科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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ep.27 9月19日-11 + ep.Ex 数年前

 

「……あらあら、予想はしていたけど、やっぱりあの聖人は来なかったのね」

 

 前方から近づいてくる2人の少年を見つめて、オリアナは一つため息を吐いた。

 

「追加の警備員と魔術師(ギャラリー)もいないみたいだし。ふふ、人の目があるとそれはそれで熱くなるんだけど」

 

 しかしすぐに表情を切り替える。口元をわずかに歪めた、不敵な笑み。

 

「まあいいわ。今回のお相手は科学サイドの隠し玉に、不思議な右手を持ってる坊や。相手にとって、不足は無いわね……!」

 

 愉快そうに呟いて、オリアナは単語帳のカードを噛み破る。それに応じて、ガラスの割れるような澄んだ音が鳴り響き、直後、周囲から音が消えた。遠くの空港や上空の飛行機から届いていた騒音が、少しも感じられなくなる。

 

「っ、なんだ!?」

 

「……結界、ってやつか?」

 

 そう呟いて、勇斗は走りながら周囲のAIM拡散力場に干渉する。全方位に力場を放ち、ソナーの要領で周辺の様子を把握する。

 

「……直径1キロ程度の半球形に区切られてるみたいだな。魔術は知らないけど、物理的方法で外部と連絡を取るのは不可能っぽい。やっこさんも本気らしいねえ」

 

「……ちょうどいいぜ」

 

 上条のその一言に勇斗は頷いて同意を返し、

 

 ――――次の踏み込みで、勇斗は既にオリアナの背後を取っていた。

 

 視界から消えた勇斗を探し、オリアナの体が一瞬硬直するのが見える。そして背中越しに、その隙をついて上条がオリアナの懐に飛び込もうとするのも見えた。

 

 勇斗がした『瞬間移動』も、『御使降し(エンゼルフォール)』の応用だ。収束させた力場の射出点を足の裏に設定し、踏み込みと同時に集めた力を解き放つ。移動できる距離が短く、途中に壁などがあれば叩き付けられたヒキガエルのようにぐしゃっと逝ってしまいかねないが、待ち構えた相手の意表をついて距離を詰めるのには有効な技術だ。

 

 勇斗と上条はオリアナの前後を取っている。つまり、挟み撃ちの状況。そしてこの状況ではオリアナは前から来る上条に気を取られているはずだ。無防備に勇斗の攻撃を受けることになる。

 

「おおおおお!!」

 

 それを知ってか知らずか、注意を引きつけるように大声を上げ、上条が右手を振るう。それに合わせて、勇斗も翼を交差する軌道で振り下ろそうとする。

 

 そこでオリアナが、単語帳の――原典の1ページを、噛み取った。

 

 彼女を中心にして衝撃波が放たれる。透明に揺らぐ力の波が猛烈な速さで拡散した。

 

 一転して、勇斗と上条の動きが虚を突かれたように一瞬の硬直を見せる。しかし2人も伊達に実戦の経験は積んでいない。すぐに思考を切り替え、勇斗は収束させた力場を、上条は右手をそれぞれ駆使し、自らに襲い掛かる衝撃波をそれぞれ無効化した。

 

「まさか学園都市の能力者に瞬動術(クイックムーブ)の使い手がいるだなんて、お姉さんびっくりかな」

 

 攻撃から身を守れたという安堵が生む一瞬のその心の緩みを、オリアナは見逃さなかった。勇斗に背を向けていた状態から瞬時に体を捻り、強烈な回し蹴りが勇斗に叩き込まれる。咄嗟に翼で身を包みガードするが、勢いまでは止められない。為す術無く、勇斗は吹き飛ばされる。

 

「で、坊やもそこでビビってたら女の子に萎えられちゃうわよー」

 

 勇斗に叩き付けられた回し蹴りの威力に怯み、たたらを踏んで動きを止めた上条に対してそんな言葉を投げかけて、オリアナは肘を突き出し、そのまま上条に突っ込んだ。胸板目がけ、恐ろしい威力の肘打ちを叩き込む。両手でガードをしている上条をして、ガードごと真後ろに吹っ飛ばされた。

 

 そのオリアナの背中に、衝撃と金属音。それは原典の自動防御が働いた証。しかし今回はそれだけだ。『明色の切断斧(ブレードクレーター)』を吹き飛ばされた先刻のように、理不尽な展開は起こらない。

 

「あら、今のはだいぶ手加減してくれたのね。別にお姉さんは全力で来てくれても全部受け止めてあげるのに」

 

 そんな軽口を、攻撃の出所――――勇斗に向けるオリアナ。

 

「……言ってろ」

 

 その軽口を鼻で笑って斬り捨てて、しかし勇斗は内心、冷たい物を感じずにはいられなかった。

 

(クソ……AIM拡散力場が薄い上に外部からの供給もできないのか……!となると、『弾丸』じゃどうしようもないか……)

 

