科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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ep.30 9月20日-1

 

「……はっ! ………………知ってる天井だ………………?」

 

 暗闇に包まれた視界の向こう。薄ぼんやりと、どこかで見たような天井が見えた。目を瞬かせて、まだ重い瞼を必死に持ち上げ、勇斗は上半身を起こす。

 

「……病室、か?」

 

 ぐるりと首を回して周囲の様子を窺う。左側に、今はカーテンが閉められた窓。右側に、ベッドサイドテーブル。そして、お見舞いに来た人用のだろうか、イスとテーブルが並んでいた。

 

 ――――何という事は無い。勇斗にとってはもう見慣れた、彼の親友にとって原点(ふりだし)たる、(くだん)のカエル医者付属病院の病室だった。そして勇斗はその部屋に唯一存在するベッドに寝ていたらしい。

 

 部屋の中は真っ暗だった。勇斗は体を捻って枕元のボタンを押し、――――押そうとしたところで、布団に何かが乗っかっていることに気づく。恐る恐る手を伸ばしてみれば、手に返って来るのは何かサラサラした手触りの温かい丸い物体――――つまり、人間の頭だった。触ってみた感じと漏れ聞こえてくる吐息から、どうやらその人物は布団に突っ伏して寝ているようで顔はよく見えない。だがそのサラサラ具合と漂ってくる甘やかな香りのおかげで、辛うじてそれが女の子のものであるという事がわかる。

 

「…………」

 

 サイドテーブルを照らす小さな明かりを点けたことで、その人物の正体が見えてきた。その人物――少女は、美しい栗色の髪を持っていた。Tシャツに袖なしのパーカー、そしてショートパンツ。

 

「………………きぬ、はた?」

 

 顔はわからない。しかし勇斗の記憶の中でその姿に該当するのは彼女だけだった。――――なぜここにいるのだろう。自分がここで寝ている……つまり入院(?)しているという事を考えると、ひょっとして、お見舞いにでも来てくれていたのだろうか。

 

 と、そこで枕元の壁に表示されていた時間が勇斗の目に飛び込んできた。――――現在9月20日、午前2時13分。いつの間にか、日を跨いでいる。

 

「…………ッ!? オ、オリアナは!? 『使徒十字(クローチェディピエトロ)』は!?」

 

 勇斗の頭から絹旗の事が一瞬で吹き飛び、ぼんやりしていた頭が急速に回転を始める。――――そうだ、自分はあの第23学区の飛行場でオリアナと戦っていたはずなのだ。それなのになぜ、この第7学区のこの病室で惰眠を貪っていたのだろうか…………?

 

「……ふむ。そこまで回復しているのなら、もう朝には退院してもいいかもしれないね?」

 

 そこに唐突に現れたのは、勇斗にとっても顔馴染みの1人。彼や上条、そして妹達(シスターズ)の『主治医』を務める『冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)』の異名を持つ、

 

「全く、……もしかして君までこの病院が好きになったのかい?」

 

「いや、そんなことはないんじゃないんですかね…………ねえ?」

 

 要するに、カエル顔の医者だった。

 

 空間移動能力者(テレポーター)も真っ青な無音移動で出現していた彼に苦笑いを返しつつ、勇斗は問い掛ける。

 

「……で、先生。俺はどうしてここに……?」

 

「多分それに関する伝言をいくつか預かっているから、心して聞くといいんだね?」

 

 そんな勇斗の問い掛けに肩をすくめて、

 

「まず1つ目。君の友人達――――上条君と、金髪の彼と、長身の英国人からの伝言だが、……『万事解決!!』だそうだよ? なんでも『結局18:30に始まったナイトパレードの光が星空を塗りつぶしたおかげだった』だってね?」

 

「……………………え?」

 

「『ぶっちゃけ俺らが動いていた意味はあんまり無かった。巻き込んでしまってすまなかった。今は反省している』……だ、そうだよ?」

 

「は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「こらこら、夜の病院でそう騒ぐものではないね?」

 

 自分を叱るカエル医者の声がどんどんと遠ざかっていくような錯覚に勇斗は囚われた。――――あの戦いが、無意味? はは……冗談きつい……。

 

 しかしそこで勇斗は気付く。否、気付いてしまう。体育祭という括りで考えた時に全くその由来が分からなかった、『大覇星祭』という名前。――――()を制()する()規模な()

 

「あ、え……? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」

 

「だから静かにするんだね? ただでさえ病院というのは声が響くんだよ?」

 

 呆れたようなカエル(ryの声ももう耳には入ってこない。――――そうだったのか。『使徒十字(クローチェディピエトロ)』を止めるカギは、もう最初から目の前にあったのか。いや待て、そんなことに気づく奴の方がどうにかしている。あれか、この祭りの名付け親は魔術師なのか。イギリス清教か、あるいは――――。

 

「……まあいい。2つ目は君の症状についてだがね? 恐らく失血と、能力の暴走で意識を失っていたんだろうね? 何故か(・・・)、傷自体は塞がっているみたいだけれどね?」

