事態は予想外の方向に大きく動きはじめた。
きっかけは、勇斗と土御門の元に送られてきた2通のメールだった。
1通目はステイルから。件名は『The report of “Croce di Pietro” from British Museum(大英博物館より、『使徒十字』に関する報告)』。本文も英語だ。
それとほぼ同時に送られてきた2通目。これは上条からだ。内容は無く、本文も舌足らずなたった一文、『なんでオリアナは学園都市の中を動き回ってたんだ?』のみ。
「……勇斗、このメールを読んでてもらっていいか? その間にカミやんにメールの意味を聞いてみる」
「別にいいけど……魔術に関係することなら土御門の方がわかるんだから土御門が読んだ方がよくないか?」
「ある領域の知識にどっぷり浸かってると、その領域の物事の一面しか見えなくなるからな。魔術とあまり関わりが無い勇斗に見てもらった方が、俺の気付かない何かに気づいてくれるかもしれないだろ」
そう言って、早速土御門は上条に電話を掛けた。なるほど、と声には出さずに頷いて、勇斗もメールの文面に目を落とす。
(なになに……、『
要約すれば、『光を当ててはいけない』だろうか。何だ、光に当てると爆発でもするというのか。
(……いや、それはないか。考えられるのは、光を当てることで霊装が発動してしまう、とかか? ん、続きがあるな……、この保管庫では年に2回、6月の終わりと年末に大掃除が行われる。担当部署の監査を行う人間の報告によれば、その大掃除をするにあたって守らなければならないルールがいくつかあったらしい。1つ目、“決められた日付に行わなければならない”。2つ目、“決められた日付の昼の内に済ませなければならない”。また、これに関連すると思しき記述として、昼の内に掃除をやるのを忘れたりできなかったりした時、保管員は夜に作業をせずにさっさと帰宅してしまった、また、この保管員たちの態度もあまり良い物とは言えない。勤務時間中にホロスコープで星占いをしていた奴らまでいた、という監査人の愚痴(?)が存在。 シェリー=クロムウェル ……って、こいつは確か新学期頭のアイツじゃねーか!仕事復帰が早いな!)
最後の最後に驚愕が待ち受けはしていたものの、ステイルがイギリス清教に調査を頼んでいた件についての結果は以上らしい。内容を報告しようと土御門の方を見てみるが、向こうは向こうで何やら気になる点があったらしく、盛り上がっているようだ。それなら、と、勇斗はメールの内容について1人で考えを巡らすことにする。
(……光を当ててはいけないと言っておきながら、掃除を昼にやるってか。なら“当ててはいけない光”ってのは太陽光ではないってのがわかる。つまり、霊装発動のキーになる光(仮)は夜に存在する光――――月光、あるいは星の光か)
月光も、星の光も、魔術的には大きな意味を持つことを勇斗は知っている。月は大天使ガブリエルが司る星であり、また、古今東西様々な地域で月にまつわる“おまじない”が存在している。星だって、羅針盤やコンパスなんてものが存在しなかった時代には道標として用いられ、そこから転じて信仰の対象になっていた歴史がある。月も、星も、そして太陽も、人間に光をもたらしてくれる存在は崇められてきたのだ。
(……ただし、月は毎年同じ日に同じ月が出てくるわけじゃない。太陰暦を使えば同じ日に同じ月齢の月が昇るけど、ヨーロッパじゃ紀元前45年にユリウス暦が導入されてるからわざわざこの霊装だけに太陰暦を適用する可能性は低い。特定の月齢が霊装発動のキーになるんだったら、6月と12月のそれぞれ末に掃除をすると決定する理由が出てこない。それなら、月光はあり得ない。星の光がキーだ)
夜空における星の見え方には地球の公転が関係し、その公転周期をもとに作られた太陽暦における1年が経てば、同じ日には同じような星空が天上に広がる。
