科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

32 / 67

更新が遅れると言ったな、あれは嘘だ。

……むしゃくしゃして更新した。今は反省している。後悔はしていない。




Chap.4 祭りは終わらない Endless_accidents (ver. Science)
ep.31 9月20日-2


 眠りに落ちていた意識が浮上する。

 

 まず勇斗が感じたのは、周囲に漂うシャンプーか何かの甘やかな香りだ。まだ半分眠ったまま、寝起きの微睡みと相まって、得も言わぬ幸福感が勇斗を包む。

 

 次に感じたのは触覚。右手を包む温かく柔らかでスベスベな感触。そして左手に感じるサラサラとした手触り。頭が上手く働かない。それでも、そうするのがさも当然の事であるかのように、勇斗は右手の“モノ”をしっかりと握り締め、そして左手で優しく“ソレ”を撫でてやる。

 

「ん……ふあ……」

 

 右手と左手、そのどちらに反応したのか、その“物体”はそんな音を発し、そして勇斗の右手を優しく握り返した。

 

 そんな仕草がトリガーとなって、勇斗の意識が覚醒する。具体的に言えば、重い瞼が開かれるくらいに。

 

 横向きに寝ている勇斗のちょうど背後、窓から朝日が差し込み、病室を明るく照らしていた。明るい日光が視界を照らし、急速に目が冴えてくる。

 

 そして勇斗は、両手の先を見た。

 

 そこにいたのは案の定、絹旗だ。栗色の髪が日差しに照らされて、美しく艶やかに光っている。幸せそうに唇を笑みの形に結んで、深夜に勇斗が一度目を覚ました時とほぼ変わらない様子で眠っていた。結局途中で帰ることなくずっとここにいてくれたらしい。任務か何かがあったからか余程疲れていたらしく、ずっと寝ていたみたいだけれど。

 

 こうして寝ている姿を見ている分には、年相応のただの少女にしか見えない。サラサラの髪の毛も、柔らかそうな肌も、長いまつ毛も、健康的に艶めくぽてっとした唇も。日々この街の日陰の更にそのまた奥深くで、汚れ仕事をしているなんて全く予想がつかない程だ。

 

 ――――と、そんな感じの事を考えながら、勇斗が絹旗から目を離せずにいたちょうどそこに、

 

「ちょ、インデックス! おも……!!」

 

「むっ、れでぃーに対して重いだなんて失礼かも……って、わぁ!?」

 

 病室の扉の外から、聞き慣れた2つの叫び声がした。そしてドタンバタン!!という愉快な音と共に、病室の扉が勢いよく開け放たれる。

 

「ふぇ……!? な、なんです!? 超敵襲ですか!?」

 

 その轟音がきっかけになったのだろう、すやすやと眠っていた絹旗が一瞬で跳ね起き、まだトロンとした目をしながらも頭を振って周囲を見回す。流石にこういった反応は素早い。伊達に暗部組織に所属していないと言ったところか。だがしかし、それはつまり安眠すら許されないような生活を強いられているという事であって、そう考えてしまうと不憫で不憫でたまらないのだけれど。ちょっと寝ぼけた様子で辺りをキョロキョロと見渡す姿は正直言ってかなり可愛い、なんて考えるのはもしかして失礼にあたるのだろうか。ごしごしと目を擦って必死に瞼を開こうとする様子は、正直言ってタマラナイ。ちなみにもっと言うと、どんなふうに寝ればそんな寝癖が付くのか全く分からないレベルで頭からアホ毛がぴょこんと飛び出していて、首を振るたびにぴょこぴょこと可愛らしく跳ねている。うつ伏せで寝ていたせいか、口の端から涎が垂れそうになっているのもまたいとをかし。片手で目を擦っているのに、もう片方の手は勇斗の手を握ったまま離そうとしないのは言ふべきにもあらず。なんということでしょう、朝から眼福モノの映像を見れるだなんて。

 

――――――――閑話休題(まあそれはおいておくとして)

 

「…………はぁ」

 

 勇斗は深呼吸をして、改めて周囲の現状を確認した。

 

 自分は病室のベッドに寝ていて、お見舞いに来てくれていたらしい美少女に手を握られ、しかもずっと頭を撫でていたらしい。

 

 病室の扉の所ではツンツン頭の男子高校生が普段から『同棲』している銀髪碧眼の美少女シスターにくんずほぐれつ押し倒されている。

 

「……………………えぇぇぇぇ、朝っぱらからラブコメまっしぐらじゃないですかー。やだー」

 

 いつだったか、上条の周りは因果律が歪むレベルでピンク色なイベントが発生するんじゃないか? 的なツッコミをした気がするが、まさか自分自身まで当事者レベルにまで引き込まれて、巻き込まれることになるとは。

 

「…………朝から君たちは、随分元気なんだね?」

 

 朝の回診に来たのだろうか。病室の外から眺めるカエル顔の医者のそんな言葉が、病室に溶けていく。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「ねえ、ゆうと」

 

「…………なんだよ、インデックス」

 

