科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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あれです、更新が早かったり文があれだったりするのは最近サイレントお祈りを喰らったのと我が愛読書の1つのニャル子さんが完結してしまったからです。
ハッピーエンドで悶えて悶えて仕方が無かったんですが、喪失感も大きいですね……。
辛さで言えば サイレントお祈り<ニャル子さん完結 ですしおすし。
見返せば見返す程ニヤニヤが止まらなくなる感じのハッピーエンドだからいいんですけどね!

という訳で、オリアナ戦も佳境です。そろそろもうすぐああなります。次話かな……。




ep.28 9月19日-12 + ep.Ex 数年前

 前へと飛び込む上条の前に、不気味に夕日に照らされる黒曜石のようなもので出来た大量のナイフが召喚された。上条の右手だけでは対処は不可能と言っていい。1つ消し飛ばすうちに、その何倍もの刃が彼の体を貫くだろう。

 

 しかし上条は足を止めない。オリアナが左手を振ると同時に上条に殺到したソレは、しかし不可視の力で防がれる。言わずもがな、勇斗の仕業だ。

 

 そのまま上条は全く減速することなくオリアナの元に飛び込んだ。同じタイミングで、勇斗の姿もその場から掻き消える。

 

「……もう、その手はさっき見たじゃない。お姉さんマンネリは嫌いなの」

 

 呆れた様子でオリアナはページを2枚破り取る。1枚は術者周囲に強烈な振動を発生させ、もう1枚は敵を拘束する呪いのイバラを召喚する。翼の少年――――勇斗が視界から消えたという事は、つまり背後にいるということだ。しかし前後を挟まれていたとしても、そして彼らが対抗手段を持っていたとしても、立っている地面が牙をむくのだからとっさの対応なんてできやしない。そしたら後はイバラでグルグル巻きにして、全てが終わるまで寝ていてもらおう。

 

 そう思って、魔術を発動させて、

 

 否、させようとして、

 

 耳に届いたわずかな音が、オリアナの体を動かした。とっさに体を捻ったそのすぐ横を、振り下ろされた翼が通過していく。地面に叩き付けられた翼がアスファルトを抉り、破片を周囲に撒き散らした。 

 

「――――ッ!」

 

 間髪入れず、再びの風切り音。今度は、身を屈めたオリアナのすぐ頭上を横薙ぎに翼が駆け抜けた。

 

 ――――そして、そこで上条が飛び込む。翼による2連撃、しかもギリギリで躱せる(・・・・・・・・)軌道で放たれた、時間差攻撃。勇斗の狙い通り(・・・・・・・)全力で回避し、体勢を崩したオリアナ。慌てて立ち上がるが、遅い。上条の拳が彼女の顔面に突き刺さる。

 

 ――――が、オリアナは拳の勢いに合わせて自ら後ろへ跳躍した。同時に、その勢いのまま足を振り上げる。即ち、バク転。恐ろしい風の唸りを纏ったオリアナの長い脚が、とっさに頭を引っ込めた上条の顎スレスレを通過していく。

 

 チッ、という小さな舌打ちと共に体操選手さながらの身のこなしで体勢を立て直し、既に破り取って、しかし不発のままだった魔術を再発動させる。オリアナを中心にして数メートル程の地面が、激震と共に崩壊した。その衝撃が、タッチの差で翼を振り下ろそうとしていた勇斗と、体勢を立て直したばかりの上条の足を打ち据える。

 

 それは新学期初日、地下街で彼らと対峙した魔術師シェリー=クロムウェルが使役していたゴーレムによる一撃に匹敵するほどの衝撃だったと言って差し支えない。魔道書の原典というものはあれだけ小さくても、天使を模して作られた巨大なゴーレムにすら並ぶ程の力を発揮するものなのか。

 

 しかし、振動だけならどうにでもなる。例え地面が使えないのなら、翼を駆使して空を駆ければいい。これは上条にはできない。翼を持つ勇斗の仕事だ。

 

 翼を操り、勇斗は宙を舞う。そして翼で空気を叩いたことで発生する推進力と、背中の方から力場を射出することで得られる推進力の2つを合わせ、今度は勇斗がオリアナの元に飛び込む。

 

 ――――気づけたのは幸運だった。回避できたのはもっと幸運だった。あやうく先端が鋭利に尖った氷柱に顔面から飛び込むところだった。たまたま差し込んだ夕日がオレンジ色に煌めかせなければ、絶対に気づかなかっただろう。

 

「ッ!?」

 

 顔を逸らす。その逸らした顔の、目のすぐ横。頬に一直線の傷を残した、冷たく鋭利で透明な槍。

 

 ブワッ!っと、背中から冷や汗が噴き出す。ここまでヒヤッとしたのは、ここまで命の危機を感じたのは、――――約3週間ぶりか。最近上条のせい(?)で上条がらみ、あるいは上条に端を発する事件に首を突っ込む事が多くなった気がする。ひょっとするとこれから先、更に短いスパンで命の危機を感じるような目に合うエキセントリックな日常が待ち受けている可能性が微粒子レベルで存在する…………?

