お久しぶりです。まだまだ余裕が無い状態ではありますが、とりあえず一応区切りがつきましたので、とりあえず1話だけでも投稿します。
第7学区、
「……で、見つかったのか?」
病院の中で帯電するという普通に考えれば御法度な行為に目くじらを立てることも無く、勇斗は少女――――御坂美琴に問い掛けた。見つめる先、御坂の指先には蚊を模した小型の機械が摘ままれている。
「……そうね。今も通信が続いてるわ。これを辿れば、婚后さんを襲った犯人の居場所がわかると思う」
この小型機械は、担架に横たわる婚后の長い黒髪に紛れてくっ付いていたものだ。そしてこの機械の位置情報を常に“どこか”へ送り続けているらしい。理由はわからない。後からまた、
――――このキナ臭い話をしている2人の周りに、佐天、湾内、泡浮の姿は無い。3人は今、婚后に付き添っている。これ以上、暗部が絡んできそうな事件に彼女たちを巻き込ませるわけにはいかないし、恐らく彼女ら自身もそれを望まない。湾内、泡浮の2人は婚后に付いていたいだろうし、佐天も現状では
「……にしても、まさかあいつらが御坂に関する記憶を消されてるとはな」
勇斗が静かに、そんなことを呟く。
「人が必死になって働いてる裏で、何が動いてやがったんだ」
「正直、さっぱりね。……っていうか、やっぱり昨日、アンタらはちょこまかと
呆れたような口調で、呟き返す御坂。呟きながら、彼女は朝からここまでの数時間の記憶を呼び起こす。
――――大覇星祭2日目の朝。
唐突に訪れた上条家同席での食事に、勇斗と『暗部』の少女への尋問(?)。何故か
それは、正確に言うのなら、御坂本人の身に起こったわけではない。しかし、彼女にとって大切な大切な人の身に降りかかったその出来事は、彼女の心を掻き乱すのには十分すぎる事だった。
別に、強盗に巻き込まれたとか、テロに巻き込まれたとか、暴漢に襲われたとか、そういった身体的物理的にどうこうという話ではない。しかし下手するとそれ以上に、不気味で恐ろしい。
――――白井黒子、初春飾利、佐天涙子。ある時は御坂を支え、またある時は共に戦ってくれた『親友』たち。そんな彼女たちから、『御坂美琴』に関する記憶が抜け落ちていたのだ。
――――いや、『記憶』というのは正しくない。同じ常盤台中学に所属する白井黒子は、御坂美琴の存在を『知識』としては知っていた。正確には、『共有していた思い出』が失われてしまっている。それ以外――――例えば、勇斗に関する記憶については、何の異常も起こっていないのに。
それと時を同じくして発覚した、
――――だが、見え隠れする『
「……少なくとも食蜂と、この電波の先にいるクソ野郎が関わってるってのはわかってるわ」
「第5位、
関係者の記憶が弄られていること、そして事件の匂いを感じ取り動き出そうとした矢先の御坂に、『お目付け役』としてつけられた食蜂派閥のメンバーたちの存在。これらを踏まえると、常盤台に君臨するもう1人の
「そ。まあ、話を聞こうと思ったんだけど、派閥メンバー放っておいてどっか行っちゃったらしいのよね、なおさら怪しいことに。だからまずは、居場所のわかってるクソ野郎から潰してくるわよ」
「……ま、それが正解だろうな。現状後手に回らざるを得ない状況だし、手の届く範囲から攻めていくのが良いんじゃないか」
「どうする? 勇斗も行くの?」
「いや、俺はここに残って手がかりを探すよ。佐天たちが動物と会話できる能力者を連れてくるらしいから、俺はそこを当たってみるさ。あいつらにとってお前が『他人』になっちまった以上、パイプ役は必要だろうからな」
「……そうね。じゃあ、よろしく頼むわよ」
「そっちこそ。上手くやれよ」
「当たり前。私を誰だと思ってるの」
少し寂しげに、しかし憤怒を湛えて歩き始める御坂の後ろ姿を見送って、勇斗は婚后の病室に戻った。
▽▽▽▽
「あれ、当麻。昨日はひどい目にあったって聞いたけど、もう動いて大丈夫なのかい?」
「……この包帯やバンソーコーだらけの有様を見て大丈夫と思える根拠が知りたい」
2日目午前の部の競技が行われる会場に到着した上条を出迎えたのは九重だった。(上条にしては珍しく)時間まで余裕を持って集合場所に到着したため、まだまだまばらにしか生徒達は集まっていない。そんな静かな朝の空気の中で、九重は上条の返答に苦笑を返して、
「いや、ごめんごめん。でも特に足を引きずってるとか、顔色が悪いとか、そんなことはなさそうだからさ」
「よくそこまでじっくり見てるよな、悟志って。でもまあ確かに、見た目ほど体調も悪くないですよー、……ぐえっ!?」
