1.7月20日
夜。帰宅したら、玄関前が黒焦げだった。
「…………………………………………は?」
先日発生していた『
「え、これ何? 何で玄関の扉溶けてんの? え?」
「…………不幸だ」
どこぞの
「…………夏休み早々、何で俺がこんな当麻みたいな目に…………。…………ん? 当麻?」
そこまで声に出して、勇斗は気が付いた。いつも自分のもとにやってくるトラブルの元凶は、一体誰だったのかという事に。
「まさか今回のこれもアイツのせいなんですかせいなんですねせいなんですよの三段活用。……問い詰めてやる」
突然の出来事におかしなテンションになり、上条の口癖をぶつぶつ呟きつつ携帯を取り出し、上条の電話にコールする。ぷるるるるる、という何の捻りもない電子音が数回繰り返された後、ようやく目的の人物へと電話がつながった。
『……もしもし? 勇斗か、どうしたんだ?』
「どうしたもくそもねーだろ。学生寮の惨劇について何か一言言うことは無いか」
単刀直入。真正面から勇斗は上条に問いかけた。完全に上条が元凶だと決めつけている。
『……ああ、わりぃ。ちょっと、いろいろあって』
「……何があった?」
だからこそ勇斗は、ふざけた雰囲気を掻き消すように声のトーンを落とした。普段から不幸にあっている上条であるが、ここまで
「……おまえ、何か厄介な問題に巻き込まれてないか?」
『厄介……か。そう言われればそうかもしれない』
何やら思いつめたような声で、上条は勇斗の声に応えた。
『なあ勇斗……。ちょっと信じてもらえるかわかんねーような話をするけど、俺が今から言う事、信じてくれるか?』
悔しさを必死に押し殺しているような、そんな声だった。これまで数多くの不幸になんだかんだ打ち勝っていたあの上条とは思えない、弱々しい声。
「……内容による。ただ、お前がそこまで悩んでるんだ。信じる努力はするさ」
そんな上条に、勇斗は元気づけるように明るく言った。こんなに沈んだ様子の友人を放っておくことなどできなかった。
『……ありがとう。実は――――』
そして上条は、ぽつぽつと、事の真相を語り始めたのだった。
▽▽▽▽
2.7月21日
「いやー、ついに当麻のフラグマイスターっぷりここに極まれりって感じだよな」
たばこの吸い殻や大量のビール缶が転がっていたおんぼろアパートの一室、そこに敷かれた布団で横になる銀髪碧眼の美少女の体を支えながら餌付けをするようにリンゴを食べさせていた上条に対して、勇斗は言った。
「突然何を言い出しやがる!?」
「むー、とうま、早くそのリンゴ食べたいかも」
勇斗に反論しようとすることでおろそかになった上条の手元、そこに持たれたフォークに突き刺さったリンゴを眺めながら、頬を膨らませて少女――――インデックスは上条の着ているシャツの袖を引っ張る。
「あーごめんごめん! わかったから伸びちゃうからあんまりそこを引っ張らないで!」
叫びつつ、しかしどこか楽しそうに、上条は
「何かするたびに女の子と出会って、そして仲良くなりやがる上条ちゃんのその体質ってなんなんですかねー」
その様子を横目で見つつ、冷たい氷水でジャブジャブとタオルを冷やしているのは小萌先生だ。勇斗は小萌先生からタオルを受け取り、よく絞ってからインデックスに手渡す。
「ありがとうなんだよ、ゆうと」
高熱のせいで桜色に上気した顔でインデックスは勇斗に微笑む。
「ん、どういたしまして」
その微笑みににっこりと笑顔で返す勇斗。
「に、しても。まさか魔術なんてもんが本当にあるとはなあ」
続けて、勇斗はそう言った。
「すぐに理解してくれて私はとっても嬉しいんだよ。とうまとこもえはなかなか信じてくれなかったからね」
「せんせーはずっと
「……小萌せんせー、その言い方はもしや暗にワタクシめが説明しても信じていただけないという事を言っているのでせうか?」
「別に『暗に』言っているわけではないのですよ?」
「酷い……」