「勇斗が誰を愛したとしても、わたしは否定しないし、応援してあげるんだよ。わたしは、シスターだから」

 

「…………うん。ありがとう」

 

「…………でも、でもでも、でもね? まだちょっと、2人で一緒に寝るっていうのは、早いんじゃないかなって、おもうんだよ? だってさいあいって、わたしより年下なんだよ?」

 

「……なあインデックス。一体何を考えてるのかはわからないってことにしておくけど、真っ赤な顔して何爆弾をブッ込んでくれてんだ……?」

 

 朝の回診も終わり後は退院するだけとなった勇斗の部屋には、現在4人が集まっていた。即ち、勇斗、絹旗、上条、インデックス。

 

 その中で、インデックスが特大の爆弾に火をつけてくれた。さっきまでは寝ぼけていたり、予想外の出来事が次々と起こったりしたせいで勇斗自身あまり深く考えていなかったのだが、こうして真正面からド直球に指摘されると非常に恥ずかしい。実際、呆れたような表情(を浮かべているつもり)でツッコミを入れる勇斗の耳は赤く熱を帯びていたし、絹旗に至っては顔全体を真っ赤にして俯いてしまっている。

 

 ちなみに上条は神妙な表情でインデックスのセリフにウンウンと頷いていた。――――いや、勇斗は見逃さない。上条の口角がわずかに上がっているのを。間違いない、コイツは内心ニヤけてやがる。

 

「だからだから、ゆうととさいあいにはもっと……なんていうか、清いお付き合いをしてほしいかも」

 

「……前提からして間違ってんぞ、オイ」

 

 清いお付き合いも何も、そもそも勇斗と絹旗は付き合ってはいない。――――とは言え、傍から見れば付き合っていると思われても仕方がない気もしないではない。2人でご飯に行ったこともあるし、わざわざ一晩中病室に付き添ってくれたり。正直な話『それだけ』ではあるのだが、『恋』というものが大好物な学生が大多数を占めるこの学園都市では『それだけ』の事でも噂になるのは避けられないのだ。インデックスもなんだかんだそういうのが大好きなお年頃だし。

 

 しかし、付き合っていないというのは歴然とした事実であり、その誤解はしっかりと解いておく必要があるだろう。横で口元をぴくぴくさせながら努めて神妙な表情を演じている上条にそんな嘘を拡散されたら、勇斗の高校生活に多大な支障をきたしかねない。――――土御門に目撃されている時点でもう手遅れ過ぎるような気もするが。そして勇斗のあずかり知らぬところで、少しずつその噂とそれに並行する『実は勇斗って“年下好き”なんじゃないか』説が広まり始めているのだが。

 

「……なあインデックス。別に恋人じゃなくたって自分と付き合いのある人間が怪我したって言ったら心配でお見舞いくらい行くだろ? お前だって、当麻が怪我したなんて聞かされたら心配だろ? お見舞い行くだろ? 手なんか握って一晩看病するだろ? っていうかしてただろ? 絹旗もそれと同じことをしただけなんだから、別に構わないじゃないか。……なあ、当麻?」

 

 反撃の気持ちも込めて、勇斗は上条にも話を振る。「う……」と2人が言葉に詰まる様子を見て、勇斗もとりあえずは満足する。

 

「まあ何が言いたいってさ、要するに俺と絹旗は別に付き合ってるとかそんなんじゃないんだ。わかったか、インデックス。それに当麻も」

 

「そ、そうですよ! 私と勇斗さんはまだ(・・)そんなお付き合いは超してません!」

 

 ここまでしばらく恥ずかしい目に合っていたからか、絹旗は久々に口を開いて反撃でもしようとしたのだろうが……、それが完全に裏目に出る結果となった。

 

「「「……………………まだ?」」」

 

「ッ!!!!」

 

 同じく否定の側に回っていた勇斗でさえも思わず聞き返してしまった。そんなカウンターを受け、過去最大級に顔を真っ赤に染めて、

 

「ちょ、超言葉の綾なんですぅぅぅぅぅ! 忘れてくださいぃぃぃぃぃ!!」

 

 羞恥に耐えきれなくなったのか、絹旗はダッシュで病室を飛び出し、ドップラー効果を感じ取れるスピードで病院を去っていく。あまりのスピードに、追いかける気すら起きない程だった。

 

「「「……………………」」」

 

 残された3人の間に、気まずい空気が流れる。

 

「……とりあえず、ごめんなんだよ」

 

「……ほんと、何というか、悪かった」

 

「いや……お前ら2人は悪くないと思うから別に気にすんなよ。これは事故だ……」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 『こちらこそ超すみませんでした。とにかく、体に気を付けて、お大事にしてください』という絹旗からのメールに目を通し、新品の体操服(オリアナの件の報酬なのだろうか、タダだった)を着て、緑の腕章を腕に巻いて、勇斗は大覇星祭2日目の街に繰り出していた。昨日の一件で他の風紀委員(ジャッジメント)達に仕事を押し付けまくってしまった関係で、そして今日は特に目立った競技もないという事もあり、勇斗の予定は見回りでぎっちりだ。――――まあ、別に見回りは嫌いじゃないからいいんだけれども。

