最先端科学に満ち溢れ、都市外部と比較して未来未来した大都会の景色が広がるこの学園都市にあって、緑豊かな自然に満ち溢れた大公園。その遊歩道を駆け抜ける勇斗の視界の向こう、立ち並んでいたパラボラアンテナが轟音と共に吹っ飛んで行く。見た瞬間に理解した。あれは、
後ろの方から佐天、湾内、泡浮3名の感嘆の声が聞こえてくる。電波塔を成層圏にまで打ち上げる程の出力があるという事は聞いていたが、実際に見せつけられると見た目のインパクトが半端ない。
――――しかし、驚いてばかりもいられない。そんな強力な能力を
走りながら端末に目を落とす。パラボラアンテナ群が立地しているのは公園の中央部、外周が1キロ以上にも及ぶ大きな池のほとりだ。――――この公園、一々スケールがデカいのだ。現在地からそこまで、あと800メートル程もある。このペースなら3分ちょっともあれば到着するだろうが、しかし逆に言えば、3分“も”かかってしまう。3分あればカップ麺も完成するし、某宇宙から来た赤っぽい巨人だって怪獣の一体を灰燼に帰す。
この街は能力者や最先端科学で溢れている街だ。白井のような
――――恐らく常盤台のお嬢様に対して、そんな人間としての尊厳を踏みにじってビリビリに破り捨てるようなそんなマネをしたりしなかったりチラつかせるような最悪の事態になったりはしないだろうと勇斗は考えているが、それでも万全を期すに越したことはない。今回のこの事件は、そうするに値する、ヤバいものだ。
「……多分、婚后がいるのは池のほとりだな。先に行くけど、大丈夫?」
「はい! 大丈夫です!」
「勇斗さん、婚后さんの事、よろしくお願いいたします……!」
走り続け、疲れているはずなのだが。お嬢様にあるまじき(偏見)スタミナを見せつけ、息が上がることも無く、湾内と泡浮が勇斗の問いかけに応えた。――――佐天はその後ろで、顔を真っ赤にして必死に走りながら、目で勇斗に訴えかけてくる。
「任せろ」
その三者三様の返事に、そう短く告げて。
勇斗は能力を発動した。
その背中に白銀の翼が現れ、頭上には同色の円環が浮かび上がる。
――――土御門の言う通り、昨日までと比べて全身に力がより漲った気がする。これが能力の覚醒によって進行した(らしい)、偶像の理論に基づく聖人化、天使化なのか。
一瞬そんな事を思い浮かべて、しかし勇斗はすぐに意識的演算を再開させる。収束させたAIM拡散力場の射出点を足の裏に設定し、
足元のウッドチップの地面を踏み砕き、その破片を撒き散らして、――――勇斗の姿は、その場から一瞬で掻き消えていた。
▽▽▽▽
「あれが、勇斗さんの能力ですか……」
「実際に近くで見るとより綺麗でしたわね……。しかもAIM拡散力場を操るだけで、こんなにも多くの使い方ができるだなんて……」
走りながら、またしても素直に感嘆の声をあげる湾内と泡浮。縁あって勇斗と知り合う事になり、色々と本人と話す機会ができたのだが、高位能力者が多い――――というか
人助け好きで天使の羽を持つ“イケメン”風紀委員がいる――――。その噂は、最近では落ち着きを見せているものの、今でも根強い人気を誇っている。夢見がちというか世間知らずというか、『男』というものを知らずに育ってきたお嬢様が数多く存在することもあってか、同じくお嬢様であるはずの湾内や泡浮をしてちょっと引いてしまうレベルで美化されてしまっていたり、『もし見かけたり出会ったりすれば幸せが訪れる』とかいうパワースポット的扱いをされてしまっていることも否定はできないが。
「いやー、さすが、レベル、4.5って、言われてるだけは、……ありますよねっ」
その後ろ、息も絶え絶えになって、それでも足を止めない佐天が会話を引き継ぐ。
「もう、私から、したら、……
「「レベル4.5……」」
息ぴったり。流石仲良しコンビというべきか、全く同じタイミングで呟いて、
「この街における
湾内がそう口を開き、
「能力の強さそのものと、能力研究の応用が生み出す利益、でしたかしら」
泡浮がそう纏める。
「利益の、方は、確か、……
微笑ましい気持ちになって、しかし佐天は2人の言葉を訂正する。
だとすると、なおさらわからない。空を飛び、不可視の弾丸を操り、翼で斬ったり殴ったり、かと思えば
――――まあ、私がそんなんを考えたところでどうにもならないんだけどね。
まとまらない思考を打ち切って、佐天は前を行く2人を追いかけることに意識を移したのだった。
▽▽▽▽
体の奥、風邪で高熱が出た時のようなあの不快な熱さが、全身に広がっていく。次いで、針で刺すような強烈な寒気が、全身の血管を通って体中に広がっていった。
それを知覚して、そして平衡感覚が急激に失われた。自分の重心がどこにあるのか、視界はまだ正常に働いていて体が傾きつつあることはわかっているのに、それを立て直すどころか踏ん張ることすらできない。
さらに遅れて、意識が薄れ始める。40度近い高熱が出た時に似た、意識の混濁だ。
それでも、足元で縮こまるように震えている友人の妹が飼っている黒い子猫を潰さないように、そして突如襲い掛かってきた正体不明の脅威から身を挺して守るように、倒れる体を必死に右手で支えて、婚后は
お腹のところで、子猫が倒れた婚后を案じるように、悲しげな鳴き声を上げている。――――大丈夫だよ、と伝えようと優しく撫でようとしても、もう意志に反して腕は上がらない。つい30秒前までは何ともなかったのに。一体何が起こったのだろう。
混濁する意識の中、必死に考えを巡らす婚后に体に、影が差した。
「ふう、危ない危ない。まさかそのネコを狙ったら本当に飛び出してくるなんてね。」
見た目はちょっと太っているだけの、ただの少年だ。しかし、その目は、他人を見下し、嘲笑するような色で満たされている。
「まったくさあ、君も災難だよね。本当なら
――――シスター、ズ? Sister“s“? 複数? 妹は、1人ではなかったのか? そして、それがなぜ『闇』につながる? そもそも、『闇』とは一体何のことだ……?