 

「失血と……暴走……?」

 

 記憶を辿る。視界を斜めに走る一筋の斬線。同時に体を襲った激痛。肩から腰までを一息に切り裂かれ、鮮血を撒き散らして倒れた事は覚えている。しかしその先、当然と言えば当然の事だが、意識を失ってからの記憶は無い。その間に、能力が暴走したのだろうか。カエル顔の医者が強調したように何故か傷が塞がっているのは、ひょっとするとその暴走と関係があるという事だろうか。

 

「暴走について覚えてないなら、後でその3人にでも聞いてみるといいんだね? ……検査をしてみたけど、現状では血液量、脳の稼働状況共に問題は無い。つまりもう君は健康体ってことなんだけど。さて、そして3つ目だが…………」

 

 言いながら、カエル顔の医者は部屋の出口に向かっていき、そして扉に手をかけて、

 

そこの彼女(・・・・・)にもちゃんとお礼を言ってあげるんだよ? 君が倒れたって聞いて、急いで駆け付けてきてくれたみたいだからね?」

 

 そう言い残して、部屋を出て行った。

 

「…………」

 

 勇斗はガリガリと頭を掻いて、ベッドの縁、ベッド脇の椅子に腰かけ、上半身をベッドに乗り上げる形で眠る少女に視線を向けた。だいぶ大声を出してしまったが、それでも起きる気配は無い。ムニャムニャ言いながら、穏やかな寝息を立てて眠り続けている。

 

「……わざわざ、お見舞いに来てくれてたのか」

 

「そうだにゃー感謝するといいぜい」

 

 無意識に絹旗の方に手を伸ばしていた勇斗だったが、これまた空間移動能力者(テレポーター)も真っ青な唐突な声に、ビクッ!とその動きを止める羽目になる。声の方を見るまでもない。その侵入者は、勇斗の顔馴染みだ。もっと言うと、付き合いの深い友人だ。とは言え、この現状なら出会いたくない人間のトップ3には間違いなくランクインする。

 

「いやー、まさか勇斗が少女に手を出すような変態さん(ロリコン)だったなんてにゃー。全く、驚きですたい」

 

「……何しに来やがったんだ土御門テメェ」

 

 確かに土御門と話をしなければならないとは思っていた。自分が意識を失っているうちに一体何があったのか、知る必要があるとは思っていた。――――でも、よりによって、なぜこのタイミングでこいつはわざわざやってきたのか。

 

 表情に出ていたのだろう。それを見た土御門はニヤリと笑みを浮かべて、

 

「もちろん、現状報告に決まってるよにゃー?」

 

「……AIMブチ込まれたくなかったらそのニヤニヤ顔をやめるんだな」

 

「せっかく怪我が治ったところだし、痛い目には遭いたくないからやめとくかにゃー……」

 

 やや引き攣ったような笑顔に変えて、土御門はそう言った。

 

「で、こんな夜中に来るってことはそれなりに重要な話なんだろ? 早く教えてくれよ。できれば静かにな」

 

「そうだにゃー。勇斗の可愛い可愛い彼女を起こしたら悪い……ゲフンゲフン。……ああ、これから先に関わってくる、ものすごく重要な話だ」

 

 唐突に土御門が本気の顔になった。―――― 一体、何を見たんでしょうねえ?

 

「本題に入る前に脇道から話しておこう。冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)からある程度聞いているとは思うが、学園都市の防衛は成功した。――――というより、アイツらがどう足掻こうが勝手に失敗していたみたいだけどな。オリアナも、リドヴィアも、『使徒十字(クローチェディピエトロ)』も、無事(・・)イギリス清教の方で確保。そっちの騒ぎはこれで終わりだろう」

 

「なるほど。……にしても、あの追いかけっこが無意味だったと来たか。キツイよな」

 

「それに関してはイギリス清教としても土御門元春という人間としても謝罪する。済まなかった。…………だが1つ、この件に関して『無意味』という言葉で終わらせることができないことがある」

 

「…………それが、俺の能力の『暴走』だと?」

 

「そうだ。『暴走』というより、『覚醒』の方が妥当かもしれないがな」

 

 そう言って、土御門は1つ溜息を吐く。

 

「つまり、だ――――――――」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 同時刻、同学区。窓のないビル。

 

 昼も夜も問わずモニターや計器類の光で満たされたこの建物内部に存在する生命維持槽(ビーカー)の中で、男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える『人間』、アレイスター=クロウリーは口元に笑みを浮かべる。

 

「――――ハイブリッド。『似て非なる他者の境界を超える者』。力場の似たAIM拡散力場を媒介に、内包する天使の力(テレズマ)を操作する。あるいは、魔術という非科学的法則に基づきAIM拡散力場に干渉を行う。科学と魔術の境を超える者。…………やはり、素晴らしい」

 

心の底から愉快そうに、彼は言う。眺めるモニターには、如何にしてそれを撮影したのか、金の円環を冠し水晶の翼を背負う勇斗の姿が映し出されていた。

 