 

 昨日の鬱憤を晴らすためか、しがみつくように、あるいは引きずるように、街中に消えて行った上条インデックスペアの事を思い返すと、どこか見回りの途中で絹旗にお礼と心配をかけたお詫びという事でご飯でも奢ってやるか、なんて気持ちになってくる。流石に今日誘う勇気は無いが、ほとぼりの冷めた頃、祭りの後半あたりにでもそうすることにしよう。

 

 ――――と、そんなことをぼんやりと考えながら街をぶらぶら歩いていた時だ。勇斗の視界に見覚えのある少女たちの姿が飛び込んできた。

 

 常盤台の体操服を着た、ウェーブがかった栗毛の少女と、黒髪三つ編みの少女。そして、まあ所謂普通の体操服を着た、黒髪ロングの少女。――――特にぼかす必要も無かったか。つまり湾内、泡浮、佐天の中学1年生3人組だ。何やら困ったような表情で、顔を突き合わせて話し合っている。

 

「どうしたんだ、そんな困った顔して」

 

 とりあえず、勇斗は声を掛けることにした。知っている顔だし、何よりも困っている人間を助けるのが今の勇斗の仕事だ。

 

「あ、勇斗先輩!」

 

 突然声を掛けられ、驚いた様子で振り向き、佐天がそんな声をあげた。常盤台’s お嬢様の2人も声こそ上げなかったものの、同じく驚きの表情を浮かべ、ぺこりと一礼。

 

「先輩、この辺で婚后さんを見かけませんでした?」

 

「いや、……見てないけど、どうしたんだ? 競技時間なのにいなくなったとか?」

 

「そういう訳では無いのですが……」

 

 佐天の質問に対する勇斗の返答、に言葉を返したのは湾内だった。

 

「先程婚后さんとお会いした時に御坂様のネコを預かってほしいと頼まれまして」

 

「御坂の……ネコ?」

 

 御坂がネコを飼っているという話を勇斗は聞いたことが無かった。そもそも御坂はレベル5の発電能力者(エレクトロマスター)だ。体から発している微弱な電磁波のせいで動物に嫌われて辛いと悩んでいるような人間が、ペットなど飼うことができるのだろうか……?

 

「……それで、婚后さんは今御坂様の妹の行方を捜しているらしいのですが、どうやらそのネコさんは妹さんが行方不明になったと思われる路地裏にいたらしいのです。ですので、動物と会話のできる能力者の方を連れてくるという手筈になっていたのですが、待ち合わせの場所に婚后さんがいらっしゃらないのです」

 

「……え?」

 

 全く予想していなかった言葉が聞こえてきた気がした。少なくとも、常盤台で普通に過ごしている――――いや、この学園都市で普通に暮らしている人間からは、決して出てこないだろう一言が。

 

「…………婚后が何を探してるって?」

 

「御坂様の妹さんらしいです。私は妹さんがいらしたなんて、初耳でしたけど」

 

 ほとんど呟くだけだった勇斗の問いかけに応えたのは、今度は泡浮だった。頬に指を当て、可愛らしく悩んでいる。しかしその姿を見ても、勇斗の気持ちが落ち着くことはなかった。

 

 ――――なぜこいつらが、妹達(シスターズ)の話をしているんだ。

 

 御坂、ネコ、妹、とくれば、それは恐らく御坂10032号、上条からは御坂妹と呼ばれている個体のはずだ。それが、行方不明――――?

 

 勇斗が学園都市外部からの敵と戦っている間に、どうやら内側でも良からぬ事件が始まっていたらしい。相変わらず、内外でなんやかんやが多い街だ。

 

 舌打ちをして、勇斗は思考を切り替える。まずは婚后の行方を探すのが先だ。妹達(シスターズ)なんて最高クラスにこの街の暗部と関わっているトピックに一般人が首を突っ込めば、どうなるかなど考えるまでも無い。実際、既に婚后は姿を消してしまっている。

 

 ――――これは、急ぐ必要がある。

 

「……何か、心当たりはないのか?」

 

「あ、それならさっき見覚えのない男の子に先導されて公園の方に向かってましたよ」

 

 勇斗のそんな問いかけに佐天が答え、そしてある方向を指差す。

 

 その方向にあるのは、公園。巨大な池や森林があり、第7学区でも憩いの場所として人気の場所だ。

 

「知らない人間にホイホイ着いていっちゃダメだろ……。……様子を見てくるよ」

 

「あ、じゃあ私も行きます。婚后さんが心配だし」「「私たちも参ります」」

 

「…………じゃあ、行こうか。ただし俺が、下がって、って言った時は素直に下がってね。それだけは約束」

 

「「「はい」」」

 

 揃って素直に返事をする3人を引き連れて、勇斗は公園へと向かう事にする。

 

 ――――事件の終わったその翌日にまたしても面倒事に巻き込まれるとは。

 

 上条の『トラブルに愛され病』がうつったんじゃないかと本気で我が身を案じる勇斗だった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。