 勇斗にとって、今回の戦闘にはいつもと比べて不利な点があった。1つは周囲を満たすAIM拡散力場の『濃度』だ。力場が学園都市内部に満ちているというのは常識であり、当然この第23学区にも力場は存在している。しかしその他の学区と比べて、『薄い』のが否めない。当然と言えば当然だ。AIM拡散力場とは本来能力者が無意識のうちに発してしまう微弱な力の事である。能力者=学生が少ない場所では濃度が薄くなっても仕方がない。

 

 そしてそれだけなら勇斗にもまだやりようはあった。近場が薄いのなら広範囲から収束させればいいのだ。しかし、今回はそれができない。それが2つ目。オリアナが原典で力任せに無駄に強力な結界を張ったせいで、結界外との力場のやり取りができないという事である。

 

 操れる力場の量の絶対的な不足、そして原典の1ページから生じるのではなく原典そのものが作用する自動防御(オートガード)、それらのどちらかあるいは両方が影響し、力場を収束させた弾丸に魔術破壊(グラム・デモリッション)効果は期待できそうになく、防御を貫いてオリアナに有効打を与えるのは難しいように思える。

 

「それにしても……、あなたの翼、すごいことになってるわよ? こんな激しいことして大丈夫なの?」

 

「ご心配……どうもっ」

 

 思考を切り替え、口元にカードを這わせるオリアナに対し勇斗は翼を振るう。遠距離攻撃が火力的には期待できない今、勇斗に残されているのは翼と体術を用いた近接格闘(CQC)だ。

 

 それを見たオリアナは噛み破るページを変え、発動した爆圧を利用しその一撃を回避する。

 

 勇斗、上条と再び間合いを取るオリアナ。仕切り直しのような形になる。

 

「……ねえ、あなた達はどうしてそこまでお姉さんたちの事を止めようとするの? イギリス清教のお仲間さん達から何を教えてもらったかはわからないけど、『使徒十字(クローチェディピエトロ)』ってのはそんな悪い物じゃないのよ? 全てを組み替えて、幸せな世界を作り出す。そんな理想の世界を作り上げるのがこの霊装なんだから」

 

 単語帳のリングを右手の指に引っ掛けて揺らしながら、オリアナは勇斗と上条に向き直る。

 

「もしかしたら、魔術と科学の間の壁を取り払い、溝を埋め、世界中のみんなが平和に暮らせるようになるかもしれないわ。なのに、どうして邪魔をするの?」

 

「……良いことなんだろうな、それ。俺にはそんな世界全体に関わる視点でものごとなんて見てねーから、実感湧かねえけど、……いや、もしかしたら、望まない離別が減ったりするのかもしれない。断言してやる。それはいいことだ」

 

 上条が言った望まない離別とは誰の事なのだろう。新学期初日の、シェリー=クロムウェルという魔術師の事か。それとも、似たような境遇に身を置いている上条自身の事なのか。

 

「けどよ、……そんなことは今はどうだっていい。俺はテメェらの都合だけで、この大覇星祭が潰されるのが気に食わないんだ。必死に準備してきて、必死に練習してきて、クソみたいに混雑した中で場所取りに駆けずりまわって、それでも祭りを楽しもうとしてる奴らがいっぱいいるのに、それを勝手全部潰そうとしてんじゃねえよ」

 

 上条の握った拳に、力が込められていくのがわかる。強く強く、握り込む。

 

「……俺が今キレてんのは、お前が考えてるようなことよりも、もっともっと狭い、どうでもいいようなことなんだろうけど、それでもテメェに、誰かが本当に大切にしてるものを奪う権利なんかあるはずがねえだろうが」

 

「……ふうん。で、翼の君は?」

 

 上条の言葉にスッ、と目を細め、しかし何も言わず、オリアナは今度は勇斗に問いかける。

 

「……この街には腐った部分もある。狂った科学者たちが裏でコソコソ何やってんのかなんて想像もつかないし、したくもない。でも、この街には一応恩って物があるんだよ。右も左もわからないような子供だった俺をここまで育て、居場所と、存在意義と、クサイ言い方だけどいい仲間たちを与えてくれた、この学園都市ってところに。だから俺はそれを守りたくて風紀委員(ジャッジメント)にだって入ったし、だから俺は今こうして、アンタのやる事を邪魔しようとしてる」

 

 勇斗は探る。ずっと昔、もう今ではおぼろげにしか思い出せない、そんな遥か彼方の思い出を。

 

 本当に自分は幸運だったと思う。置き去り(チャイルドエラー)だった自分が、危険な実験のモルモットにされることもなく、暗部に落とされることもなく、快適な住環境を得ることができたことは。普通なら使い潰されたとしてもおかしくは無いのだ。暴走能力の法則解析用誘爆実験の被験者たちのように。普通なら暗部に売られてもおかしくは無いのだ。暗闇の5月計画の果てに、社会の裏の小組織『アイテム』に所属することになったとある少女のように。

 