「なるほど、お目付け役だね」
納得顔で頷いている九重の視線の先にいるのは、手をひらひら振って無事ですアピールをしていた上条の、すぐ隣の少女。上条の体操服の裾を思い切り引っ張り、鋭い犬歯をきらりと覗かせたのだ。
「……まあな」
その行動に上条は肩をすくめ、何かを諦めたかのような声で呟く。
「む、せっかくわたしという敬虔なシスターさんがとうま達の無事と勝利を願ってあげているというのに、何か不満でもあるのかな?」
お目付け役とは言うまでも無く、インデックスだ。怒ったような表情を浮かべつつ、それでも不完全燃焼だった感の否めない昨日1日の鬱憤を上条と過ごすことで晴らせる喜びが、どことなく彼女の周りに滲み出ている。昨日とは大違いだ。
「いやいや、ソンナコトアリマセンヨー」
「……なんだかそこはかとなくバカにされてる気がするかも」
「待てインデックス! お前は俺がケガ人だという事を忘れてないか!? だから早くその鋭く白い歯を仕舞うんだ!!」
「あれ? とうまさっき体調良いって言ってなかったっけ?」
「『悪くない』って言っただけです! 土御門もまだダウンしてるみたいだし、勇斗も忙しくて来れるかわからないって言ってるんだから、これ以上俺たちの戦力を削るような真似をするんじゃありません! 今日何の競技あるかわかってないけど!」
と、上条のそんな心からの叫びに、九重が反応した。
「あれ、勇斗も入院してたんじゃなかったっけ? なのに『忙しい』なの?」
「ああ……、実は勇斗も今朝には退院できたんだけど、
「なるほどね。……『レベル4.5』が1人と、
そう言って、九重は手に持っていたパンフレットを開き、プログラムに目を通す。そしてそのページを上条にも見えるように差し出して、
「午後の借り物競争はともかく、午前中の騎馬戦の予選なんかは本気出さないとまずいかなあ」
「……復帰初戦から騎馬戦なんていうハードなバトルが待ち受けているんです!?」
「うん。もちろんルールの範囲内での能力の使用は可」
「不幸な未来しか、見えない…………」
「き、きっと大丈夫……なんだよ……?」
「ねえインデックスさん何で文末が疑問形なの何で目を背けてんのねえ!」
上条の悲痛な叫び声が、学園都市に響き渡った。
▽▽▽▽
婚后の病室で彼女の症状について医者から説明を受け、顔の傷・ナノデバイスともに治療の目途が立ったとの言葉に安堵の息を吐いた勇斗、佐天、湾内、泡浮の4人は病院の外に出て、とある少女と会っていた。
「ふむふむ、あなたが
そう述べた少女はネコ耳を模したフードを被り、ネコを模した缶バッジをそのフードに付けている。どことなく、顔つきや身に纏う雰囲気もネコっぽい。
「……いろいろツッコみたいところはあるけど、事態が事態だし置いとくよ。で、君が動物と会話できる能力者ってことであってるのかな?」
今までの
そんな勇斗の問いかけに、少女は佐天に抱かれた黒猫に目を向けて、
「似て非なる、って感じです。アタシの能力は
「クオリア……、ってあれか、『主観的な感覚』だっけ。俺にとっての『赤色』はアイツにとっての『赤色』と同じなのか。みたいな」
「ええ、大体あってますね。そういう性質上、対象の生物と意思疎通ができるって訳ではないですけど、対象が理解できないことでも汲み取ることができるというメリットもあるんですよ」
「なるほどなあ」
納得したように息を吐く勇斗。その後ろでは湾内と泡浮もしたり顔で頷いている。ただ1人、佐天だけはわかってるんだかわかってないんだか微妙な感じに「はー……」とか「へー……」とか言っていた。
「じゃ、早速やってみますね。時間は……昨日のお昼頃でしたか?」
少女はそう言って勇斗に問いかける。勇斗が先頭に立って彼女と会話していたのだからまあ当然と言えば当然なのだが、しかし勇斗にはその辺り答えようがない。昨日のお昼頃と言えば、彼はオリアナとの追いかけっこ(ガチ)から謎のお食事会にと別のイベントで忙しかったのだから。
無言で両脇に立っている湾内と泡浮に目配せをして、発言を促す。
「……あ、はい。そう聞いています」
先にその意図を読み取った湾内が、ちょっと慌てた様子でそう答えた。
「わかりました。では――――」
その答えに満足そうに頷いて、少女は地面に降ろされたネコの前に跪き、手をネコの頭の上に乗せ、目を閉じた。
そのまま、数十秒程経って、
「――――場所は……工事現場か資材置き場でしょうか」
やおら、口を開く。