 

 そんな現実逃避を、この一瞬で勇斗は考えて。――――視界いっぱいに、オリアナの足が映る。追撃だ。とっさに腕を交差させてガードをするも、強烈な衝撃が腕を襲う。ビリビリと腕が痺れ、勇斗の体が後方に飛ばされた。

 

 転がった勢いで勇斗は起き上がるが、追撃はまだ終わらない。再び前を向いた時には、オリアナが勇斗の懐まで飛び込んでいた。

 

「なんッ、!?」

 

 口元には、破り取られた単語帳の1ページ。回避も防御も間に合わない程の速さで至近距離にまで迫ったオリアナは、ほっそりと滑らかなその手を滑らせ、勇斗の体を腹から胸まで、優しく撫で上げる。まるで、恋人にするそれのように、そっと優しく。

 

 しかしそれがもたらす結果はお世辞にも優しい物とは言えなかった。一瞬の間の後に、撫で上げられた部分から空気が吹き荒れる。そう、常盤台に通うとあるトンデモ発射場ガールの能力を、その身に喰らったような。

 

 勇斗の体を宙に浮かす程の衝撃が鳩尾に集中し、口の中いっぱいに苦い味が広がる。

 

「まだまだぁ♪」

 

 空中に打ち上げ、身動きを封じた所に強烈な一撃を打ち込むコンボだったのか。ふざけてるとしか思えない嫌に明るい声と共に、嫌に握り込まれたオリアナの拳が勇斗に迫る。

 

「なめ……んなぁッ!!」

 

 やられっぱなしという訳にはいかない。翼を羽ばたかせて上空へと逃げる。しかしオリアナもそれを読んでいたのか、口元に単語帳を運び、カードを破り取る。出現したのは――――黒い、影を固めてできたような槍。数は4。ふわりとオリアナの周りを漂ったかと思うと、目にも止まらぬ速さで勇斗に向けて打ち出される。

 

「――――」

 

 自らの翼に、魔術の槍の貫通力に勝る程の防御力があるとは思えない。力場を打ち出すにしても絶対量が足りないし、例え足りていたとしても貫通力の高い『点』の攻撃を力場の『面』による攻撃で迎え撃てただろうか。

 

「……、」

 

 そんな、嫌でも串刺しの恐怖がちらつく状況で。しかし半ば反射的に勇斗は翼を振るった。

 

 そして。

 

「な、」

 

 槍は、勇斗に届くことなく消滅する。1本残らず。

 

目を見開き、呆然とオリアナはその様子を目に捉える。

 

 今のは、もしや。

 

 オリアナの脳裏に、明色の切断斧(ブレードクレーター)を消し飛ばされた時のあの感覚が蘇ってくる。彼女の背後で、足にダメージを負って倒れている不思議な右手を持った少年が引き起こす、静かな(・・・)魔術無効化(マジックキャンセル)ではない。澱み汚れた水を川の流れが押し流すがごとく、発動した術式の魔力をそれ以上の何かでその場から押し流して魔術を妨害する、この強引な力技極まりない魔術破壊(グラム・デモリッション)

 

 使えないはずではなかったのか。つい先程、背中まで向けて絶好のチャンスを演出したというのに、使わなかったのに。あそこで手加減をする理由はこの少年には無かったはずだ。あの場面で使わないという事は、すなわち使えないと同義であるはずなのに。

 

「……ッ!」

 

 オリアナは追撃の手を止めなかった。気づけば、彼女の周りを『槍』と同じような材質でできた黒いカケラが漂っている。そしてそれらが、1つ1つ異なる軌道を描いて一斉に勇斗に向かって放たれた。

 

 ――――しかし、再びの翼の一薙ぎ。叩き落としたわけでは無く、それでも全てのカケラが『破壊』された。

 

「……やり方が間違ってたみたいだ。『弾丸』じゃなく、翼の羽ばたきじゃないとダメなんだな」

 