小萌先生の物言いに、orzよろしく打ちひしがれる上条。再びリンゴが遠ざかり、インデックスが不満の声を上げた。
「仕方ないのですよー。勇斗ちゃんの能力は『AIM拡散力場の観測と操作』ですからねー。
その言葉を聞いて満足したのか、うんうんと頷くインデックス。
こんな風にただの風邪っぴきの体でいるインデックスであるが、実は昨日の夜、彼女を追っているという魔術師によって大けがを負わされていたというのだ。上条が言うには、腰を何か鋭利な刃物で一閃されていたのだという。その怪我に関しては勇斗も確認している。昨日の夜、上条から電話を受けた後、寮に配備された掃除ロボットの撮影したデータを参照したのだ。そんな怪我も、今では傷1つ残っていない。小萌先生がインデックスの助けを借りて回復魔術を使い、治療したのだという。魔術師の襲撃といえば、勇斗の家の前の惨劇も魔術師の手によるものらしい。とりあえず会ったら一発ぶちのめしてやろうと心に誓う勇斗だった。
(魔術師がこんなか弱い女の子を寄ってたかって狙っていると。……胸糞悪い話だ)
そして、小さく舌打ちをしつつ、勇斗は思う。インデックスが目の前で上条、そして小萌先生とはしゃいでいる様子を見る限り、普通の少女にしか見えなかった。
(10万3000冊の魔道書を所持する魔道書図書館、ね)
インデックス。禁書目録。Index-Librorum-Prohibitorum。彼女は勇斗にそう名乗ったのだった。そして彼女は自らの立場をも語ってくれた。
(いずれにしても、……まともな人間のすることだとは思えない。暗部がドロドロしてるっていうのは、科学だろうと魔術だろうと変わらないんだな)
そんな彼に、
「ねえねえゆうと。ゆうとはわたしとこもえのどっちが胸があると思う?」
「…………いつの間にそんな話になったんだ?」
インデックスが放った突然の言葉に、混乱の渦に叩き込まれる勇斗だった。
▽▽▽▽
3.7月24日
「…………疲れた」
御坂の手も借りて、というかほとんど御坂の活躍で収束したその事件ではあったが、規模の大きさや捜査への関連度などから
「めんどくさいなあ……」
ぼやきながら歩く勇斗。目の前に見えてきた交差点を勇斗は左に曲がった。――――いや、曲がろうとして。勇斗の心にふとした疑問が生まれた。
(……あれ? 何で俺わざわざここを曲がろうとしたんだ?)
この交差点は直進した方がずっと速く家に着く。元気ならいざ知らず、ここまで疲弊しきっている自分に遠回りするような余裕なんて無いはずなのだが。交差点で勇斗はまごつく。理由は無いが、
数瞬程悩んで、――――勇斗は結局左に曲がることにした。不可解に思考を捻じ曲げられた感覚がしたような気がするが、頭がうまく働かない。足の赴く方向に、勇斗は歩いて――――いこうとして。
少し離れた場所から爆音が響き渡り、夜闇を切り裂くオレンジ色の大炎と黒煙が勇斗の視界に飛び込んできた。
スイッチを押したようにパチン、と一瞬で思考が切り替わる。踏み出しかけた足を引き戻し、地を蹴って勇斗は走り出した。
――――――閃光と黒煙を目印に少し走ると、前方、白地に金の刺繍が入った布地の安全ピンまみれの修道服を着た少女の特徴的な後ろ姿と、それに対峙する漆黒の修道服を着た赤い髪の大男の姿が目に入ってきた。その男は、無防備に立つ少女――インデックスの前で、巨大な炎のカタマリで出来た剣を構えていた。それを見た瞬間勇斗は思い出す。上条が言っていた、襲撃者の容姿、そして、操る『異能』の特徴を。
一歩、二歩、とインデックスに近づいていく大男。そして三歩目が踏み出された瞬間、赤髪の大男は一気に足を踏み出しインデックスに接近すると、手に持った炎剣を振りかぶった。
「ッ!!」
そこまでを認識して。――――勇斗は演算を組み上げ、同時に前へと飛び出した。
――――――――
――――――――
インデックスに叩き付けられようとする、大男の操る炎剣。その2つに割って入るように、何かが飛び込んでくる。