(それなら、保管員たちがホロスコープで星占いをやってた点とも辻褄が合う。こんな高位霊装を仕事中に遊ぶような下っ端なんかに扱わせるわけがないし、エライ聖職者が仕事中に遊ぶわけがないしな。むしろその星占い自体が仕事の一部だったんだろう)
と、勇斗がそこまで考えをまとめたところで、土御門が上条との通話を終えたらしく、勇斗に声をかけてきた。
「……で、どうだ勇斗。何かわかったことはあるか?」
「推論は立った。あってるかどうかは知らないけどな。そっちは?」
「ああ。今回の事件の前提の部分で、いくつかおかしな点が見えてきた。良い収穫だ。とりあえずカミやん達と合流することになったから、そこで報告会と行こうぜい」
「そうだな」
久方ぶりにマイナスの感情の無い笑みを浮かべて、2人は移動を開始した。
▽▽▽▽
「……って感じじゃね? と思ったわけだ」
そう言って、勇斗は自らが立てた推論の発表を締めくくった。聴衆の3人の内、2人は心得顔で頷き、残り1人は悔しげな表情を浮かべていた。
「俺でもわかったぞ勇斗!」
「ステイルは最近の任務で頭を使わずにただ全てを燃やし尽くしてきたからにゃー。頭が鈍ってんじゃねーの?」
「……否定しきれない部分が多々あるね。こんな重要な情報を見逃すとは思わなかった」
こんなにあっさりと負けを認めるステイルを見るのはもしかしたら初めてなんじゃないかと勇斗は思った。
4人は再び喫茶店のオープンテラスの一角を陣取って、作戦会議を行っていた。上条の疑問と勇斗の推論が場に出され、今からはそれをまとめていく段階だ。
「確かに星、あるいは星座なんかを利用する魔術や霊装は決して珍しい物ではないね。占星術なんて魔術分野が存在しているくらいだし」
「天使の召喚なんかも季節の星座に合わせて術式や陣を変えるもんだしにゃー」
そんなことを言う魔術師2人に、上条が尋ねる。
「星とか星座を利用する、って言葉で言えば簡単だけどさ。具体的にはどんなことをすればそんなことができるんだ?」
「んー、……天球、って概念は知ってるかにゃー?」
「てんきゅー?」
「プラネタリウムをイメージしてくれると君でもわかるんじゃないかな。実際には何兆キロも離れている星の実際の位置では無く、ドーム状の天井に投影された
「実際の位置は無関係なんだにゃー。
「――――!!」
その一言で上条は言葉を失った。実際に見たその時の光景を思い出したのだろう。勇斗も伝聞でなら耳にした。自分の知らないところで起こっていた、自分の能力名とほぼ同名の魔術『御使堕し《エンゼルフォール》』の一件。その時の大天使の顕現と、その力の片鱗を。
その話を聞いた時には、天使って随分ぶっ飛んだ力を持ってるんだな、とかなんとか思ったのを覚えている。実際に見ていなかったから全く実感は湧かなかったが。人間の身で生きていて、『天体の位置関係を自由自在に動かせます』とか言われて実感が湧く人間の方がどうにかしている気がする。そんなことを言われて実感が湧いてしまうような体験をする生き方なんてしたくない。勇斗の目の前には一般人なのにそんな体験をしてしまったかわいそうな人間が1人いるわけだが。
――――閑話休題。
「おそらく『
「なるほど……」
上条は腕を組んでフムフム頷いている。
「だけどまあ、それに関してもいくつか疑問点は残るけどね」
と、そこでステイルの一言。
「さっきも話したんだけど、『
「……ああ、それについては勇斗が言ってたんだけどにゃー」
「星座の魔法陣を使うってことは、星空の条件さえクリアできれば力の補充はできるんだろ? ってことは同じような魔術的意味さえ読み取れるんなら、別に違う日だって何処でだって使える可能性があるってことにはならないのか?」
「………………………………無きにしも非ずだよね」
何だ、今日のステイルは疲れているのだろうか。
「ともかくだ。オリアナ達が今の仮説通りに動いていると仮定すれば、タイムリミットは日没付近ってことになるにゃー。恐らく……午後6時から7時にかけてだろう」
