、もしかしてお姉さんを追いかけ回してた2人組のことかしら? それなら興醒めね。あの程度なら、2人まとめて腰砕けにしてあげられるわよ」

 

 オリアナのそんな言葉を、土御門は嘲笑と共に斬り捨てる。

 

「またまた残念ながら、大外れだ」

 

「……何ですって?」

 

「オレとステイルはイギリス清教として、そしてこの千乃勇斗と上条当麻は学園都市の人間として動いている。そのメンツがたったの4人だけ? ……お前の頭は花畑か。『必要悪の教会(ネセサリウス)』のメンバーだけでも、どれだけの数がいると思っている」

 

 その言葉にオリアナは一瞬怯むが、すぐにそれに反論する。

 

「……ハッタリね。私はここに遊びに来たわけじゃない。この街を中心にした科学サイドと魔術サイドの駆け引きについては綿密な下調べはしてあるわ。特定の集団に属する魔術師だけを多数招き入れるなんてことをすれば、両サイドの関係は悪化する。イギリス清教と学園都市が、そんな策を許可するはずがないわ」

 

 と、そこで。聞き手に回っていた勇斗が、ようやく口を開く。

 

「……学園都市の支配がお前らの目的だと分かった状態で、どうしてそんな縛りを守り続ける必要があるんだよ。自分たちの身が危うくなってるんだ。そんな綺麗事が通じるとでも思ってんのか」

 

「……、」

 

 その勇斗の言葉を、土御門が引き継ぐ。

 

「お前らの目的が判明した時点で、俺達学園都市暗部の人間に学園都市統括理事会からの通達があった。『敵が実際に敵対行動を行った場合、迎撃・捕縛等に限るが、魔術側への攻撃を認める』……らしいぞ?」

 

「……そんなことを突然言われて、信じると思うの? もしもお仲間がたくさんいるなら、あなたが単独で動く必要は無い。探索魔術だって、別に怪我をしているあなたが使う必要もないし、護衛や見張りをつけることもできた。別にその翼の子と一緒に行動しても良かったわよね」

 

「……世間話が好きだと言うのなら付き合ってやっても良いが……自分から時間稼ぎに協力してくれるなんて殊勝な心がけだな、オリアナ=トムソン。もうアイツがここに到着するまでそうかからないぞ。……全く、苦労した。こんな状況であるとはいえ、流石にアイツの投入は上が良い顔をしなかったからな」

 

 オリアナが、その言葉に眉をひそめた。

 

「運んでいる物が『刺突杭剣(スタブソード)』でないのなら、遠慮なくアイツが使えるさ。むしろ待機させておく理由なんてない。最悪の弱点が存在しないのだから」

 

「……まさか、」

 

 手汗がひどい。唇が乾く。知らず、呼吸が浅くなる。

 

「こんな危機だ。神裂火織という名の聖人を呼んだって、罰は当たらないだろう?」

 

「……!!」

 

 オリアナの全身を嫌な震えが襲う。聖人。世界全体に20人といない、正真正銘の怪物。

 

「……さて、それじゃあ更に時間稼ぎに付き合ってもらおうか。勇斗(コイツ)は敵対魔術勢力に対する科学サイドの隠し玉だ。楽しませてくれるだろうよ」

 

 土御門がそう言って、――――その前にいた、勇斗の姿が掻き消えた。

 

「――――ッ!!」

 

 半瞬遅れて、オリアナは後ろに飛び退る。ほんの少し前に彼女の体があった場所を、交差するように振り下ろされた翼が通過していった。

 

 ――――速い。

 

 刹那、オリアナは使用するページを頭の中で考える。探索術式はページごと破壊した。話の真偽が明確でない今、この場でどう立ち回るのが最適解なのか。

 

 続けざまに放たれた不可視の弾丸を、『原典』の自動防御術式が撃ち落とす。体勢を立て直しつつ見てみれば、翼にはさっきと同じようなノイズが走っている。この翼の一振りで、オリアナの術式は文字通り吹き飛ばされたのだ。

 

 頭の中で現状を整理して――――舌打ちをして、オリアナは逃走を選択した。

 

 魔術で天井を攻撃し、身を翻して、背後に注意を向けつつ地下道の出入り口へと走る。

 

 計画の練り直しが必要になるかもしれない。場合によっては、聖人への対策も。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「……行ったかにゃー?」

 

「……みたいだな」

 

 2人そろって、土御門と勇斗は溜息を吐く。

 

「全く……即興で(・・・)ハッタリをかますとか心臓に悪すぎるだろ。ミスったら全てがおじゃんになってたかと思うと冷や冷やもんだったよ」

 

「にゃー、でもうまくいったんじゃないかにゃー? 多少ツッコミどころはあったけど、オリアナを撤退させることができたわけだからにゃー。勇斗のあの牽制も効果は抜群だったぜい。少しでもビビらせたらこっちのもんだぜい」

 

「……暗部にいるだけじゃなく、科学サイドの隠し玉扱いか。変な奴に目をつけられないといいけどな……」

 

 遠い目をしながら勇斗は呟く。

 

「……にしても、まさか『原典』の結界を破ってくるなんてにゃー。びっくりだ」

 

「俺もびっくりだ。指定地点に行ったらガラスでできたドームみたいなもんが出来てたから、吹っ飛ばそうと思って翼振ったらあっさりぶっ壊れただけなんだからな」

 

「……カミやんも言ってたが、その翼のノイズが気になるよにゃー。いったいなんなんだろうにゃー」

 

「どことなく棒読み臭い所が気にかかるけど、それに関しても同感だよ。けどまあ、使える物は使うべきだろ」

 

「ちがいないにゃー」

 

 そんな会話で笑いあう2人だった。

 




(2/15 追記)

 つい先日、エンデュミオンを読みました。アリサちゃん可愛いですよね。prprしたくなりますよね。
 話に出そうか出すまいか迷いましたが、出したくなってきますよね。上条さんか勇斗君と絡ませたくなりますよね。
 ということで上条さんか勇斗君のお相手としてアリサちゃん出すかもしれません。多分。
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