 ……いや、一度だけ、危ない目にはあったのかもしれない。勇斗の能力が、ただAIM拡散力場を見るだけのものから、力場の観測・操作・背中に延びる翼を兼ね備えた現在の『御使降し(エンゼルフォール)』に成長したきっかけとなった実験。統括理事長肝入りの実験という話で、担当開発官が開発官だったために自身に全く恐怖心は無かったのだが、確かに勇斗は一度心臓を止められた……らしい。今でも自覚は無いが、客観的に見れば一度殺されたようなものだ。唯一にして最大の危険はそれだろう。それにしても、もう何年も会っていないがあの人は元気にしているのだろうか。研究者を辞めると言われた時には本当に驚いたけど。

 

「……小さな意見をありがとう」

 

 そんな勇斗の思考を、オリアナの声が遮った。口元は笑みの形に歪んでいる。しかし、目からは笑みが消えている。

 

「でもね、そんな感情論じゃあお姉さんは揺らがない。それで足を止めてしまうくらいなら、そもそもこんな敵中に乗り込んでいくような危険な策なんて取るはずないわ。私はここでは止まらない。いえ、止まれない」

 

「……ま、言葉で止められるような敵だなんてハナから思ってはなかったよ」

 

 横に立つ上条に倣い、勇斗は戦闘を続ける意思を構えを取ることで前面に押し出して、

 

「それなら全力でアンタとぶつかって、その上で止めてやる。感情論がどうとか言ってたけど、人の気持ちをテメェの定規で勝手に測ってんじゃねえよ……!!」

 

 赤く染まった大空の下。その一言をきっかけに3人は再び動き出す。現在時刻は午後6時。残された時間は、もう少ない。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「よく来たね、千乃勇斗君。歓迎しよう」

 

 白衣を着た高校生くらいの青年がそう言って、その横に立っている中年くらいの女性の後ろに、おどおどと隠れてしまった幼い男の子に向けて、人当たりのよさそうな笑顔を見せた。その青年の横には、まだ中学生くらいにも見える白衣の少女が同じようにニコニコと微笑んで立っている。

 

「きっと加群さんの顔が厳ついから怖がっちゃってるんですよきっと」

 

「バカを言うな唯一。そんなことはないだろう。……ですよね、親船さん?」

 

「ええ、大丈夫よ。あなたの笑顔はとっても素敵ね」

 

「……らしいじゃないか唯一。適当なことを言うなよ」

 

 親船と呼ばれた女性の言葉に安心したのか、加群と呼ばれた青年はホッとした表情を浮かべ、唯一と呼んだ少女にジロリとした視線を向ける。

 

「ああもう、加群さんの顔が厳ついかそうで無いかなんてどうでもいいじゃないですか。それより、勇斗君ほっといて私達だけで話してたら余計に怖がっちゃいますよ?」

 

「……話を振ったのはお前じゃないか」

 

 はあ、と1つ溜息を吐いて、それから青年は再び勇斗に向き直った。

 

「今日から私と、このお姉ちゃんが君と一緒に暮らすことになる。最初は色々と怖いこともあったり、嫌なこともあったりするかもしれないが、安心してくれ。君は責任を持って、私達が育てるよ」

 

 膝をついて、同じ目線の高さまで屈んで、真っ直ぐに目を見つめて、青年は勇斗に真摯に言葉を掛ける。

 

「……お兄ちゃんと、お姉ちゃん? 一緒に居てくれるの?」

 

「わー、この子加群さんの事『おじちゃん』じゃなくてちゃんと『お兄ちゃん』って言いましたね!びっくりです!」

 

「うるさいぞ唯一。……そうだ。それに、君と同い年くらいの友達もいっぱいできる。だから安心していいんだよ」

 

 そう言って、青年は手を伸ばす。おずおずと勇斗も手を差し出し、青年はその手をしっかりと握った。

 

「……この子は統括理事長の権限で勝手な実験への参加、利用が厳重に禁止されています。その点はよく把握していますね?」

 

 その様子を眺めながら、中年の女性が少女にやや強い調子で言う。有無を言わさず、返事だけを期待する、そんな威圧感が放たれていた。

 

「わかってますよーそんな睨まないでください親船さん。私達も『木原』の端くれではありますけど、流石に統括理事長直々の命令に背くつもりはありませんって。この子は今の段階でゴールドのタグですし、じっくり育てますよー」

 

「ゴールドのタグ、が何のことなのかはよくわかりませんが、よろしくお願いしますね。統括理事長が置き去り(チャイルドエラー)の子にわざわざ口を出すなんてそうそうあることではありません。きっと何か、大切にしたい子どもなんでしょうから」

 

「まあ確かに、ここまで連れてくるのに統括理事の1人がその役目を任されるってことは相当なんでしょう。そこんとこ、しっかり肝に銘じておきますよー」

 

 そう返答して、少女は未だ勇斗と戯れている青年に目を戻す。

 

「……それにしても、相変わらず加群さんは小さい子に人気がありますよね。教師なんかも向いてるんじゃないですか?」

 

「良いと思いますよ。もしなりたいのなら、私に言ってくれれば口添えをしますので」

 

 もう既に笑顔を取り戻した勇斗と、笑顔で相手をする青年の横で、女2人は微笑ましげな表情を浮かべていた。

 

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