科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

27 / 67
ep.26 9月19日-10

『第18学区のターミナル駅で落ち合おう』

 

 どうやら何かを掴んだらしい。電話越しに、前置きもなしにステイルは言う。

 

『単刀直入に言えば、オリアナ達が星座を利用して魔術・霊装を発動しようとしているという君の考えはドンピシャだった。そして僕が捨てきれずにいた星空の矛盾だけどね、あれの回避策もわかったよ』

 

 聞きながら、勇斗は上条に合図をして走り出していた。頭の中で目的地への最短ルートを組み上げ、それに従って足を進めて行く。

 

『いや……、回避策と言うのは正確ではないね。どうやら使徒十字(クローチェディピエトロ)はもともと世界中のどの場所でも使う事はできるらしい。適切な使用日時を選ぶ必要はあったみたいだけどね』

 

 冷房の効いた涼しい地下鉄の車両の一角で、勇斗はステイルからの情報を掻い摘んで上条へと伝える。この学園都市をローマ正教の支配下に堕とすために、オリアナ達がいったいどこに向かっているのか。

 

「……第23学区だって?」

 

「どうもそうらしい。他のポイントじゃあ、ビルやら街路樹やらが邪魔してうまく霊装を発動させることができないんだと」

 

 そう考えてみれば、夜空の『観測』を行うのに、ほぼ全面が滑走路になっている第23学区ほど適当な場所は無い。見渡す限りの広大なアスファルトの平原が広がっているはずだ。邪魔になる物など存在しない。

 

「より正確に言えば、『鉄身航空技術研究所付属実験空港』、って所だな。一般に公開された国際空港の敷地の外、都市圏内短距離滑走路の開発をやってる軍事機密のカタマリみたいな場所だ」

 

「……なあ勇斗、確か大覇星祭期間中って一般公開エリア以外は警備レベルが引き上げられるんだろ? 魔術を使えるオリアナはともかく、俺達はどうやってその中に入ればいいんだ?」

 

「……さあ? 俺1人だけで侵入するってんなら飛ぶなり黙らせるなり何なりでどうにかなるけど」

 

「……勇斗さん? 何かオソロシイことを口走っていたように思えたのはワタクシの聞き違いでせう?」

 

 電車が目的の駅のホームに滑り込み、停止し、ドアが開く。電車を降りた2人に、暑い日の夕暮れ時特有なジメッと重い空気が纏わりつく。

 

 探していた2人組はすぐに見つかった。このクソ暑い気候であっても黒のコートを手放さない長身赤髪の不良神父と、金髪グラサン体操服のコンビは人混みの中で人目を引いて余りある。

 

「……土御門に何かとっておきの考えがあるらしい。今回はそれを利用するんだと」

 

「とっておきの、考え?」

 

 到着した勇斗と上条を、魔術師2人が出迎える。何とも言えない表情のステイルと、ニヤリと笑った表情の土御門。

 

「……で、土御門。結局お前のとっておきって何のことなんだ? 当麻に現状の説明もしといたし、そろそろ教えてくれよ」

 

「どうするんだよ、土御門?」

 

「にゃー、あれだぜい。ほら、俺って科学と魔術のダブルスパイじゃん? だからそれぞれのサイドの親玉と交渉できるっつーか。いくら機密レベルが最高ランクの区画だって、一番のお偉いさんの許可さえもらえればどうにかなるじゃん?」

 

「お偉いさん、って、その研究所の所長か?」

 

「それが違うんだぜいカミやん。もっと上の人間だぜい。……学園都市の統括理事長って知ってるかにゃー?」

 

 携帯を取り出して、何やら操作をしながらそんなことをのたまった土御門は、

 

「だからその辺のルート作りは、最高責任者に丸投げしようかにゃー、って」

 

 いたずらに成功した悪ガキのように、それはそれは素晴らしい笑顔を2人に向けたのだった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「あれあれ、絹旗。あれってアンタの愛しの先輩じゃない?」

 

 纏わりつくような湿気に辟易しているのか、気だるげな様子の麦野の声が絹旗を呼び止めた。今日一日だけで「出店とか一緒に回らないの?」だの「ナイトパレードに誘わないの?」だのそんな感じのネタで何度からかわれたかわからないぐらいだったが、それでもやはりいくらかの抗議を表情に乗せて、絹旗は麦野の方を振り向く。

 

「……勇斗さんがどこにいるんですか? あと超繰り返しますけど、『愛しの』はやめてください」

 

 こんな反応を返すと、初めの頃は『あれ、絹旗。別に千乃勇斗なんて名前を出したつもりはないんだけどなあ?』なんてふうに切り返されていたが、もういい加減飽きたのか、その問いかけに応えるように素直に麦野は人混みの向こう側を指差す。