 宙に浮かんだ少年が発した言葉の意味を理解しようとそっちに気を取られたその刹那、ダメージから復帰した上条がオリアナ目がけて飛び込んだ。愚直に突っ込んだだけだというのに、拳は届いた。オリアナは完全に、勇斗の魔術破壊に動揺している。

 

 加速と、全体重を乗せた拳。それはもう、全力のタックルとほぼ同義。いくら魔術師として近接戦闘に優れているとはいえ、オリアナの体は女性のそれだ。男子高校生の全力のタックルを受けて平然としていられるはずがない。

 

 つまり。オリアナは容易に吹き飛び、地面に叩き付けられ、力なく転がった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 背中を強打したのか、呼吸が覚束ない。頭こそ地面にぶつけなかったものの、強烈な加速度のせいで頭がくらくらする。目もチカチカする。擦りむいた腕や足がひりひり痛む。

 

 視界が明滅する中必死に焦点を合わせてみると、油断なくこちらを見下ろしながらゆっくりと近づいてくる2人の少年がいる。

 

 ――――正直、舐めていた。少しばかり特別な力を持っているだけの、ただの子どもだと思っていた。魔術の事など何も知らない、無知な子羊だと思っていた。魔術師さえ排除した今、本気でやれば余裕だと思っていた。そんなことを、心のどこかで感じていたのだろう。脅威を感じていた、その心の裏で。魔術を打ち消される――――いや、魔術を防がれること自体、珍しいことではないのに。自分の魔術を破られる事だって、経験していたはずなのに。

 

 ――――いや、それだけではない。確かにどこか舐めていたところもあるが、実際この少年達の思いは本物だ。学園都市を守るという硬い意志がある。

 

 ――――いや、だからって。オリアナだって、ここで倒れては困る理由がある。折角リスクを冒してまで、この街に侵入したのに。ここで倒れるわけにはいかない。

 

 ぼんやりと揺らぐ思考を最大限まとめ上げる。逆接が続いたが、この際仕方がない。

 

(……私は、自らの手で勝ち取る。絶対に負けられない理由……止まれない理由があるんだから)

 

 絶対の基準点が存在する世界。善行が誰か他人の不幸を生み出すこともなく、価値観の違いが悲劇を生みだすこともない。そんな理想的で、最高の世界。それを、勝ち取るために。

 

「―――礎を担いし者(Basis104)

 

 静かに魔法名を告げて、オリアナは立ち上がった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「―――礎を担いし者(Basis104)

 

 風に乗って、勇斗の前方に転がっていた女性からそんな言葉が聞こえてくる。ラテン語と、3桁の数字を組み合わせた文字列。それは魔法名。即ち、魔術師としての覚悟の証。勇斗と上条を本気で排除するべき相手だと認めた証明だ。

 

 勇斗と上条の歩みが止まり、構えを取る。その2人の前で、オリアナはゆっくりと立ち上がった。勇斗の魔術破壊(グラム・デモリッション)で2人の方に来ていた流れを強引に引き寄せたように、場の空気をオリアナが支配する。

 

 と、何の予備動作も無く。

 

 一閃。

 

 鮮血。

 

 見えなかった。

 

 反応できなかった。

 

「――――これ、あなた達のお仲間に感謝しなくちゃね。彼のハッタリのおかげでこれ、準備してたんだから」

 

 ひらひらと、見せつけるように。カードに書かれているのは、黄色の[Water Symbol]。風を纏う、氷の刃。その刃が、勇斗の右肩から左の腰までを袈裟懸けに切り裂いていた。

 

「聖人が得意とする高速移動に対応出来る高速の斬撃――――って所かしら。悪いわね、翼の坊や。厄介なのはあなたの方だと思ったから、これあなたに使っちゃったわ。恨むなら、あの金髪の魔術師の坊やを恨んでね」

 

 そこまで聞いて、操り人形の糸が切れたように勇斗が倒れ込む。じわじわと、鮮血が広がっていく。背中から伸びていたノイズまみれの翼が、溶けるように消えた。

 

「ゆ、勇斗!! おい!勇斗!!」

 

「あなたの相手は私よ、坊や」

 

 勇斗の元へ駆け寄る上条を、オリアナは冷たい、そして強い調子で呼び止めた。

 

使徒十字(クローチェディピエトロ)を止めたいのでしょう? なら、こちらに集中したらどう?」

 