「まだ危機的状況に陥ることが完全発動のトリガーとなる段階だったようだが……、天使化発動後のAIM拡散力場による天使の力(テレズマ)の制御も、天使の力(テレズマ)による身体強化も、十全にできているようだな。これなら、また1つ上の段階に進んだだろう」

 

 ――――――――これでまた1つ、希少で重要な検体(サンプル)についての研究を進めることができた。ローマ正教の人間には感謝するべきかもしれない。実に、皮肉な話だけれど。

 

「……やはり君の研究は、プランに縛られる私の人生のいい気晴らしになる。願わくばこのまま、健やかなる成長を……」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 土御門は言う事だけ言ってすぐに帰っていった。最後の最後、嫌らしい笑みを浮かべて「ごゆっくり」とか何とか言っていたけれど。

 

「『光を掲げる者(ルシフェル)』の天使の力(テレズマ)、ねえ……」

 

 土御門の話はとても信じがたいものだった。自分が魔術由来の力を扱えるなんて全く実感が湧いてこない。

 

 しかし――――、

 

「でも実際、能力に変化が起きてるんだよなあ…………」

 

 つい先刻、土御門の前で能力の確認をしてみた時の事だ。翼には変化は無かった。しかし、その頭上に新しく白い円環が出現していたのだ。今まで通りに能力を使ったつもりだったのに。

 

「……今まで以上に全身に天使の力(テレズマ)が行き渡ってるみたいだな」

 

 その姿を見た土御門はそう評した。“翼を持った人型”という条件から、今までも極々わずかながら偶像の理論で天使の力(テレズマ)を集めていたらしいのだが、量的に明らかにそれを上回っていたらしい。どうやらそれにより、能力使用時に目に見える形で身体能力が強化されるようになったようだ。『天使化、あるいは聖人化』と、土御門は呟く。

 

 ただしそれは、良いことばかりをもたらした訳では無い。

 

「科学の街にいる能力者が、どんな原理かは知らないが魔術側の力を使い、おまけにそれは堕天使の力だった。まあお前が光を掲げる者(ルシフェル)の力を振るったってのを知っているのはオレ達とオリアナくらいのもんだが、ローマ正教からすれば『学園都市の能力者達に自分たちが敗北した』ってことだからな。お前は不可抗力とはいえ、力を振るって、ローマ正教の魔術師を追い払った。その報復として、この街にやってくる魔術師たちと、下手をすると殺し合いになるかもしれない」

 

 こればかりは、土御門も全く笑ってはいなかった。真剣そのもの、クラスメイトとしてではなく、魔術師として、土御門は勇斗に告げる。

 

「お前のこの街を守りたいという気持ちはわかってる。お前はきっと、俺達が困っている時には助けてくれるんだろうという事もわかってる。ただ、これまで以上に、覚悟はしておいてくれ」

 

 そう言い残して、土御門は去っていったのだった。

 

「……………………ふぅ」

 

 再び静寂に包まれた病室で、勇斗は1人溜息を吐く。土御門の一言が胸に重くのしかかっていた。

 

「殺し合い…………ねえ」

 

 それはあくまで可能性の1つ。起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。しかし実際そんな事になった時、自分はうまく立ち回ることができるのだろうか。

 

「むにゃ……、ゆうと、さん……超、心配かけやがりましたねぇ……」

 

 そんな思考を絹旗の寝言が遮った。勇斗の身を案じるそんな一言。それが、勇斗の心を軽くしてくれる。温かいものが、勇斗を満たしていく。――――そうだ。この少女だって、クソみたいな殺し合いに巻き込まれながらも、この街のために戦っているのだ。なら自分だって、少しはいい所を見せなければ格好が付かないだろう。中のゴタゴタに対処するのか、外の邪魔を排除するのかという違いはあるけれど。

 

「……悪いな絹旗。心配かけて。それと、サンキュー」

 

 聞こえないことはわかっているけれど、それでも勇斗はそう言って、絹旗のサラサラな髪を手で梳き、頭を優しく撫でる。

 

 ――――ハナから考えるまでも無かった。戦う覚悟が無かったらそもそも今回だってオリアナと戦っていないのだ。まあ勇斗としてはあくまで戦うだけで、少なくとも殺そうとは思っていないけど。

 

 勇斗を再び眠気が襲う。電気を消して、勇斗は体をベッドに委ねるのだった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「…………えっと、とうま、これってどういう状況なのかな?」

 

「…………邪魔しちゃいけませんよインデックスさん」

 

 早朝の清々しい朝日が病室を照らしている。

 

 そこで、

 

 幸せそうに少年の右手を握りしめて眠る少女と、その少女の頭を左手で包むように眠る少年を、上条とインデックスは目撃することになったのだった。

 






大変申し訳ない話なのですが、次回の更新は未定です。少なくとも数か月スパンでは空いてしまうかと思います。お待ちの方、申し訳ありません。なるべく早く更新ができるように、残りの期間は全力で勉強に回します。今しばらく、お待ちくださいませ……。
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