それは背中に白い翼をはためかせ、2人の視界の外から飛び込んできた。そしてそれと同じタイミングで不可視の力が炎剣に叩き付けられ、形を保てなくなった炎剣が爆散する。飛び散った火の粉は再び振るわれた翼が巻き起こした風で吹き払われる。
――――そして、勇斗と大男は至近距離で対峙する。甘い香水の匂いと、たばこの匂いが鼻につく。交錯する視線が捉えたその顔――右目まぶたの下にバーコードの形のタトゥーが刻まれ、耳にはごてごてしたピアスがいくつもぶら下がっていた。
慌てて大男が大きくバックステップして、距離を取る。
「まさか……今の力は
大男の表情が驚愕と苛立ちに歪み、そしてこう言った。
「だとすれば……ずいぶん僕ら魔術サイドを馬鹿にしてくれてるね……!」
「『天使』ね……。……何を勘違いしてくれてるのか知らねーけど」
その言葉に、勇斗は呆れ顔を浮かべて言葉を返した。
「俺が操ってるのはそんなオカルトめいた力じゃないさ。ありふれた……そう、この街じゃ珍しくもなんともない、ありふれた力だよ」
――――再び不可視の力が炸裂し、大男の体が後方に吹っ飛ばされる。その体が、無様に地面を転がった。
「……AIM拡散力場の反応無し。赤い髪の大男。炎を操る異能者。お前が人ん家焼いた魔術師だな」
転がる大男――魔術師を冷たく見下ろしつつ、勇斗はやはり冷たく言った。
「ふん……個人だか組織だか知らねーけど、寄ってたかって女の子1人を追い回すとか意外と情けないんだな、魔術師って」
インデックスの境遇、希少性、貴重性。その全てを聞いたうえで、勇斗は煽るような声色で魔術師に声をかけた。言葉を重ねるにつれて、目の前の魔術師は拳を握りしめ、奥歯を強く噛みしめていくのが手に取るようにわかる。
「
「――――
そして、勇斗の言葉がついに一線を越えてしまったのだろう。強烈な殺意を目に宿らせて、憤怒の形相で目の前の魔術師は立ち上がった。
「本来ならむやみやたらに
感情をそのまま形にしたような巨大な炎剣が右手に形成される。そして。
「灰は灰に――――塵は塵に――――吸血殺しの紅十字!!」
激情そのままの叫びと共に、左手から青く燃え盛る炎剣が出現した。
「――――死ね」
魔術師――ステイルは、2本の炎剣を交差させるように振るった。炎剣が1本だった時とは比べ物にならないほどの大量の火焔が勇斗に降り注ぐ。勇斗の後方で、インデックスが鋭い悲鳴を上げた。交差し、ぶつかり合った炎が相乗効果で勢いを増し、巨大な火柱が勇斗を中心に燃え上がる。大量の空気を吸い込みつつ、灼熱の業火が赤々と夜の学園都市を照らした。
「……ふん、あれだけ減らず口を叩いておいて、所詮はその程度か、能力者!」
多少は溜飲が下がったのか、若干余裕を取り戻したような顔でステイルは叫ぶ。
「ゆうと! ゆうとっ!!」
火柱の後方、インデックスは目に涙をためて血を吐くように叫んでいる。
――――と、そこで。
煌々と燃え上っていた火柱が、一瞬で吹き飛ばされた。
魔術をよく知る2人は言葉を失い、目を見開く。ステイルの扱う炎は摂氏3000度もの高温である。人間を『焼く』のではなく『溶かす』ほどの高温の世界に閉じ込められ、しかし火柱の中から現れた少年には火傷1つ着いていない。
「……摂氏3000度、ね。学園都市の
苦笑しつつそう言って、未練がましく残る小さな火のカタマリをもう一度振るった翼で巻き起こした風で完全に吹き飛ばす。
「ッ――――
再びステイルは叫ぶ。目の前の信じられない現実を、振り払おうとするかのように。彼が繰り出したのは、彼が持つ最大の魔術だった。一滴の炎が、虚空から地面にぽたりと落ちる。
その落下地点を中心に真紅の業火が円を描くように広がり、その中心から重油を凝り固めたような黒っぽいヒトガタの何かが生まれ出る。
「この魔術の意味は――――『必ず殺す』だ能力者!!」
その叫びに呼応するように、黒い何かが勇斗目がけて大量の炎を纏って突撃してきた。
「――――ッ!」