「テ、メェ……! 幸せな世界を作るとか言いながら何人傷つけるつもりだ!!」

 

「お姉さんだって傷つけたくて傷つけているわけじゃない。お姉さんにもお姉さんなりの信念があるの。……魔法名を名乗った今、言葉なんかじゃ止まらないわよ。さあ、これで坊やが学園都市の最後の防壁。坊やを潰せば全てがうまくいく。……来なさい。お姉さんを止めたいのなら、力づくでどうにかするのね」

 

 オリアナは、無慈悲に告げる。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「やあ、勇斗君。よく来たね」

 

「こんにちは、加群さん。今日はよろしくお願いします」

 

 勇斗はそう言ってぺこりと頭を下げる。

 

 たくさんの精密機械が部屋中の至る所にある一室。その一角、どこかの病院の診察室で見るようなテーブルと2つの椅子。その1つ、普通なら医者が座っているその場所に、白衣を着た1人の青年が座っている。面差しは柔らかく、人当たりのいい微笑みを浮かべ、部屋に入ってくる勇斗を見つめていた。

 

「今日の実験について、ちゃんと説明は受けてきたかな?」

 

 もう一方の椅子にストンと座った勇斗に、実験の予定が表示された端末を渡して彼は言う。

 

「はい。僕が眠ってる間に加群さんと唯一さんが何かをやって、うまくいくと能力が成長するかもしれないんですよね!」

 

 この第12学区にある研究所に勇斗が来てから5年ほどが経った。その間勇斗は能力開発と能力測定程度しか実験らしい実験は行っていなかったものの、能力は当初の無能力(レベル0)から順調に成長していた。今はAIM系の能力の異能力者(レベル2)だ。そんな勇斗が、初めて大掛かりな実験に参加することになったのだ。学園都市統括理事長、直々の勅命で。

 

「……ああ、まあ大体あってるよ。成功すれば大能力者(レベル4)までの成長が見込める」

 

 確かに大体あっている。唯一はしっかりと説明してくれたようだ。ぼかすべきところはしっかりぼかして。そのぼかした部分が、とても重要なのだけれど。

 

「ホントですか!! やった!! これでやっと風紀委員(ジャッジメント)になれます!」

 

「ん……? 風紀委員(ジャッジメント)にはレベルの制限はなかったはずだけど?」

 

「学校の先生と約束してたんです。『勇斗君はとても優秀だから、風紀委員(ジャッジメント)で頑張る前にまずはレベル上げに専念しよう。もし強能力者(レベル3)まで上がったら、そしたらその時に風紀委員(ジャッジメント)になろう』って」

 

 そう、勇斗は嬉しそうに加群に言った。とても嬉しそうで、だからこそ加群は勇斗に問いかけた。

 

「……どうして勇斗君は、そんなに風紀委員(ジャッジメント)になりたいんだい?」

 

 その問いかけに、勇斗はほとんど悩むことなく答える。

 

「だって、1人だった僕を拾って、ここまで育ててくれたじゃないですか。学校も楽しいし、能力の練習をしている時とかもすっごく面白いんです。だから、僕はこの街に恩返しがしたいんです」

 

「……なるほど。ならなおさらこの実験を成功させなきゃいけないね」

 

「加群さんと唯一さんなら絶対大丈夫ですよ! 2人のおかげで勉強も能力もバッチリだし!」

 

「……はは、そうだな。私に任せてくれ。絶対に成功させるよ」

 

「はい!」

 

 加群にとって、素直に向けられた信頼を受け止めることに抵抗があった。なにせ、これから自分をしたってくれるこの子を、『殺さ』なければならないのだから。拒否することはできない。これは統括理事長直々の指示で行われる実験だからだ。

 

 だがそう考える一方で、どこかわくわくした気持ちを捨てきれない。彼の科学者としての勘が、この千乃勇斗という置き去り(チャイルドエラー)には何かあると囁いているのだ。指示を受けたときに言われた『この実験で一気に大能力者(レベル4)まで成長するかもしれない』という統括理事長の言葉も、冗談には思えない。

 

 ならその矛盾する2つの心情を1つに落ち着けるにはどうする?

 

 簡単だ。いつものように(・・・・・・・)、止めた心臓を再び動くようにしてやればいい。

 

 それだけでいい。

 

 そう考えると、だんだんと抵抗感も感じなくなっていく。

 

 さあ、それでは。ここからは、――――『木原』の時間だ。

 




あ、『走れメロンパン』と検索するとみなさん幸せになれるかも

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