 

 絹旗、麦野、そしてフレンダと滝壺の『アイテム』の4人がいるのは第18学区のターミナル駅だった。上層部からの指示を受け、学園都市外部からやってきていた産業スパイとそこに情報を流し高額の報酬を受け取ろうとしていた研究所(アホ共)をサックリ潰してきた帰りである。18時半から始まるナイトパレードの場所取りに動く学生や観光客で駅は満員御礼状態だ。

 

 背の高い麦野だから見つけられたのだろう、その指の差す方向に絹旗だけでなくフレンダや滝壺もまた目を向ける。

 

「……ねえ絹旗。絹旗の愛しの先輩って、なかなか個性的な友達がいるのね」

 

「そんな包容力がある人なら、きぬはたを任せても大丈夫そうだね」

 

 そこにいたのは確かに絹旗の『先輩』である勇斗だった。その勇斗は今、真剣な表情で会話をしている。1人は棒倒しで勇斗と共にメンバーを纏めていたツンツン頭の少年だ。その髪型以外、特に気になる所は無い。もう1人は金髪グラサン体操着の少年。なぜその服装であってもグラサンを手放さないのか。何かこだわりでもあるのだろうか。いや、不思議と似合ってはいるけれども。そして集団の中で最も個性に溢れているのは最後の1人、こんなクソ暑い気候だというのに真っ黒いコート(修道服?)に身を包み、髪を真っ赤に染めた長身の外国人だ。異質すぎる。個性的、の一言で括ってしまっていいのか。そして明らかにこの街の学生ではないのに、勇斗達と何をそんなに真剣に話し合っているのだろう。パッと見た感じ、道を聞いているとか一緒に観光をしているとか、そんな穏やかな感じでは決してない。何かこう、差し迫った緊急事態に必死に対峙しているような、そんな真剣さが見て取れる。勇斗に至っては、以前『残骸(レムナント)』騒ぎで高位能力者集団と対峙した時以上に緊張した表情を浮かべている様に思える。

 

「……なんか、超キナ臭いですね」

 

 絹旗が以前勇斗から聞いていた競技の予定では、今の時間は『組体操』をやっているはずだ。妨害含め何でもアリの、エクストリーム組体操。その勇斗が、なぜ今こんな場所で、あんな表情を浮かべなければならない事情を抱えているのだろうか。

 

「結局、絹旗がそんなに気になるってんなら首をつっこんじゃえばいいってわけよ」

 

「声、かけなくていいの?」

 

 呟いた絹旗に、フレンダと絹旗がそう声を掛けた。しかし絹旗は、少し考えた後首を横に振って、

 

「……いえ、いいです。あの状況で突然声を掛けたら周りのお友達に超迷惑でしょうし、雰囲気的にそうするべきだとは思えません。それに、勇斗さんなら何があっても超大丈夫でしょう。能力的にも人間的にも、素晴らしい方ですし」

 

「あーはいはい。絹旗の惚気にももう飽きたし、本人がこう言ってるんなら今日はもう帰りましょう。行くわよフレンダ、滝壺」

 

「はーい。何だかんだ言って結局『愛しの先輩』ってわけねー」

 

「……きぬはた、応援してる」

 

 肩をすくめて、苦笑いを浮かべ、呆れたように麦野とフレンダ、そして滝壺が歩き出す。

 

「え、ちょっ? そんなわけじゃ……!」

 

 慌てて3人の後を追いかける絹旗。追いかけながらもう一度振り返った時には、勇斗達はもうそこにはいなかった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 乗り込んだ電車の中で、勇斗はぼんやりと記憶を手繰る。対象は学園都市統括理事長の名前と、それと同名の魔術師(・・・・・・・・・)についてだ。

 

(……アレイスター=クロウリー、ねえ)

 

 これほど不思議な人間はそういないのではないだろうか。史実によれば、魔術師兼登山家。登山家ってなんだ登山家って。

 

 それを置いておくにしても、彼を語る上で外せないのは『黄金夜明(G∴D∴)』や『銀の星(A∴A∴)』といった有名な魔術結社、そして聖守護天使エイワスの声を記したとされる『法の書』。つまり、彼はただの魔術師なんかではない。土御門に『アレイスターの生きた70年で、長い魔術の歴史は塗り替えられてしまったと言っても過言ではない』と言わしめる『伝説級の魔術師』だ。そんな人物の名前を科学サイドのトップが名乗るなんて皮肉もいいところだと勇斗は思う。

 

 だがもしかしてひょっとすると、科学と魔術の両面の暗部にいる土御門を扱き使える立場にいるということは世界の相当深い場所にいる人間だということであってそれってつまり魔術についてよく知っておかないといけないという事になってということはまさか統括理事長はその『伝説級魔術師』ご本人だったりするなんていう超展開がありうる……?