現在時刻は午後4時を回る所。つまり残されているのはあと2-3時間ほどだ。その間にオリアナとリドヴィアを発見し、『
「なら……僕と土御門でオリアナが通ったルートを逆走して解析してみるよ。何か共通点が見つかるかもしれないし、これからどこに向かおうとしているかがわかるかもしれないからね」
「それがいいだろうにゃー。ま、その間は勇斗とカミやんは休んでてくれ。ここからはプロの仕事だにゃー」
「ちょっと待った、土御門。 お前、勇斗が来るまでオリアナにボコられてたんだろ? お前こそそんな状態で動いて大丈夫なのか?」
「……カミやん、俺は『プロ』って言っただろう? イギリス国民が払った税金からひねり出された給料をもらってこの仕事をやってるわけだにゃー。こんな所で休んでたら、
そう言って、ニヤリと笑う土御門。
「……そう言う訳だ、しっかり休んで、オリアナとの戦いに備えておいてくれよ。千乃勇斗の戦闘能力もそうだし、君の右手にも期待しているからね」
ステイルはそう言い残して、そして2人は日の傾き始めた街の中に消えて行った。
と、本当にタッチの差だった。2人の姿が路地の向こうに消えて、それを見届けたまさにそのタイミングで。
「あ!上条ちゃんに千乃ちゃん!やっと見つけたのですよ!」
「……とうま、ゆうと、こんな所で何してるの?」
「上条君と。勇斗君。サボり?」
彼らの背後から3人の女性の声。
ギクリとして、2人は振り返る。
そこにいたのは、チア衣装を着たインデックスと小萌先生。体操服姿の姫神と、その3人の後ろで済まなさそうに手を合わせ頭を下げる九重だった。
「全く! せっかくシスターちゃんが2人のためにチアの衣装を着て振り付けの練習までしたのに! その2人がいないとはどういうことですか!」
2人のためってよりは当麻のためなんだろうなあ、なんて的外れのツッコミが頭に浮かんだ勇斗。
「みんな2人の事。捜してる。吹寄さんが倒れちゃった今。みんなを纏められるのは2人だけだって」
姫神はそう言って、そしてインデックスはいつもより沈んだ様子で2人を――――主に上条を、じっと見つめていた。
「あ、いや、何か
「……千乃ちゃん、本当ですか?」
「……はい、本当ですよ」
ちなみに
「すみません、みんなに連絡は入れたつもりだったんですけど。地下に潜ってたり人出が多い所を回ってたので、回線がやられてたのかもしれないです」
「……確かに、つい2時間くらい前に第7学区で通信障害がありましたし、上条ちゃんと千乃ちゃんがそう言うってことは本当なんでしょう」
若干拗ねたように言う小萌先生の姿に、勇斗と上条の良心がチクリと痛む。
そしてそこで、インデックスが口を開いてこう言った。
「……とうま、ゆうと。次は『くみたいそう』なんだって。ちゃんと来るの?」
「「……、」」
更に良心をグリグリ抉られながら、2人は顔を見合わせて、
「……できるだけ早く手伝い終わらせて、ちゃんと行くよ、インデックス。だから、待っててくれ」
「わかったんだよ!」
行くよ、というその言葉に、パァッと顔をほころばせて、インデックスは頷く。
「……小萌先生も、姫神も、そういうことなんで。……てことで悟志、よろしくな」
「おーけーわかった。早く戻ってきなよ2人とも。特に勇斗、僕はまだ暴れ足りてないんだからさ」
「わかってるよ」
その一言に苦笑を返すと、女性3人も納得したのか、2人に背を向けて次の会場に向かって歩き始める。
その後ろ、九重はサムズアップを2人に向けて、3人と共に去っていった。
「……いやー、ここまで良心を抉られる女性トリオにここで会うとは思わなかった」
頭をガシガシ掻きながら勇斗がポツリと呟けば、
「……」
言葉少なに溜息を吐く上条。
「なあ勇斗」
「ん?」
「さっさと終わらせて、大暴れしてやろうぜ。サボっちまった分」
「そんな事、言われるまでもないだろ。今回のストレスを全部叩き付けてやるさ」