「倒れている女性、……その傍らに長身の男性が1人、……あ、その横にもう1人女性っぽい人影が。……会話を始めましたね。『どういう形であれあちらの先手を取れる』……『今は構っている余裕は』……『“Auribus oculi fideliores sunt.”はどうなってる?』……ってトコでしょうか」
「……ラテン語か? 『百聞は一見に如かず』?」
勇斗のその一言に、湾内泡浮は揃って首を縦に振る。と、その後ろの方で佐天が難しい表情を浮かべているが――――。
「……これ以上は難しそうです。どうやらこのコも気が動転していたみたいで」
勇斗がその理由を問う前に、少女が立ち上がる。
「すみません、どうも中途半端になってしまって……」
「いや、助かったよ。キーワードになりそうな単語も見つけられたし」
「そう言っていただけるとこちらとしても助かります。……ふう、
後半の方は小声だったため本当にそんなことを言っていたのかは定かではないが、まあそんな感じのツッコミどころ満載な言葉と悪どい笑みを残して、ネコ耳少女は去っていったのだった。
▽▽▽▽
「……で、さっき何を言いたそうにしてたんだ?」
御坂への伝達を引き受け湾内泡浮の2人と別れた勇斗と佐天は、その御坂と合流するために街を移動していた。
「『“Auribus oculi fideliores sunt.”』の名前を聞いて大分難しい顔してたみたいだし、何か知ってたりするのか?」
「……実は、私が良く見ていた都市伝説まとめサイトが、まさしくその『“Auribus oculi fideliores sunt.”』なんです。だからもしかすると、そこに何かのヒントがあるのかなあって思って」
「……なるほど。誘拐犯が直々に喋ってるんだ、何かあると見るのが自然だろうな。早速端末で探してみるか……。あ、佐天は御坂に『もうすぐ待ち合わせの駅ビル前広場に着く』って電話入れてくれ」
「っえ!? 私、御坂さんの連絡先知らないですよ?」
「ああ……。いや、まあ、騙されたと思ってマ行探してみ」
「ええー? …………え、登録済み!? なんで?」
「だろ? ま、詳しいことは後で。とりまさっさと電話してくれ」
そんなやり取りをしつつ、勇斗の手は止まることなく携帯端末の上を動いていく。一般人である佐天ですら見つけることができるようなサイトだし簡単に見つかるだろう、なんてことを考えながら、勇斗は文字を打ち込み、ページを捲る。
その横では、ガッチガチな口調で佐天が御坂と電話を始めていた。つい昨日まではあんなにフランクだったのに、ここまで佐天が『礼儀正しい』話し方をしているのを見るとどうも落ち着かない。違和感しかない。
違和感を感じながら表示された画面に勇斗は目を落とす。繰り返すが、一般人である佐天が知っているくらいのサイトだ。もしかしたら佐天のように都市伝説好きの人間に大人気なサイトなのかもしれない。とすれば、候補の上の方、せめて1ページ目には入っているはず――――なんていう勇斗の予測はあっさりと裏切られた。
(――――『“Latin Proverbs”』……ラテン語のことわざまとめサイトしか出てこねえ)
検索結果を10ページ分ほど見てみたが、お目当てのサイトっぽいものは出てこない。というか、
(…………ダミーサイトか? だとしたら誰が? 何のために?)
予想外に根深い問題に、勇斗が本腰を入れて取り掛かろうとした、その矢先の事だった。
「う、初春!? 御坂さん! 初春がどうかしたんですか!?」
佐天の突然の大声が勇斗の意識を揺さぶった。ハッと顔を上げた勇斗の視界に入ってきた佐天は、とても狼狽した様子で慌てている。
「どうした? 何かあったのか?」
「いや、御坂さんと話をしていたんですけど、突然初春の名前を叫んだと思ったら急に通話が切れちゃって……!! おかしいですよ勇斗さん! 初春、全然電話にでません!」
加速度的に、現在進行形で、キナ臭さが限界突破だ。どうやら婚后の件でボコられそうになったのに懲りず、また『裏側』の人間が動き出したらしい。
「……佐天、お前どっか人通りの多い場所に紛れてろ。周囲への警戒を怠るなよ」
そう口を開いた時にはもう、勇斗の背には白銀の翼が、そして頭上には同色の円環が現れていた。
「御坂は今どこにいるって言ってた?」
「待ち合わせ場所の駅ビル前広場の、2階部分のデッキだそうです!」
「……了解」
それだけ答えて、勇斗は地を蹴り、翼を羽ばたかせる。
終わりの見えない事件に、決して軽くは無い頭痛を感じながら。