「あれもひどい女だよね。言葉巧みに自分の事情を周囲の人間に撒き散らしてさ、他人を利用し尽くして、自分はのうのうと『表』で生きてるんだよ。やっぱり
――――ダメだ、思考が形を成そうとしない。いやそもそも、自分が正常な状態だったとしてもこの目の前の少年が言っていることがわかるとは思えない。
しかしそれでも、こんな状態に置かれていたとしても、今の一言の中には聞き捨てならない部分があった。聞き流すわけにはいかない。そこだけは、認めるわけにはいかない。全ての精神力を掻き集めて、普段の何十倍何百倍何千倍も重い腕を、悦に入り演説を続ける少年に伸ばす。足首に手が届いた。今の自分にできる全力で、婚后はそれを掴む。面倒くさそうに視線を下に向ける、少年と目があった。
「訂正……なさい」
その目を真っ直ぐに見据えて、婚后は声を絞り出す。
「御坂さんは……あなたの言うように他人を利用して、そしてのうのうと生きているような方ではありません……!!」
――――夏休みの終わりのこと。新学期を控え、常盤台中学への転入手続きを終えて寮へ向かう途中、間違えて外部の寮に行ってしまい、戻る際に道に迷ってしまったのだ。だが、そこで途方に暮れていた婚后を救ってくれたのが、御坂だった。
彼女の方にも何某かの思惑があったようではあるのだが、それを果たした後も途中で見捨てることなく、地理的にも世間的にも全く何もわかっていなかった自分を
それだけではない。今となっては恥ずかしい
――――その御坂を、自分にとっての恩人である御坂を、何も知らないくせに侮辱するなんて、絶対に許せない。
と、その時。
鈍い音と、ブレる視界。遅れて、顔面に痛み。口の中を切ったのか、ドロリとした鉄臭い液体が、婚后の口の中に流れ出す。転がった身体が固い地面に削られて、擦りむいた腕からも同じ液体が滲み出る。
そこまでしてようやく、婚后は自分が顔を蹴り飛ばされたことに気付いた。必死に力を振り絞り、動かない体に鞭打って少年の足を掴んでいたのに、もう力が入らない。傷口は痛みの信号を発しているのに、その痛みすらぼんやりと輪郭を失う。
「ウッゼェーんだよ!! 誰に向かってそんな口きいてやがんだ役立たずがよ!!」
自分を罵倒する少年の声も、何か膜1枚通しているかのようにくぐもって聞こえる。しかしその声には、さっきまでよりも苛立ちが強く表れているように思えた。
「あーヤダヤダ。ゴミみたいなやつほど人をイラつかせるのだけは上手くってさあ。ほんと邪魔なんだよね」
そう言ってその少年は婚后のすぐ傍に立ち、もう一蹴り叩き込もうとしているのか、足を少し後ろに引く。しかしその事に気が付いても、婚后は動けない。今更になって、漠然とした恐怖が彼女の心を覆い尽くした。
――――そんな時だ。婚后の耳に、頼もしい聞き覚えのある声が届いたのは。
「人の後輩に手ぇ出してんじゃねえぞ短足デブ野郎!!」
こんな状態の婚后ですらひどいと感じる罵声だったが。
次いで、顔を上げたその少年の腹に白銀の閃光が叩き込まれた。「ぐっ!」だか「がっ!」だかよくわからない鈍い声と共に、翼によって薙ぎ払われた少年の体が吹き飛ばされる。
「…………遅くなって悪い、婚后。後は俺が何とかする」
力強い声がした。その言葉に返事はできないけど、せめて笑顔を、その言葉に返すことにする。――――婚后がこれまで見たことが無いほどの怒りを表す、勇斗のその、優しい言葉に。