勇斗の顔が初めてひきつったような表情を浮かべる。しかし、またしても不可視の力が叩き付けられ、ヒトガタの物体が弾け飛ぶ。安堵の表情を浮かべる勇斗。しかし、ステイルは先程までとは逆に邪悪な微笑みを浮かべていた。
その様子を視界に捉えて、――――勇斗は慌ててその場を飛び退った。一瞬前まで勇斗がいた場所を灼熱の腕が通り過ぎる。3000度の炎に慣れているとはいえ、まともに直撃すれば溶かされるのには変わらないのだ。
後ろを見れば、破壊したはずの炎のヒトガタが復活していた。
「ゆうと! それはルーン魔術だから炎本体を破壊しても意味無いの! ここら一帯の『ルーンの刻印』を破壊しないと何回でも蘇るんだよ!」
「はっ。そんな簡単にいくと思うか! 今回準備した刻印は全部で16万4000枚でそれら全てが順調に機能して周囲2キロに結界を形作っている! 無駄なあがきはやめるんだな能力者」
魔術師2人の声が夜の学園都市に響く。
「――――そっか。だったら」
ステイルは見た。絶望の淵に立たされたはずの能力者が、場違いで不釣り合いな笑顔を浮かべているのを。
「こうすればどうだろうね」
全身がぞわりと総毛立ち、第六感が危険信号を鳴り響かせる。
「いの――――ッ!」
イノケンティウス、と名前を言い切ることはできなかった。ステイルを中心として半径3メートルの範囲が円形に押しつぶされたからだ。クレーターか何かのように地面が陥没している。
そのクレーターの中心で、ステイル=マグヌスは倒れていた。術者が意識を失い、体を維持する魔力の供給がされなくなったからか、『魔女狩りの王』も姿を薄れさせ、弾け飛ぶように姿を消す。
「……ゆうと、すごい」
後方で戦いを見守っていたインデックスがポツリとつぶやいた。
「魔術師との戦いってホントに初めてなの? 自信満々にしか見えなかったんだよ」
「……まあ、煽って煽ってキレさせればどうしても動きは単調になるからね。一回当麻にぶちのめされてるぶん、『能力者』に対してはいろいろ思うところがあっただろうし、そこを刺激すればその点は楽勝だったよ。学生寮の恨みもあったしな」
「じゃあじゃあ、時々ゆうとが使ってた力って一体どんな力なの? 力場だけなら
そう言って、ずいとインデックスが勇斗に詰め寄った。
「……近い。ちょっと離れなさい。俺が使ってるのは『AIM拡散力場』っていう力さ。で、その『AIM拡散力場』っていうのは学園都市で開発されてる『能力者』が誰でも無意識に発してしまっている超微弱な力なんだ」
「ふむふむ」
「で、その力ってのは普通は精密機械……携帯電話とかテレビとかよりもずーっとすごい機械を使わないと観測できないくらい弱いんだよ」
『精密機械』という言葉にきょとんとした表情を浮かべたインデックスのために、かみ砕いて勇斗は説明を続けていく。
「え? でもゆうとが使った時はすぐにわかったんだよ?」
「そ。そこがミソなんだよ。実はその『AIM拡散力場』っていうのは不思議な性質があって、ある程度の量を収束させて同時に扱うと爆発的に力が増大するんだ。俺の能力は『AIM拡散力場』を観測して操るっていうやつだから、その『ある程度の量』を超える量の『AIM拡散力場』を操って、それを叩き込んだりしてるって訳だね」
「……なるほどなんだよ。じゃあその背中の翼はどういう訳なの?」
「うーん……、その説明はなかなか難しいんだけど。自分の能力の『AIM拡散力場』を操ってみたら勝手にこんな風に展開されちゃったんだよね。空を飛んだりもできるんだけど、そんなに出力もないから人間3人分くらいまでしか支えらんないけどね」
「ふーん。……一定量を集めると破壊力を持ったり、『天使』と関係したり、なんだか聞けば聞くほどテレズマ……あ、魔術用語で天使の力のことだよ。とそっくりかも」
不思議そうな表情でつぶやくインデックス。
「……ま、たまたまだろうな」
そんなインデックスと、クレーターの中心で倒れたままのステイルを眺めて、勇斗も静かに呟いた。