 

(……いや、それはないか)

 

 そこまで考えて、すぐに勇斗はそれを切り捨てた。もしそうなら、世界が科学サイドと魔術サイドに別れてる上に互いが不可侵(アンタッチャブル)である理由もわからない。実際本当にただの皮肉なんじゃなかろうか。

 

(……ま、今ここで考えるような話じゃねーな)

 

 ふう、と勇斗が溜息を吐いたところで、土御門が口を開いた。

 

「さーて、後10分程で第23学区のターミナル駅に着くわけだが、やることはわかってるにゃー? 恐らくタイムリミットは日没直後、午後6時から7時の間。今は5時半を回る所だから、最短で駅に着いてから20分ちょいで時間が来るぜい」

 

 その言葉に残りの3人は頷いて、そしてステイルは、

 

「一応確認するが、その体でオリアナと戦えるのかい?」

 

「休みてーのは山々だがな。試合会場にお前らを連れていくには俺が頑張るしかねーんですたい」

 

「……そうかい」

 

 そう言って、視線を電車の外に戻した。

 

 今、この魔術師2人組は一体何を考えているのだろうか。魔術サイドにいるはずの人間なのに、科学サイドを守るためにあちこち駆けまわらなければならなかったこの現状について、何を思っているのだろうか。

 

 勇斗には心当たり事がある。恐らく、それぞれが守りたいと思っている人が暮らす居場所を守るために、彼らは戦っている。

 

 それは勇斗も同じだった。これまでにこの街で知り合ってきたたくさんの人間がいる。仲良くなったクラスメイトがいる。それ以上に濃い付き合いをしている奴らだっている。そして、――――。

 

(……?)

 

 はて、自分は今一体何を思い浮かべようとしたのだろう。手づかみしたウナギがするりと手を抜けていくように、頭から抜けていってしまったようだ。

 

「……ま、ともかく。これでやっと追いかけっこも終わりなんだろ? さっさとケリつけて、さっさと競技と見回りに復帰しないと。色んな人から怒られる」

 

「小萌先生に、姫神に、……インデックスにもああ言われたしなあ。ステイルにも祭りは楽しんでほしいし」

 

 勇斗に続いた上条のその一言にステイルは顔をしかめて、土御門は口元に笑みを浮かべて。

 

 電車はどんどんと、第23学区に近づいていく。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「……勇斗先輩、来ませんね」

 

 携帯を見てメールも届いていないことを確認し、初春は支部のソファーに腰掛けながら溜息を吐く。

 

「どうせ見回りに行くんなら、みんなでパレードを見ながら見回りしましょうってメールしたのになあ」

 

「勇斗先輩の事ですし、お姉様ご執心のあの殿方と一緒に何かしらのドタバタに巻き込まれていてもおかしくはありませんわね」

 

 同じく溜息混じりに、白井がこんなことを言えば、

 

「もしかしたら勇斗さん、今デートの真っ最中だったりしてねー」

 

 何やらにやにやしながら、佐天がそんなことを言う。

 

 その一言に目敏く反応を返したのは、泡浮だった。

 

「ッ!? 佐天さん! 勇斗さんにはお付き合いされている方がいらっしゃるのですか!?」

 

 いつもの穏やかな様子からは考えられない切羽詰まった表情と声で佐天に詰め寄る。

 

「ちょ!? 待って待って泡浮さん! 落ち着いて! あたし今適当に言っただけだから! ……初春もそんな世界が終わったような目をしない!」

 

「え、え!? 今私、そんな顔してました!?」

 

「ええ、してましたよー。私、バッチリ見ちゃってました」

 

「わ、湾内さん……」

 

 佐天が何の気無しに放った一言で、177支部にいた中1女子たちの大騒ぎが始まっていく。

 

 そこには魔術だの、霊装だの、駆け引きだのといった不穏な空気など存在しない、平和な時間が流れていた。

 

「……あ、でも、勇斗先輩らしき人が女の子と2人でご飯食べてたってむーちゃんとアケミとまこちんが言ってたような」

 

「「ええええええ!?」」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 土御門が先頭に立ち、4人は一面アスファルトの大地を駆け抜ける。

 

 『統括理事長へのお願い』が効いているのだろう、遮蔽物などないこの場所で、ここまで誰にも見つかることなく来ることができている。

 

 第23学区の風景にはいつになっても圧倒される、と勇斗は思う。視界の遥か向こう、地平線までいっぱいに黒と灰色が広がっている。学園都市内でも最大規模の面積を持ち、そのほとんどをこうしたアスファルト――――滑走路が占めているのだ。そして広大なその敷地を、金網(フェンス)がいくつもの区画に区切っている。その中にポツンと立つ管制塔や実験施設。「ポツン」なんて擬態語を使ったが、実の所はかなり大きく、1つの学校に匹敵するサイズのものもある。縮尺がオカシイ。

 

 そんな場所を走ることしばらく、目の前の景色を一直線に横切るフェンスが見えてきたところで、

 

「……さて、そのフェンスの先が目的地の『鉄身航技研付属実験空港』だぜい。一気に飛び越えるぞ」

 

 そう言って、土御門は一気にフェンスに近づき、飛びつく。高さは2メートル程か。後に続いていたステイルもフェンスに手を掛ける。

 

 勇斗と上条もそれに続こうとした。

 

 ――――そこで。

 

 ぞくり、と、勇斗の体を不快な感触が突き抜けた。意識にノイズが走る。覚えている。この感触は、オリアナと、魔術と相対した時のそれだ。

 

 上条も何かに気づいたのだろう、ハッとした様子で立ち止まり、焦った表情で何かを叫ぼうとした。

 

「つ、」

 

 ちみかど! と、上条は言い切ることができなかった。

 

 勇斗の顔に熱風が吹きつける。熱源は、熱したスチールウールのように高温でオレンジ色に変色したフェンス。そんな高温の物体に、生身の肉体で触れていたら一体どうなるか――――。

 

 肉の焼ける嫌な音と共に、土御門とステイルの体がビクリと跳ねる。脊髄反射で手足がフェンスから離れ、地面を転がる2人。

 

「土御門! ステイル!」

 

 叫び、2人の元に駆け寄る勇斗。見れば、2人の手足からはうっすらと煙が上がり、水膨れのような物ができ始めていた。

 

「……クソ! 油断した! まさかこの僕が火傷を負うなんてね……!」

 

 苦悶に表情を歪めながら、血を吐くようにステイルが叫ぶ。

 

「行け、カミやん、勇斗……。ここで時間を食っても仕方がない。ステイルなら火傷の治療ができる! 俺たちの事はいいから先に行け!」

 

 土御門もまた、苦痛に耐えながら叫ぶ。

 

「早く! ――――ッ!! 来るぞカミやん!勇斗!」

 

 絞り出すような土御門の警告と共に、勇斗の中のノイズが大きくなった。それに誘われるように土御門の視線の先を見れば、フェンスの遥か向こう側、およそ500メートル先の建物の壁に見覚えのある金髪の女性が寄りかかっている。そしてその女性は単語帳を口元に構え、静かに、ページを1枚噛み取った。

 

 何らかの術式が発動し、オリアナの全身を青白い光が包む。そしてその神秘的な衣を纏い、オリアナはくるりと回った。天女が舞い、踊るように。

 

 弾かれたように勇斗と上条は動き出す。勇斗の背からノイズだらけの白銀の翼が出現し、それと同時に、不可視の弾丸を叩きつけられたフェンスがひしゃげ、引き千切られた。その隙間を抜けて上条は矢のように走り、オリアナに向かっていく。

 

 直後。

 

 轟音と共にアスファルトが捲り上がり、烈風を纏った巨大な力がオリアナから放たれた。

 

「ッ、当麻!!」

 

「任せろ!!」

 

 迫ってくる不可視の大槌(ハンマー)に上条が右腕を振るった。バギン!! という音で、ハンマーは風と共に吹き散らされる。

 

 しかし続けて、捲れ上がったアスファルト片が上条の元に殺到する。幻想殺し(イマジンブレイカー)は、異能は消せても質量は消せない。

 

「……勇斗!!」

 

「任された!!」

 

 今度は逆。上条に迫るアスファルト片に向け、勇斗は力場の弾丸を叩き付ける。アスファルトの壁が薙ぎ払われ、吹き飛ばされ、破片となって地面に落下した。

 

 その様子を、笑みを浮かべながら、単語帳を手で弄びながら、オリアナが眺めていた。

 

 勇斗と上条の2人は破片を飛び越え、オリアナに向かって走る。

 

 学園都市の運命を決める戦いの火蓋が、切って落とされる。

 

 これが、最後の激突だ。

 




3/14 追記:気が付いたら投稿を始めてから1年が経っていました。時が経つのは早いですね……。最近では1週間すらあっという間に過ぎてしまいます。早く就活が終わらないかなあ……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。